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最終章 大黒腐編

第291話 スラヴェシの三翼

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城郭都市スラヴェシ









侵攻してくるテアトラ軍9万は大陸中央部、



北ブリムス連合領内に侵入。



既に疲弊していた同地域に、



抵抗する余力はなかった。



先行する軍はもう目と鼻の先だ。



今日中に開戦するであろう空気が漂い、



城内はピリピリしていた。



俺は王の間にて、



鎧を着たり、戦闘準備をしながら、



視界のマップで入ってくる情報を処理していた。



リンギオは椅子に座り目を瞑っている。



最近疲れているようだ。



言葉数も少ない。



ソーンは剣の手入れをしている。



腰が痛いとか言っていた。



大丈夫だろうか。



アーシュは窓辺に立って外を眺めている。



この間、真夜中に起きた時、



同じように窓から外を眺めていてびっくりした。



呼んでも返事しないし。



やっぱりグールになっちまったんじゃないかって、



警戒してしまった。



大丈夫だったからよかったけど。



蘇ってから少し雰囲気が違うのが気になる。





こちらは西からリリンカ率いるナザロ教勢力と、



キョウ率いるミュンヘル軍、ジョルテシア軍、



計8万がすでに交戦している。



そして後方、東側からシャルナ率いる新国家、



〝ラタニア共和国〟軍5万が追い上げ、



北には我々キトゥルセン連邦軍6万が待機、



四方を囲んだ形となった。



「オスカー様、敵軍が見えました。



空から先行部隊が向かってきています」



「ああ、今行く」



部屋を出ようとしたが、アーシュが来ない。



まだ窓の外をぼーっと眺めたままだ。



大丈夫か、アイツ……。



「おい、アーシュ。行くぞ」



リンギオが呼ぶと、アーシュが呟いた。  



「来る……」



んん? なにが……?



その時、脳内通信が入った。



アイレンの音声通信だ。



『オスカー、シャルナ軍の後方にオーク軍が出現!



シャルナたちは左右から挟まれて身動きが取れない!』



『ちょっと待て、オークだと? 



またこっちの大陸に来たのか?』



海は監視していた。いったいどこから……



『分からない。今入ってきた情報なんだ。



えっと……シャガルムだ。



シャガルムの地下から湧いてる!』



映像が出た。



廃墟となっている斜面に大穴が開いていて、



そこからオークの大群が溢れている。



『一回目の大黒腐の時に潜伏していたんだと思う……』



やられた。考えてもみなかった。



敵軍が四方を囲まれても、



さほど慌ててない理由はこれか。



現時点で、オーク軍は5万を超えていた。



















ルガクトは流れるように敵陣の中を飛んだ。



「なんだこいつ!」



「は、速すぎる!」



ルガクトが飛んだ後は、



敵兵がバラバラと地上に落ちる。



敵の空軍は竜翼人や鳥人兵などの混成部隊だった。



傭兵も多く混じっている。



いるんだろう、ハイガー。



どこだ、姿を見せろ……。



戦場空域の上に出た時、視界に魔素反応が出た。



ちっ……この戦場に魔戦力が……。











「キャディッシュ、無理はするなよ」



ガルダは横を飛ぶ盟友が心配そうだった。



「ああ、もう身体は大丈夫さ。



皆が戦ってるのに、僕ばかり休んではいられない」



眼の下にクマが目立つが、



ガルダは何も言わなかった。



「この戦場では珍しく俺たち〝三翼〟が揃った。



またお前と戦えることを嬉しく思うぞ」



「僕もさ。身勝手な侵略者にはお帰り頂こう」



それぞれ部下を率い、二人は敵陣に突っ込んだ。















「誰かと思えば……



魔剣使いはお前か、ハイガー」



目の前の男は、



もうルガクトの知っているハイガーではなかった。



前回、ルガクトにより火だるまにされ、



全身に重い傷を負ったハイガーは、



身体のほとんどを機械化していた。



両手足、顔の下半分、両翼と、



甲冑との境が分からないほどだ。



「探したぜ、ルガクト。



いい加減ケリをつけようや」



黒く禍々しい装飾のついた剣を抜く。



魔剣だ。



「一体……何度斬り合えば、



お前はくたばってくれるんだ?」



あれはどのような能力だ?



ルガクトは身構える。



「ああん? そりゃお互い様だろうが」



ハイガーはいつものにやけ顔で吐き捨てる。



「いいかげんお前とやり合うのも飽きてきたよ」



ルガクトは斧手を構えた。



「そう言ってくれるな、ルガクト。



この魔剣の初陣だ。



最初の獲物がお前なら悪くない」



二人は同時にその場から羽ばたいた。



「ふん!言ってろっ!」 



ぶつかる直前ルガクトは気付いた。



なんだ……?



ハイガーがでかく……



剣がぶつかった直後、



ルガクトは凄まじい力で吹っ飛ばされた。



















「来るぞ」



キャディッシュの部隊は、



四方からの攻撃にさらされていた。



「とんでもなく強いのがいる!」



「鳥人族だ」



一人、また一人と部下が落とされてゆく。



「お前がキャディッシュか。



あんまり強そうじゃないね」



女の声。



狙いは僕か。



すかさずキャディッシュは上空へ飛んだ。



「部下を置いて逃げるのか?



情けない」



開けた空域に出た所で反転落下、



追ってきた敵兵と斬り合った。



ガッガンッ!!と双方の剣が火花を散らす。



「危なかった……」



お互い向き合う。



敵は腕、キャディッシュは頬から血が出た。



視界に情報が出た。



敵の女鳥人族はミストリア。



ギバの元部下。



「僕は部下を見捨てないよ。



君は強い。部下では敵わない。



でも狙いは僕だ。



移動すれば追ってくるだろ?」



「部下想いのイイ男だな。



でもその甘さに足元救われるんじゃないか?



〝三翼〟の一角のお前をやれば、私の名もあがる」



ミストリアは不敵な笑みを浮かべる。



「勝率の悪いギャンブルはするもんじゃない」



キャディッシュは猛スピードで突っ込んだ。



「くっ!早……」



ミストリアは何とか受けたが、足を斬られた。



キャディッシュの猛攻は続く。



「……こんな強いなんて聞いてない!」



ミストリアは面食らっている。



「女性は斬らないことにしていた。



けど僕は変わったんだ」



ミストリアは防戦一方だった。



「君の剣筋は見切ったよ。さよならだ」



キャディッシュは容赦なくミストリアの腹を刺した。



「……なぜ、そんなに強い……」



「戦場よりも過酷な場所を生き抜いた。



失ったものも多かったが、得たものも多かった」



キャディッシュの剣からゆっくり身体が抜け落ち、



ミストリアは地上へと落下していった。



















ガルダ達は敵軍の主攻、



竜翼人部隊にかなり手こずった。



身体には細かい傷が多数ついた。



初っ端から体力を使ってしまった。



部下の数もかなり削られた。



奥にはまだ100……いや300は見える。



噂には聞いていたが予想以上だ。



あの強さの竜翼人が一斉に襲ってきたら、



ネネル軍は大打撃を受ける。



しかも……。



獣のような咆哮が、先の空から響いてきた。



ビリビリと空気を震わせ、



腹の底にくる凄まじい迫力。



ガルダの視界に情報が出た。



『ホルダ王国将軍 ラスアガ 



竜翼人 状態 狂戦士化』



今も仲間の有翼人兵を紙きれのように散らしている。



「アレは、ここで止めねば」



ガルダはネネル、オスカー、アイレンに、



鬼化剤の申請を出した。



「ガルダ様……」



部下が複雑な表情をしていた。



鬼化剤を使用すれば9割の確率で死に至る。



「人は皆いつか死ぬのだ。



俺は、今回の戦は死ぬ覚悟で来ている。



ましてやアレを仕留められるなら、



戦士として本望だ」



どこからともなく機械蜂が飛んできて、



ガルダの首筋に針を刺した。



『ええ、はい。ありがたきお言葉。



必ずや仕留めて見せます。



オスカー様、ネネル様、



お仕え出来て光栄でした』



ガルダは剣を抜いた。



「お前たち……後は任せたぞ」



「ガルダ様……」



バキバキと肩が、腕が、首が盛り上がり、



手は獣の如き爪が伸び、



牙が生え、目は赤く光り、



翼はより大きく禍々しくなり、



甲冑は盛り上がり過ぎた筋肉で、



所々がはじけ飛んだ。



まさに異形の怪物。



部下たちはあまりの変貌ぶりに声が出なかった。



「グォォォォォッッ!!!!」



ガルダはとてつもない速さで敵将へと飛んでいった。

















ルガクトは折れた剣を捨てた。



「ルガクト様、これを!」



近くを飛んでいた部下が、



こちらに剣を投げてくれた。



「ふふふ……この魔剣は〝トルクゲイン〟



使用者の力を増幅させる能力を持つ。



中々強烈だっただろ?」



ハイガーは「ふんっ!」と力を入れると、



全身の筋肉が一回り大きくなった。



甲冑がはじけ飛びそうだ。



再び衝突したが、



ルガクトは全く歯が立たなかった。



何度も力で押されてしまう。



空中だから後方に力を逃がせるが、



地上だったら潰されている。



「くっ……なんて力だ。



このままでは……ん?」



よく見るとハイガーの筋肉が、



機械の手足、



そして甲冑の隙間からはみ出して出血してた。



コイツはまだ魔剣を使いこなせていない……?



いや、そもそも機械の身体なのに、



この能力は相性が悪い。



ウルバッハはたくさんの魔剣を持っていると聞いたが、



なぜこの魔剣だったのだ?



どう考えてもハイガーの身体には合っていない。



ルガクトはそこではっと気がついた。



……こいつは、捨て駒にされているのか。



剣が飛んでくる。



とてつもない力でルガクトは吹っ飛ばされた。



「ぐっ……!」



あばら骨が数本折れた音が、



身体の中を伝って耳に届く。



「俺の力を見ろッ! 俺が最強だッ!



はははっ!! たのしいな、ルガクト!」



目の焦点が合っていない。



喋り方も違う。



俺の知っているハイガーではない。



容赦のない追撃がルガクトを襲う。



足を貫かれ、甲冑の半分を吹き飛ばされる。



ルガクトは攻められながらも、



変わってしまった好敵手の姿に、



軽いショックを覚えた。



ハイガーは魔剣の力に支配されていた。



こんな単純な戦法は、



コイツの好きな戦い方ではなかったはずだ。



顔を殴られた。



頬骨が嫌な音を発した。



ハイガーの身体がどんどん肥大化している。



「あがががぁ!!!」



魔剣に負けたか……ハイガー。



更に素早く、重い剣が飛んできた。



斧手で受けるも、半分が粉々に砕かれる。



もういい……もう戦うな。



そんな姿を見せないでくれ……。



心の中に虚無感が広がっていった。



ああ、俺は……とルガクトは思う。



俺はコイツの存在に助けられていたのかもしれない。



コイツに負けないよう鍛錬に励み、



自由に生きるコイツを否定するため、



規律ある軍の仕事に邁進出来たのだ。



お前のおかげで今の俺がある。



待ってろ、すぐに楽にしてやる……。



突撃してきたハイガーを寸前で反転して躱し、



同時に機械翼を最大噴射、



背後から渾身の力で魔剣を持つ右腕を切断した。



そのままの勢いで、壊れた斧手を腹に叩き込み、



共に地面に落ちていった。







元の大きさに戻ったハイガーは、



全身から血を流して倒れていた。



何とか起き上がったルガクトは、



足を引きずりながらハイガーの元へ歩く。



「何と憐れな最後だ。



こんなになるまで使い古されて……」



目は開いているが、動いていない。



何かぶつぶつと口が動いている。



「軍に入り……んて……理解でき……



達者で……よ……」



出会った頃に戻っているのだ、



とルガクトは気がついた。



「……これで本当に最後だな。



感謝している、友よ」



ルガクトは痛む体を何とか動かし、



ハイガーの胸に剣先を当て、押し込んだ。













「勝った……のか?」



「まだ戦いは続いてるけど……



この戦場は時期に制圧できそうだ」



地面に大の字に倒れるガルダの横には、



キャディッシュが座っている。



二人で上空の戦いを眺めていた。



ガルダの全身からは絶えず血が流れている。



呼吸は今にも止まりそうだった。



機械蜂が忙しく動いているが、



そもそも応急措置では間に合いそうにない。



「キャディッシュ……



あとの事は……頼んだ……」



キャディッシュは固くガルダの手を握りしめた。



「ああ、任せとけ。



……ガルダはゆっくり眠りな」



動かなくなったガルダの両目に、



キャディッシュはそっと手をやり、



瞼を閉ざした。

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