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第三章

第130話 マハルジラタン諸島の魔獣

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ユウリナ神の命は、

『悪名高いギバに囚われてる、

キトゥルセン軍の女兵士ナナミア・ギークを救出せよ』

というものだった。

救出と聞いてウォルバー・グレイリムは不安に圧し潰されそうになった。

ウォルバーはただの連絡員で戦闘は出来ない。

〝ラウラスの影〟としての活動は、

今まで数回手紙を運んだことがあるのと、

工作員の男を一晩家に泊めたことくらいしかない。

そもそもこのマハルジラタン諸島は大陸から離れていて、

国家間の争いとは程遠い場所だ。

カロ島でのきな臭い探り合いなんて今まで一度もなかった。


ユウリナ神は機械蜂をウォルバーのこめかみに移動させ、

「神の加護を与える」と言った。

脳内チップと知らずに細工されたウォルバーは、

視界に地図が現れ腰を抜かした。

その後、色々と説明され何とか理解したウォルバーは、

その便利さに感動を覚えた。

視界の地図には人が赤い点で示されるので、

どこを通れば誰にも発見されずに侵入できるか分かるのだ。

さらに、機械蜂がウォルバーの腕に移動し、形を変えた。

あっという間に細いくすんだ金色の腕輪になった。

唖然としていたウォルバーに、

ユウリナは更に用途を色々と説明する。

一番驚いたのは5回を上限に放電できることだ。

殺傷能力はないが、大男をも気絶させる威力らしい。

ウォルバーはこれならば、と自信が出てきた。

次の日の夕方には、

短弓と短剣を装備し、黒い外套を羽織りカロ島を出発した。





カロ島から船を出し、真夜中にホゾス島の船着き場に着く。

月も出ていない真っ暗な夜だったが、地図があるので不安はなかった。

『ここからギバの館まで500m。

廃屋や藪がたくさんあるから発見されないように隠れて進むのよ』

「分かりました」

ウォルバーは今まで感じたことのない興奮を味わっていた。

他の人にはない神の加護がある、そう思えば怖いものなどなかった。

船着き場から岩の間の階段を上ると道に出た。

でこぼこの地面にはところどころに水たまりがあり、

両脇は背の高い草で覆われている。

少し進むと壊れて放置された荷車や動物の骨、

倒壊した家屋、捨てられた衣服など、

人間の痕跡が多くなってきた。

四つ角を右に曲がると二階建ての建物が見えてきた。

戸や窓は壊れ、屋根も一部崩れている。

しかし、視界の地図に赤い点が二つある。

人がいるのだ。

『ウォルバー。あの建物にギバ兵が二人いる。

経験を積むためにもやっておいた方がいいわ。

出来る?』

「も、もちろんです」

そうは言ったものの、足は震えていた。

しかし、恐怖よりも興奮の方が大きい。

ウォルバーはゴクリと喉を鳴らしながら廃墟に足を踏み入れた。

一人は一階の隅で焚火をしている。

どうやら串肉か何かを食べているようだ。

傍らには剣が立てかけてあった。

ウォルバーは足音を消してゆっくりと近づき、

後ろから至近距離で弓を引いた。

座っていた敵は横に倒れた。

初めて人を殺したが意外に大丈夫だった。

いけるぞ、俺には才能がある。

もう一人は二階で寝ている。

ウォルバーは階段を上った。

静かに近づいて今度は短剣で心臓を刺した。

自分には神がついている。

自分は神の裁きの選ばれし代行者なのだ。

そう思えば何でもできる気がした。

その後、地図通りに道を進み、

途中、藪に潜んで敵をやり過ごしたり、

立ちションしている兵士を後ろから刺したりして、

順調に進んでいった。

廃村跡で三人が焚火を囲んでいたので、

ゆっくりと忍び寄り、放電で攻撃をしてみた。

電撃を食らった瞬間、三人は声も出さずに倒れた。

あまりの威力にウォルバーは引いてしまった。


空が白み始め、ギバの屋敷が見えた時、

急に辺りに霧が発生し始めた。

なんだ? 明らかに不自然だ……まるで霧が意思を持ってるみたいに……

そう思った時、視界の地図が乱れて消えた。

『ウォ……バー、聞こ……そ……危な……げ……て……』

ユウリナ神の声も聴きとりづらくなり、やがて消えてしまった。

嫌な予感がしてウォルバーは廃墟の陰に隠れる。

やがて霧の中から大型の犬が姿を現した。

その犬は全身真っ黒で額から角が生えていた。

ウォルバーは息を飲む。

全身から冷や汗が溢れた。

恐怖で顎がガチガチと止まらない。

なぜ……なぜ魔獣レギュールがここに?

もう一度覗き込む。

間違いない。

子供の頃から吟遊詩人の歌や、絵本で知っている、恐怖の対象だ。

実在していたなんて……。

ウォルバーは廃墟の床下に潜り込み、きつく目を閉じた。

レギュールは近づいてくる。

来るんじゃなかった。

調子に乗ってしまった。

心臓の音が聞こえやしまいかと恐怖に慄きながら、

「ユウリナ神、どうかお助け下さい」と心の中で繰り返した。

しかし無情にも、足音と荒い鼻息と獣臭さは廃墟の前までやってくる。
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