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5、記憶(冒頭に注意書きがあります)

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※注意※
この話では身体的特徴について差別的・偏見的な描写があり、幼い頃にジュディスが感じた心の痛みを振り返っています。なお、差別や偏見を助長・肯定する意図は一切ありません。しかしご不安な方はどうか無理をせず、この話は飛ばしてお読みください。





 アルスラン伯爵家の長女として生まれた私を、優しい両親は温かく見守り、育ててくれた。私の体が人とは違うのだと知ったのは、物心付いてから母と湯浴みをしていたときだった。

『……? ねえ、お母さま。わたしのからだは、なぜお母さまとちがうかたちなの?』
『っ……、それはね、ジュディ。貴女は女の子としても男の子としても生きていける、特別な体に生まれたからなのよ』
『とくべつ?』
『ええ、そうよ。……いつか貴女が恋をした大切な人にだけ、教えてあげるといいわ』
『……お母さまのおっしゃることは、むずかしい』
『ふふ、いまはまだ、そうかもしれないわね』

 当時の私は恋などと言われても、それがどういったものなのか見当もつかなかった。それよりも私は、母の眼差しに一瞬だけ覗いた暗い影のようなものに内心で怯えた。母と違うということは、尊敬する母のようにはなれないということなのだろうかと、臆病な私は考えたのだ。

『……可愛いジュディ。愛しているわ』
『えへへ、わたしも! お母さまが大好き!』

 抱きしめてくれた母の柔らかな温もりに安心しつつ、この体のことは秘密にしなければならないのだなということだけは、私は幼いながらも理解した。

 私が十二歳になった頃には、縁談が持ち込まれるようになった。すぐに結婚をするわけではないのだが、家同士の結びつきを深めるため、幼い当人を置き去りに親同士で許婚を決めてしまうことは慣例だった。五つ下の弟を遊ばせて一緒に眠ってしまった私は、使用人に弟を任せて自室へ帰るとき、たまたま両親の会話を聞いてしまった。

『私たちが話してしまうわけにも……、相手が––……だわ』
『––––その通りだ。ジュディにとっても、……––可哀そうだろう』
『ええ、勝手に決めてしまうなんて……。それにきっと、––……あの子が憐れだわ』

 ところどころ聞き取れた内容からすると、どうやら私の縁談のことと体のことを話していたようだった。その中ではっきりと聞こえた言葉に衝撃を受けて、私はその場に立ち尽くした。
 可哀そう。憐れ––。
 両親の苦悩が滲むような声音に、私は幼い日に見た母の眼差しを思い出した。私の目が一瞬だけ捉えた、暗い影。あのとき感じた漠然とした恐れは私の気のせいなどではなく、優しい両親の心を痛め続けていたものの正体だったのだ。

(私は人に憐れまれるような、可哀そうな体を持って生まれたのか––)

 覚束ない足取りで部屋へ帰った私は、声を押し殺して泣いた。
 人と違う体で生まれてしまった申し訳なさと、それでも愛情を注いで育ててくれた恩を感じて、千々に乱れた感情がとめどない涙となって溢れた。
 しかし真実を知ったからには、両親に守られたまま、いつまでも甘えているわけにはいかない。私は家を出て、一人で身を立てようと決意した。弟がいてくれるから、私がいなくなったところでアルスランの家が潰えることもない。覚悟を決めて涙を拭った私は、すぐに行動を起こすことにした。

 翌日、私が家を出たいと打ち明けると、両親はひどく取り乱した。人より頑丈なこの体を活かせる騎士として王国に尽くしたい、と懇願すると、どうにか納得してくれたようだった。母だけでなく、まだ幼い弟まで別れを惜しんで泣いてくれた。愛情深い家族に感謝を伝えて一人王都へ向かった私は、騎士団の門を叩いたのだった。

 成長するにつれ、女性に対して淡い憧憬のような感情を抱いたことはあった。だがそれ以上踏み込んだ関係になろうとも、なれるとも思わなかった。この体で想いを伝えたところで、相手にとってはただただ迷惑だろうから。
 何度か想いを寄せられることもあったけれど、受け入れることはできなかった。この体の秘密を知れば、失望させてしまうに違いないだろうから。
 ––しかし私がほんとうに恐れているのは、拒まれてしまうことだと気付いていた。恋そのものを恐れているのではなく、大切な人に憐れまれることが怖かった。
 幼い日の記憶とともに隠していた傷口が血を流して、自分の弱さを責め立てる。言い出せないことを体のせいにして、誰にも心を許せないまま人と距離を置いて生きてきた劣等感は、底なしの沼のような絶望に私を沈ませた。

 体の秘密を打ち明けずにあんなことをしてしまったティナに許されるとは、到底思えない。私は際限なく膨らんでいく罪悪感に、打ちのめされていた。
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