22 / 112
第一巻 第三章 「その異世界人、好戦につき」
第三章 第四節 ~ ハイドルクセン ~
しおりを挟む☯
「……オマエ、今『ケッコンを申し込む』って言ったか?」
「うむ! 言ったとも!」
自信満々に答えるハイドルクセン。
どうやら言い間違いや聞き間違いや人違いじゃなかったらしい。
「……悪ィが、オレにその気はないんでね」
「構わん! いや、寧ろその方が燃えるッ‼」
(……チッ、面倒臭えヤツだな)
無論、リオナは内面は男性であり、姓倒錯者でもなければ、同性愛者でも両性愛者でもない。
断る以外の選択肢は無いのだが……
(さて、どうやって断ればスッパリと諦めてくれる? クソ、恋愛アドベンチャーなんて専門外もいいところなんだがな……)
基本的に勝敗の決まる対戦ゲームを好んでプレイするリオナは、単なる作業ゲーやシミュレーションなどにはあまり興味が無い。
それでも、RPGやアクションゲームに登場する恋愛要素の僅かな記憶を呼び起こし、この場における最適解を探し出した。
(そうだな……つまり、〝迷惑〟ってことがはっきりコイツに伝わればいいわけだな? なら、ちょっと〝面倒臭いヤツ感〟を出しつつ……)
「べ、別に、オマエに好かれたって嬉しくなんてないんだからな!」
その瞬間、リオナとハイドルクセンのやり取りを眺めていた周囲の男達が、血の気の引いた顔で、一斉に言葉を失った。
リオナが闘技場に姿を見せた時以上に辺りが静まり返り、自らの呼吸ですらうるさく感じられる。
氷河期でも訪れたのではないかと思う程に、場の空気が凍りついていた。
そんなネコ耳が痛くなるような静寂の中で、リオナは人知れず手応えを感じていた。
冷え切った空気が気まずい。
しかし、この状況を作り出すことこそが、今回のリオナの目的である。
(……フ、我ながら名演技だな)
自信満々な顔でハイドルクセンを見遣る。
周りの男達と同じようにリオナの目の前で硬直していたハイドルクセンは、俯いたまま拳をギリリと握り、身体を震わせていた。
周りから尊敬されているような人物だったし、あんな反抗的な態度を取られたことがないのかもしれない。怒らせてしまっただろうか。
だが、これで結婚は諦めてくれるに違いない。
そうリオナが期待するそばで、ハイドルクセンはゆっくりと顔を上げ、リオナを指差して、震える声で言い放った。
「……う、うおおおおぉぉぉぉッ‼‼ なんて愛らしい表情をするんだ、君はッ‼‼ 君こそ私が長年求めていた運命の女性に違いないッ! 是非、私と結婚してくれッ‼‼」
「……なん、だと……?」
リオナの期待に反し、ハイドルクセンは感極まったように頬を上気させ、情熱的な視線をリオナに送っていた。
その勢いに呑まれたか、周りの男達も同じように二人を囃し立て、舞い上がっている。
中には涙を流している者までいた。
予想外の反応に、リオナは内心で舌打ちをした。
(……今時〝ツンデレ〟なんて流行らないモンだとばっかり思ってたがな。クソッ、幻滅させて適当に引き下がってもらうはずが、とんだ逆効果になっちまった)
ハイドルクセンのアプローチは止まらない。
まるで暴走機関車だ。
このままでは、首を縦に振るまで闘技場から出してもらえそうになかった。
ダメだコイツ早く何とかしないと……と考えるリオナに対し、勢いづいたハイドルクセンが更にとんでもないことを言い出した。
「フフフ、どうやらまだ悩んでいるみたいだね? だがしかしッ! 私はこの程度で諦める男ではないッ! 私の恋路を阻む物は何一つありはしないッ‼ 故に! 私は君に、〝決闘〟を申し込むッ‼‼」
ワアッ!と周囲が沸き立った。
誰も彼もがやんややんやとヤジを飛ばし、ハイドルクセンの背中を押す。
唯一カウンターの受付嬢だけが冷静さを失っていなかったが、彼女ではこの騒ぎを止められないだろう。
リオナはハイドルクセンの顔を睨みつつ問い返す。
「決闘、だと?」
「ああそうとも! 私が勝ったならば、私は君の生涯を貰い受ける! 君が勝ったならば、君の望みを何でも一つ叶えて差し上げよう!」
対峙するハイドルクセンの気配がじりじりと変わっていく。
礼節をわきまえた紳士から、闘志溢れる戦士へと。
それを見て、リオナは喜色の笑みを浮かべた。
「ハハ、いいぜ! ああだこうだ言い連ねるより、そっちのがずっとシンプルで面白いッ! その決闘、受けてやるよッ‼‼」
互いの見えない気迫がぶつかり合う。
空気が渦を巻き、意志無き者を飲み込んで引き裂こうとする。
闘技場全体を震わせるような凄まじい重圧が、二人の身体から立ち昇っていた。
何はともあれ、リオナはハイドルクセンと決闘をすることになった。
紆余曲折はあったが、当初の狙い通り、強者と戦えることにリオナは興奮を隠しきれなかった。
身体が疼き、今すぐにでも飛びかかりたい衝動に駆られるのを必死に抑える。
リオナと睨み合ってから、ハイドルクセンは踵を返した。
去り際に言葉を残していく。
「フフ、今日は幸運な一日のようだ。君と戦い、わかり合うのが楽しみで仕方ない。続きは、この闘技場のリングの上で語り合おう!」
「ハッ! 望むところだぜッ‼‼」
選手控室へと向かって行くハイドルクセンの背中を見送る。
彼の姿が完全に見えなくなってから、自分も反対側に用意された控室へと足を向けた。
彼の実力の程はわからない。
昨日の犬人族はレベル50くらいだったが、この辺りの適正レベルはもう少し高めだ。
二つ名で通っているくらいだし、レベル60か、或いはそれよりもうちょい上といったところではないだろうか。
それくらいのレベルだと、NPCでもそれなりの強さを持っている。
レベルが50を超えると、上級スキルが覚えられるようになり、戦術の幅が大きく広がるからだ。
ゲーム内では限界突破済みの上限レベル140であったから、レベル60程度を何人相手にしようと苦戦はしなかったが、初期レベルの今ではどうなるかわからない。
それでも――
(レベル差なんて気にしない。どんな相手だろうと、己の全力で以て勝利を掴みにいく! それこそが〝獣王〟の真骨頂ッ‼)
ゲームに明け暮れていた頃の闘志が湧き上がる。
この異世界に来て、もう何度目かもわからない興奮と高揚感が胸の内に宿る。
猛獣を思わせるようなオーラを身に纏いながら、リオナは控室の扉をくぐった。
(――そういや、オレ負けたら嫁に行かなくちゃならねえんだっけ?)
そんな約束は、リオナの頭から綺麗さっぱり消え去っていた。
0
お気に入りに追加
16
あなたにおすすめの小説

