【北の果てのキトゥルセン】 ~辺境の王子に転生したので、まったり暮らそうと思ったのに、どんどん国が大きくなっていく件について~

次元謄一

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第五章 大陸戦争編

第242話 マルヴァジア沖海戦編 波間の海

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倒れたユレトの前にクロエが近づいてくる。



アラギンは傷口の痛みを無視して、



クロエの前に立ち塞がった。



「待ってくれ、クロエ殿!」



「アラギン、何の真似だ?



裏切るのか?」



血のにじむ脇腹を抑えながら、



アラギンは剣を地面に刺した。



「俺はガスレ―王国の騎士だ。



昔、その国の姫を守ると誓ったんだ」



アラギンの意志の籠った声を聞いて、



ユレトは思わず口に手を当て息を呑んだ。



遥か昔の記憶が呼び起こされ、



あふれ出る涙を必死に抑える。



「……これは反逆行為とみなすぞ」



「悪い、クロエ殿。これだけは退けない」



鋭い目つきになったクロエは、



容赦なく氷の鉄槌を地面から生やし、



アラギンを後方に吹っ飛ばした。



「エイクッ!!」



その時、突然マストに何かが直撃した。



巨大なマストがバキバキと音を立てて落下してきた。



飛んできたその何かとはギーだった。



白い体毛は血で染まり、



大狼の魔獣はピクリとも動かない。



「ギーッ!!!」



クロエは思わず叫ぶ。



その一瞬の隙を、ユレトは見逃さなかった。



クロエの心臓目掛けて、



水の針を三つ、猛スピードで放つ。



だがクロエは直前で気付き、身体を反転させた。



二つは躱せたが、三つ目は肩に深く突き刺さり、



その勢いのままクロエは壁まで吹っ飛ばされた。



「ああっ!!」



鎖骨の下に刺さった水の針が、身体を支える形で、



クロエは壁にぶら下がる格好となった。



久しぶりの激痛に身を悶える。



「クロエッ!!」



すぐにジェイドが飛んできた。



「おい、これ……くそどうなってる?」



ジェイドは水の針を外そうとするが、



手は針をすり抜けてつかめない。



クロエは自身の能力で凍らせて取ろうとしたが、



水の針は凍らなかった。



とんでもない量の魔素が練り込まれているらしい。



「……いい、ジェイド。



このまま肩をちぎって下に降りる」



ジェイドは信じられない顔をした。



「お、おい、そんなことしたら……」



「出血は凍らせて止める。



どいて……ジェイド」



「だめだ、見てられない」



「う、くっ……邪魔、するな!」



「俺には生きてれば、



お前と同い年の娘がいた!」



突然の大声にクロエは驚いて止まった。



真剣な眼差しのジェイドに圧倒される。



「お前のように無茶をするやつでな……



自分は死なないと思っていた。



ある日崩落事故に巻き込まれて……



翼と足を失い、寝たきりなった。



生きる気力を失って、



みるみる弱っていって……



最後は……



だから、お前を見てると娘を思い出すんだ。



髪型も一緒で、顔もなんとなく似てるしな」



父親ほども離れている人の、



懇願ともいえる表情に、



クロエは胸が締め付けられた。



「自分より若い奴が死んでゆく姿を、



もう二度と見たくないんだ。



……だから無茶はしないでくれ」



自分の事を心配してくれる人が、



極端に少ない人生を送ってきた身としては、



心に響く。



「……ジェイド、ありがとう。



冷静になった。でも私は魔人だ。



簡単には死なない。死んではいけない。



オスカーと王国への、感謝と贖罪……



それが私の存在意義。



それが私の仕事なんだ。



娘の……名前は?」



「ベサニーだ」



クロエは僅かに微笑みながら



「帰ったら墓参りに連れてってくれ」



と言った。











「……フェシア、



一旦退いてくれないか」



アラギンは自分の傷を診てもらいながら、



諭すように言った。



「クロエ殿はオスカー王子に、



大きな恩があるんだそうだ。



彼のためなら命を捨てても止まらない。



俺はそれを知っている。



でもフェシアは脅されて戦っている。



この差は歴然だ。



いずれ殺されてしまう。



そもそもお前は、優しい性格だ。



人を傷つけることなんて……



そうとう無理してきたんだろ?



