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第三話 『二人の王子と生徒会メンバーです』
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「ミレイユ!! リーナ!!」
そんなこんなで、あれからクーペが学校の正門に着くまでの約十分間。
なかなかな地獄を見た事もあり、まだHRすら始まっていないのに既に疲労婚売気味でクーペから降り立つと同時に不本意ながらこの三年間で聞き慣れてしまった尊大さが滲み出ている力強い声色で私達を呼びながら駆け寄ってきたのは、金髪のショートレイヤーに少し吊り上がった切れ長の二重の灰青色の瞳の強い意志を宿した凛々しい目元が特徴的な、俗にモデル体型と呼ばれる均整の取れた八頭身を制服に包んだ気品あふれる美貌の男子生徒――我がアリヴェイユ国第二王子にしてリュミラルス魔法学校生徒会長、そしてミレイユの現婚約者であるジル・アリヴェイユだった。
…………うわあ。
「――おはようございます、ジル王子。」
「おはよ、ジル。で、朝っぱらからどうしたのよ。」
朝っぱらから会ってしまった立場上は私の義弟となるクズ……基、ジルに内心で思い切り眉を顰めながらもそんな事はおくびにも出さず微笑みかけ、腐っても王子に対してだと少し不遜じゃないかなというくらい砕けた口調で返すミレイユに微かに眉を下げる。
ちなみに、ゲームでは常にクールでツンツンしている上に気が強いミレイユをもて余し鉄面皮とか呼んで少し蔑ろにしていたジルがこの世界においては、見事なまでに彼女の尻に敷かれているのも相違点の一つだろう。
特にこの国においては古くから王家と親交を持ち続け今や王族に次いでの権力を持つとされるアイレンヴェルグ家の次女且つ、入学試験を首席で突破した事で生徒会執行部の目に留まったミレイユが生徒会の一員になってからはその傾向が顕著であるというのも二人を通して知り合った生徒会の面々から聞いている。
まあそもそもジルって乙女系ゲームのキャラ分類で言えば完全に「俺様キャラ」だからクールビューティーな女王様キャラのOSのミレイユより、沈着冷静で聡明なところは変わらないものの、ゲームより遥かにツンデレ気質な今のミレイユのが相性が良いのは悔しいけど分かる気がする、うん。
……それに、OSのジルはミレイユへの仕打ちが酷すぎた事もあって普通に嫌いだったけど、まあ、尻に敷かれながらも嫌な顔一つせず、ちゃんとミレイユの事見てくれてるこの世界のこいつは…………嫌いでは、ないし。
「……姉様? 今何かとんでもなく失礼な事考えていません事?」
「『姉様』? 何だお前達、また喧嘩でもしているのか? あとリーナ、お前の笑顔はいつ見ても胡散臭いな。」
「あははーー。王子もさらりと無礼なところいつも通りじゃないですか。あとミレイユ。別に失礼な事なんて考えてないよ? うん私の妹が今日も可愛いなしか考えてないから。」
「リーナ!!」
「……成る程、リーナのシスコン振りも相変わらずか。まあミレイユが麗しいのは同意するがな。」
「ッッッ~~~~!! ジル!!」
……前言撤回。
やっぱこいつクズだわ。
顔を合わせた瞬間に人の笑みを胡散臭いとかいう馬鹿を内心でばっさりとそう切り捨て、瞳を眇め尋ねてくる彼女にあっさりと答えれば次いで何故か真顔で話に乗っかってきた彼の言葉にかあああと一気に頬を赤らめ眉を吊り上げがなるミレイユに、珍しく意見が合いましたね、と彼と目配せを交わし小さく笑い合う。
……さらりと盛大にのろけられた事は気にしないでおこう、うん。
というか……。
「ジル王子、私達に何か用があったんじゃないですか?」
「……ああ、そうだった! 実は先程この学校を隣国であるリュカディアルド国第四王子が訪ねて来てな。聞けば今日からこの学校の、しかも私と同じクラスに転入してくるというのだ。そこでこの国の第二王子として、生徒会執行部会長としては挨拶の一つでもせねばならんだろうとHRが始まる前に彼が今いる来賓用応接室に生徒会の面々と行く事になってな。我が生徒会庶務であるミレイユを呼びに来たんだ。」
