139 / 325
第三章
第132話 海と空の間にて
しおりを挟む雨上がりの曇り空から陽の光が幾筋も降り、
濃紺の海原に光の斑点がいくつも浮かんでいる。
風は南から北へ。
漆黒の大型船が一隻、奥に二隻、三隻……海を覆いつくすほどの船、船、船。
その数約100隻。
血のように真っ赤な帆にはザサウスニアを示す蛇と剣のマーク。
指揮を執るのはザサウスニア軍〝六魔将〟が一人、ナルガセ・ドーマ。
目的地はイース、そしてノーストリリア。
一万の兵を乗せた大船団は追い風に乗り、揚々と進んでいく。
先頭の船がちょうどキトゥルセン連邦王国の領海に入ろうとした時、
分厚い雲から幾筋のも白い線が海に向かって伸びた。
雲を切り裂いて猛烈な速さで落下するそれらは、ゆうに50を超える。
まるで雲から垂れる糸。
糸の先端から何かが落下する。
落下物はザサウスニア海軍の船団前方の船に次々と当たった。
甲板に落ちたものは樽だった。
派手に衝突して粉々に割れた樽には液体が入っていた。
一人の兵士が首を傾げる。
「……油?」
ここで初めて船上の兵士たちは空を見上げる。
彼らが目にしたものは迫りくる火の玉だった。
甲板に当たった火の玉は勢いよく周囲に広がる。
それぞれの船上では何人もの兵士が炎に飲まれた。
阿鼻叫喚の混乱が広がる。
炎の中心にはいずれも矢が刺さっていた。
兵士たちの頭上をいくつもの影が通り過ぎ、
そこでようやく「敵襲ーーっ!!!」との声が上がった。
純白の翼を羽ばたかせ、
空中を泳ぐように飛び交う有翼人兵は、
次々と矢を放ち、船長や指揮官だけを素早く仕留めてゆく。
そして船団後方には炎を吐く深紅の巨鳥が襲い掛かる。
海面スレスレの超低空飛行で、船の間を縫うように飛び、
すれ違いざまに船を燃やす。
船上から放たれた矢は深紅の巨鳥を追い切れず、
たまに当たったとしても威力が足らずはじき返された。
青い海面に赤い炎が次々に灯る。
更に黄金の光が一閃、5隻の船が真っ二つになる。
割れた船からは兵士がバラバラと海面に落ちていった。
間髪入れずに最後方部に落雷が降る。
海面に落ちた雷は周りの船を感電させた。
ものの数分で、ザサウスニア海軍は大損害を被った。
「だいぶ削れたわね。うっ……」
「大丈夫ですか、ネネル様」
ザヤネにやられた足を抑え、
顔をしかめたネネルを見て、キャディッシュは心配する。
ネネル率いる奇襲部隊は沈みゆくザサウスニア海軍の上空にいた。
「……うん、だ、大丈夫……くっ」
「いや、ネネル様、凄い汗です。
我慢しないで下さい。一旦地上に降りて休みましょう」
ネネルは飛ぶのも辛そうなので、カカラルの背中に乗ることにした。
カカラルも心配そうに後ろを振り返り、鳴く。
「う……ぅああ……ぐうう……あああああっ!!」
ネネルが苦しそうに叫んだ時、足の傷から黒い霧が吹きだした。
「うわ! なんだこれは!」
周りにいたキャディッシュ隊の数人は思わず距離を取る。
黒い霧はやがて一ヵ所に固まり、長い化物の手となった。
「な、なによ、これ……」
自身の足から生えている得体のしれない手にネネルは恐怖を覚えた。
黒い手は痙攣したように不気味に震える。
「あ、あ、い、痛い……うぐ、あああああっっ!!!!」
そのたびに傷口が広がり、大量の血と共にネネルの口から悲鳴が上がった。
黒い手はネネルの服の中に侵入、ゆっくりと上がってくる。
「なに……これぇぇ……」
ネネルは涙を浮かべながら、
気味悪そうに服の上から手を掴もうとするが、どういうわけか掴めない。
そのまま黒い手はネネルの首に到達し、強烈に締め上げた。
「ネネル様!!」
キャディッシュは意を決して黒い手を掴もうとしたが、
伸ばした指がすり抜けた。
実体のない手……。
しかし、ネネルの首は絞め続けている。
「どうなってるんだ! ああ、まずい。
本当にまずいぞ!」
その時、ネネルの周りにバチバチと小さな放電が起こった。
「は、離れて……」
苦痛に顔を歪めながらネネルは、
キャディッシュたちに距離を取るように言った。
その声は何人もの人が重なったような不気味な声だった。
まばゆい放電の光が周囲を照らし、ネネルはギカク化した。
カカラルも野生の勘が働いたのか、
怯えたように鳴いてから遠くに飛んで行った。
しばらくだらんと腕を垂らし、
静かにその場で浮いていたネネルは、
自分の首を絞め続ける黒い手を掴んでむしり取った。
身体の周りに青白く光る電気を発生させ、
真下にいくつもの落雷が落ちる。
「く、雲が……」
キャディッシュたちが見上げると、
ネネルの上空には急速に雷雲が発生し始めていた。
内臓が揺れるほどの雷音が途切れることなく轟く。
ギカク化したネネルはぼんやりとした意識の中にいた。
暴走はしていなかった。
ただ、思考が鈍く、身体もうまく動かせない。
その時、頭の中に女の声が響いた。
『あら、意外ね。雷魔ネネルとあろうものが、
実はギカク化をコントロール出来ていなかったなんて』
「その声……ザヤネ……」
『あったリー。どお、凄いでしょ? こんなことも出来るんだよ』
まるで友達に話すかのような明るい口調だ。
「ふざけないで。姿を見せなさい……」
『それは無理よ。そこからだいぶ離れた所にいるんだもん。
ていうかあんた、私の手を一つ奪ったのよ?
