作ろう! 女の子だけの町 ~未来の技術で少女に生まれ変わり、女の子達と楽園暮らし~

白井よもぎ

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第一章

3話 少女に転生

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 優也がカプセルに入ってから数時間。
 部屋は静寂を保っていた。

 電車や車が通りがかる音が響く中、ヴァルサとカプセルは無言を貫いている。
 凍結されたように止まった室内であったが、その時カプセルのアラームが鳴る。

 カプセルの中の水が引く音がし、扉が開く。
 開いた扉から、一人の少女が倒れるように出てきた。

 目を閉じて眠っていた少女は口から声を漏らす。

「うーん……」

 目を開けた少女はゆっくりと身体を起こし、周りを見回す。

「……成功したのか?」

 少女は立ち上がり、部屋の端に立て掛けてあった鏡を覗き込む。
 そこには整った顔をした十代前半の少女が映っていた。

 その姿を見た少女は確かめるように顔を触れると、笑みを溢す。

「ははっ……。遂に……遂に俺は少女になったぞ!」

 優也は待望の少女へと生まれ変わった。


 少女となった優也は歓喜して自分の身体を確かめる。

「このしなやかな、くびれ。細い指先、柔らかくも引き締まった肌。実に素晴らしい!」

 曾ての面影は微塵もなく、優也は正真正銘少女に生まれ変わっていた。

 一切の不満のない最高の出来に、優也は鏡の前で大喜びでポーズをとる。
 しかしそこで、ふと思う。

(少女に生まれ変わったけど、意識はそのままな感じがする。どこか変わったのだろうか?)

 優也は以前の自分とは別の存在になったはずだが、意識は地繋がりになっている感覚であった。
 魂というものがあるとして、それが同じだから変わらないのか、それとも引き継いだ記憶により思い込んでいるだけなのか。
 真相は未来の技術を持っても、確かめることはできない。

「ま、どうでもいっか」

 鏡に映る美しい少女を前に、優也は難しいことを考えるのは止めた。
 今の優也が少女であるということは確かなので、以前の自分であろうとなかろうと、どうでも良かったのである。

 優也は惚けた様子で鏡を見続ける。

「はぁー可愛い。俺がこんなに可愛過ぎていいのだろうか。……いや、もう俺じゃなくて私か。これからは喋り方も女の子っぽくしないと」

 優也は鏡に向かって改めてポーズをとる。

「私ってば超可愛いっ」

 鏡越しに自分を見て、満足げな表情で頷く。

「んー、裸体もいいけど、やっぱり女の子なら着飾りたいかな。とりあえず服を買いに行こっと」


――――


 夕方のショッピングモール。
 優也は上機嫌でショッピングモールの中を歩いていた。

「ふんふんふーん」

 その姿は、ブルーのニットシャツにロングスカートといった落ち着いた服装であった。
 ヴァルサに軽く手直ししてもらうことで衣服は新調できたのだが、店で実際に着て選びたかったのである。
 それに優也は自分が着ていた服とはいえ、心情的に男が着ていたものは着たくはなかった。


 衣料品店へと辿り着いた優也は、子供服売り場のガールズコーナーへと一直線に向かう。
 店の一角にある子供服売り場は八割が女物で占めていた。
 女性は子供であっても、お洒落に気遣う人が多い為、占領スペースの割合には明らかな差が出ている。
 全体的に見ても、ショッピングモールのテナントにしては豊富な品揃えであった。

 優也は意気揚々と衣服を選び始める。

「どれから試着しようかなー。迷っちゃうなー」

 それはまるで、自分を着せ替え人形にするようであった。

 上機嫌で選んでいた優也だが、手に取った服をチェックしていると、不意に、にこやかだった顔が僅かに曇る。
 その服はシャツとジャケットの二枚重ねになっていると見せかけ、袖と胸元にだけシャツのように見える布が縫い付けてあるだけであった。
 所謂フェイクレイヤードというものである。

「はぁ……最近はこういうやつがあるからなぁ。ファッションに詐欺なんか持ち込むなよな。全く」

 見た目と実際が異なる衣装は少なくない。
 スカートかと思いきや、実際にはズボンだったというようなことで、何度もがっかりさせられた経験があった優也は、そのような類の衣服については拒否反応があった。

「しかも、どれもだけど質も良くないし……」

 生地はごわごわしていて、如何にも安物の肌触りをしていた。
 この服だけでなく、これまで触ってきた衣服はどれも同じような感じだった。
 ここは高級品の店ではないものの、安物の店という程でもない。
 極一般的な庶民向けの衣料品店である。

 服に限らず、技術進歩によってデザイン性や機能は上がっても、企業の低コスト化志向から、素材自体の品質は年々低下していたのだ。

 一つ不満な点を見つけてしまうと、次々と気に入らないところが目につくようになる。
 優也は普段ここまで気にするようなことはなかったが、少女を着飾るもの故、要求レベルがどうしても上がってしまうのだった。

(やっぱり自分で作るしかないか……)

 高品質で良いデザインのものを手に入れるには、ちゃんとした生地を使って、ヴァルサに作成させるのが一番であった。

 そう結論付けた優也であるが、とりあえず今着ている服は変えたかった為、適当にデザインが良さそうなものを一式選び、購入した。



 購入を済ませた優也は女子トイレへ直行し、個室の中で早速ながら買った衣装に着替える。
 個室から出てきたその姿は、先程とは打って変わって明るい色でフリルが着いた華やかさのある服装であった。

 優也は手洗い場の鏡で自分の服装を確認する。

「うん、いい感じ。でも、ちょっと挑戦し過ぎかな?」

 今度のスカートは丈が短かった為、履き慣れていない優也は、下半身に僅かばかり心許なさを感じていた。

 衣服を一通り確認すると、次は全体像を見る。

「はぁー、相変わらず可愛い。衣服が変われば印象も大分変わるね。これはキュート系かな。衣装に合わせて……」

 優也は鏡の前で衣装に合わせたポーズをとる。

「きゃぴ☆ 私ってば、超プリティー、なんちゃって」

 だがその時、トイレに入ってきた初老の女性と目が合った。
 その女性は優也を心底蔑む目で見る。

「気持ち悪いわぁ」

 そう一言呟き、個室へと入って行った。

「……」

 恥ずかしさで硬直して、汗を流していた優也。
 次の瞬間、飛び出すように急ぎ足でトイレから出て行った。



 ショッピングモールの中を優也はイラついた様子で歩く。

(あのババア……。気持ち悪いのは、てめえの醜く老けた顔だろうがっ)

 好きなものを悪く言われるのは、いい気分はしない。
 優也は自分とはいえ、少女を愚弄されたことに怒りを露わにしていた。

(……でも、あれはちょっと、ぶりっこ過ぎたかも)

 振る舞いに問題があったことは確かだったので、優也は少し反省する。

 その時、ショッピングモールの一角で金切声が響く。

「何で返品できないのよ! おかしいんじゃないの!?」

 店員に向かって声を上げていたのは、顔がひん曲がった気の強そうな中年女性であった。

「ですから、お客様都合での開封済み商品の返品は不可能でして……」
「いらなくなったんだから仕方ないでしょ! さっさとお金返しなさいよ!」

 中年女性は店員に理不尽な要求で食ってかかっていた。
 優也はそんな姿を見て思う。

(なんて醜い……。やっぱりババアは碌でもないな)

 先程のこともあり、優也は歳の取った女性に対して嫌悪を示す。

(……けど、あんなでも昔は少女だったんだよね)

 老婆も中年女性も、曾ては皆、少女であった。
 可憐で美しかったであろう容姿も今では見る影もない。
 時の残酷さに、優也は悲しさと切なさを感じる。



 憂鬱な気持ちになっていた優也であったが、子供向けアクセサリーショップに足を踏み入れたところで表情を明るくさせる。

「さーて、気を取り直してお買い物の続き行こーっと」

 優也の買い物は、衣服だけでは終わりではなかった。

 女性にとって髪型や髪飾りなどのお洒落も重要である。
 これらもヴァルサに任せた方が良いものを作れるが、優也はリサーチの為に一通り見ることにした。

「どれが似合うかなー」

 優也は楽しみながら、アクセサリーを選ぶ。

 だが、その背後に近づく不審な男の姿があった。
 その男は片手に持ったスマートフォンを下に構え、カメラレンズを優也のスカートの中へと向ける。
 そう、彼は盗撮を行っていた。


