上 下
278 / 325
最終章 大黒腐編

第265話 人質交換

しおりを挟む
ウルバッハは俺に向けた魔剣を鞘に納めた。



「こんな天気のいい日に王子を殺せるか。



……さて、来たようだな」



ウルバッハが頭上を見上げる。



城の一番近い壁塔にギルギットが姿を現した。



もう一人誰かいる。



千里眼で拡大。



「……っ!! モリア!!」



後ろ手に縛られた状態で、



塔の先端に立たされていた。



ギルギットが掴んでいる腕を離せば、



モリアは落ちる。



地上までは10m以上はある。



とても助からないだろう。



モリアは血の気の引いた顔色だ。



頬には涙の後があった。



「人質交換といこうじゃないか。



ザヤネに埋め込んだ爆弾を無効化して解放しろ」



……やはりそう来たか。



「無効化すれば、モリアを解放すると誓うか?」



「……約束しよう」



ウルバッハはにたりと笑う。



















ガラドレスから西に120㎞  



マーハント軍駐屯基地







マーハント将軍以下、大勢の兵士が武器を構え、



黒ずくめの一人の男を囲んでいる。



「全員、手を出すな。



あいつは【千夜の騎士団】不死身のクガだ」



マーハントの視界には、



次々と情報がポップアップされてくる。



手に持っているのは魔剣シェイクルーパ。



部下たちがざわめく。



「あいつがそうなのか」



「普通の若者に見えるな……」



「バカ、油断するな」



クガは門の前から動かなかった。



マーハントの横にザヤネが来る。



複雑な表情をしているザヤネを見て、



本人が何とか脱走しようと、



救助要請を出したわけではないのは分かった。



なので交渉だろうとマーハントは踏んだ。



そして交渉する案件は……。



「まさかザヤネを取り返しに?」



副将リユウも隣に立つ。



その時、マーハントに脳内通信が入った。



オスカー王子からだ。



『マーハント、ザヤネを解放する。



【千夜の騎士団】の使者が来ているはずだ』



『ええ、不死身のクガが目の前に』



『無条件で渡せ。



こちらも人質を取られている。



絶対に交戦するな』



『分かりました』



『ザヤネに埋めてある小型爆弾に自壊信号を送る』



マーハントの視界から、



ザヤネの生殺与奪権の欄が消えた。



部下たちは殺気を放ち、



今にでもクガに襲い掛からんばかりだ。



「お前たち交戦するな。



オスカー様直々のご命令だ」



マーハントはザヤネと目が合うと、



小さく頷いた。



それを合図にザヤネは歩き出す。



「本当に行くのか、ザヤネ」



声をかけたのはリユウだ。



「仲間になれたと思っていたのに」



それはほとんどの部下たちの総意だった。



ここにいるほとんどの者が、



ザヤネの能力で命を救われている。



ましてや若い兵士が多い。



同年代の女の子が一人いるだけで、



殺伐とした毎日に華が出る。



皆ザヤネの事が好きなのだ。



たとえ魔人でも。



それだけの時間を共に過ごしてきた。



立ち止まり、振り向くザヤネ。



一瞬の間を置き、



ザヤネから影の槍が四方に出現、



周りの兵達の喉元ギリギリで止まる。



「仲間っていうのは対等な関係を言うんだよっ!



こっちは心臓に爆弾仕掛けられてんのに、



それで対等な仲間だと?



私は奴隷だったっ!!!



殺されないように毎日ビクビクしながら、



お前ら全員の機嫌を損ねないように……



媚びへつらってたんだよっ!」



ザヤネは物凄い剣幕で怒鳴った。



目尻には涙が溜まっている。



本音なのか、



クガの手前、そう言うしかないのか、



皆戸惑っている。



「……それで? 仲間だと? 笑わせるな! 



