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第三章

第143話 野営地にて

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「ここまでお互い生きてるのは奇跡ですね」

野営地のとあるテント。

シボはルレの包帯を替えていた。

「そうだな……シボは最後まで生き残りそうだけどな」

ルレは真顔でそんなことを言う。

「どういう意味ですか、それ」

ジト目で見上げるがルレはこちらを見ていない。

テントの出入り口から行き交う兵たちを眺めていた。

「ルレさんも強いからなんだかんだ爺さんの年まで生きてそうですよ」

「僕はそこまで生きたくないよ」

笑ったルレはそこでようやくシボを見た。

反射的に目を逸らしてから、

シボは心の中で後悔した。

「何でですか? 

お爺さんのゾフさんなんかいいじゃないですか。

孫もいっぱいいて、ミルコップ軍団長のご意見番だし、

家族も名誉も手に入れて……。

大抵の人にとって目指すべき目標じゃないですか」

ようやく目が合ったが、今度はルレが目を逸らした。

「僕は一回死んでるからね。

……今はご褒美みたいなもんなんだ」

「え、どういうことですか? その話知りませんけど」

ルレは遠い目をした。

「小さい頃、凍った川に落ちて一回死んだらしいんだ。

その時その場にいたミルコップ軍団長が生き返らせてくれたんだよ」

びっくりだ。そんな話は知らなかった。

「そうだったんですね……凄いですね、ミルコップ軍団長」

「当時は奇跡って言われたんだけど、

最近ほら、オスカー様とユウリナ神が作った医術書に、

心肺蘇生法ってあったじゃない?

