上 下
37 / 324

第37話 ノストラ王国攻略編 魔女裁判

しおりを挟む
「殺せ!」

魔女の目が覚める。ここは採掘場近くの製鉄工房だ。

既にアルトゥール率いる増援部隊も到着した。

魔女は年頃の女の子に戻っているので簡単な服を着せ、

石の台に寝かせて、手足を鎖で縛っている。

万が一氷で攻撃されないとも限らない。

「魔女を殺せ!」

俺は魔剣を抜いた状態で、カカラルと共にすぐ脇で待機している。

頭上にはドロドロに溶けた鉄が、鎖を引けば落ちてくるようになっている。

もう会えないかもと言ったユウリナはあっさり目を覚まし、

もげた腕も自分で修理して、当たり前かのように俺の横にいる。

いわく「キカイナメンナ」だそうだ。

もう一度気絶させるだけの電気もチャージしてあるらしい。

「何百人殺されたと思ってる! 殺すだけじゃ足りないぞ!」

周りはいくつもの炉があり、どこも真っ赤に溶けた鉄が煮立っている。

その傍にミルコップ、ノストラの族長たち、ダルハンとその部下たちが並ぶ。

族長たちの野次がすごい。分からんでもないが。

俺たちは考えうる最高の対処をして、氷の魔女が目覚めるのを待っていた。

「話はわかるか? 名前は?」

魔女はパニック寸前だった。呼吸が荒く、怯えた目をしている。

「……クロエ」

何ともか細い声に周りがざわめく。「名があるのか」「普通のおなごじゃ」「本当にこの子供が?」

「そうか、クロエ。いい名だな。俺はオスカー。

キトゥルセン王国の王子だ。キトゥルセン王国は知っているか?」

クロエは不安そうに頷く。

「俺の事は覚えているか?」 

しばらく俺の顔を見た後「夢で見た」と呟いた。

「ヤハリ〝ギカク〟カノアイダハキオクガアイマイナヨウネ」

周りの殺せという野次に怯えている。

またギカク化しないか心配だ。

「静かにしろ!」

一喝したら静まり返った。

どうもノストラ人は規律が甘く感情的だ。

これは不安を取り除いて精神を落ち着かせた方がいいな。

「魔人なんだな、俺は魔剣使いだ」

俺はフラレウムに火を付けた。

クロエは目を見開く。族長たちも驚いていた。

「俺もクロエと似たようなもんだ」

「似てる……同じ」

「何があったか覚えているか?」

「あまり……何かに乗って歩いてた……ここはどこ?」

「ココロノドコカニハカイガンボウガナイト、

アアイウボウソウノシカタハシナイワ」 

「復讐の相手は誰だ?」

「復讐?」

「うなされていたぞ。復讐すると」

しばらくののち察した顔をした。

「……私を捨てたノストラだ」

やはり過去の出来事やトラウマがギカク化の原因か。

周りを見て怯える。

「ああ……私が、沢山の人を……」

顔つきが変わった。理解した、というか思い出したようだ。

「私が……意味も無く……なんてことを……」

クロエは静かに泣きだした。

「何泣いてんだ! 死んで償え!」

うるさいな、あいつら。

「思い出したか? そうだ、クロエが氷の能力でノストラの民を殺し、

気候をも変えてしまった。おっと、力を使うなよ? 

使ったら俺たちはクロエを殺さなきゃならない。

この鎖を引いたらドロドロに溶けた鉄がクロエにかかるからな。よく考えろよ」

クロエは子供のように怯え始めた。とても一国を崩壊させた魔女とは思えない。

「私だって、こんな力欲しかった訳じゃない……」

「チカラニアヤツラレテシマッタノネ。ホンライハタダノオンナノコ」

慎重にいかないと工房が凍るかもしれない。

「よかったら何があったか聞かせてくれないか?」

ゆっくりと、途中話が前後しながら、涙をこらえつつ、

それでも時間をかけてクロエは説明してくれた。

壮絶な人生だった。その場の誰もが押し黙った。

話し終えて、ミルコップが口を開いた。

「……我々が未熟だったのだ。他の国には魔人が生まれた際、

どう扱うか、どう接するか、どう育てるか、書物や教えがあるそうだ。

先ほどダルハン殿に教えてもらった。我々は他国との交流を拒み、

自分たちだけが良ければいいとずっと知識を入れてこなかった。

厄介者はまとめて蓋をする悪しき風習を、何の疑問も無く続けた。

そのツケが回ったのだ。たくさんの人が死んだし、国も荒れ果てた。

……しかし、ある意味で彼女も被害者なのかもしれん。我がノストラ王政のな……」

クロエは涙を流した。

「俺はこの娘を死なせたくはない。

もちろん何百人もの命を奪った罪は消えないが、それは自分の意思ではなかった。

ただ力の制御を知らなかったのと、不運な人生が重なってしまっただけだ。

俺は魔剣使いだし、知り合いに魔人もいる。

力の制御を教え、正しい扱いが出来れば、

この力は国の財産になる。……と俺は思う。どうだ?」

皆考え込んでいる。声は上がらなかった。

「オスカー様がそうおっしゃるなら」

ダルハンだけが応えた。

「私は救ってくれたオスカーとノストラの民を守る! 