 優也はアクセサリー選びに夢中で気付かない。
 男だったが故、ミニスカートの危うさが分からなかった。

 無防備に突き出したお尻から、パンチラ姿を存分に撮られる。
 しかしその時、近くを通りがかった女の子がその姿を見て声を上げた。

「きゃー! ロリコン盗撮魔! あの人、子供のスカートの中、撮ってるわよ!」

 女の子は男に指をさして訴えた。
 その声で、周りの人達の注目が、盗撮していた男に集まる。

 視線を集められた男は、慌ててその場から逃げ出した。
 正義感のある人達が何人か逃げた男を追って走り出す。

「おいこら! 待ちやがれ!」

 優也は当事者であったが、どこか見覚えのある光景に半ば呆然とその様子を見ていた。

 そんな優也に女の子が声を掛ける。

「あなた、思いっきり盗撮されてたわよ」
「え、あ、うん。ありがと」

 突然女の子に話しかけられた優也は、動揺しつつも言葉を返す。

「余計なお世話かもしれないけど、そのスカートは危ないんじゃない? 短いの履くなら、下に何か履き込むなりしないと、またやられるわよ」

 女の子は優也のスカートを見て、助言してくる。

「あぁ、そうだね。でもまぁ、別に撮られても減るもんじゃないから」

 優也は盗撮されたことについては、大して気にしていなかった。
 男の感覚が残っていた為、下着を他人に見られることに嫌悪感を抱けなかったのである。
 それに優也も同じ穴の狢であったから、批難することはできなかった。

 だが、その返事に女の子は呆れる。

「分かってないわねぇ。男は全員クズよ。あなた顔もいいんだし、そんな呑気な考えだと、あっという間に誘拐されて、酷い目に遭っちゃうんだから」
「う、それは嫌だなぁ」

 盗撮には理解のあった優也も、襲われるとなったら話は別であった。

 自分が襲われたくないということもあるが、優也には一つの美学があった。
 それは少女が嫌なことはしたくないというものである。
 愛しているが故に、身体だけでなく心も大切にしていた。
 下劣な欲望に任せて少女を傷つけることなど、言語道断なのである。
 とはいえ、盗撮などバレなければ構わないという緩い考えではあったが。

「嫌なら、これからは気をつけなさいよ」

 女の子は「じゃあ」と手を軽く上げて背を向ける。

「あ……ま、待って」

 優也は去ろうとした女の子を引き留めた。

「ん? 何?」
「や、えっと……助けてくれたお礼しないと」
「お礼なんていいわよ。大したことした訳じゃないし」
「それでも助けてもらったことには変わりないから、何かお礼させてよ。喫茶店辺りで好きなの注文してもらうとかどう?」

 優也はお礼を口実に食事へと誘った。
 近年の社会的風潮から、成人男性が身内でもない少女と言葉を交わすことは難しい。
 優也が真面に少女と会話したのは久しぶりのことであった。
 その為、優也は女の子との会話をもっと続けたかったのである。

 だが、女の子は首を横に振る。

「そんなことしなくてもいいって。その気持ちだけ貰っとくわ」
「遠慮しなくていいよ。お金は沢山あるから」
「いや、ほんとにいいから」
「大丈夫、大丈夫。何なら一番高いやつでもいいよ」
「だから、いいって言ってるでしょ!」

 女の子はしつこく誘う優也を強く突っぱねた。

「あっ、ごめんね……」

 迷惑に思われていたことを言われて気付いた優也は、すぐに引き下がる。
 少女に迷惑をかけるというのは、優也の信条に反する行為である。
 態とではないにしても、女の子に迷惑をかけてしまったことに、優也はショックを受けて心底反省した。

 目に見えて落ち込む優也に、女の子は慌てて弁解する。

「あ、いや、怒った訳じゃないのよ。ただ、そこまでしてもらうことじゃないと思うし……」
「うん、分かってる。ほんと、ごめんね。もっとお喋りしたかったから、つい」
「お喋り?」
「う、うん。近い年代の子と喋るの久しぶりで。あわよくば一緒に遊んだりしたいなーとか思ったり」

 それを聞いた女の子は笑う。

「それならそうと言えばいいのに」
「へ?」
「いいわよ。時間もあるし、一緒に遊びましょ」
「ほんと? やったー!」

 優也は大喜びする。
 その過剰な喜びように、女の子もつられて笑顔になっていた。
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