【北の果てのキトゥルセン】 ~辺境の王子に転生したので、まったり暮らそうと思ったのに、どんどん国が大きくなっていく件について~

次元謄一

文字の大きさ
上 下
146 / 325
第三章

第139話 氷の左足

しおりを挟む
同じ軍内にあって、クロエとミルコップ軍は未だに気まずい関係だ。

会議などでミルコップとは普通に話せる。

むしろそこは話せないと議題が進まないし、他の人にも迷惑だ。

しかし、他の兵たちとはほとんど話したことはない。

それでも野営地ではミルコップ軍の衛生兵が訪れてくれたし、

この遠征で距離は近くなったと感じる。

余計なことは話さないし、笑顔も見せない。

でも同じ仲間だと意識し合えている感覚が確かにあった。


数日前の夜。

クロエは炊事場のテントにいた。

そこで人とぶつかり、夕食のスープをこぼしてしまった。

見上げるとその人物はオルゲだった。

クロエの足を剣で落とした強面の老戦士だ。

オルゲの甲冑はお腹から下がスープで濡れてしまった。

「……お前か、小娘」

オルゲの低い声に周りも凍り付く。

「ご、ごめんなさい……」

私はこの人の家族を殺したんだ。

改めて考えると胸が痛くなる。

そのせいか自分でも驚くほど委縮してしまった。

この人なら、おそらくどんな命令でも聞いてしまうだろう。

それで少しでも罪が軽くなるのなら。

慌てて拭こうとすると「触るな!」と怒鳴られた。

「このローブは娘が編んでくれたものだ。お前が殺した娘だ!

