珈琲杯の憂鬱

平倉義忠

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 ひとりの男が、賑やかな大通りを歩いていた。
 ダークグレーの背広に、同じくダークグレーのとんび(インバネスコート)を羽織り、黒い革手袋の右手には丸めた原稿用紙の束が握られている。
 すれ違う人々が彼を見たならば、何処どこかの出版社へ原稿を出しに行く文士に見えたに違いない。しかし、全身ダークグレーの彼は、真冬の空に吹く風の如く、誰の目にも留まらなかった。
 男は、すくめた首は動かさず鋭い目だけで、周囲を警戒しながら歩いていた。そしてにわかに、脇を見ることも、後ろを振り返ることもせず、歩くペースも落とさずに、細い路地へ入っていった。

 それから、まもなくのことである。赤い煉瓦レンガ造りの建物の前に、ひとりの紳士が、原稿用紙の束を片手に、首をすくめて、中の様子をうかがっていた。
 オレンジ色のランプがひとつ灯る入口には、《カツフエエ・パリス》と書かれた看板が掛かっている。ぼんやりとした明かりの漏れる窓には、所々ひびが入り、補修がなされた箇所もあればそのままの箇所もあった。苔の生えかけた木製のドアには、青緑色のブロンズの、洒落しゃれたノブがついていた。
 ここか、とつぶやくと、男は原稿用紙の束を持つ手とは反対の手を、そのノブに掛けた。
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