それで罪を償う。なんでもする。オスカーに忠誠を誓う! 

私の命をオスカーとノストラの民のために使う!」

クロエの声だけが響いた。恐怖におびえた必死の訴えだ。


俺は鎖を解いた。

クロエは族長たちの前に行き土下座した。

「ごめんなさいごめんなさいゆるしてくださいもうしませんゆるしてください」

涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、

薄布一枚、半裸のような汚れた格好で這いつくばるクロエを見て、

複雑な表情の族長が多い。自分の娘か孫と重なれば、多少なりとも心が痛むだろう。

「族長たちよ。もしもの時は俺が責任を取る。

この子は嵐や落雷や雪崩の様なものだ。

今までの事は天災だと思って、どうか許してくれないか?」

俺は頭を下げた。

全員が咄嗟に膝を付く。

「オスカー様、王が頭を下げるなど……」

その時、一人の族長が前に出た。ガタイのいい老人だ。

「わしはオルゲ。トルファン族の族長じゃ。

魔女よ。わしは娘夫婦と孫6人をお前に殺された」

オルゲは剣を抜いた。一気に空気がピリつく。

もしもの時は止めろとユウリナに目配せした。

「他の族長がお前を許してもっ! ミルコップ王がお前を許してもっ! 

キトゥルセンの王子がお前を許してもっ! やはりわしはお前を許せん。

……両目、乳房、右腕、左腕、右足、左足。要らぬものを一つ選べ」

「おい、勝手に決めるな、オルゲ!」

やはり簡単に納得してはくれないか。

ミルコップが声を荒げたがオルゲは怯まない。

王と言っても族長の代表レベルという事がこの短い間で分かった。

絶対的な権力はないようだ。

「オルゲ族長、気持ちは分かるが……」

「王子よ。お主は我らの中で一番強いミルコップ王を下し、

我らが束になっても敵わなかったこの魔女をも倒した。

今後、わしはお主に忠誠を誓う。いや、誓わせてくれ。

しかし、それとこれとは話は別じゃ。何百人と殺された。

わしが生きてる間に氷は解けんじゃろうから故郷も失ったことになる。

……娘たちはわしの全てじゃった。わしの人生じゃった……。

この怒りと悲しみを軽々しく分かってなど欲しくない」

「左足」

一瞬全員がきょとんとした。

「オ、オスカー……いいよ。

わ、私は取り返しのつかないことをした。罰はしっかりうける」

「しかし……」

「罰を受けないと私も苦しいから」

胸が傷んだ。なんて悲惨な運命の元に生まれたんだ。

だが、ここが落としどころだろう。いけると思ったがそんなに甘くなかったか。

「……医術師を呼んできてくれ」

十分後、モリアの父、ボッシュ・アーカムがやって来た。

白髭ダンディお父さんって感じの男だ。

「オルゲ族長、他の者も……これが済めば一切の遺恨を残さないと誓うか?」

皆頷いた。

「死んだ娘たちに誓えるか?」

「誓おう」

オルゲは剣を構えた。

クロエは石の台に寝そべり、左足だけ椅子の背に乗せている格好だ。 

恐怖で歯がガチガチ音を立てていた。

くそ! 痛ましくて正直見ていられない。

「ちょっと待ってくれ! ユウリナ、この判断は正しいか?」

「ワカラナイワ。デモホンニンノカクゴヲソンチョウスベキ。

ソレトアナタハセキニンシャナンダカラドウドウトスベキヨ」

「……そうか。そうだな。……クロエ、氷は出すなよ」

「だだだ大丈夫……」

ユウリナがクロエの両腕を押さえた。すぐに電流を流せるように。

他の者は工房の外に出た。万が一だ。

中にいるのは俺とミルコップ、カカラル、ユウリナ、

ボッシュ、ダルハンと数名の兵士、そしてオルゲ。

「いくぞ」

オルゲは剣を大きく振りかぶった。

「魔女よ! 償え!」

ザンッとクロエの左足が宙を舞った。

次いですさまじい絶叫。

氷は出なかった。ボッシュがすぐに止血をする。

クロエは泡を吹き、失禁して意識を失った。


数百人の命と足一本。普通ならば釣り合わない。

クロエの魔人という価値がなきゃ確実に死刑だ。

しかし、魔人じゃなければ数百の命は奪えない。

意識はなかったが、虐殺は実際に起きたことだ。


この終わり方が果たして最善だったか、俺には判断できなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました

下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。 ご都合主義のSS。 お父様、キャラチェンジが激しくないですか。 小説家になろう様でも投稿しています。 突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!

