【北の果てのキトゥルセン】 ~辺境の王子に転生したので、まったり暮らそうと思ったのに、どんどん国が大きくなっていく件について~

次元謄一

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第2章 

第56話 墓石に手を添えて

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キッチンからは小気味いい包丁の音が聞こえてくる。

ルガクトは暖炉に薪を入れ、火を大きくした。

外は吹雪だ。

「あなた、また難しそうな顔してる」

ふと気が付いて顔を上げると妻のフェネが微笑んでいた。

ちょうど、冬ヤギのミルク煮が出来た所だった。

木のテーブルにランタン、石の壁、大鹿の絨毯。

ウルエストの外れに、二人の家はある。

「……ちょっと仕事でな」

「なにかあったの?」

エプロンで手を拭きながら、フェネは首を傾げた。

斧を外した手をさすって、ルガクトは視線を火に戻した。

「フェネ……仕事の事は言えないんだ」

「……はいはい、いつもの守秘義務ってやつね」

「すまないな」

フェネはもう慣れたと肩を上げた。




夕食を終え、暖炉の前でまどろんでいると、フェネが隣に腰を下ろした。

「ねえ、もし違う人生を歩めるとしたら、何をしたい?」

「なんだ、急に?」

「いいじゃない。応えてよ」

温めた酒を受け取る。

「それは二人で?」

「ううん。ルガクトが一人で、私と出会わない人生だったとして。

そうだなぁ……じゃあ20歳から」

「20歳か。その頃はもう軍に入っていたからなぁ。ずっと軍にいるんじゃないか?」

「それじゃあ今と同じ人生じゃない。

他の有翼人国家に行くとか、商人になるとか、なんかやりたいことないの?」

「うーむ、考えたこともなかったからなぁ……。

俺はこの国が好きだから、王家に忠誠を尽くせれば、満足しちゃう小さい人間なんだよ」

「あなたは自分が無いのね……」

フェネは酒を一口飲んでから、ルガクトの胸を人差し指でつんつんした。

「自分があったら人生に迷ってしまうな。大変そうじゃないか?」

「大変だけど、楽しいんじゃない?」

「フェネは、人生に求めるのは〝楽しい〟か?」

「そうね」

「今は楽しくないのか?」

「楽しいわよ」

「じゃあ今のままでいいじゃないか」

「そうね」

ルガクトは吹き出した。

「何だよこの会話」

「これが会話っていうものよ」

フェネは舌を出して笑った。



目が覚めた。ルガクトの前には古い墓があった。

「ああ、そうか……」

どうやらうたた寝をしていたようだ。

辺りは一面の芝生で、ずらりと並んだ墓石がどこまでも続く。

ここはウルエストの墓地だ。夏の爽やかな風が黄色い花びらを運んでいる。

柔らかい日差しが心地よかった。厳しい気候のベイル山脈に訪れた、つかの間の夏だ。


ずいぶん昔の夢を見ていた。

「俺も年を取ったな。お前はいつまでも若いままなのに……」

墓石にはフェネ・ミゼルと刻まれている。

小鳥が二羽、チチチッと鳴きながら、頭上を通り過ぎた。

「ようやく心から仕えたい人が出来たんだ。フェネ……」

ネネル様についていきたいと言い出したのは自分だ。

今までの自分ならシーロ様とマリンカ様に仕えていただろう。

「……これが俺のやりたいことかもしれない」

フェネは笑うだろうか。

結局軍にいて、やる事は変わらないじゃない、と。

でも、これが俺だ。今は楽しいと思える。だからいいだろう?


二人に子供は出来なかったが、幸せな結婚生活だった。

「あなたは不器用な人だから、私が守ってあげるわ」

いつも言っていた、妻の口癖。

思い出さない日はない。

悲しみや後悔の日々はとっくに過ぎた。今はただ感謝しかない。

墓石に手を添える。

俺は軍人だ。寿命で死ぬ気はさらさらない。けどもう少し待っててくれ。

沢山の土産話をもって、いつかそっちに行くから。



遠くの空に一人の有翼人が見えた。どうやらこちらに向かって来ている。

【三翼】の一人、ガルダが飛んできた。

「やはり、ここにいたか」

「いつ伝令兵になったんだ?」

ごつい身体が近くに来て、ルガクトに日陰を作った。

「城主様からお前にだ」

ガルダはピクリとも笑わない。相変わらず無口なやつだ。

手紙を読んでいる間、ガルダは途中で摘んできた花束をフェネの墓に備えた。

手紙の内容は、ケモズ共和国で魔物が発生したこと、

それにより、ネネル軍からオスカー様直々に精鋭50名をご所望とのこと、だった。

「お前が軍の指揮を執ることになろうとはな」

ガルダはガチャリと鎧を鳴らしながら腕を組んだ。

「ネネル様の翼が治るまでだ」

ルガクトは立ち上がった。

「国も体制も変わったが、俺だけが変わらないな。相変わらず王族の護衛だ」

「大きな目で見れば、やることは変わらんさ。ガルダ、お前一人に押し付けてすまないな」

「いいさ。そっちの方が大仕事だろ」



修復工事中のウルエスト城中庭。

二階のテラスには城主のシーロとマリンカの姿も見える。

ルガクトの前には選りすぐりの50名が整列していた。

「オスカー様から出撃の命が出た! 任務は魔物退治だ! 気合を入れろ!」

オオーッ! と声が上がった。

「オスカー様に失望されるな! ネネル様の名を汚すな! 

他の軍に舐められるなよ!」

さらに大きな声が上がる。

「我らは誇り高きウルエストの民! 

主君の前に立ち塞がる者には我らが吹雪を降らせよう!」

ウオオーッ!!!

割れんばかりの雄叫びが、城いっぱいに響き渡った。

「ルガクトッ! ルガクトッ! ルガクトッ! ……」

士気は上々だ。

「武運を祈る。キャディッシュにもよろしくな」

ルガクトはガルダと固い握手をした。

「そっちこそ。寝首を掻かれるなよ?」

「ふっ、早く行け、臨時軍団長殿」


やがて、銀色に光る甲冑姿の50名が一斉に翼を広げ、

快晴の空に次々と飛び上がっていった。
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