初期レベ廃人ゲーマーと獣人少女の異世界終焉遊戯<ワールズエンド・ゲーム>

安野蘊

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第一巻 第三章 「その異世界人、好戦につき」

第三章 第四節 ~ ハイドルクセン ~

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     ☯

「……オマエ、今『ケッコンを申し込む』って言ったか?」

「うむ! 言ったとも!」

 自信満々に答えるハイドルクセン。
 どうやら言い間違いや聞き間違いや人違いじゃなかったらしい。

「……わりィが、オレにその気はないんでね」

「構わん! いや、むしろその方が燃えるッ‼」

(……チッ、面倒くせえヤツだな)

 無論、リオナは内面は男性であり、姓倒錯者でもなければ、同性愛者でも両性愛者でもない。
 断る以外の選択肢は無いのだが……

(さて、どうやって断ればスッパリと諦めてくれる? クソ、恋愛アドベンチャーなんて専門外もいいところなんだがな……)

 基本的に勝敗の決まる対戦ゲームを好んでプレイするリオナは、単なる作業ゲーやシミュレーションなどにはあまり興味が無い。
 それでも、RPGやアクションゲームに登場する恋愛要素の僅かな記憶を呼び起こし、この場における最適解を探し出した。

(そうだな……つまり、〝迷惑〟ってことがはっきりコイツに伝わればいいわけだな? なら、ちょっと〝面倒臭いヤツ感〟を出しつつ……)



「べ、別に、オマエに好かれたってうれしくなんてないんだからな!」



 その瞬間、リオナとハイドルクセンのやり取りを眺めていた周囲の男達が、血の気の引いた顔で、一斉に言葉を失った。
 リオナが闘技場に姿を見せた時以上に辺りが静まり返り、自らの呼吸ですらうるさく感じられる。
 氷河期でも訪れたのではないかと思う程に、場の空気が凍りついていた。

 そんなネコ耳が痛くなるような静寂の中で、リオナは人知れず手応えを感じていた。
 冷え切った空気が気まずい。
 しかし、この状況を作り出すことこそが、今回のリオナの目的である。

(……フ、我ながら名演技だな)

 自信満々な顔でハイドルクセンを見る。

 周りの男達と同じようにリオナの目の前で硬直していたハイドルクセンは、うつむいたまま拳をギリリと握り、身体を震わせていた。
 周りから尊敬されているような人物だったし、あんな反抗的な態度を取られたことがないのかもしれない。怒らせてしまっただろうか。

 だが、これで結婚は諦めてくれるに違いない。
 そうリオナが期待するそばで、ハイドルクセンはゆっくりと顔を上げ、リオナを指差して、震える声で言い放った。

「……う、うおおおおぉぉぉぉッ‼‼ なんて愛らしい表情をするんだ、君はッ‼‼ 君こそ私が長年求めていた運命の女性ひとに違いないッ! 是非、私と結婚してくれッ‼‼」

「……なん、だと……?」

 リオナの期待に反し、ハイドルクセンは感極まったように頬を上気させ、情熱的な視線をリオナに送っていた。
 その勢いにまれたか、周りの男達も同じように二人をはやし立て、舞い上がっている。
 中には涙を流している者までいた。

 予想外の反応に、リオナは内心で舌打ちをした。

(……今時〝ツンデレ〟なんて流行はやらないモンだとばっかり思ってたがな。クソッ、幻滅させて適当に引き下がってもらうはずが、とんだ逆効果になっちまった)

 ハイドルクセンのアプローチは止まらない。
 まるで暴走機関車だ。
 このままでは、首を縦に振るまで闘技場から出してもらえそうになかった。

 ダメだコイツ早く何とかしないと……と考えるリオナに対し、勢いづいたハイドルクセンが更にとんでもないことを言い出した。

「フフフ、どうやらまだ悩んでいるみたいだね? だがしかしッ! 私はこの程度で諦める男ではないッ! 私の恋路を阻む物は何一つありはしないッ‼ 故に! 私は君に、〝決闘〟を申し込むッ‼‼」

 ワアッ!と周囲が沸き立った。
 誰も彼もがやんややんやとヤジを飛ばし、ハイドルクセンの背中を押す。
 唯一カウンターの受付嬢だけが冷静さを失っていなかったが、彼女ではこの騒ぎを止められないだろう。

 リオナはハイドルクセンの顔をにらみつつ問い返す。

「決闘、だと?」

「ああそうとも! 私が勝ったならば、私は君の生涯をもらい受ける! 君が勝ったならば、君の望みを何でも一つかなえて差し上げよう!」

 対峙たいじするハイドルクセンの気配がじりじりと変わっていく。

 礼節をわきまえた紳士から、闘志あふれる戦士へと。

 それを見て、リオナは喜色の笑みを浮かべた。

「ハハ、いいぜ! ああだこうだ言い連ねるより、そっちのがずっとシンプルで面白いッ! その決闘、受けてやるよッ‼‼」

 互いの見えない気迫がぶつかり合う。
 空気が渦を巻き、意志無き者を飲み込んで引き裂こうとする。
 闘技場全体を震わせるような凄まじい重圧が、二人の身体から立ち昇っていた。

 何はともあれ、リオナはハイドルクセンと決闘をすることになった。
 紆余うよ曲折はあったが、当初の狙い通り、強者と戦えることにリオナは興奮を隠しきれなかった。
 身体がうずき、今すぐにでも飛びかかりたい衝動に駆られるのを必死に抑える。

 リオナと睨み合ってから、ハイドルクセンはきびすを返した。
 去り際に言葉を残していく。

「フフ、今日は幸運な一日のようだ。君と戦い、わかり合うのが楽しみで仕方ない。続きは、この闘技場のリングの上で語り合おう!」

「ハッ! 望むところだぜッ‼‼」

 選手控室へと向かって行くハイドルクセンの背中を見送る。
 彼の姿が完全に見えなくなってから、自分も反対側に用意された控室へと足を向けた。

 彼の実力の程はわからない。
 昨日の犬人族クー・シーはレベル50くらいだったが、この辺りの適正レベルはもう少し高めだ。
 二つ名で通っているくらいだし、レベル60か、あるいはそれよりもうちょい上といったところではないだろうか。

 それくらいのレベルだと、NPCでもそれなりの強さを持っている。
 レベルが50を超えると、上級スキルが覚えられるようになり、戦術の幅が大きく広がるからだ。
 ゲーム内では限界突破済みの上限レベル140であったから、レベル60程度を何人相手にしようと苦戦はしなかったが、初期レベルの今ではどうなるかわからない。
 それでも――

(レベル差なんて気にしない。どんな相手だろうと、己の全力でもって勝利をつかみにいく! それこそが〝獣王〟の真骨頂ッ‼)

 ゲームに明け暮れていた頃の闘志が湧き上がる。
 この異世界に来て、もう何度目かもわからない興奮と高揚感が胸の内に宿る。
 猛獣を思わせるようなオーラを身にまといながら、リオナは控室の扉をくぐった。



(――そういや、オレ負けたら嫁に行かなくちゃならねえんだっけ?)



 そんな約束は、リオナの頭から綺麗きれいさっぱり消え去っていた。

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