……お前だけは触るな」

大勢の兵がいるにもかかわらず誰も喋らない。

オルゲは怒って去っていった。


クロエはその晩、オスカーの豪華なテントの一角で、

アーキャリーとオスカーの三人で談笑した。

数時間前の出来事は話さなかった。

それでも、沈んだ気持ちが幾分誤魔化せた。






戦線の中央、敵将シキは、精鋭の重装甲兵を率いてクロエの元へ進軍していた。

「そろそろ氷の魔人は消耗したかしら」

微笑みながらキトゥルセン兵を斬り、シキは悦に浸っている。


クロエは一発づつ氷弾を撃つのが精いっぱいだった。

壁を作り、前線でおよそ三千の兵を一人で仕留めたのだ。

今はミルコップ軍の白毛竜に乗せられ、前線から引くところだった。

それまでクロエのいた前線で一際大きな声が上がった。

見ると赤い甲冑の敵の重装甲兵が押し寄せてきた。

「魔女さ~ん! どこ~?」

中央にはシキの姿。

「お、降ろして」

クロエは白毛竜から降りた。

再度、前線に向かっていく。

「ここだ」

クロエは到着するや否や氷弾を放った。

シキは素早く動いて部下を盾にして避けた。

重装甲兵は氷弾を食らっても半数くらいしか倒れない。

真正面から急所に当てないとダメらしい。

クロエは体力の消耗が激しく、肩で息をしていた。

「あらー、初めて見たけど、美人さんねぇ。

勝手に疲れてるけど、容赦しないわよ」

シキは重装甲兵の隙間から短刀を投げて攻撃してきた。

クロエの顔面ギリギリで氷が防ぐ。

貴重な魔素を使って放たれた氷弾は分厚い盾と装甲で止まってしまう。

ミルコップ軍の兵士達も中々崩せないでいる。

時折白毛竜が敵の隊列を乱すが、

数人を仕留めた所で、隙間から出てくる槍で突かれて死んでゆく。

かなり統制の取れた熟練兵たちだ。

その甲冑の隙間から次々と短刀が飛んでくる。

氷で防ぐが埒が明かない。

ギカク化できる魔素も残っていないし、

そもそもこの混戦状態じゃギカク化は出来ない。

そうこうしてる間に敵は隊列を解き、一斉に襲ってきた。

剣と剣がぶつかる音、悲鳴、怒声、馬のいななき……。

戦況はシキ軍が優勢だ。

分厚い盾と鎧に矢や剣は通りにくく、こちらは次々と餌食になっていく。

クロエにも数人の重装甲兵が襲い掛かる。

氷弾を多めに放ち、何とか全員倒したが、

魔素を使いすぎて眩暈がしてきた。

おまけに鼻血がぽたぽたと地面に落ちた。

いよいよヤバい。限界が近づいている。

その時、一瞬の隙を突いてシキがかなり近くから短刀を三つ投げてきた。

二つは何とか防いだが、一つが肩に刺さりクロエは地面に倒れた。

「ぐうぅぅ……」

「今よ!」

シキの掛け声に周囲の敵兵が、クロエに向けて一斉に槍を投げる。

自分を中心に薄い氷の膜を発生させて、

刃先が触れるギリギリで攻撃を防いだクロエだったが、

吐き気と頭痛で意識が朦朧とし、もう魔素はこれでほとんど使い果たした。

キトゥルセン兵はずいぶんやられて、

クロエの周囲にはもうほとんどいなくなっていた。

「随分辛そうね、魔女さん。

あ、言い忘れてたけどその短刀にはたっぷり毒が塗ってあるから。

いい加減死んでくれたら助かるんだけど。うふふ」

気付けば近くにシキがいる。

「……死ぬのは……お前だ」

弱々しく返したクロエにシキは真顔になった。

「見苦しいわよ……もういいわ殺して」

周りの兵士が槍を構え、一斉に投げる。

クロエは手を上げ、最後の力を振り絞って氷を出そうとしたが、

指先から出たのは僅かなダイヤモンドダストだけだった。

襲い掛かった槍はしかし、クロエには届かなかった。

視界にぼんやりと人の顔……これはオルゲ?

「この間は悪かったな……小娘」

腹から複数の槍が飛び出ている。

クロエは驚いて目を見開いた。

「あ……ぁ……」

「お前は死ぬな。……戦場にて、お前の力を……見せつけられた。

多くの兵が……その力に救われ、その家族もまたお前に……救われている。

ずっと、後悔……していた……お前の……足を、斬った、ことを……」

強面のオルゲが苦悶の表情で自分を見つめている。

クロエにはとても信じられない光景だった。

「すまなかっ……」

そこでオルゲの口から剣先が飛び出した。

「邪魔しないでよ、名もなきお爺さん」

シキは笑いながら剣を引き抜く。

絶命したオルゲは地面に転がった。

「あ……ぁ……あああああああああああああああああ!!!!!!」

クロエの氷の足が砕けたかと思うと、

シキを含めた周りの敵兵が後ろへ吹き飛んだ。

だがどういうわけか地面に落ちない。

そこでシキ達は気が付いた。

何十本もの細い氷柱がクロエの手から生えていることに。

自分たちがその氷柱に串刺されていることに。

気付けはクロエの無くなった左足は、

オルゲが娘に編んでもらったというローブで覆われていた。

「クロエーー!!」

どこかでミルコップの声が聞こえた。

クロエはそこで意識を失い倒れる。

頬を流れる涙は凍っていなかった。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

知識スキルで異世界らいふ

チョッキリ
ファンタジー
他の異世界の神様のやらかしで死んだ俺は、その神様の紹介で別の異世界に転生する事になった。地球の神様からもらった知識スキルを駆使して、異世界ライフ

スライムからパンを作ろう!〜そのパンは全てポーションだけど、絶品!!〜

櫛田こころ
ファンタジー
僕は、諏方賢斗(すわ けんと)十九歳。 パンの製造員を目指す専門学生……だったんだけど。 車に轢かれそうになった猫ちゃんを助けようとしたら、あっさり事故死。でも、その猫ちゃんが神様の御使と言うことで……復活は出来ないけど、僕を異世界に転生させることは可能だと提案されたので、もちろん承諾。 ただ、ひとつ神様にお願いされたのは……その世界の、回復アイテムを開発してほしいとのこと。パンやお菓子以外だと家庭レベルの調理技術しかない僕で、なんとか出来るのだろうか心配になったが……転生した世界で出会ったスライムのお陰で、それは実現出来ることに!! 相棒のスライムは、パン製造の出来るレアスライム! けど、出来たパンはすべて回復などを実現出来るポーションだった!! パン職人が夢だった青年の異世界のんびりスローライフが始まる!!

伯爵令嬢の秘密の知識

シマセイ
ファンタジー
16歳の女子高生 佐藤美咲は、神のミスで交通事故に巻き込まれて死んでしまう。異世界のグランディア王国ルナリス伯爵家のミアとして転生し、前世の記憶と知識チートを授かる。魔法と魔道具を秘密裏に研究しつつ、科学と魔法を融合させた夢を追い、小さな一歩を踏み出す。

貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する

美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」 御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。 ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。 ✳︎不定期更新です。 21/12/17 1巻発売! 22/05/25 2巻発売! コミカライズ決定! 20/11/19 HOTランキング1位 ありがとうございます!

お妃さま誕生物語

すみれ
ファンタジー
シーリアは公爵令嬢で王太子の婚約者だったが、婚約破棄をされる。それは、シーリアを見染めた商人リヒトール・マクレンジーが裏で糸をひくものだった。リヒトールはシーリアを手に入れるために貴族を没落させ、爵位を得るだけでなく、国さえも手に入れようとする。そしてシーリアもお妃教育で、世界はきれいごとだけではないと知っていた。 小説家になろうサイトで連載していたものを漢字等微修正して公開しております。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します

潮ノ海月
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。

処理中です...