だから物語の登場人物の名を名乗って、



心が壊れないようにしてるんじゃないのか?」



ユレトははっとしアラギンを見上げた。



真摯なまなざしはあの頃から変わっていない。



自分の事を知っている人、理解してくれる人、



そんな人もう何年も会ってなかった……。



やっぱりエイクは特別だ。



ずっと離れていたのに、



私の心の内をこんなに理解してる。



今、この人に抱き着けたらどんなに幸せだろう。



「共に生きる道はあるはずだ」



退くことが出来るならとっくに退いている。



こんなに相性の悪い魔人相手にどう勝てというのだろう。



でも……。



『面白い展開だな』



ユレトの脳内にウルバッハからの通信が入る。



『どうするんだユレト……いやフェシア王女?』



ウルバッハは愉快そうな声だ。



憎い。



ユレトは血が滲むほど拳をきつく握りしめた。



……ほら、やっぱりそうだ。



全てウルバッハに見られている。



家族と国は、私の個人的な感情で捨てられるほど、



小さいものではない。



どうして私にこんな力を与えたの? 



一体誰が……?



ユレトはアラギンに涙が見えぬよう、目元を拭った。



「……名前変えたんだね。



今まで大変だったでしょう?」



「え? ああ、まあ。



いやそんな昔ばなし今してる場合じゃないだろ」



「させてよ、昔話くらい。



これが最後かもしれないし」



フェシアの笑った顔に、エイクは一時見惚れた。



「……そうか。



両親はザサウスニア帝国の、



下級貴族の身分を手に入れたけど、



そのために財産をほとんど使い切って、



借金して……病死した。



俺は養子になって……



いや、やっぱりやめよう。



ごめんな、



フェシアの方が100倍大変だったよな」



アラギンはユレトの手を握った。



瞬間、ユレトは胸の奥が疼くのを感じた。



安心感と、少しの恥じらいの感情。



やはり自分はこの人の事を心の支えにして、



今まで耐え生きてきたのだと、改めて思う。



「……もう会えないと思ってた。



最後に少しでも話せて、私は幸せ者だね」



こらえていた涙が頬を伝った。



「最後って……」



ユレトは涙をぬぐうと立ち上がった。



「悪いけど退くことは出来ない。決着をつける」



振り返れば肩から血を流したクロエの姿があった。



「……話は済んだか?」



「ええ。待っていてくれて感謝するわ」



二人は一定の距離を取って向かい合う。



「……やめろ、やめてくれ、もう戦うな……」



アラギンの絶望の声は、風の音に消えた。







クロエとユレトの死闘は凄絶を極めた。



お互いギカク化する魔力は残っていなかったが、



一撃一撃に相当量の魔力を練り込んでいた。



クロエは氷弾を乱れ撃ち、



凍った海蛇のオブジェを破壊し、



ユレトは傷口から自らの血液を操作し、



真っ赤な鎌を成形、



足元の船の原型を留めないほど斬り刻む。



しばらくは互角の戦いが続いたが、



徐々にクロエの氷弾が、



ユレトの身体を撃ち抜き始めた。



「うぐっ!……あうっ!」



ユレトは全身から血を流しながら、



遂に膝を折った。



「……強いわね、クロエ・ツェツェルレグ」



「……捕虜になるなら殺さない。



どうする?」



「フェシア! 投降しろ!



死んでしまうぞ!」



ふらつく足取りでやってくるアラギンが声を上げた。



ユレトは能力を収めた。



「……たくさんの人を殺してきた。



私に生きる資格なんてもうないの。



ここで死ぬなら本望。



私の〝死〟が、



こんなにも意志の強くて、



芯のある素敵な人でよかった。



何の悔いも残らない綺麗な幕引きが出来るなら、



……私はそれが幸せよ。



ずっと望んでいたのかもしれない。



……あなたのような人が現れるのを」



ユレトは邪気のない笑みをクロエに向けた。



「投降……しないのか?」



「しないわ」



毅然と言い放ったユレトは両手を広げた。



清々しく、そして晴れやかな顔だった。



「そうか」



クロエは巨大な氷柱を瞬時に形成、



ユレト目掛けて放った。



「やめろっっ!!!」



氷柱の先端が刺さる寸前、



身を挺したアラギンが間一髪、



ユレトに飛び付いた。



二人は勢いそのままに船から落下、



氷の狭間から覗く海に消えた。









その後、どれだけ探しても二人は見つからなかった。

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