もの言える立場じゃないでしょ。
絶対許さないんだから。ゆっくり殺してやる』
黒い手に力が入った。
ギカク化した力でも抑えるのがやっとなくらいだ。
「私だって……簡単にやられる訳にはいかない立場なのよ!」
ネネルは片手を黒い腕が生えている傷にめり込ませた。
『何やってんのあんた?』
「こっちは500人率いる軍団長なのよ!
あんたとは覚悟が違うの!」
ネネルは最大出力の電撃を自分の身体に放った。
途端、上下に巨大な雷の柱が発生し、辺りに爆風が舞う。
黒い手は霧状になって宙に舞い、消えた。
力を使い果たしたネネルは意識を失い、
海に向かって落下していった。
0
お気に入りに追加
242
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

スライムからパンを作ろう!〜そのパンは全てポーションだけど、絶品!!〜
櫛田こころ
ファンタジー
僕は、諏方賢斗(すわ けんと)十九歳。
パンの製造員を目指す専門学生……だったんだけど。
車に轢かれそうになった猫ちゃんを助けようとしたら、あっさり事故死。でも、その猫ちゃんが神様の御使と言うことで……復活は出来ないけど、僕を異世界に転生させることは可能だと提案されたので、もちろん承諾。
ただ、ひとつ神様にお願いされたのは……その世界の、回復アイテムを開発してほしいとのこと。パンやお菓子以外だと家庭レベルの調理技術しかない僕で、なんとか出来るのだろうか心配になったが……転生した世界で出会ったスライムのお陰で、それは実現出来ることに!!
相棒のスライムは、パン製造の出来るレアスライム!
けど、出来たパンはすべて回復などを実現出来るポーションだった!!
パン職人が夢だった青年の異世界のんびりスローライフが始まる!!
伯爵令嬢の秘密の知識
シマセイ
ファンタジー
16歳の女子高生 佐藤美咲は、神のミスで交通事故に巻き込まれて死んでしまう。異世界のグランディア王国ルナリス伯爵家のミアとして転生し、前世の記憶と知識チートを授かる。魔法と魔道具を秘密裏に研究しつつ、科学と魔法を融合させた夢を追い、小さな一歩を踏み出す。
貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する
美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」
御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。
ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。
✳︎不定期更新です。
21/12/17 1巻発売!
22/05/25 2巻発売!
コミカライズ決定!
20/11/19 HOTランキング1位
ありがとうございます!
お妃さま誕生物語
すみれ
ファンタジー
シーリアは公爵令嬢で王太子の婚約者だったが、婚約破棄をされる。それは、シーリアを見染めた商人リヒトール・マクレンジーが裏で糸をひくものだった。リヒトールはシーリアを手に入れるために貴族を没落させ、爵位を得るだけでなく、国さえも手に入れようとする。そしてシーリアもお妃教育で、世界はきれいごとだけではないと知っていた。
小説家になろうサイトで連載していたものを漢字等微修正して公開しております。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!
みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した!
転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!!
前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。
とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。
森で調合師して暮らすこと!
ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが…
無理そうです……
更に隣で笑う幼なじみが気になります…
完結済みです。
なろう様にも掲載しています。
副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。
エピローグで完結です。
番外編になります。
※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。
辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します
潮ノ海月
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる!
トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。
領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。
アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。
だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう
完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。
果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!?
これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる