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第五章 大陸戦争編

第219話 十一回目の夢とリンギオの涙

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赤いライトが暗闇をぼんやりと照らし、



真向かいに座る昴の姿が視界に入る。



外の景色も望めない戦闘ヘリの中。



ヘリ独特の揺れは、



何度乗っても慣れるものではない。



『降下ポイントまであと五分』



パイロットの声が機内に響いた。



「みんな聞いた? 各自準備を怠るなよ」



今回は単純な駆除任務でも、



回収任務でもない。



出来るだけ【ワーマー】との接触を避ける、



スニーキングミッションだ。



よって装備も通常時とは異なる特別仕様で、



各員の銃口の先には貴重な消音機が装着され、



頭部にはヘルメットと一体になった暗視装置が、



武骨なシルエットを浮かび上がらせている。



「ねえ飛鳥、ホントだからね。私が言った訳じゃないからね」



隣で私の顔を覗き込んでくるのは



〝ジュリエット4〟の隊長、一ノ瀬小夜だ。



階級は秋人と同じ一曹。



弓道部だったので、背中に弓を背負っている。



腕前は一級品だ。



今回の任務にはぴったりの装備だろう。



小夜は小学校から一緒で私の親友。



五年前のあの日、



地元で【ワーマー】に襲われ学校から共に逃げてきた仲だ。



知り合いのいない横浜の地で、



お互いが唯一の心の拠り所だった。



けど今は……。



「いいよ、別に」



「ごめんね、怒ってる?」



「怒ってない」



「う~怒ってるじゃん」



私の秘密を知っているのは小夜と赤沢三佐のみ。



言わないでほしいと言ったのに、



局長に知られたのは、この二人のミスだ。



丸顔で垂れ目、髪こそロングだが、



その風貌はどことなく狸っぽくて、



私を覗き込む困り眉のその顔は破壊力抜群の可愛さだ。



いつもなら許してしまうのだが、今回は心を鬼にした。



「もう、過ぎたことだから。それより集中」



「……分かった。帰ったらまた話そう」



昴は長澤博士となにやら話しこんでいる。



声はローター音で聞こえない。



秋人は〝ジュリエット4〟の女の子をナンパしていて、



かぐやは小型ナイフをくるくると投げ、遊んでいる。



『〝荒鷲2〟着陸』



『了解』



サポートチームを乗せたヘリは指定ビルの屋上に着陸した。



次は私たちだ。



昴がM4カービンの撃鉄を引いた。皆もそれに続く。



『〝荒鷲1〟着陸する。周囲に【ワーマー】の影なし。



ハッチを開けるぞ』



機体の後部ハッチがゆっくりと開き、



強風が機内に入ってきた。



月明りでうっすら首都高が見える。



地上までは七mほどあるだろうか。



機体はゆっくりと降下していき、多少の衝撃と共に着陸した。



『〝荒鷲1〟着陸。回収は十二時間後』



全員が一斉に外に出た。



目線と銃口を一体化させ、素早く周囲に展開。



一面グリーンの世界に動くモノはいない。



遅れて警護対象者三名が出てきて、ヘリは離陸した。



ヘリの音で【ワーマー】が集まる前に移動しなければならない。



昴が「前進!」と声を上げ、私たちは足を進めながら、



医療局の三人を中心に陣形を作った。



『〝リマ2〟から〝ロメオ1″



ドローン展開中、少々お待ちください』



上空をドローンが私たちの進行方向へ飛んで行った。



乗り捨てられた車列の合間を縫いながら、慎重に前進。



ヘリの羽音が聞こえなくなり、辺りは静寂に包まれた。



「飛鳥、右だ」



昴が言った通り、車の影から二体の【ワーマー】が出てきた。



歩きながら二連射。



ボシュッボシュッと空気が抜けたような音が響く。



「かぐや……」



かぐやは昴が言い終わる前に、



向かってきた【ワーマー】の頭にナイフを突き立てた。



「後ろから三体。やります」



〝ジュリエット4〟の隊員が、三連射する音が聞こえた。



『こちら〝リマ2〟右の通りから約十体向かってます。



誘導します』



どこか近くの空をドローンが飛んでゆく。



【ワーマー】は音と光に敏感だ。



『右、二時の方向。バスの裏に【キケイ】らしき影。



……頭見えますね。ここから狙います。



外したらカバーお願いします』

〝リマ2〟狙撃手の声。



すぐに銃弾の着弾音が四回聞こえた。



バスに一番近いのは私だったので、



一人陣形から外れて確認しに行く。



ダチョウのような姿の【キケイ】だった。



もう息はしていない。口は肉食のそれだ。



こんな素早くて凶暴そうな【キケイ】が目の前に現れたら、



危なかったかもしれない。



『死んでる。ありがとう』



昴と秋人も時々発射音を響かせながら、



左サイドの【ワーマー】を駆除している。



気にはなるけど、見ない。



昴はかぐやには最低限の指示しか出さない。



何も心配はないのだろう。



『後方、六時の方向に【四つ足】接近中』



「私がやる」



 小夜の声。連射音。



「みんな優秀なのね」



長澤博士はぼそりと呟いた。なんだか呑気な人だ。



