初期レベ廃人ゲーマーと獣人少女の異世界終焉遊戯<ワールズエンド・ゲーム>

安野蘊

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第一巻 第一章 「その異世界人、召喚につき」

第一章 第二節 ~ 空よりの来訪者 ~

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     ☯

 リオンが上空に召喚される少し前――

 青々と茂った木々が立ち並ぶ森の中を、跳ぶように駆ける少女の姿があった。

 彼女が一歩を踏み出せば軽く10mは前進し、通り過ぎた後にはつむじ風が渦を巻く。
 肩の位置で切りそろえられた茶髪を振り乱し、白のマントをはためかせながら、彼女は目的の場所に向かって全力疾走した。
 途中、自らの胸の内に募る焦りを吐露する。

「マズイですマズイのですマズイのですよっ‼ 新しく召喚した冒険者さんをお出迎えする準備が全くできていないのですっ‼‼」

 神殿での三年間の奉仕活動を終え、ようやく手にした召喚権を使い、丸一日かけて召喚の儀式を行ってび出した異世界の住人が、はるか上空3000mの地点に召喚されると知ったのは、つい十分程前のことだった。
 そんな高い場所から地面に落とされれば、どんな人でも肉すら残さず砕け散るであろうことは確定的に明らかである。

 そういうわけで、少女――ミラは落下する異世界人を受け止める緩衝の魔法を準備すべく、落下予想地点へと急いでいた。
 折角苦労して召喚した異世界人だ。そう簡単に失うわけにはいかない。
 そんな焦燥感に追われながら、ミラは力強く地面を蹴飛ばした。

「というか、なんで上空3000mなんて場所に召喚されることになっているのです⁉ 誰ですかそんな設定にしたのっ⁉ バカなのですかっ⁉」

 全くである。
 全異世界人の同意が、彼女の長い耳に届いた。

 その時、落下予想地点の上空に、キラリと青い光が輝いた。
 ミラはそれを見て、

(あれは……召喚の光! もうあまり時間が無い!)

 ミラは風を追い越す程の速度にまで加速すると、数秒後には森を抜け、召喚ポイントの真下に広がる岩場へと到着した。
 上がった息を整える間もなく、彼女はすぐさま魔法の準備に入る。

(やや落下予想ポイントからは離れていますが、もう間に合いません! この位置なら、ギリギリ魔法の効果範囲に含まれるはずです!)

 ミラが呪文を唱え始める。彼女の半径5m程に水色の魔法陣が形成され、その範囲の重力を1/6程度にまで小さくした。
 落下して来る人影はもう地上300mという所まで迫っていたが、どうにか魔法を間に合わせることができた。

(よし! これで……)

 だがその時、何の因果かこの岩場をとする巨大なドラゴンが翼をはためかせ、上空へと舞い上がった。
 その拍子に突風が巻き起こり、落下して来る人影はそれにあおられて僅かに魔法陣の範囲から外側へとれる。
 そして――



 ズガアアアアアアァァァァァアアアアアアン――――ッ‼‼‼‼



「………………」

 呆然ぼうぜんとするミラの目の前で、人影は新幹線の如き速度で地面に突っ込んだ。
 落下の衝撃で、辺りの地面がズシンと揺れる。
 驚いた野生の鳥達が、森の木々から慌てて飛び去って行った。

 茶色い土煙がもうもうと舞い、視界が遮られる。
 その所為せいで、落下して来た人影の姿を確認することはできない。
 しかし、どうあっても落ちて来た人が無事でないことは容易に想像できた。

 段々と晴れていく視界の中で立ち尽くしていたミラは、やがて糸の切れた操り人形のように、へたりと地面に座り込んでしまった。

 尊い命が失われたから……ではない。
 ここ三年間の苦労が水泡に帰したことに対して、何を思うべきかわからなかったからである。
 基本的に何事にも前向きに取り組んできた彼女は、生まれて初めてヘコむということを知った。

 絶望的な表情を顔に貼り付けて、ミラは異世界人が落下した方を見る。
 隕石いんせきでも落ちたのかと思われるくらい大きなクレーターができていた。
 その底に沈んだのか、あるいは着地と同時に吹き飛んだのか、落下して来た人影は見当たらない。
 鮮やかな赤色が見えなかったことには、少し安堵あんどする。

 自らの計画が台無しになり、今後の方針すら考えられない程絶望に打ちひしがれていた彼女は、

「よし! ダメだったものは仕方ないのです! また次の人を喚ぶことにするのですよ!」

 ポジティブだった。

 無慈悲なまでにポジティブだった。

 どうやら、あまり長く引きずらないタイプらしい。

 ミラは犠牲になった異世界人に軽く手を合わせると、次の瞬間にはそれを綺麗きれいさっぱり忘れてしまったかのように、何食わぬ顔で拠点に帰るべくきびすを返して……



「……って待てやゴォルアアァァァッ‼‼」

「へ?」



 突如背後のクレーターから聞こえてきた声に足を止める。
 そんなまさか、と思いつつ振り返ってみると、

 泥に汚れた金髪の頭をクレーターからのぞかせ、髪と同じ金色の瞳で彼女をにらみつける人物がいた。
 その人物は身軽にクレーターから飛び出すと、ミラの目の前にスタッと降り立ち、彼女を睥睨へいげいするように胸を張って言った。

「突然上空に喚び出しておいて、随分な扱いだな、オイ?」

「あやや、生きていたのですか?」

「おう。生まれてこの方、死んだことなんてないからな!」

 不機嫌そうに鼻を鳴らす。
 金眼が爛々らんらんと輝いていた。
 その身からあふれるオーラは、何処どこか猛獣のような気配を思わせる。
 全身が砂ぼこりで汚れていたものの、傷を負っている様子はなく、平然としてそこにたたずんでいた。
 その姿を見て、ミラは息をむ。

(まさか……上空3000mから落下して無傷なのですかっ⁉)

 有り得ざる光景を前に、背筋を震わせる。
 不気味さを覚えつつも、しかし、彼女はその一方で内心ガッツポーズをしていた。

(これは……かなり強そうな人を引き当てたのではないでしょうかっ⁉)

 不気味な含み笑いを浮かべるミラに、召喚された異世界人――リオンはぶっきらぼうに問うた。

「……で? テメェがオレをここに召喚した、ってことでいいんだよな?」

「はい、その通りなのですよ?」

 満面の愛想笑いでミラが答える。
 目の前の人物のしゃべり方に僅かに違和感を覚えたが、期待に胸を膨らませる彼女にとっては、特に気にすることでもなかった。
 ぞんざいな態度を取っているのも、強さの裏付けだろう。

 リオンはもう一度ハンッと鼻を鳴らすと、

「そうか。なら、何か目的があってオレを喚んだんだろ? 言ってみろ。オレに何をさせたいんだ?」

「ふふ、話が早くて助かります。ですが、その前に、私からこの世界について少しご説明いたしましょう。ここでは何ですから、どうぞこちらへ。私達の拠点にご案内するのですよ♪」

「ああ」

 ミラの後についてリオンも足を踏み出す。
 背後に感じる足音を聞きながら、ミラは興奮した面持ちを隠せないでいた。

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