お前らとの思い出なんて考えただけで……



考えただけで……」



脳裏に色々なことがよみがえる。



あれ……



なんで楽しい記憶ばっかりなんだよ……。



言葉に詰まり、ただただ涙だけが流れた。



だって私は心臓に爆弾入れられて……



強制的に……。



リユウが一歩前に出る。



「ザヤネ……



俺たちは皆お前に何度も命を救われた。



感謝している。



だがこれからは敵だ。



今度出会ったら殺し合いになるだろう。



俺はお前を殺したくない。



皆もそうだ。



ザヤネも……そうだろう?



だから二度と会わないことを願う。



それと……俺はお前に惚れていた。



短い間だったけど、



一緒にいれて本当に楽しかった。



ありがとう」



ザヤネの顔が崩れる。



とめどなく涙が流れる。



クガに見られまいとしているのか、



歯を食いしばり、声を殺して。



しかし肩は震えていた。



「なに言ってんだ、ばかやろう……」



ザヤネはそう吐き捨てると、



クガの元へ歩き出した。





















「無効化した。ザヤネは軍から離れたぞ。



モリアを解放しろ」



「……ふむ。上手くいったようだな。



一応言っとくが、



後からまた接続しようとしても無駄だ。



爆弾は、すぐにこちらで手術して取り出す」



「分かってる。何もしない。



早くモリアを解放しろ」



ウルバッハはしばらく俺の顔を睨んだ。



そして僅かに微笑み、



ギルギットを見上げて手を上げた。



ギルギットが頷くのが見えた。



手に何か……あれは短刀か?



おい、やめろ……まさか……



ギルギットはモリアを背中から刺した。



「モリアッ!!!!!」



モリアの目が見開かれる。



「何してんだ、お前ッ!!!!」



ギルギットは手を離し、



モリアは塔の上から落ちた。



生々しい音とともに、



モリアの生体反応が消えた。



「……舐めてんのか。



さっきの言葉は何だったんだ!」



「解放したじゃないか。



肉体という脆い器から。



ん? 違ったのか?



悪い。文化と風習の違いだな。



そんなに怖い顔をするな。



国と宗教が違えばよくあることだ」



ああ、やばいな……頭の血管がキレそうだよ。



こいつらはここで殺す。



殺す殺す殺す殺す殺すッッッ!!!!!!



「炎槍っ!!!」



俺はフラレウムから特大の炎の槍を出した。



特訓していた新技。



例えるなら青い巨大なガスバーナーだ。



炎槍は壁を丸くくり抜いた。



かわされたか。



離れた所に着地したウルバッハは、



「今日はお前の相手は出来ない。



悪いが俺は忙しいんだ。



やらなきゃならないことが溜まってるんでね」



そう言い残し、ジオーと共に透明化して姿を消した。



「逃がすかよ」



すぐに辺り一帯を焼き払おうと思った時、



上からギルギットが降ってきた。



粉塵の中からゆっくりと出てきたギルギットは、



「俺は暇だぜ。



遊んでくれよ、王子様」



と人差し指をちょいちょいと動かし、



挑発してきた。

しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

異世界で神様になってたらしい私のズボラライフ

トール
恋愛
会社帰り、駅までの道程を歩いていたはずの北野 雅(36)は、いつの間にか森の中に佇んでいた。困惑して家に帰りたいと願った雅の前に現れたのはなんと実家を模した家で!? 自身が願った事が現実になる能力を手に入れた雅が望んだのは冒険ではなく、“森に引きこもって生きる! ”だった。 果たして雅は独りで生きていけるのか!? 実は神様になっていたズボラ女と、それに巻き込まれる人々(神々)とのドタバタラブ? コメディ。 ※この作品は「小説家になろう」でも掲載しています

ガチャからは99.7%パンが出るけど、世界で一番の素質を持ってるので今日もがんばります

ベルピー
ファンタジー
幼い頃にラッキーは迷子になっている少女を助けた。助けた少女は神様だった。今まで誰にも恩恵を授けなかった少女はラッキーに自分の恩恵を授けるのだが。。。 今まで誰も発現したことの無い素質に、初めは周りから期待されるラッキーだったが、ラッキーの授かった素質は周りに理解される事はなかった。そして、ラッキーの事を受け入れる事ができず冷遇。親はそんなラッキーを追放してしまう。 追放されたラッキーはそんな世の中を見返す為に旅を続けるのだが。。。 ラッキーのざまぁ冒険譚と、それを見守る神様の笑いと苦悩の物語。 恩恵はガチャスキルだが99.7%はパンが出ます!

