【北の果てのキトゥルセン】 ~辺境の王子に転生したので、まったり暮らそうと思ったのに、どんどん国が大きくなっていく件について~

次元謄一

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第三章

第116話 マルヴァジア同盟交渉

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ギャイン・ゼルニダは身を隠して港に到着した。

以前は王室の者でも堂々とイースの商船で往来出来ていたのだが、

戦争中の今、どこにザサウスニアの密偵が潜んでいるか分からない。

ギャインと外交官、

それに護衛の兵士たちは一商人の汚れた服を着て、船を降りた。

船もゼルニダ家所有の物ではなく、

この日のためにボロい船を買った。

「まったく、私がこんな格好をする日が来るなんて……」

プライドの高いギャインは不機嫌を隠そうともしなかった。

「まあまあ、ギャイン殿。これも半島の平和のためです。

前線にいるオスカー様の軍に入らなかっただけいいじゃありませんか」

「それはそうだが……それはそうと王子の名を出すな。

あれは子供ではない……まるで子供の皮をかぶった……

ええい、思い出したら鳥肌が立ってきた! 

とにかくあの者については考えたくもないわ」

「ギャイン様、お声を落として下さい。

誰が聞いているか分かったものではありません」

取り巻きが冷や汗を飛ばしながら宥める。

港町の白い壁を右へ左へ進んでいると門が見えてきた。

一人の男が立っている。

「あれは〝ラウラスの影〟の者です。

マルヴァジア城まで我々を案内してくれます」

坊主で少しぽっちゃりした田舎臭い男はベサワンと名乗った。

「どうも! 初めまして! ゼルニダ家の皆さん!

ここから先はこのベサワン・ラハイーチにお任せ下さい!

 ささ、どうぞこちらへ」

ベサワンの高いテンションにギャイン一行は眉根を潜めた。

朝の活気みなぎる港町の路地を、

お調子者の案内で順調に進んでいく。

十分ほどでひときわ高い壁に突き当たった。

「ここがマルヴァジア城の裏口になっています。

普段は業者の一部しか使われない場所です」

門番と一人の文官が待っていた。

「話は通してあります。では私はこれで。

私の名前はベサワン・ラハイーチです。

よろしければ名前だけでも憶えて帰って頂ければと思います」

「ああ、わかったわかった、覚えとく」

押しの強い諜報員が去り、ギャインたちは門を潜った。

「ようこそギャイン殿。宰相のモンジーフです。

さあ、王がお待ちです。早速ご案内致しますぞ」

使用人用の細い廊下や階段を通り、

城の3階応接室に着くと、背の高い男が待っていた。

「ようこそギャイン殿。遠路はるばるご苦労様でした。

国王のレオプリオです」

40代だが顔立ちの整った清潔感のある男だ。

「こちらこそ面会を受け入れてくれて助かりました。

手紙では何度もやり取りをしていましたが、

こうやって直接会うのは初めてですな」

一行は長くて豪華なテーブルに座り、早速同盟交渉に入った。

「もとよりイース公国と付き合いは長いですし、

前キトゥルセン王のジェリー殿は私の結婚式に来て頂きました。

今後もいい関係を築けていければと思いますし、協力だってしたい。しかし……」

ギャインたちは顔を曇らせた。

「実は私の妹がザサウスニアの貴族と婚約していましてな……

キトゥルセンと正式に同盟をしてしまうと妹の命が危険に晒されてしまうのです。

我々は表立って動けません。

どうか妹を取り戻してくれませんか?

キトゥルセンとの不可侵条約、それに秘密裏に物資の補給も致します」

レオプリオは頭を下げた。

「……話は分かりました。

長い付き合いだから申し上げにくいのだが、

我々があなた方を信じるに足る、何か保障となるものはありますか? 

つまり我々を裏切らないという証拠はありますかな?」

レオプリオは真顔になった。不可侵と補給と今言ったのに?という顔だ。

「証拠も何も、今のこの状況が証拠ですよ。

すでに我々がザサウスニアの手先ならば港であなた方を襲わせてますし、

私も貴重な時間を割いてこのような場を設けていない」

「気分を害されてしまったのなら申し訳ない。

……一つ聞きたい。あなたはこの戦争、どちらが勝つと思いますか? 

正直に答えて下さい」

ギャインは鋭い眼差しで睨んだ。

レオプリオもそれに応える。

「……総兵力では圧倒的にザサウスニアですが、

短期間で半島統一したキトゥルセンは勢いがある。

正直互角……

両国が疲弊し最終的には停戦条約が結ばれる、というのが私の予想ですが……。

我々と隣国のカサスがキトゥルセンに加勢すれば、

勝利は確実になると思います」

ギャインはしばらく何も言わなかった。

「……なるほど、よくわかりました。

中々鋭い目を持っておられますな。

だからこそ我々はザサウスニアがすでにこの国を侵食しているのでは、

と考えているのです」

親しい国とて気を使わないのがギャイン流の交渉術だ。

しつこく何度も揺さぶる。

「確かに数年前から圧力はありましたが、

何とか交渉で凌いできました。

私の妹を差し出しても、わが国民に血を流させまいと……」

レオプリオの目に涙が浮かぶ。

「……ザサウスニアが憎いのですね?」

しばらくの間。

「……ええ! 憎いですとも!」

レオプリオは一点を見つめ、険しい顔つきで語気を荒げる。

「……その言葉が聞きたかった」

ギャインは表情を緩めた。

「我々が、妹君を救出致します。

実はカサスにも同盟交渉の話を持ち掛けています。

共にザサウスニアを倒しましょう」

両者は固い握手を交わした。
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