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第五話

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「そう。先に言っておくと眞雪さんは祥嗣さん一筋な彼に危害を与える事なんて絶対にしない雪女で、他にもそう言う雪女もいるとは思うけど。一般的に雪女は自らの美貌で男性を魅了し、その精気を奪うと考えられている妖。いくら半妖とは言え、璃にもその本能が受け継がれている事は十分考えられる。そして今回のその雑誌。男の性を掻き立てる魅了の術は雪女の在り方に類似してるよね。だからこそ璃の中にある『男の精気を奪う為に男を求める』という本能を刺激した。それが雪女の血を暴走させ、強いては霊力の暴走に繋がったんだとね。」

淀みない周兄の説明を聞きながらぐっと眉が寄るのが分かって拳をぐぐっと握る。

おれの中の『精気を奪うために男を求める雪女の本能』。
そんなのがあるなんて思いたくないけど、でも……。

「……先生。先生を襲った時おれね、『美味しそう』って思ったの。先生の事『美味しそう』って。それって今の周兄の話だとおれは先生の精気に反応したって事だよね。……おれ、先生の精気奪っちゃったの?」
「もしお前さんに流れとるもう半分の血が普遍的な人間の血だったら雪女の血が勝りそう言う事も出来たかもしれんが、璃に流れとるのは祥嗣の、祓い屋の血だ。普段璃が雪女としての力を殆んど使えないのもその血に宿る力が雪女の血を抑えているからだろうが、あの時はそれがうまく機能しとらんように見えたな。普段の璃とは身に纏う雰囲気がまるで別人で、例えて言うなら犬っころが獲物を見つけ爛々と目を輝かせ舌なめずりする狼に変化した感じだ。あとそんなきつく握るな、爪が食い込むぞ。」

恐る恐る尋ねれば、瞳を細めいや、と首を横に振った先生の手に拳を解かれ掌に付いた爪の痕を親指で擦られる。
ぞわぞわとしたくすぐったさにぴくっと指が跳ねるけどその手の温かさに強張った肩から力が抜けていくのを感じながら、犬じゃないもんと呟けば先生が喉の奥で笑った。

「……それで。今見た限り主は落ち付いたように見えますが、その『本能の暴走』と言うのは一過性のものだったのでしょうか。」

周兄に視線を向け尋ねた勇玖に柳眉を寄せた周兄が分からない、と首を振る。

「俺は玉兎として薬学は精通してるという自負もあるけど、医学は心得があるくらいだからな。詳しい事はなんとも。……ただ、一つ言えるとすれば、今こうしていても数時間前と比べて璃の霊力に僅かな差異を感じる。……妖としての霊力の濃度が濃くなったような感じのね。つまり……。」

「璃の存在がより妖側に近付いたって事? でもこれが人の世だったら大変だけど夜辻島はそもそも人ならざる者の世界。特に不自由ないんじゃないの?」

「……まあそう言う見方も出来るけど。問題は……。」

そこで言葉を切って黙りこんだ周兄に不安になって先生に視線を向けると、深く息を付いてがりがりと後頭部を掻いた先生が口を開いた。

「問題は『男を求める』ってところだ。『本能』ってのは一度目覚めちまったらなくす事はできねえ。今璃が落ち着いてるのは、あの時にこいつの溢れて暴走した霊力を俺が大量に奪ったからに過ぎないだろうしな。だからまた霊力が戻れば今度は春画雑誌の有無に関わらず些細なきっかけで吸えもしない精気を奪うために男を――。」

「――――ッしないもん!!」

先生の口からそれ以上聞きたくなくて、言葉を遮って叫べばおい、と半眼になった先生にびくっと体をすくませながらもぶんぶんと首を横に振る。

「しない、絶対しないもん! 男を求めたり、しないもん!ッだって、おれ、男なのに、ッあんな事……ッやだ……、したくないッ、先生以外の人と、あんな事したくないもんッ!! 先生とじゃなきゃやだ……ッ、だからしない、ッしないの……! やだ、ッ、何で……やだあぁぁぁ……!」