【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】初級魔法しか使えない低ランク冒険者の少年は、今日も依頼を達成して家に帰る。
アノマロカリス
ファンタジー
少年テッドには、両親がいない。
両親は低ランク冒険者で、依頼の途中で魔物に殺されたのだ。
両親の少ない保険でやり繰りしていたが、もう金が尽きかけようとしていた。
テッドには、妹が3人いる。
両親から「妹達を頼む!」…と出掛ける前からいつも約束していた。
このままでは家族が離れ離れになると思ったテッドは、冒険者になって金を稼ぐ道を選んだ。
そんな少年テッドだが、パーティーには加入せずにソロ活動していた。
その理由は、パーティーに参加するとその日に家に帰れなくなるからだ。
両親は、小さいながらも持ち家を持っていてそこに住んでいる。
両親が生きている頃は、父親の部屋と母親の部屋、子供部屋には兄妹4人で暮らしていたが…
両親が死んでからは、父親の部屋はテッドが…
母親の部屋は、長女のリットが、子供部屋には、次女のルットと三女のロットになっている。
今日も依頼をこなして、家に帰るんだ!
この少年テッドは…いや、この先は本編で語ろう。
お楽しみくださいね!
HOTランキング20位になりました。
皆さん、有り難う御座います。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

異世界転生漫遊記
しょう
ファンタジー
ブラック企業で働いていた主人公は
体を壊し亡くなってしまった。
それを哀れんだ神の手によって
主人公は異世界に転生することに
前世の失敗を繰り返さないように
今度は自由に楽しく生きていこうと
決める
主人公が転生した世界は
魔物が闊歩する世界!
それを知った主人公は幼い頃から
努力し続け、剣と魔法を習得する!
初めての作品です!
よろしくお願いします!
感想よろしくお願いします!
「不細工なお前とは婚約破棄したい」と言ってみたら、秒で破棄されました。
桜乃
ファンタジー
ロイ王子の婚約者は、不細工と言われているテレーゼ・ハイウォール公爵令嬢。彼女からの愛を確かめたくて、思ってもいない事を言ってしまう。
「不細工なお前とは婚約破棄したい」
この一言が重要な言葉だなんて思いもよらずに。
※約4000文字のショートショートです。11/21に完結いたします。
※1回の投稿文字数は少な目です。
※前半と後半はストーリーの雰囲気が変わります。
表紙は「かんたん表紙メーカー2」にて作成いたしました。
❇❇❇❇❇❇❇❇❇
2024年10月追記
お読みいただき、ありがとうございます。
こちらの作品は完結しておりますが、10月20日より「番外編 バストリー・アルマンの事情」を追加投稿致しますので、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。
1ページの文字数は少な目です。
約4500文字程度の番外編です。
バストリー・アルマンって誰やねん……という読者様のお声が聞こえてきそう……(;´∀`)
ロイ王子の側近です。(←言っちゃう作者 笑)
※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。

ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる