【北の果てのキトゥルセン】 ~辺境の王子に転生したので、まったり暮らそうと思ったのに、どんどん国が大きくなっていく件について~

次元謄一

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最終章 大黒腐編

第269話 アーシュの目覚め

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既に人の面影はない。



実こそつけてないものの、



3mほどの高さまで成長した若木である。



ここから人に戻せると聞いても、



多くの者は信じないだろう。



ノーストリリア城の地下牢、



鉄格子の内側に禍々しく立っているのは、



一本の腐樹。



元は小さな女の子だった。



真っ黒な幹には、



人の形がうっすらと見て取れる曲線がある。



顔が残っている腐樹もある。



そうでなくて良かったと心から思った。



この地下牢にはアイレンとネネルと俺の三人で来た。



復活には数日かかる、との理由だ。



「アーシュ・シリアム。



戦闘民族として有名なググルカ族出身、



オスカーの護衛【王の左手】の一人。



拳闘大会では準優勝の成績を誇る。



人格、思想、共に問題なし。



なるほど、貴重な人材ね」



アイレンはユウリナがまとめたであろうデータを読んで、



一人納得している。



「途中から夜番にも入っているのね。



なおさらオスカーにとって特別な存在だ」



「……それは言わなくていい」



ネネルの魔素量が一瞬増加した。



真顔で動揺するなよ。



「どうしたの、ネネル?」



アイレンはきょとんとした表情で振り返る。



そんで聞くなよ。



「……やってくれ」



アイレンが霧状の薬を幹の部分に撒く。



「本当にこれでアーシュは復活するんだよね……。



またグールとかにならないよね……」



ネネルはいつになく不安な様子だ。



そういえばネネルは、



アーシュの看病をしていた時期があった。



仲はいいのだろうな。



それに親しいモリアを亡くしたばかりだ。



もう悲しい思いはしたくないのだろう。



それは俺だって同じだ。



「ユウリナを信じよう」



俺はネネルの手を握った。



「私も治療薬の製造に関わったんですけど」



アイレンが振り向く。目が細い。



「アイレンの事も信じてる」



めんどくさいな、コイツ。



薬を散布した部分が変色してきた。



黒から灰色へ。



急激に変化してゆく。



「3日くらいかかるわ。



明日も同じ時間に」





















翌日には灰色に変わった部分が透けていた。 



半透明でまるでガラスかクリスタルだ。



機械蜂を定点カメラとして置いてあるので、



脳内チップを埋めた全員がいつでも見ることが出来る。



アイレンは定期的に、



色の変わった部分を少しづつ削り、



サンプルを取っている。



極小のドリルで深くまで穴を開け、



そこに注射を打った。













翌日



半透明の部分は硬質化していた。



昨日に比べてかなり固そうだ。



「これはまるでガシャの結晶だな」



「似てるけど違うよ。



でも触らないでね」



アイレンは手際よく作業している。



結晶化の奥に、



ぼんやりと人らしきシルエットが見えた。



「もう少しだと思うよ」



腐樹に散らばった人間の部分が集まってきてる。



アイレンはそう言って、また注射を打った。















さらに翌日。



今日は主要メンバーが集まっていた。



結晶の純度が高く、



中がクリアに見えるようになった。



ただ、光が屈折して、



全体像は見えない。



しかし中にいるのは間違いなくアーシュだ。



なぜなら視界に生命反応が出たから。



「成功ね」



振り返り、目が合ったアイレンは安堵の表情を浮かべた。



そうか、お前もプレッシャーを感じていたんだな。



アイレンは神官を連れてきた。



神官は戦闘用に改造した人型保守機械だ。



ある意味で動く工具箱でもある。



神官の4本のアームで結晶化した四方を抑える。



手のひらから小さなパイルを打ち出し、



結晶に穴をあけてゆく。



赤いミニレーザーや電動糸ノコなども駆使し、



遂に表面の結晶のかたまりを外せた。



くり抜かれた腐樹の中には全裸のアーシュがいた。



あのアーシュだ。



間違いない、本人だ。



まだ意識はない。目を瞑っている。



だがしっかり視界には生命反応がある。



なぜだか神々しく見える。



涙が出てきた。



アーシュの全身には、



白い菌糸のようなものがびっしりついていた。



背後の樹と繋がっている。



「どいて」



アイレンは魔剣を手にしていた。



植物を操るモスグリッド。



その魔剣を地面に刺す。



石板の隙間から細いツルが何本も生えてきた。



それらは何十本もがまとまり、



人の腕のように動く。



7本の植物の腕が、



アーシュの全身を優しく支え、



腐樹から引き剥がした。



プチプチと菌糸の千切れる音が響く。



数匹の機械蜂が、



緑色の光をアーシュに照射し精査している。



「うん、大丈夫。感染の心配はない」



両目を青く光らせたアイレンが報告してくれた。



用意していた毛布で体を包んだ時、



アーシュは目を覚ました。



「……オ、オスカー様?」



「アーシュ……お帰り」



抱きしめると、



アーシュは遠慮がちにおずおずと俺の背中に手を回した。



周りのみんなもこぞって祝福する。



「ここは……私はどうなって……」



きょとんとした顔に髪の毛が張り付いている。



俺はそれを直してやった。



「覚えてないか? 



アーシュはモカルを庇って感染したんだ。



そして腐樹になった」



アーシュは少し振り返って、



さっきまで自分が入っていた腐樹を見た。



「私が……これに?」



「腐樹化を治す手がかりが、



シャガルム帝国にあってね。



モカルたちが潜入して持って来たくれたんだ」



「モカル……」



俺はアーシュを立たせた。



モカルは泣きながらアーシュに抱き着いた。



「……よかった」



モカルの声は今にも消え入りそうだった。



「モカル……ありがとう」



そこで気が付いたが、



アーシュの身体の傷が綺麗になくなっていた。



以前、戦闘民族出身のアーシュの全身には、



無数の傷があった。



アイレンと目が合ったが、



アイレンも分からないと小さく首を振った。





















医務室に場所を移した。



「夢を見ていました」



アーシュは語る。



「自分が……ふわふわした、



大きなものの一部になっているような感覚でした。



はっきりとしない感覚的な夢なんですが……」



ていうかアーシュ、スラスラ喋ってんな……



あんなにどもってたのに。



身体の傷だけじゃなくて、



こっちも治ったってのか。



「たくさんの人の気配が周りにあって、



皆で一丸となって、



一つの目的に向かって動いているんです」



アーシュは一点を見つめたまま話す。



「抽象的すぎてなんとも……



どこに向かってるのかは分かるのか?」



「なんとなくですが……下へ」



さっぱり分からないな。



アイレンも考え込んでいるようで、



何もしゃべらない。



今まで倒した腐王たちは



「全てが一つになる」



的なことを言っていた。



それと俺が見るガシャの夢の中で、



昴という男は半感染者だからか、



敵と感覚を同期出来ていた。



それらの事から、



アーシュが腐樹化してた間みていた夢は、



決して軽視していい類のものではない。



何か重大なヒントが隠されている気がする。



「アーシュ、これから脳内チップを入れ直す。



それと今後の経過観察も含めて、



ナノ分子も身体に入れる」



小さく頷くアーシュ。



「その夢、もしかしたら俺のみたいに、



映像として見られるか?」



アイレンに訊くと



「可能性はある」



と返ってきた。



機械蜂が数十匹アイレンの手に集まり、



変形して機械の腕を形成する。



「さあ、始めるよ」
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