「……ああ、成る程。それで何か周りの生徒達がそわそわしてるんですね。」
さらに普段はそんな事しないのに今日に限ってわざわざ正門まで走って出迎えに来たという事は何かしらの理由があるのだろうと当たりを付け尋ね、返ってきた内容に成る程と軽く頷き正門から校舎へ続くアプローチやその周辺で何やらこそこそと話している生徒達に目を向けた。
主人公転入以降はそうは行かなくなるだろうけど、今現在のリュミラルスは貴族の令息や令嬢が集う学校なだけあって基本的に平穏そのものだ。
それはそれでとても良い事ではあるものの平穏故に単調に思えてしまう学生生活に物足りなさや退屈さを感じている生徒も少なくない。
そんな彼らにとって隣国の王子が転入してきた等と言う情報は格好の話のタネだろう。
うん、気持ちは分かる。
私も当事者じゃなければきっとミレイユやクラスメイト達と噂話に興じていただろうし。
……当事者じゃなければ。
「成程、第四王子はもう登校済みって訳ね。分かったわ、このまま行けばいいかしら?」
「ああ。それとミレイユ。お前の事は私の婚約者としても王子に紹介する。それに付随してリーナ、お前も義姉として紹介するから共に来い。」
「「え?」」
そうぼんやり周囲を見回しながらミレイユ達のやりとりを聞いていると不意にジルから言われた内容にきょとんと声をあげたのは二人同時だった。
訝しげに眉を顰める彼に構わず咄嗟にミレイユと目配せを交わせば考えを巡らせるように顎に手を添えた彼女がねえ、と自らの婚約者に向かって話しかける。
「ジル、あんたリーナの事陛下から聞いてないの?」
「父……陛下から? いや何も聞いてないが何かあったのか? 」
そう答える彼の素で不思議そうな声にこれは本気で何も聞かされていないなとミレイユと再び目配せし軽く息を付いた。
……あーー、何かこれ面倒臭い事になりそう。
でも、まあとりあえず。
「おい。ミレイユ、リーナ。どういう事だ。」
「……まあ、後で説明するわよ。とりあえず今は応接室に行きましょう。まだ余裕があるとは言えさっさと行かないと予鈴が鳴る可能性もあるし、何より隣国の王子をお待たせするわけにも行かないでしょ。」
「だね。……って事でジル王子、私も謹んで同行させて頂きます。行きましょう。」
「あ、ああ。」
内心でそう嘆息し、きっと私と同じ結論に至ったのだろう微かに眉を寄せたミレイユに同意する。
そのまま未だ何がなんだか分からないという表情を浮かべたジルに軽く眉を下げ微笑んだ。
***
「――失礼します。生徒会執行部会長ジル・アリヴェイユ以下役員等六名、本日より我等がリュミラルス魔法学校にて級友と成られるリュカディアルド国第四王子であられるオルハ・リュカディアルド殿下へご挨拶に上がりました。入室の許可を。」
「――どうぞ。」
来賓用応接室は前世で言うところの西洋の城を思い起こさせるような造りであるリュラルミス魔法学校本校舎の最上階に存在していた。
通常ならば生徒立ち入り禁止区域とされているそこのとてつもなく重厚そうな扉を軽くノックし、いつもより幾分か改まった口調のジルに扉の向こうから応えた声が先日行われた入学式で聞いたこの学校の校長の声のものだと気が付き、次いでカチャリという音ともにひとりでに開いた扉にきっとジルを通して話は付けられているんだろうけど一国の王子が在室しているにしては随分あっさりだなと瞳を瞬かせる。
そのまま失礼しますと一礼してから入室するジルと生徒会の面々の後に続いて応接室へと足を踏み入れ、その名に相応しい装飾品やら何やらが置かれている教室と同じくらいの広さの室内を物珍しさも相まってバレない程度にきょろきょろと周囲を見回していればそれを咎めるように隣にいるミレイユに結構容赦のない勢いの肘鉄で脇腹を小突かれた。
う゛、と出かけた声を寸でのところで何とか抑えバッと彼女へと振り返れば何見てんのよと呆れた表情で雄弁に語る彼女と視線が絡みだってと口を尖らせる。