異世界道中ゆめうつつ! 転生したら虚弱令嬢でした。チート能力なしでたのしい健康スローライフ!

マーニー
ファンタジー
※ほのぼの日常系です 病弱で閉鎖的な生活を送る、伯爵令嬢の美少女ニコル(10歳)。対して、亡くなった両親が残した借金地獄から抜け出すため、忙殺状態の限界社会人サラ(22歳)。 ある日、同日同時刻に、体力の限界で息を引き取った2人だったが、なんとサラはニコルの体に転生していたのだった。 「こういうときって、神様のチート能力とかあるんじゃないのぉ?涙」 異世界転生お約束の神様登場も特別スキルもなく、ただただ、不健康でひ弱な美少女に転生してしまったサラ。 「せっかく忙殺の日々から解放されたんだから…楽しむしかない。ぜっっったいにスローライフを満喫する!」 ―――異世界と健康への不安が募りつつ 憧れのスローライフ実現のためまずは健康体になることを決意したが、果たしてどうなるのか? 魔法に魔物、お貴族様。 夢と現実の狭間のような日々の中で、 転生者サラが自身の夢を叶えるために 新ニコルとして我が道をつきすすむ! 『目指せ健康体!美味しいご飯と楽しい仲間たちと夢のスローライフを叶えていくお話』 ※はじめは健康生活。そのうちお料理したり、旅に出たりもします。日常ほのぼの系です。 ※非現実色強めな内容です。 ※溺愛親バカと、あたおか要素があるのでご注意です。

異世界転生した時に心を失くした私は貧民生まれです

ぐるぐる
ファンタジー
前世日本人の私は剣と魔法の世界に転生した。 転生した時に感情を欠落したのか、生まれた時から心が全く動かない。 前世の記憶を頼りに善悪等を判断。 貧民街の狭くて汚くて臭い家……家とはいえないほったて小屋に、生まれた時から住んでいる。 2人の兄と、私と、弟と母。 母親はいつも心ここにあらず、父親は所在不明。 ある日母親が死んで父親のへそくりを発見したことで、兄弟4人引っ越しを決意する。 前世の記憶と知識、魔法を駆使して少しずつでも確実にお金を貯めていく。

全能で楽しく公爵家!!

山椒
ファンタジー
平凡な人生であることを自負し、それを受け入れていた二十四歳の男性が交通事故で若くして死んでしまった。 未練はあれど死を受け入れた男性は、転生できるのであれば二度目の人生も平凡でモブキャラのような人生を送りたいと思ったところ、魔神によって全能の力を与えられてしまう! 転生した先は望んだ地位とは程遠い公爵家の長男、アーサー・ランスロットとして生まれてしまった。 スローライフをしようにも公爵家でできるかどうかも怪しいが、のんびりと全能の力を発揮していく転生者の物語。 ※少しだけ設定を変えているため、書き直し、設定を加えているリメイク版になっています。 ※リメイク前まで投稿しているところまで書き直せたので、二章はかなりの速度で投稿していきます。

目覚めたら地下室!?~転生少女の夢の先~

そらのあお
ファンタジー
夢半ばに死んでしまった少女が異世界に転生して、様々な困難を乗り越えて行く物語。 *小説を読もう!にも掲載中

愚かな者たちは国を滅ぼす【完結】

春の小径
ファンタジー
婚約破棄から始まる国の崩壊 『知らなかったから許される』なんて思わないでください。 それ自体、罪ですよ。 ⭐︎他社でも公開します

戦場の英雄、上官の陰謀により死亡扱いにされ、故郷に帰ると許嫁は結婚していた。絶望の中、偶然助けた許嫁の娘に何故か求婚されることに

千石
ファンタジー
「絶対生きて帰ってくる。その時は結婚しよう」 「はい。あなたの帰りをいつまでも待ってます」 許嫁と涙ながらに約束をした20年後、英雄と呼ばれるまでになったルークだったが生還してみると死亡扱いにされていた。 許嫁は既に結婚しており、ルークは絶望の只中に。 上官の陰謀だと知ったルークは激怒し、殴ってしまう。 言い訳をする気もなかったため、全ての功績を抹消され、貰えるはずだった年金もパー。 絶望の中、偶然助けた子が許嫁の娘で、 「ルーク、あなたに惚れたわ。今すぐあたしと結婚しなさい!」 何故か求婚されることに。 困りながらも巻き込まれる騒動を通じて ルークは失っていた日常を段々と取り戻していく。 こちらは他のウェブ小説にも投稿しております。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

処理中です...