【北の果てのキトゥルセン】 ~辺境の王子に転生したので、まったり暮らそうと思ったのに、どんどん国が大きくなっていく件について~

次元謄一

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第四章

第206話 九回目の夢

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「はあ……」



プラザ2階にある食堂の隅の席に座りながら、



その日一番の大きな溜息をついた。



昴の煮え切らない態度がもどかしく、



焦りばかりが大きくなる。



時間がないっていうのに。



彼は私の事をどう思っているのだろうか。



普段の言動からそれを推し量るのは難しい。



昴は誰に対しても一定の距離感とテンションで接する。



一緒にいても壁を感じることがたまにあるのだ。



壁を作っていないのはかぐやと秋人くらい……。



あの二人は昴と小さい頃から一緒だったのでやっぱり特別なんだろう。



隣のテーブルに一組のカップルがぴったりと寄り添って座っていた。



女は看護服を着ているので医療局の人間だろう。



男の方は見覚えがある。



確か〝タンゴ2〟の狙撃手だ。



さっき射撃訓練場でちらっと見た。



汚れた戦闘服のまま席に座っている。



〝タンゴ2〟は実力のある上位チームで、



私の部隊〝ロメオ1″をライバル視していると聞いたことがある。



一度、隊長が昴に絡んでいるのを見たことがあった。



昴は事なかれ主義な性格なので、



めんどくさそうにあしらっていたが。



顔も覚えていないが〝タンゴ2〟の隊長は好きになれそうもない。



こんな世界になってまで人間同士が争うなんて馬鹿げていると思う。



そんなことを思い出しながら、



二人の仲睦まじい姿を見ていると、



なんだかとても空しい気分になる。



リア充は死ね! と言いたいところだが、



今の世の中での死ね、は流石に洒落にならないので自重する。



私は昴と将来的にああなれるのかどうか……。



気が付くと、私は無意識のうちにモバイル端末を握り締めていた。



もう繋がらない、役に立たない小さな機械。



なのに私はいつも肌身離さず持ち歩いている。



今では自分にとって一種のお守りの様なもの……。



不安な時や緊張している時など、



保存されている写真や動画を見るのが癖になっていた。



〈今日は何時に帰ってくるの? 遅くなるなら連絡下さい〉



五年もの間、毎日懲りずにこのメールを開いてしまう。



返せなかった一通のメール。



今日までずっと、後悔の念が私の胸の中に居座り続けている。



お母さん……。



そこまで考えたとき、僅かに視界がぼやけた。



喉が熱い。



私はそこで込み上げてくる感情を押し戻した。



だめだ……。



また過去に飲まれそうになってしまった。



割り切らなきゃ。もうあの頃には戻れないって。



家族を想えば想うほど、心が崩れる。



平常心が保てない。



五年以上も経ったのに……人って弱いな。



乱れた心を落ち着かせたときだった。



見知らぬ男が話しかけてきた。



「玖須美飛鳥さん、だね? 



僕は物流管理局の局長補佐官をやっています、



中田雄太郎です」



高級スーツに茶色い革靴、斜めに流した短髪はあごひげに繋がり、



その中には自信たっぷりに上がった口角と細い目があった。



長身だが長く大きい顔が全体的なバランスの悪さを際立たせていた。



「僕の事、知ってる?」



知っていてほしい顔をした……その瞬間、嫌悪感を感じた。



この男は自己顕示欲が強い。



「中田局長の息子さん、ですか?」



私は人の名前と顔を覚えるのが苦手だが、



流石に五人の局長の名前くらいは知っている。



「そうです、知っていてくれてうれしいなぁ。



……あなたは噂ではホワイトタグにしようとしてるらしいけど、



おすすめ出来ないな。君はそんな軽々しい女じゃないはずだ。



もっと高貴でいてくれないと困る」



いきなりなんだ、この男は。



「僕はあなたにふさわしいと思うんだ……



というかあなたに釣り合う男は僕しかいないと思うんだよ。



こんな世界になる前、僕の父は日本を代表する海運会社の社長だった。



昔の話だけど親戚には元首相もいる。



由緒正しき家柄だよ。



さっさと現場なんかやめて、ブルータグにして、僕と結婚しよう!