そりゃあキョロキョロするのは行儀は悪いけど応接室って普段入れる場所でもないし、OSでもあるのは明言されてるけど実際には入ったりしない部屋だから気になるのは仕方ないと思う。
あとここまで何にも考えずジルの後着いてきちゃったけどリュカディアルド第四王子ってつまり私のお見合い候補の方なわけで、何だか今更ながらじわじわと沸いてきた実感と緊張から気をそらしたいって名目もあるし。
てか考えてみれば父様から聞いてすらいなかったけど第四王子ってオルハ・リュカディアルドっていうんだ。
……うん、やっぱりOS内は勿論その派生物や関連物においても聞いた事ない名前だ。
そんな事をつらつら考えながらも緊張で固くなりそうな体を誤魔化すように小さく息を付けば多分私の心情なんかお見通しなんだろう、すいっと瞳を細めたミレイユの手が私へと伸び然り気無い動きで手を繋がれた。
掌を通して伝わってくるその何よりも安心する温もりに変に力が入っていた肩から力が抜けていくのを感じ、ありがとうと言う気持ちを込めてその手を握り返せばどこか悪戯っ子のような笑みを浮かべる彼女と目が合い小さく笑う。
……本当、こういう時のミレイユには敵わないなあ。
「やあ。おはよう、生徒会役員諸君。待っていたよ。」
「おはようございます、校長先生。お待たせしてすみません。」
そうこうしているうちに少しの胡散臭さを含んだ柔らかい響きの声が耳朶を打ち、部屋の奥に設置されている見るからに高級なアンティーク調の応接セットの向かって右側の三人掛け猫脚ソファに腰を下ろし人の良い笑みを浮かべひらりと手を振った、足首まで覆う群青色のローブマントに身を包み夕焼け空をそのまま染め込んだ朱鷺色の髪を首の後ろで一つに結び前髪を左に流した聡明な光を宿す髪と同じ色の瞳を持つ左目にモノクルを嵌めた端正な顔立ちの壮年の男性――リュミラルス魔法学校校長であるラノ・イェーリスにジルが頭を下げ挨拶を交わすのを他の皆同様に眺めていれば、ふとセンターテーブルを挟んで校長と向かい合わせに座っている男らしい広い肩幅に細身だけど筋肉質な体を制服に包んだ清潔感のあるダークブラウンの短髪にきりっとした上がり眉、一重で細い切れ長の翡翠色の瞳を持つ乙女系ゲーム的に言えば地味系イケメンに分類されそうな男子生徒と視線ががかち合った瞬間、その瞳が微かに驚いたように見開かれたのを見て内心首を傾げた。
……ん? どうしたんだろ。
てかこの人、OSでは勿論この世界でも初めて見る人だよね?
その様子に何となく視線を逸らしづらくて軽く会釈し私を未だ凝視したままの彼が口を開きかけたところで、んん゛という咳払いにハッとして視線をそちらへ向ければ思い切り眉を吊り上げ半眼で見遣るジルとと目が合い、少しだけ口元をひきつらせる。
……お、……っとぉ。
「…………リーナ。」
「失礼致しました、ジル王子。どうぞ続けて下さい。」
続けて威圧的な声音で私の名を呼ぶ彼に眉を下げてそうあっさりと告げればさらに眉を寄せたものの、一つ息を付いたジルが校長先生へと向き直った。
「失礼致しました、校長先生。」
「いえ。……そうか、彼女がリーナ・アイレンヴェルグですね。――お父上は貴方の事をよく見ているようですね、オルハ王子。」
「……ッ!」
「は?」
さらに何がそんなにおかしいのか私を見ながらクスクス笑った校長先生にそう振られ息を詰めた男子生徒の頬にサッと朱が差したのと、ジルが呆けた声を出したのはほぼ同時で。
話の流れがいまいち掴めないまま再び男子生徒へと視線を向けたところで漸く彼が校長先生に王子、と。
『オルハ王子』と呼ばれた事に気が付いた。
…………あれ、待って? って事は……?
「さて、本題に入りましょうか。こちらは本日付けで我がリュミラルス魔法学校二年A組に転入された隣国・リュカディアルド国の第四王子であらせられるオルハ・リュカディアルド王子。さらに私の耳に入っている情報だと、一年B組在籍のリーナ・アイレンヴェルグ。つまり、君のお見合い相手候補と言う事になりますね。」
…………――――――だよねえええ!!?