異世界最強の賢者~二度目の転移で辺境の開拓始めました~

夢・風魔
ファンタジー
江藤賢志は高校生の時に、四人の友人らと共に異世界へと召喚された。 「魔王を倒して欲しい」というお決まりの展開で、彼のポジションは賢者。8年後には友人らと共に無事に魔王を討伐。 だが魔王が作り出した時空の扉を閉じるため、単身時空の裂け目へと入っていく。 時空の裂け目から脱出した彼は、異世界によく似た別の異世界に転移することに。 そうして二度目の異世界転移の先で、彼は第三の人生を開拓民として過ごす道を選ぶ。 全ての魔法を網羅した彼は、規格外の早さで村を発展させ──やがて……。 *小説家になろう、カクヨムでも投稿しております。

転生したおばあちゃんはチートが欲しい ~この世界が乙女ゲームなのは誰も知らない~

ピエール
ファンタジー
おばあちゃん。 異世界転生しちゃいました。 そういえば、孫が「転生するとチートが貰えるんだよ!」と言ってたけど チート無いみたいだけど? おばあちゃんよく分かんないわぁ。 頭は老人 体は子供 乙女ゲームの世界に紛れ込んだ おばあちゃん。 当然、おばあちゃんはここが乙女ゲームの世界だなんて知りません。 訳が分からないながら、一生懸命歩んで行きます。 おばあちゃん奮闘記です。 果たして、おばあちゃんは断罪イベントを回避できるか? [第1章おばあちゃん編]は文章が拙い為読みづらいかもしれません。 第二章 学園編 始まりました。 いよいよゲームスタートです! [1章]はおばあちゃんの語りと生い立ちが多く、あまり話に動きがありません。 話が動き出す[2章]から読んでも意味が分かると思います。 おばあちゃんの転生後の生活に興味が出てきたら一章を読んでみて下さい。(伏線がありますので) 初投稿です 不慣れですが宜しくお願いします。 最初の頃、不慣れで長文が書けませんでした。 申し訳ございません。 少しづつ修正して纏めていこうと思います。

のほほん異世界暮らし

みなと劉
ファンタジー
異世界に転生するなんて、夢の中の話だと思っていた。 それが、目を覚ましたら見知らぬ森の中、しかも手元にはなぜかしっかりとした地図と、ちょっとした冒険に必要な道具が揃っていたのだ。

転生したら貴族の息子の友人A(庶民)になりました。

ファンタジー
〈あらすじ〉 信号無視で突っ込んできたトラックに轢かれそうになった子どもを助けて代わりに轢かれた俺。 目が覚めると、そこは異世界!? あぁ、よくあるやつか。 食堂兼居酒屋を営む両親の元に転生した俺は、庶民なのに、領主の息子、つまりは貴族の坊ちゃんと関わることに…… 面倒ごとは御免なんだが。 魔力量“だけ”チートな主人公が、店を手伝いながら、学校で学びながら、冒険もしながら、領主の息子をからかいつつ(オイ)、のんびり(できたらいいな)ライフを満喫するお話。 誤字脱字の訂正、感想、などなど、お待ちしております。 やんわり決まってるけど、大体行き当たりばったりです。

積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!

ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。 悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る

マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息 三歳で婚約破棄され そのショックで前世の記憶が蘇る 前世でも貧乏だったのなんの問題なし なによりも魔法の世界 ワクワクが止まらない三歳児の 波瀾万丈

処理中です...