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1、出会い

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 私は爽やかな秋風に頬を撫でられながら、活気ある市場の奥まった場所にある馴染みの鍛冶屋へと向かっていた。雑務を片付け、正午頃に騎士団宿舎を出てすぐに愛用のロングソードを預けてきたから、手入れは済んでいる頃合いだろう。買い物を済ませ、宿舎の食堂よりも美味しい夕食を堪能して、私は上機嫌に足を運んだ。
 剣を預けているトパル鍛冶店は、王都グロースの中でも人の出入りが多い地区にある。警備兵が目を光らせているとはいえ、治安の維持に苦労している一帯でもあった。酒を出す店が続く通りでは、一日の労働から解放されて気の大きくなったらしい酔っぱらいたちが、大声で騒いでいる。店が迷惑を被っていないかと横目で観察したが、屈強な主人があしらっていたから心配はなさそうだ。
喧騒を避けながら鍛冶屋へたどり着き、よく磨かれた愛剣を快く受け取って代金を支払い、店を後にした。日も暮れたいまの時間帯、一人で歩いている女性は自分のほかに見当たらない。護身のためというよりは、怪しげな者に視線を送っても気付かれにくいようにフードを被って、見回りをしつつ騎士団宿舎へ帰るのが休日の習慣だった。

 何事もなく歩を進めていると、通りの反対側の小道から二人の男が出てきたのが目に入った。男たちは両側から抱えるようにして、立派なロッドを背負う人物を運んでいる。漆黒のローブの形状や髪の長さからすると、運ばれている人物は女性のようだ。男たちが向かおうとする先には宿屋が見えるため、意識があるのかもわからない女性を連れ込むつもりだろうか。

「その女性になにをしている?」

 急いで駆けつけて、男たちの前に回り込んだ。体格の良い二人の男は互いに目配せすると、下卑た笑いを浮かべて凄んで見せる。

「なんだぁ? てめえは。この嬢ちゃんが倒れちまいそうだったから、親切な俺たちが介抱してやってるんだぜ?」
「ああ。あんたの助けはいらねえから、さっさとそこをどきな!」

 酒臭い息を吐きながらわめく男たちに抱えられている女性は、ぐったりと顔を伏せたまま動かない。着衣の乱れはないから、乱暴されていないと信じたかった。

「そうか。……だが介抱が必要ならば、私のほうが適任だろうな」

 フードを外して、いつも身に付けている騎士団の首飾りを見せる。首飾りに嵌められた魔石の色や形状が所属する部隊や階級をあらわしており、身分を示すのに役立つのだ。

「げぇっ!? てめえ、騎士だったのかよ!?」
「お、おい……誤解だぜ! 俺たちはなにもしてねえ!!」

 やかましい男たちの腕から、素早く女性を奪う。騒ぎを聞きつけて通りに出てきた料理屋の店主と思しき男性に、女性の介抱を頼んだ。人波をかき分けて、一目散に逃げ出そうとする男たちを追いかける。群がる野次馬に行く手を阻まれた男たちの首に、背後から手刀を打ち込んで気絶させた。間近で捕り物を見ていた者らが歓声を上げる中、男たちを引きずって女性を預けた料理屋へ戻る。警備隊へ通報を頼もうと思っていたけれど、やはり料理屋の店主だった男性がすでに使いを走らせてくれていた。

「協力いただき感謝します。女性の様子はいかがですか?」

 店の若い者が気絶した男たちを縛り上げて、手際よく柱にくくってしまう。これなら目を覚ましたところで、逃げられることはないだろう。問題は女性のほうだ。酒を飲まされたのか、薬を盛られてしまったのか……。いずれにせよ話ができる状態であることを祈りながら、穏やかそうな壮年の店主に問いかけた。

「いえいえ、騎士様がいらして幸いでしたよ。彼女は奥の部屋で、私の妻が介抱しています。こちらへお入りください」

 案内された小部屋のベッドに横たわっている女性は、苦しそうに浅い呼吸をしていた。介抱してくれていた奥方に礼を伝えて彼女の様子を聞くと、朦朧としながらも意識が戻り、わずかだが水も飲んだという。途切れがちに聞き出せた話によると、彼女は食事をしていた店で男たちに薬を盛られたのだと思う、と言ったそうだ。心配した奥方が医者を呼ぼうかと問いかけると、意外なほどはっきりとした声音で断られたという。
 必要な物があれば遠慮なくおっしゃってください、と言って退室した親切な店主夫婦の言葉に甘えて、私は彼女の側に置かれた椅子に腰かけた。