一瞬困惑しかけたところへさらににっこりと微笑んだ校長先生によりさらりと現実を突き付けられ、今度は私が息を飲み内心で絶叫した次瞬、私とミレイユを除いたジル以下生徒会メンバーの叫び声が応接室に木霊した。
そんなこんなで、あれからクーペが学校の正門に着くまでの約十分間。
なかなかな地獄を見た事もあり、まだHRすら始まっていないのに既に疲労婚売気味でクーペから降り立つと同時に不本意ながらこの三年間で聞き慣れてしまった尊大さが滲み出ている力強い声色で私達を呼びながら駆け寄ってきたのは、金髪のショートレイヤーに少し吊り上がった切れ長の二重の灰青色の瞳の強い意志を宿した凛々しい目元が特徴的な、俗にモデル体型と呼ばれる均整の取れた八頭身を制服に包んだ気品あふれる美貌の男子生徒――我がアリヴェイユ国第二王子にしてリュミラルス魔法学校生徒会長、そしてミレイユの現婚約者であるジル・アリヴェイユだった。
…………うわあ。
「――おはようございます、ジル王子。」
「おはよ、ジル。で、朝っぱらからどうしたのよ。」
朝っぱらから会ってしまった立場上は私の義弟となるクズ……基、ジルに内心で思い切り眉を顰めながらもそんな事はおくびにも出さず微笑みかけ、腐っても王子に対してだと少し不遜じゃないかなというくらい砕けた口調で返すミレイユに微かに眉を下げる。
ちなみに、ゲームでは常にクールでツンツンしている上に気が強いミレイユをもて余し鉄面皮とか呼んで少し蔑ろにしていたジルがこの世界においては、見事なまでに彼女の尻に敷かれているのも相違点の一つだろう。
特にこの国においては古くから王家と親交を持ち続け今や王族に次いでの権力を持つとされるアイレンヴェルグ家の次女且つ、入学試験を首席で突破した事で生徒会執行部の目に留まったミレイユが生徒会の一員になってからはその傾向が顕著であるというのも二人を通して知り合った生徒会の面々から聞いている。
まあそもそもジルって乙女系ゲームのキャラ分類で言えば完全に「俺様キャラ」だからクールビューティーな女王様キャラのOSのミレイユより、沈着冷静で聡明なところは変わらないものの、ゲームより遥かにツンデレ気質な今のミレイユのが相性が良いのは悔しいけど分かる気がする、うん。
……それに、OSのジルはミレイユへの仕打ちが酷すぎた事もあって普通に嫌いだったけど、まあ、尻に敷かれながらも嫌な顔一つせず、ちゃんとミレイユの事見てくれてるこの世界のこいつは…………嫌いでは、ないし。
「……姉様? 今何かとんでもなく失礼な事考えていません事?」
「『姉様』? 何だお前達、また喧嘩でもしているのか? あとリーナ、お前の笑顔はいつ見ても胡散臭いな。」
「あははーー。王子もさらりと無礼なところいつも通りじゃないですか。あとミレイユ。別に失礼な事なんて考えてないよ? うん私の妹が今日も可愛いなしか考えてないから。」
「リーナ!!」
「……成る程、リーナのシスコン振りも相変わらずか。まあミレイユが麗しいのは同意するがな。」
「ッッッ~~~~!! ジル!!」
……前言撤回。
やっぱこいつクズだわ。
顔を合わせた瞬間に人の笑みを胡散臭いとかいう馬鹿を内心でばっさりとそう切り捨て、瞳を眇め尋ねてくる彼女にあっさりと答えれば次いで何故か真顔で話に乗っかってきた彼の言葉にかあああと一気に頬を赤らめ眉を吊り上げがなるミレイユに、珍しく意見が合いましたね、と彼と目配せを交わし小さく笑い合う。
……さらりと盛大にのろけられた事は気にしないでおこう、うん。
というか……。
「ジル王子、私達に何か用があったんじゃないですか?」
「……ああ、そうだった! 実は先程この学校を隣国であるリュカディアルド国第四王子が訪ねて来てな。聞けば今日からこの学校の、しかも私と同じクラスに転入してくるというのだ。そこでこの国の第二王子として、生徒会執行部会長としては挨拶の一つでもせねばならんだろうとHRが始まる前に彼が今いる来賓用応接室に生徒会の面々と行く事になってな。我が生徒会庶務であるミレイユを呼びに来たんだ。」
「……ああ、成る程。それで何か周りの生徒達がそわそわしてるんですね。」