必死にそう繰り返しながらもあの時の抑えきれない衝動を思い出し、どんなに嫌がっても今この瞬間にまたああなるかもしれないという底知れない恐怖と、少し変わってしまったらしい自分の体に嫌悪感を覚えて目尻から大粒の涙が溢れ落ちる。
そのまましないしないと泣きじゃくっているとおれの背中を支えていた勇玖の手が肩に回され、その胸元に抱きられた。

「ッ勇玖……ッ……。」

その温かな胸に余計に涙が溢れて勇玖の胸に顔を埋めて嗚咽をあげていると後頭部をぽんぽんと先生の手に撫でられるのを感じて僅かに顔をあげる。

「ッせんせ……。」

「ったく。さっきと今といい、駄々漏れ過ぎんだろ、お前。あと周や俺がお前さんがそうなるのを黙ってみていると思うか? ……なくす事はできねえが、静める方法くらい探してあるに決まってんだろ。」

「……ッ、う?」

「あるのですか!?」

おれより先に反応した勇玖に聞き返されると先生がああ、と首肯するのを見て先生へと顔を向ければ伸びてきた指に目尻に溜まった涙を拭われた。

「簡単な事だ。精気を求める前にその精気で満たしといてやりゃあいいんだよ。……なあ、璃。さっきああいう事するのは俺とじゃないと嫌だと言ったよな?」

「……う? う、うん……。」

そう言えばさっき必死になりすぎてそんな事口走ったような……。
優しく涙を拭う指に瞳を細めながら頷けば先生の口元に不敵な笑みが浮かんで、そうかいと先生が呟くと同時にその指で顎を軽く掴まれ上を向かされ、先生の瞳としっかり視線が絡む。

「…………せんせ?」

「本当はこんな爺が相手じゃあれだと思ってたんだがな。……璃、最初に言っとくぞ。お前さんは外見は女にしか見えんがれっきとした男だ。例え夜辻島では珍しくなく、且つやむを得ない事情があるとは言え俺は男とどうこうする趣味はねえ。だがな、お前さんは別だ。この方法も、これからする事も。全部お前さんだからって事だけは忘れるなよ? 返事は!」

「っ、は、はい!!」

先生の言ってる内容がいまいち分からなくてきょとんと首を傾げるといつも任務の時にかけられる声音で返事を促され、慌てて頷けば強面とも評される先生の顔ににやりと不敵な笑みが浮かんだ。

「よし。なら方法を言うぞ。……璃、俺に抱かれろ。」

すぃっと瞳を細めた先生にそう告げられた瞬間。
周囲の温度が確実に二度は下がった気がしておれが何か言うより早く、先生はその襟首をいつの間にか掴んでいた黒波兄と美鈴姉により思い切り引っ張られ、ドゴンという音ともに引き倒された。

「先生っ!! 黒波兄、美鈴姉!? っ、勇玖っ!?」

その光景に二体を止めなくちゃと慌てて立ち上がりかけた刹那勇玖の腕が背中と頭に回され、勇玖の豊満な大胸筋に頭を押し付ける形で抱き締められ身動きが一切できなくなる。
何で、何で!?とさらに焦っているとはぁ、と息を付いた先生の声が聞こえた。

「……ってえな、少しは加減しろよ。馬鹿式共。」

「何言ってんのよ馬鹿主!! 今あんたが璃に言った事省みてから発言しろっつーの!!」

「……行動が被ったのは気に食わんが今回ばかりは美鈴に同意だ。志紅、お前はさっき男とどうこうなる気はないといいながら璃を性交に誘うとはどういう了見だ。」

「――――せっ!?」

「何さらりと喧嘩売ってんのよ黒波。三倍で買うわよ!! ってそうよ、何璃と当たりのようにエッチしようとしてんのよ!」

「エッ……!!?」

聞こえてくる単語に勇玖の胸元に顔を埋めたまま声をあげる。
正直『抱かれる』って具体的にはどういう事か分からなかったけど、性交やエッチと呼ばれるのが好き合ってる者同士がするソウイウ行為だって事くらいはおれだって知ってる。

つまりおれの雪女の『本能』を静める方法って先生とエッチするって事!?