「具合はいかがですか? 私は王国騎士団剣士隊の、ジュディス・アルスランと言います」

 気配に反応した彼女は、赤らんだ頬よりも色鮮やかなルビーの瞳を私に向けた。肩まで伸びたアンバーの髪はふわりと緩やかな癖があり、ほっそりとした輪郭を可憐に縁取っている。整った眉を気だるげに寄せていても、彼女がとてつもない美人なのだとわかった。

「あなたが、……助けてくれたのね。ありがとう。……おかげで、薬を飲まされただけで済んだわ。……私は、ティナ・ローゼンよ」
「っ……! もしや、魔法隊に配属される女性というのは……」
「……ええ、私です」

 魔力量は個人差によるが、魔力自体は誰しも持っている。しかし魔法は、資質がなければ使うことができない。私のように低級魔法であれば使えるという者ならそこまでめずらしくはないのだが、魔法隊に所属できるほどの魔法の使い手はごくわずかだ。
 明日魔法隊に配属されるティナという名の女性は、王国領を転戦する凄腕の持ち主だと聞かされていた。魔法隊隊長が直々に勧誘に向かったのだという人物がまさか、目の前の女性だったとは––。
 驚いて言葉を失っていると、彼女がそっとため息を吐いた。

「……自分が情けないわ」
「貴女が自分を責める必要などありません。責めを負うべきは、悪事を働いたあの男たちです。……貴女が無事で、なによりだった」

 心から伝えると、今度は彼女が驚いたように目を瞬かせる。浅い呼吸の合間に「ありがとう……」と呟いた彼女から詳しく症状を聞かせてもらおうと思ったところで、扉の外から声をかけられた。一人で大丈夫だと言う彼女を残し、駆けつけた警備隊の兵士に事情を説明して、まだ気を失っている男たちを引き渡した。男の顔に見覚えがあるという兵士がいたから、捕まるのは今回が初めてではないらしい。手口の卑劣さから考えても、厳罰は免れないだろう。
被害者であるティナの様子を伝えると、翌日以降で構わないから、警備隊に経緯を聞かせてくれれば良いとのことだった。引き上げていく兵士たちを見送り、彼女のもとへ引き返した。

 部屋に入ると、彼女はベッドに腰かけたところだった。枕元に立てかけられていたロッドを手にしているから、支えに使って起き上がったようだ。いかにも不安定な様子を見ていられなくて駆け寄ると、彼女はふらりと体勢を崩してしまう。とっさに腕を回して背中を支えたが、彼女はびくりと体を震わせた。

「っ……怪我をしていたのか!?」
「んっ……! いいえ、違うの……。……大丈夫、怪我はないわ」

 痛がるような仕草を不審に思い、つい勢い込んで問い詰めてしまった私の言葉を、彼女は慌てて否定した。先ほどより呼吸も乱れているように感じて、にわかに不安が募る。

「だが、……やはり医者を」
「やめて」

 言葉を遮って医者を拒む彼女は頑なだった。……もしかすると、なにか特別な事情があるのかもしれない。––秘密を抱えている自分としても、訳ありらしい彼女の意思を尊重せず、無理強いをさせるのは本意ではなかった。

「……わかりました。ならば、早く休んだほうがいい。宿は取っているのですか?」
「……いいえ」
「では、案内しましょう」

 この時間に騎士団宿舎へ連れて行き騒動を起こすより、大通りに出て宿を探すほうが良いだろう。ロッドを背負い自分で歩くと言う彼女に肩を貸し、見送ってくれる店主夫婦に頭を下げて歩き出した。

「ごめんなさい、……アルスラン殿」

 大通りに出て宿屋を探していると、彼女が沈んだ声音で話しかけてきた。

「……私の身を案じてくれるあなたに、ひどい態度を取ってしまったわ」
「なにも気にすることはありません。……私こそ、配慮が足りずに申し訳なかった」

 困惑したように押し黙る彼女に、「……貴女が傷つけられていたのだと思って、動揺しました。きつい言い方をして、すまなかった」と謝罪する。これ以上暗い雰囲気になってしまわないように、私は意識して明るく続けた。

「わたしたちは明日から、ともに戦う仲間です。反省会は終わりにして、貴女の無事を喜ばせてください。……それと、私は仲間からジュディスと呼ばれています。貴女も名前で呼んでくれると嬉しい」

 はっとしたように私を見上げたルビーの瞳が煌めいた。大通りの街灯にも負けない輝きに、強く惹きつけられる。艶やかな唇をほころばせて「……私も、名前で呼んで」と言った彼女は、美しい微笑を浮かべた。
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