さらに普段はそんな事しないのに今日に限ってわざわざ正門まで走って出迎えに来たという事は何かしらの理由があるのだろうと当たりを付け尋ね、返ってきた内容に成る程と軽く頷き正門から校舎へ続くアプローチやその周辺で何やらこそこそと話している生徒達に目を向けた。
主人公転入以降はそうは行かなくなるだろうけど、今現在のリュミラルスは貴族の令息や令嬢が集う学校なだけあって基本的に平穏そのものだ。
それはそれでとても良い事ではあるものの平穏故に単調に思えてしまう学生生活に物足りなさや退屈さを感じている生徒も少なくない。
そんな彼らにとって隣国の王子が転入してきた等と言う情報は格好の話のタネだろう。
うん、気持ちは分かる。
私も当事者じゃなければきっとミレイユやクラスメイト達と噂話に興じていただろうし。
……当事者じゃなければ。
「成程、第四王子はもう登校済みって訳ね。分かったわ、このまま行けばいいかしら?」
「ああ。それとミレイユ。お前の事は私の婚約者としても王子に紹介する。それに付随してリーナ、お前も義姉として紹介するから共に来い。」
「「え?」」
そうぼんやり周囲を見回しながらミレイユ達のやりとりを聞いていると不意にジルから言われた内容にきょとんと声をあげたのは二人同時だった。
訝しげに眉を顰める彼に構わず咄嗟にミレイユと目配せを交わせば考えを巡らせるように顎に手を添えた彼女がねえ、と自らの婚約者に向かって話しかける。
「ジル、あんたリーナの事陛下から聞いてないの?」
「父……陛下から? いや何も聞いてないが何かあったのか? 」
そう答える彼の素で不思議そうな声にこれは本気で何も聞かされていないなとミレイユと再び目配せし軽く息を付いた。
……あーー、何かこれ面倒臭い事になりそう。
でも、まあとりあえず。
「おい。ミレイユ、リーナ。どういう事だ。」
「……まあ、後で説明するわよ。とりあえず今は応接室に行きましょう。まだ余裕があるとは言えさっさと行かないと予鈴が鳴る可能性もあるし、何より隣国の王子をお待たせするわけにも行かないでしょ。」
「だね。……って事でジル王子、私も謹んで同行させて頂きます。行きましょう。」
「あ、ああ。」
内心でそう嘆息し、きっと私と同じ結論に至ったのだろう微かに眉を寄せたミレイユに同意する。
そのまま未だ何がなんだか分からないという表情を浮かべたジルに軽く眉を下げ微笑んだ。
***
「――失礼します。生徒会執行部会長ジル・アリヴェイユ以下役員等六名、本日より我等がリュミラルス魔法学校にて級友と成られるリュカディアルド国第四王子であられるオルハ・リュカディアルド殿下へご挨拶に上がりました。入室の許可を。」
「――どうぞ。」
来賓用応接室は前世で言うところの西洋の城を思い起こさせるような造りであるリュラルミス魔法学校本校舎の最上階に存在していた。
通常ならば生徒立ち入り禁止区域とされているそこのとてつもなく重厚そうな扉を軽くノックし、いつもより幾分か改まった口調のジルに扉の向こうから応えた声が先日行われた入学式で聞いたこの学校の校長の声のものだと気が付き、次いでカチャリという音ともにひとりでに開いた扉にきっとジルを通して話は付けられているんだろうけど一国の王子が在室しているにしては随分あっさりだなと瞳を瞬かせる。
そのまま失礼しますと一礼してから入室するジルと生徒会の面々の後に続いて応接室へと足を踏み入れ、その名に相応しい装飾品やら何やらが置かれている教室と同じくらいの広さの室内を物珍しさも相まってバレない程度にきょろきょろと周囲を見回していればそれを咎めるように隣にいるミレイユに結構容赦のない勢いの肘鉄で脇腹を小突かれた。
う゛、と出かけた声を寸でのところで何とか抑えバッと彼女へと振り返れば何見てんのよと呆れた表情で雄弁に語る彼女と視線が絡みだってと口を尖らせる。
そりゃあキョロキョロするのは行儀は悪いけど応接室って普段入れる場所でもないし、OSでもあるのは明言されてるけど実際には入ったりしない部屋だから気になるのは仕方ないと思う。
