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Ⅲ.カメラ
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「ありがとうございましたぁっ!」
茶髪ポニーテールのアイドル声に見送られて、オレはコンビニを出た。
スウェットのポケットに突っ込んだ手に掛けたレジ袋には、野菜ジュースとコロッケパンと焼きそばパン、そして週刊誌が入っている。いつも通りのディナーメニューとそのお供だ。
アスファルトにサンダルを引きずりながら、萱草色の堤防を歩いた。一番星が輝きはじめ、遠き山に日が落ちるところだった。
「──ほぉしはぁ~そぉ~らをぉ~ちぃりぃばぁ~めぬぅ~♪──」(堀内敬三作詞「遠き山に日は落ちて」)
はあ・・・
ため息をつきながら、ボロいアパートのドアを開けた。
錆びた台所を脇に廊下を進み、フィルムカメラやレンズがびっしり詰められた防湿庫が四方に並ぶ部屋(リビング)に入った。これがオレの、長年走り回ってかき集めたコレクションだ。Nikon、Leica、CONTAX、CANNON、OLYMPUS、PENTAX・・・
フィルムカメラは一昔前まではまだ生産されていたが、現在ではほとんど中古しか手に入らない。販売されていた当時の価格よりも高値で中古が売られていることもしばしば。それでもオレは買い漁った。どんなにレアなものでも、ジャンク品はここには一つもない。すべて問題なく、というよりむしろ新品に近い状態で使用できるものだ。ただ飾るために集めたわけじゃない。使って、それぞれの質を楽しむためだ。それぞれ違うフォルムだけでなく、シャッターの音やスピード、機能など、レンズであれば倍率やF値など、さまざまな違いがある。その魅力を伝えるために、オレは──
「せ~んせ!」
カメラの手入れをしていると、不意に、色白の青年が玄関に現れた。
「なんだ、来るなら連絡しろよ」
オレは作業に戻った。
「え~、連絡したって先生、いっつも返信遅いし電話出ないし」
「まあ、そうだな」
作業に集中していて、若干、上の空だった。「先生」と呼ばれているのは、オレが美大の教員だからだ。この青年はその美大の学生、そして──
「ねえ・・・、」
「なんだ?」
「ぼくもカメラは好きだし大事にしてるから、先生がカメラ好きで大事にしたいのはよくわかってるけどさ、そうやって・・・ぼくが来ても見向きもしないでカメラばっかいじってさ・・・、」
「・・・」
「何?僕よりカメラの方が好きなの?そんなにカメラの方が大事!?ねえ!?答えてよ!?」
「そういうことじゃ・・・」
俺は彼と交際していた。
彼は壁にぶつかりながら走って部屋を出ると、台所から包丁を持ち出してきて、自らの白土色の細い首に当てた。
「ねえ!先生がそんなに僕のこと好きじゃないんなら、俺もう死ぬから!」
「おい、待てよ!」
「そうだ、先生も殺してそのあと俺も死ぬよ。そう、そう、それがいい!」
彼が勢いよく包丁を振り上げた瞬間、俺はとっさに避けようとして、近くにあった防湿庫に突っ込んだ。割れたガラスが鱗のように腕に突き刺さり、庫内のカメラを赤銅色に塗装した。
それもつかの間、鱗が弾け飛び、傷口から塗料が噴き出した。体からどんどん抜け出してゆくのが感じられる。赤銅の塗料は、みるみるうちに空中で何物かを形成していった。意識が遠のいてゆく中、濁った赤銅色の大きな狼が彼に襲い掛かり、彼の白土の肌を柘榴色に染めあげた。
雪の上に弾け落ちた柘榴の果実のようで、実に美しかった。
茶髪ポニーテールのアイドル声に見送られて、オレはコンビニを出た。
スウェットのポケットに突っ込んだ手に掛けたレジ袋には、野菜ジュースとコロッケパンと焼きそばパン、そして週刊誌が入っている。いつも通りのディナーメニューとそのお供だ。
アスファルトにサンダルを引きずりながら、萱草色の堤防を歩いた。一番星が輝きはじめ、遠き山に日が落ちるところだった。
「──ほぉしはぁ~そぉ~らをぉ~ちぃりぃばぁ~めぬぅ~♪──」(堀内敬三作詞「遠き山に日は落ちて」)
はあ・・・
ため息をつきながら、ボロいアパートのドアを開けた。
錆びた台所を脇に廊下を進み、フィルムカメラやレンズがびっしり詰められた防湿庫が四方に並ぶ部屋(リビング)に入った。これがオレの、長年走り回ってかき集めたコレクションだ。Nikon、Leica、CONTAX、CANNON、OLYMPUS、PENTAX・・・
フィルムカメラは一昔前まではまだ生産されていたが、現在ではほとんど中古しか手に入らない。販売されていた当時の価格よりも高値で中古が売られていることもしばしば。それでもオレは買い漁った。どんなにレアなものでも、ジャンク品はここには一つもない。すべて問題なく、というよりむしろ新品に近い状態で使用できるものだ。ただ飾るために集めたわけじゃない。使って、それぞれの質を楽しむためだ。それぞれ違うフォルムだけでなく、シャッターの音やスピード、機能など、レンズであれば倍率やF値など、さまざまな違いがある。その魅力を伝えるために、オレは──
「せ~んせ!」
カメラの手入れをしていると、不意に、色白の青年が玄関に現れた。
「なんだ、来るなら連絡しろよ」
オレは作業に戻った。
「え~、連絡したって先生、いっつも返信遅いし電話出ないし」
「まあ、そうだな」
作業に集中していて、若干、上の空だった。「先生」と呼ばれているのは、オレが美大の教員だからだ。この青年はその美大の学生、そして──
「ねえ・・・、」
「なんだ?」
「ぼくもカメラは好きだし大事にしてるから、先生がカメラ好きで大事にしたいのはよくわかってるけどさ、そうやって・・・ぼくが来ても見向きもしないでカメラばっかいじってさ・・・、」
「・・・」
「何?僕よりカメラの方が好きなの?そんなにカメラの方が大事!?ねえ!?答えてよ!?」
「そういうことじゃ・・・」
俺は彼と交際していた。
彼は壁にぶつかりながら走って部屋を出ると、台所から包丁を持ち出してきて、自らの白土色の細い首に当てた。
「ねえ!先生がそんなに僕のこと好きじゃないんなら、俺もう死ぬから!」
「おい、待てよ!」
「そうだ、先生も殺してそのあと俺も死ぬよ。そう、そう、それがいい!」
彼が勢いよく包丁を振り上げた瞬間、俺はとっさに避けようとして、近くにあった防湿庫に突っ込んだ。割れたガラスが鱗のように腕に突き刺さり、庫内のカメラを赤銅色に塗装した。
それもつかの間、鱗が弾け飛び、傷口から塗料が噴き出した。体からどんどん抜け出してゆくのが感じられる。赤銅の塗料は、みるみるうちに空中で何物かを形成していった。意識が遠のいてゆく中、濁った赤銅色の大きな狼が彼に襲い掛かり、彼の白土の肌を柘榴色に染めあげた。
雪の上に弾け落ちた柘榴の果実のようで、実に美しかった。
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