 一人で動揺していると、どういう了見っつってもなぁとぼやく先生の声がさらに耳朶を打った。

「精気はそれこそ口移しでも渡せるが、それだと日に何度も長い時間やらなきゃならん。それよりは性交で璃のナカに直接注いだ方が一回に渡せる量も満足感もでかいからな。これを夜毎していけば少なくとも『本能』が暴走する事はないだろうというのが俺と周の見解だ。他にいい方法もなさそうだしな。」

「さらりと中出し前提で話してるわねこの馬鹿。だからって……!」

「志紅殿、本当に他に方法はないのでしょうか? 主はまだ十一の子どもで、夜毎性交を交わすには幼く未発達故に体の負担も大きいかと存じます。それに志紅殿にもご負担が……。」

おれをしっかり抱き締めたまま問う勇玖に先生がまあな、と頷き続ける。

「体の負担は周にケアしてもらうとしても璃の体が幼いってのは否定しねえ。十一っつったら夜辻島ではとっくに成人で、人の世でも第二次性徴期が始まってもいい頃だが、そいつこの前風呂場で見た時はその兆しすらなかったからな。」

「っ! せんせっ!!」

ついでとばかりにさらりととんでもない事を暴露され、慌てて先生に叫べばそれまで黙っていた周兄が大きく息を付いて口を開いた。

「――皆が言いたい事は分かった。でも現状だとこの方法が唯一と言ってもいいレベルなんだ。勿論二人の体のケアは俺がきちんと行う。……それに。主は腹が決まったみたいだしね。だから後は璃、君がどうするか決めるだけだよ。」

その静かな口調にそれまで騒がしかった場がシン、と静まり返る。

皆の視線を背中に受け、さっき先生が言ってくれた言葉を思い出して瞳を閉じた。

多分あれはおれが先生に『方法がない事を理由に無理強いしてるんじゃないか』って負い目を感じないように、おれだからするって先生が選択したから、だから。『気にするな。』 って言う意味で言ってくれたんだろう。
先生は優しいから。
凄く優しいから、きっと。

だから。

瞬間ツキンと傷んだ胸の奥に僅かに苦笑する。

……きっと数時間前のおれだったら、先生への気持ちに気付く前のおれだったら即答していたのに。

今はそういう関係にならないのにソウイウ事をするんだって考えるだけで胸が締め付けられる、けど。

……でも。

そっと瞳を開け顔を埋めていた胸を掌で軽く押せば勇玖の腕の拘束が簡単に緩んでそっと体を離すと心配そうな顔の勇玖に大丈夫、と笑いかけて先生へと向き直る。

「…………やる。方法はそれしかないんだし、それにねやっぱり、どんなに考えてもおれ先生がいいから。……先生じゃなきゃ、やだからッ。だから。」

油断すると叫びたくなるような胸の痛みと芽吹いたばかりの思いに蓋をしてしっかり答えれば、何故か大きく息を付きながら立ち上がりおれの前に来た先生にビシッと容赦ない力ででこぴんされた。

「み゛ッ!!? 何で!?」

「……お前さん、俺の言葉の意味、分かっとらんな?」

「う?」

あまりの痛さに額を押さえ思わず涙目になって叫べば、溜め息混じりにぽろりと零れ落ちるように言われたそれに言葉の意味?と首を傾げるとわしゃわしゃと頭を撫でられる。

「……いや、なんでもねえ。ま、それも含めてこれからたっぷり分からせてやるから、覚悟しとけ。――と言うわけだ、これからよろしくな、璃。」

「う? う、うん。」

と言うわけ?と内心首を傾げたけど何故か凄みのある満面の笑みを浮かべた先生には聞きづらくてこくこくと頷く。

――そんな訳で。おれと先生の不思議な関係は、ここから始まったのだった。
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