ミルコップさん本人にも確認したけどさ、

確かに身体をこすったって言ってたから、

偶然心肺蘇生法が出来てたんだなって話をしてたんだよ」

シボの手は包帯を握ったまま止まっていた。

「なるほど、私も覚えておいた方がいいですね。

……あ、安心して下さい。

ルレさんがまた死んだら、

私がその……し、心肺蘇生法で生き返らせてあげます」

ルレは笑った。

「……頼むよ。ていうかシボ、雰囲気変わったな。

なんていうか……女っぽくなったというか……」

顔が熱くなったのをシボは感じた。

最近、髪型を頻繁にいじっているのだ。

「そ、それ失礼じゃないですか。元々女です……

ていうか……ルレさんのためですよ……」

つかの間の沈黙。

「そうか……僕はシボのために何をしてあげられるかな……」

二人は見つめ合い、ややあって唇を重ねた。

今回は、部下の妨害には合わなかった。




医療テントで寝ているミーズリーの隣に、

ベミーとキャディッシュが座っている。

「お、目が覚めた。大丈夫か?」

ベミーは嬉しそうに立ち上がった。

「やれやれ、心配したんだぞ。

ユウリナ神の機械蜂が毒を治してくれたんだ。

あと少し遅かったら死んでたそうだ」

キャディッシュは不安の裏返しで早口でまくし立てた。

「……そうか。私は生きているのだな……。

あいつは、シキはどうなった?」

「クロエが倒したよ」

そう言ってベミーは振り返り、後ろを指差した。

離れたベッドの上には体の至る所に包帯を巻いたクロエが、

ネネルと何やら話し込んでいた。

ネネルも包帯が目立つ。

「そうか……。ネネルも起きたんだな」

「ああ、まだ不安は残るみたいだけどな」

キャディッシュは心配そうに君主を見た。

「……みんなボロボロだな」

ミーズリーは苦笑した。

「でも生きてる」

キャディッシュは包帯の巻いてある翼を動かした。

「俺はまだぴんぴんしてるぞ」

ベミーだけいつもと変わらない。

「そうだな。お前にはいざとなったら狂戦士化もあるしな。

頼りにしてるぞベミー」

ミーズリーはベミーの腕に手を添えた。

ベミーは「あ、ああ! 任せろよ!」と大きな声で答えた。

「なんだ急に大きな声で」

そう笑ったキャディッシュに、

「俺は戻るよ。あとは二人で」と言ってベミーは席を立った。

「まだいいだろう」と言ったミーズリーとは裏腹に、

「お、お前も気を使えるんだな」とキャディッシュは笑顔だった。




王族用テント。

「おいおい、大丈夫かアーキャリー。

少し休んだ方がいいんじゃない?」

荷物棚によろけて手をついたアーキャリーは、

こめかみを抑えて下を向いていた。

テントの前半分は作戦指揮所も兼ねているので、

バルバレス等数名の軍関係者が出入りしていた。

「だ、大丈夫です。少し貧血なだけで……」

「いいから、こっちおいで。

ほら、ここで寝てろ」

俺はアーキャリーの手を取り奥のベッドへ連れて行った。

アーキャリーは「あぁ……」と言って、

多少戸惑いながらも言われたとおりに横になった。

「すいません。こんな時に……」

「何言ってんだ、手伝ってくれるだけでもありがたいよ。

医術師たちも感謝してたぞ」

「それは……よかったです……」

血の気の引いた顔でわずかに笑ったアーキャリーはそのまま目を瞑った。

作戦指揮所の机に戻った時、ルガクトが入ってきた。

「オスカー様、お疲れのところ申し訳ありません」

「ルガクト、遠征ご苦労だったな。お前の方が疲れてるだろ。

ユウリナから聞いた。魔剣だったんだって?」

「はい。既に部下にユウリナ様の元へ届けさせました」

「ああ、ここにあるよりノーストリリアの方が安全だ。

ユウリナに任せよう」

「それともう一つなんですが……」

「なんだ?」

「昨日、浮遊遺跡近辺にて敵の有翼人部隊と出くわしました」

「ああ、飛んでたな。こっちも余裕なくてほっといたが……」

「はい。その部隊の隊長とは幼少期の知り合いでして……

あ、もちろん手加減はしませんでしたが……」

「仕留めたのか?」

「いえ、ずいぶん長い時間戦っていたのですが、

決着がつかず向こうは引きました。

仕留めきれず申し訳ありません」

「そうか……お前と長時間やり合うとは、

そいつは要注意人物だな」

「奴らが去る際、〝夜喰いのザヤネ〟の姿を確認しました」

「ああ、確かに魔素を感じた。

その有翼人部隊は【千夜の騎士団】なのか?」

「おそらくそうでしょう。

それに関係して、部下が気になることを言っていまして……

その部下はウルエストのクーデターが終わった頃まで、

大陸中部にいたやつなんですが、

そこで【千夜の騎士団】について詳しい話を聞けたと」

「なんだ?」

「どうも【千夜の騎士団】の中には相手の人格を奪い、

乗っ取る魔人がいるらしいのです。

もしかするとリーザ殿を刺した兵も……」

俺は思わず眉根を寄せた。

「なるほど……敵の間者だと決めつけていたが……

確かにあれは間者の物言いではなかったな」

パズルのピースがはまったような感覚だ。

「その魔人の能力について他の情報は?」

「残念ながら噂程度ですので………」

「……そうか。詳しい話があれば対策も立てれるんだがな……」

冷静に考えたらその魔人はかなりの脅威だ。

例えばネネルやクロエに乗り移ったら一時間経たずして軍は壊滅だし、

俺に乗り移って降伏宣言をすればあっという間に戦争は終結するだろう。

俺がその能力を持っていたらそうする。

それ以外ない。……ていうかいい能力だな。

しかし、今のところそれをしていないということは、

何か制約があるのかもしれないな……。

誰かは選べないとか、距離が関係するとか、相性とか。

それとも何か策があって泳がしているのか?

ていうかやっぱ怖いな。

今自分に乗り移られたらと思うとぞっとする。

「あ、あの……」

振り返るとアーキャリーがベッドから身を起こしていた。

「どうした、アーキャリー。

水でも飲むか?」

「あ、いえ、大丈夫です。

あの、私も聞いたことがあるんです、その魔人について」

「本当か!?」

俺もルガクトも思わず立ち上がった。

アーキャリーはブランケットを羽織りながら、

ふらりと立ち上がってこちらに来た。

「はい。なんでもその魔人は、

大陸中央の小さな国々の王に次々と乗り移って、

まるでゲームのように国を操って遊んだりしていたそうです。

あとカサスの国王を殺したのもその魔人です。

リリーナはその際、操られた者を殺すため、

その場にいた50名の自分の兵を皆殺しにしました。

野蛮な女王です、私は嫌いですね」

アーキャリーが話し終わって少しの沈黙が流れる。

「アーキャリー……結構はっきり言うね……。

ていうかなんでそんなに詳しいんだ?

〝ラウラスの影〟でもそんな情報は……」

アーキャリーはにっこりと笑う。

あ、可愛い。

ブランケットを外し、

唐突にアーキャリーは抱き着いてきた。

おいおい、なんだよ急に。顔がデレちゃうじゃん。

「だって………………私がその魔人だからな」

思考が止まり、サーっと血の気が引いたのと、

俺のわき腹に短剣が刺さったのはほぼ同時だった。

熱い、と感じてから倒れるように離れ、

見上げたアーキャリーの顔はこれ以上ないほど邪悪な笑顔だった。
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