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第一巻 第一章 「その異世界人、召喚につき」
第一章 第三節 ~ 急襲、モンスター! ~
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(……ふむ……気候や地質なんかは地球と同じか? 空気が若干薄いが、ちょっと高い山に登ったみたいなモンか)
ミラの背中を追いながら、リオンは周囲の環境を観察する。
森の中を歩いているのだが、周りに生えているのは一般的な常緑樹だし、見かける野生動物も日本に棲んでいる種類と変わらない。
異世界に来たという実感が無かった。
これまで目にしたものの中で、唯一異世界らしいものと言えば、落ちて来る時に見えたピンク色の大海や黒雲で覆われた山、高い塔、そして、
(………………)
目の前を歩く少女の頭を見遣る。
自分の目線より低い位置にある茶髪のショートヘアの天辺に、髪の毛と同じ茶色の体毛で覆われた長いウサ耳がゆらゆらと揺れていた。
その耳が時折物音のした方へピクリと動く。
腰の辺りには、兎っぽい丸い尻尾も生えていた。
ミラの姿を観察したリオンは、頭の中で考察する。
彼女の容姿に心当たりがあった。
(アレはもしや……〝兎人族〟か? 〝シェーンブルン〟に登場する……)
シェーンブルンとは、リオンがプレイしているMMORPGのタイトルである。
三年前にサービスを開始して以来、総プレイヤー数は上昇の一途を辿り、現在では全国400万人を超えるとも言われている。
PvPの大会や、オーケストラ演奏会なども開かれる程の大人気タイトルだ。
一年を通して期間限定イベントが入れ替わり配信される他、約一年毎に新しいストーリーが追加され、その度に強力なラスボス――〝魔王〟が登場する。
リオンもまた、この世界に召喚されるほんの直前に、新しく配信されたストーリーをクリアしたばかりだ。
その時の記憶を少し呼び覚ましてみる。
(クリアして、「最速クリアボーナス」と書かれた画面が出てきて、そこのアイコンをクリックした瞬間に……)
視界が一気に反転し、気付けば自分はこの異世界の上空3000mという地点にいた。
タイミングからして、あのアイコンが召喚のきっかけになったのはまず間違いないだろう。
しかし、ここまで大々的な仕掛けが単なるコンピューターゲームに施されていたとは到底考えられない。
何か超常的な力が働いているはず。
だとしたら、その力の根源とは一体……
(……ま、考えてもしゃーねえか。大体異世界召喚なんて、理屈のわからんモンばっかだしな……)
早々に考察を放棄し、改めて現在の自分の周囲を見遣る。
何処か上機嫌そうに前を歩くミラに向かって声をかけた。
「オイ、拠点とやらにはまだ着かねえのか?」
「残念ながらまだまだ先なのです」
「まだまだ、ってどれくらいだよ?」
「そうですね……距離にして、ざっと5㎞程でしょうか」
「は?」
リオンは耳を疑った。
「どうかしましたか?」
「ここから5㎞の距離を歩いて行くのか? このペースだと一時間コースじゃねえか一体何の修行だソレ? その時間がありゃマ○オの八面を10.416回はクリアできるぞ?」
余談だが、マ○オのゲーム内での一秒は約0.432秒らしい。
キノコの王国の住民は十進法を採用したのだろう。
或いは、聖者が十字架に磔られたのかもしれない。
興味深そうに辺りを観察していた時とは一転、不機嫌そうな顔をしてリオンは問う。
「もっとこう異世界らしく、一瞬で拠点にワープできるような方法無えのかよ?」
「そんなものは無いのです! 急がば回れとも言いますし、ここは我慢して地道に……」
とミラが言おうとした瞬間だった。
ズズズズズズズ…………
「ん?」
「これは……?」
突如として、リオン達が立つ地面の下から、何かが這いずるような音が響いてきた。
リオン達が怪訝に思っていると、その音は段々と大きくなっていき、それだけでなく、地面が小刻みに揺れるようになって、何かがリオン達の方へ近付いて来るような気配が……
「い、いけないっ! 逃げてっ‼」
「ほう」
特に焦った様子もなく、冷静にその場から跳躍するリオン。
ミラもまた、リオンとは逆の方向に軽く10m程跳躍した。
その直後、
ズドオォォオン、という派手な轟音と共に足元の地面が爆ぜ、その下から巨大な何かの影が現れた。
もうもうと立ち昇る土煙の中、リオンは目を細めてその正体を見遣った。
「――〝デザートワーム〟! ≪モーラ砂漠≫にいるはずのモンスターが何故ここに⁉」
「ギシャアアアアアァァァァァァァァッ――――‼‼」
ミラが目を見開いて、モンスターの名を叫ぶ。
デザートワームはゲームでも登場したモンスターである。
その名の通り砂漠エリアに生息する。
砂漠エリアでは、プレイヤーは移動速度減少のフィールド効果を受け、そうして動きの鈍ったところをデザートワームは砂の下から襲って来るのだ。
ゲームのグラフィックよりも遥かに巨大でおぞましい姿をしたモンスターを目にしたリオンは、金眼を目いっぱい見開き、声を震わせて言った。
「……ウソ、だろ……? ヤベェなオイ………………チョーワクワクするッ‼‼」