あとここまで何にも考えずジルの後着いてきちゃったけどリュカディアルド第四王子ってつまり私のお見合い候補の方なわけで、何だか今更ながらじわじわと沸いてきた実感と緊張から気をそらしたいって名目もあるし。
てか考えてみれば父様から聞いてすらいなかったけど第四王子ってオルハ・リュカディアルドっていうんだ。
……うん、やっぱりOS内は勿論その派生物や関連物においても聞いた事ない名前だ。
そんな事をつらつら考えながらも緊張で固くなりそうな体を誤魔化すように小さく息を付けば多分私の心情なんかお見通しなんだろう、すいっと瞳を細めたミレイユの手が私へと伸び然り気無い動きで手を繋がれた。
掌を通して伝わってくるその何よりも安心する温もりに変に力が入っていた肩から力が抜けていくのを感じ、ありがとうと言う気持ちを込めてその手を握り返せばどこか悪戯っ子のような笑みを浮かべる彼女と目が合い小さく笑う。
……本当、こういう時のミレイユには敵わないなあ。
「やあ。おはよう、生徒会役員諸君。待っていたよ。」
「おはようございます、校長先生。お待たせしてすみません。」
そうこうしているうちに少しの胡散臭さを含んだ柔らかい響きの声が耳朶を打ち、部屋の奥に設置されている見るからに高級なアンティーク調の応接セットの向かって右側の三人掛け猫脚ソファに腰を下ろし人の良い笑みを浮かべひらりと手を振った、足首まで覆う群青色のローブマントに身を包み夕焼け空をそのまま染め込んだ朱鷺色の髪を首の後ろで一つに結び前髪を左に流した聡明な光を宿す髪と同じ色の瞳を持つ左目にモノクルを嵌めた端正な顔立ちの壮年の男性――リュミラルス魔法学校校長であるラノ・イェーリスにジルが頭を下げ挨拶を交わすのを他の皆同様に眺めていれば、ふとセンターテーブルを挟んで校長と向かい合わせに座っている男らしい広い肩幅に細身だけど筋肉質な体を制服に包んだ清潔感のあるダークブラウンの短髪にきりっとした上がり眉、一重で細い切れ長の翡翠色の瞳を持つ乙女系ゲーム的に言えば地味系イケメンに分類されそうな男子生徒と視線ががかち合った瞬間、その瞳が微かに驚いたように見開かれたのを見て内心首を傾げた。
……ん? どうしたんだろ。
てかこの人、OSでは勿論この世界でも初めて見る人だよね?
その様子に何となく視線を逸らしづらくて軽く会釈し私を未だ凝視したままの彼が口を開きかけたところで、んん゛という咳払いにハッとして視線をそちらへ向ければ思い切り眉を吊り上げ半眼で見遣るジルとと目が合い、少しだけ口元をひきつらせる。
……お、……っとぉ。
「…………リーナ。」
「失礼致しました、ジル王子。どうぞ続けて下さい。」
続けて威圧的な声音で私の名を呼ぶ彼に眉を下げてそうあっさりと告げればさらに眉を寄せたものの、一つ息を付いたジルが校長先生へと向き直った。
「失礼致しました、校長先生。」
「いえ。……そうか、彼女がリーナ・アイレンヴェルグですね。――お父上は貴方の事をよく見ているようですね、オルハ王子。」
「……ッ!」
「は?」
さらに何がそんなにおかしいのか私を見ながらクスクス笑った校長先生にそう振られ息を詰めた男子生徒の頬にサッと朱が差したのと、ジルが呆けた声を出したのはほぼ同時で。
話の流れがいまいち掴めないまま再び男子生徒へと視線を向けたところで漸く彼が校長先生に王子、と。
『オルハ王子』と呼ばれた事に気が付いた。
…………あれ、待って? って事は……?
「さて、本題に入りましょうか。こちらは本日付けで我がリュミラルス魔法学校二年A組に転入された隣国・リュカディアルド国の第四王子であらせられるオルハ・リュカディアルド王子。さらに私の耳に入っている情報だと、一年B組在籍のリーナ・アイレンヴェルグ。つまり、君のお見合い相手候補と言う事になりますね。」
…………――――――だよねえええ!!?
一瞬困惑しかけたところへさらににっこりと微笑んだ校長先生によりさらりと現実を突き付けられ、今度は私が息を飲み内心で絶叫した次瞬、私とミレイユを除いたジル以下生徒会メンバーの叫び声が応接室に木霊した。
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