『前方、十一時に群れがいます。ドローンで誘導します』



「秋人、車の影に一体、



飛鳥、路地から【四つ足】、



〝リマ2〟正面の三体狙える?」



『いけます』



相変わらず、昴はまるで死角まで見えているかのように、



的確な指示を出している。



どうしたらあんなことが出来るのだろう。



大型犬ほどの【四つ足】を仕留めつつ、私は昴に感心した。



「みんな止まって! ……隠れろ!」



珍しく昴が焦った声を出した。



皆一斉に車の影へ身を隠す。



やがて重い足音が聞こえてきた。



現れたのは巨大なワニのような【キケイ】だった。



「あんなのどうやって……」



隣の小夜が呟いた。



『〝リマ2〟攻撃しないで。



相手をしていたら予定が狂う。やり過ごすよ』



『了解。ドローンで誘導します』



全長が十五mはあろうかという巨体がゆっくりと傍を通り過ぎる。



初めて見たサイズにみんな息を呑む。



「あれが【腐樹】の実から生まれるなんて信じらんない」



思わず口に出すと小夜は



「まさか卵産んでる訳じゃないだろうしね」と答えた。



車が潰れる音が聞こえ、



私は少しだけ首を伸ばし様子を窺った。



大型の【キケイ】は私たちに気付かず、やがて路地裏に消えた。



「行くぞ、もう少しだ」



前方の【ワーマー】に引き金を引きながら、



昴はすでに足を進めていた。



私は慌てて追いつき歩調を合わせた。



それにしても【ワーマー】の数が多い。さすが東京。



「はぁ、イッちゃいそう……」



かぐやの独り言が聞こえてきた。



ちらっと見ると恍惚の表情を浮かべながら、



息が荒くなっている。



いつものように【ワーマー】を殺すたびに快感を感じているようだ。



ファイティングナイフを持つ手がふるふると小刻みに震えている。



うーん、やばい状態一歩手前ってとこか。



出来るだけ近づかないようにしようと思った。



着陸地点から約1キロ進んで目的の建物に辿り着いた。



割れた自動ドアを潜り、ガラス片を踏みしめながら中に入る。



「こっちよ。奥の階段から下に行ける」



長澤博士はまるで知ってるかのような口調だった。



「ここ、知ってるんですか?」



隣を歩いていたので聞いてみた。



「ここはメルス製薬の研究施設で、昔の私の職場よ。



ブリーフィングでも言ったけど……」



博士は不思議そうな顔をして私を見た。



「あ……すいません」



「いや別に責めてないって」



笑いながら博士は私の肩を軽く叩いた。



明るい人だ、と思った。



こんな世界でも人生を楽しんでいる感が伝わってくる。



その時、前を歩いていた昴がよろけて壁に手を付いた。



全員が一旦止まる。



「おいおい、大丈夫か」



秋人が昴の肩を掴んで支えた。



「……ああ、悪い。大丈夫」



表情は見えないが、なんだか辛そうだ。



本当に大丈夫だろうか。



昴は自分の事を人に言わないから心配になる。



階段を降りると、重厚なセキュリティドアが現れた。



ノブ横の機械に赤い光が灯っている。



「あ? 電気通ってるのか?」



秋人の驚いた声が響く。



「思った通りね、どいて」



博士が皆を押しのけて、ドアの前に来た。



そして懐からカードキーを取り出し、機械に通す。



赤いランプが緑に変わり、ガコっと扉が開いた。



ドアの内側は明かりが付いていた。



皆暗視ゴーグルを外し、強烈な光に目を細める。



蛍光ランプが白い床に反射しひと際眩しかった。



一本の廊下の両側にいくつか部屋があり、



先はT字路になっている。



銃を構えながら昴とかぐやが手前の部屋に入った。



そこは薬品棚や研究機材が並ぶ倉庫のようだった。



「おい、これ」



秋人が手にしたのはカップ麺の容器だ。



倉庫の一角には寝袋や折り畳みのイス、



缶詰のゴミなどが置かれていた。



「誰かいるな」



全員に緊張が走る。



「会社の人間かしら……まさか五年間ずっとここにいたの?」



博士も少し不安そうだ。



廊下を出て他の部屋をチェックしようとした時だった。



「動くな!」



T字の角から三人の兵士が銃口をこちらに向け出てきた。



こちらも反射で銃口を向ける。



人だ。



私たちは対【ワーマー】の実戦は積んでいるが、



〝対人〟の訓練は積んでいない。



一気に全身が強張る。



向けられた銃口がこんなにも恐怖だなんて。



















ノーストリリア城の裏の墓地







真夜中、リンギオは、



誰もいない墓地に座り込む一人の男を、



離れた所から見ていた。



あれは新しい墓だ。



外交大臣ギャイン・ゼルニダ、



一番隊隊長ダカユキー、



そして魔獣カカラル。



ガシャの夢を見て寝れなくなったから、



外に出ると言ってここに来た。



あれから2時間。



オスカーは墓の前から動かない。



リンギオは樹に背中を預けながら、



ギリリと腰の〝魔剣キュリオス〟を握りしめた。



「すまない王子。



これが精いっぱいだった……」



リンギオは静かに呟き、涙を流した。
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