そして子供をたくさん作るんだ。君の血を絶やしちゃいけない」



やばい、ちょっとイッちゃってる奴だ。



「おいコラ、飛鳥から離れろ」



ドスの利いた声。



編み上げブーツをカツンと鳴らし、



真っ黒な戦闘服姿のかぐやが現れた。



腰には刃渡り三〇㎝のファイティングナイフが装備してある。



「途中から聞いてたけど、とんだ妄想野郎だな。



現実世界に耐えられなくて、



自分の都合のいい事しか目に入らない自己中君か? どーなんだ、あぁ!」



「……夏目かぐや二曹、飛鳥さんのチームメイトだね。



……君はキラージャンキーらしいね。



とても有名だよ。



現場じゃ優秀らしいけど、誰も君と一緒になりたくないってさ」



躊躇なく中田の胸ぐらを掴んだかぐやの目は、完全に瞳孔が開いていた。



「舐めてんのか」



さすがに怖いのか、中田の膝が微かに震えている。



「な、なんだ! 暴力か! 出来るものならやってみろ。



僕は局長補佐官だ、問題にな……ぐえ!」



かぐやのボディブローが綺麗に決まる。



みぞおちを抑えた中田はかぐやの足元に崩れ落ちた。



「親父の力だろ、親父がいなかったら、お前に一体何ができる?」



「ほんとにやる奴があるかよ……覚えてろ」



中田は涙目になりながら



「あ……飛鳥さん、ま、またね」と不気味に笑い、去っていった。



「聞いた? 覚えてろって……漫画かよ、ホントに言う奴いるんだね」



かぐやは呆れながら肩をすくめた。



「ありがと、助かったよ」



「飛鳥、あんた完全に私に任せてたでしょ」



「バレた? あーゆうのはかぐや得意だと思って」



私は舌を出した。



「笑ってんじゃねーよ」



私たちはカウンターにお茶を取りに行き、席も変えた。



午後5時のブリーフィング後、私たちは出撃する。



仕事前のティータイムだ。



「で、どうすんの? 飛鳥、ホワイトタグにするの?」



本気で言っていた訳ではない。



私がホワイトタグにすると言ったら、



昴はどういう顔をするのか気になっただけだ。



本当につまらない理由だったはずが、



思いのほか色々な所に広まっているらしい。



すごく困る。



「かぐや、本登録済みなんだよね? 



何回……あの……あったの?」



「何が? セックス?」



「ちょ、ちょっと声が大きい」



焦って周りを見回す。



「何だよ、聞くならはっきり聞けよ……ぷっ、飛鳥、顔赤い」



言われて耳が熱い事に気が付いた。



「そ、そういうの、やめろ」



「……なるほど、こういうのね、飛鳥が男に人気の理由は」



 腕組したかぐやはうんうんと頷いた。



「な、なに?」



「今の飛鳥見てたら、私も興奮したもん」



「なんだよぉ、からかうなよぉ……」



「あー可愛いー、あっはっは」



「だから声が大きい」



何人かがこちらを見ている。恥ずかしい。



かぐやはお茶を一口飲んだ。



「まあ真面目な話すると、……そうね、十二回……ぐらいかな」



「そんなに! ど、どんな感じ? トラブルとか……あった?」



予想以上の回数に動揺を隠せない。



「何もないよ。問題無し……



ただ男共は浮かれてる奴の方が多いな。



本当に人類が滅亡寸前で、人口増やさなねば、って考えてるのは少ないね」



「……そう。でもかぐやは現場にいたいんでしょ? 



子供出来たらどうするの?」



かぐやが現場を離れるなんて想像つかない。



もしそうなったら広報に特集記事が載りそうだ。



「当たり前に出来る訳じゃないからね、子供って。



平穏な暮らししたい思いもあるけど……どうだろ。



全てを運命に任せてる感じかな。



どっちに転んでもいいやって感じ」



かぐやの穏やかな表情は滅多に見ない。



ああ、写真撮りたい、などと一瞬頭をよぎったが、



そんなことよりもまず、意外によく考えてるんだな、と感じた。



意外は失礼か。



「ふーん……よくさ、覚悟があるか、



割り切れるかだって聞くけど、私は正直まだないんだよね」



「じゃあ、やめときな。迷ってんなら後悔するよ。



……私はさ、特別好きな人とかいないんだよね。



私を求めてくれるなら、どうぞ、って感じ。私なんかでいいならさ」



「そんな風に自分の事言わない方がいいよ……



かぐやの事好きな人知ってるよ、私」



「いいよ、さっきの奴が言ってたのが正解。



周りからどう思われてるのかなんて知ってるよ。



でも自分でもどうしようもないんだ。



私は戦争中毒者で殺戮快楽者で変態だよ」



かぐやの言葉は聞いていて胸が苦しくなる。



何が彼女をそうさせているのか。



かぐやの過去に何があったのだろう。



「私の話はいいんだよ。飛鳥の話」



かぐやはほら、聞かせろとまるで姉のような顔をした。



「……昴はさ、私の事どう思ってるのかな」



「飛鳥……なんとなく分かってたけどさ、あいつはやめときな」



 いつの間にかかぐやは真顔に戻っていた。



「なんでよ、別に私の勝手でしょ?」



「あんたが傷付くだけだよ」



「……やっぱり誰か相手がいるの? かぐや、知ってるの?」



「違うけど、絶対に幸せになれないよ」



かぐやは視線を合わせなかった。何かを思い出す、そんな表情だ。



「だからなんで決めつけるの。 何か知ってるなら教えてよ」



「あんまり言いたくないけどさ……まぁ、こういう状況じゃ仕方ないか」



 少しの沈黙の後、かぐやは真剣な目を向けてきた。



「五年前、あいつは……愛する人をその手で殺したんだ」
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