「呑気に笑ってる場合ですかっ‼‼」
新しい玩具を前にした少年のような笑みを浮かべるリオンに向かって叫び、ミラは一目散にワームに背を向ける。
「デザートワームは魔法防御力が高すぎて魔法が効きません! 加えて防御力も並みのモンスターを上回りますから、武器の無い私達じゃ勝ち目はありません! だから早く……」
「ん? 何言ってるんだ、オマエ」
リオンは首を傾げる。
「……武器なんか無くたって、あんなの倒せるだろ?」
逃げ出そうとするミラを尻目に、ワームに対峙するリオン。
その金色の瞳には、燃え盛る闘志がギラギラと輝いていた。
両足に力を溜め、一足飛びにワームに向かって跳躍するリオン。
ワームは餌が飛び込んで来たと思い、粘液を滴らせた大きな口でリオンを飲み込もうとする。
真正面からそれを目にすると、大きな奈落の穴が開いているように見えた。
だが、リオンは臆することなくワームに突貫して行く。
「あ、危ないっ‼‼」
ミラは引き攣るような声で叫んだ。
いくら何でも無茶だ、このままでは食べられてしまう。
そう思った。だが、
ワームの口に飲み込まれる直前、リオンはワームの口の端を蹴って、空中で一回転した。
「よっ、と」
目標を失ったワームは、そのまま倒れ込むように頭から地面に突っ込んで行く。
その背中ががら空きになり、空中にいるリオンに無防備な姿を曝していた。
リオンはワームの背中に赤い宝石のような突起を見つけると、落下の勢いに任せて、その突起を力強く踏み抜いた。
「ハッ! くたばれ!」
バキンッ、という音と共に砕けるワームの突起。
その瞬間、
「ギイイィィィシャアアアァァァァアアアアアァァァァァッ――――‼‼‼‼」
ワームは叫び声とも鳴き声ともつかない苦悶の声を上げ、地面にどうと倒れ伏した。
身の丈30尺はあろうかという巨体が倒れた衝撃で、辺り一帯に土煙が巻き上がる。
沈黙したワームは、そのまま黒い粒子となって霧散していった。
茶色い煙を頭から被り、口に入った砂をペッと吐き出しつつ、
「何だ、もう終わりか。つまんね……」
リオンはぶっきらぼうにそう呟いた。
その様子を見ていたミラは、驚愕のあまり暫く息をすることも忘れていた。
ウサ耳を戦慄かせ、たった今ワームを打ち倒した異世界人の姿をその赤い瞳に映す。
有り得ざる光景を前に、彼女は胸の内に湧き上がる衝撃と高揚を抑えきれなかった。
(まさか、デザートワームを素手で倒してしまうなんて……。でも、これなら……!)
ミラの熱い視線には気付かず、リオンはボリボリと金髪の頭を掻きながら、彼女に向き直った。
「やれやれ、とんだ期待外れだ……。この不満を、さて、誰にぶつけりゃいいんだろうな?」
「す、凄いです凄いのです凄いのですよっ‼ 一体どうやって……」
「あん?」
シェーンブルンのゲームでは、攻撃する側の攻撃力が攻撃される側の防御力を上回っていないと、1ダメージしか入らない仕様になっていた。
その為、プレイヤーはレベルを上げたり装備を整えたりして攻撃力を強化しないと、満足に敵を倒すこともできないようになっている。
デザートワームは彼女の言っていた通り防御力が高く、レベルが低い内は十分に装備を整えても、ワームにダメージが通らないということもしばしばあった。
しかし、デザートワームには弱点となる背中のコアが存在し、そこを攻撃できれば、仮令攻撃力が低くても大ダメージを与えられるようになっている。
武器が無ければダメージを与えるのに苦労はするが、倒せないというのは間違いである。
それを目の前の少女は知らなかったらしい。
一々説明するのも面倒だと思ったリオンは、急かすように言った。
「それよか、さっさと拠点とやらに案内しろ。思わぬところで時間を食っちまった」
「はい!」
ワームを倒した方法については気になったが、ミラは強力な異世界の勇士を引き当てたことに浮かれており、リオンの言う通り拠点へと急ぐことにした。
茂みに隠れていた彼女は、そこから飛び出して、ピョンピョンと跳ねるようにリオンの方へ……
「あや?」
ずっと茂みで屈んでいた所為で足が痺れたのか、或いはモンスターがいなくなったことに安堵して力が抜けたのか、ミラは途中で崩れ落ちるようにすっ転んだ。
ゴツンと顔面から地面にダイブする。
「あうっ⁉」
その時、転んだ拍子に彼女の腰にあったポーチの口が開き、中から青いクリスタル状の物体が転がり出て来た。
目の前に転がって来たそれを手にしたリオンは、
「……ん? 何だこれ」
「そ、それは……!」
長方形の形をした青色のクリスタル状の物体。
手のひらサイズのその物体は、持ってみるとズシリとした重みを伝え、透き通った中身には、何かの幾何学模様が刻まれている。
それをじっと眺めていると、
「おお?」
中の幾何学模様が突然光り出し、内部で乱反射してクリスタル全体が眩い光に包まれた。
やがて、足元にクリスタルと同じ色の魔法陣らしき紋様が浮かび上がると、
「ダ、ダメーっ‼‼」
ミラの制止の言葉だけを置き去りにし、リオン達はたった今いた森から跡形もなく姿を消した。
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