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始業式(2)

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「……――御早う御座います!! 陸上部です!」

「男子バスケ部ーー!! おはようございまーす!!」

正門に近付くにつれ聞こえてくる元気過ぎる挨拶の数々に、なんの騒ぎだろうと首を傾げながらかなりの人だかりになってる生徒達の後ろに立ち、中を見遣る。
すると、等間隔に植えられた満開に咲いた薄紅の花弁を散らす桜の木々に挟まれた校舎へと続く一本道の両端にずらりと各部活のユニフォームに身を包んだ在校生――先輩達が並び、中学校でもたまに行われていた挨拶運動さながらに道行く新入生に部活名を名乗った上で挨拶を繰り返していた。
ただ私達の中学校では、あれは風紀委員がやっていて、もっとこじんまりしてた気がするけど。

「――凄い。何て言うか、圧巻だね。そっか、今日始業式の後にある歓迎式で部活紹介するって言ってたっけ。」

「ああ。成る程な、つまりこれはその前座も兼ねてるってわけか。新入生からみりゃどんな部活があって、どんな先輩がいるの分かるし、在校生からしてみりゃ自分の部に勧誘したい新入生の目星をつける事が出来る。良く出来てんな。」

感心するように一つ頷いた虎向に、でしょ?と花石さんが心なしか胸を張り、さらにきゃあきゃあと黄色い声で叫んでる大勢の女子生徒達が集まり固まってる道のほぼ中ほど辺りを指し示した。

「で、それを考えたのがあそこで女子達に囲まれてる生徒会執行部って訳なんだけど……。」

「……見えないね。」

「……見えねえな。」

「……だよね~~。」

完全に女子に埋もれているその姿に花石さんががくりと肩を落とす。
紹介したかったのになぁと残念そうに呟いた彼女に首を傾げた瞬間、耳朶を打ったのは急かすようにぱんぱんと言う手を打つ音だった。
ハッとそちらを見遣れば、女子生徒の間を抜けるようにして、ボリュームのあるスパイキーヘアを明るい茶色に染めた勝ち気な印象を受ける大きな二重の吊り目が特徴的な、人懐っこそうな今時のイケメンが道の内側に現れる。

「はいはーい!! 在校生共ー、会長に見惚れんのはいいけど今日の主役は新入生だよー!! 正門前で渋滞起こしてるしさっさと捌けろー!!」

その彼が耳障りの良い、男子にしては少し高めの快活な声で呼び掛ければ固まっていた女子生徒達が渋々と言った感じで前へと進んでいく。
それに合わせて歩き出した生徒達に続き、私達も正門を通り過ぎた。
すると正門付近にいた在校生からざっと視線を向けられたのを感じ、思わず虎向の影に隠れるように体を寄せる。

……う~~……。

「おいヒナ、大丈夫か?」

「白宮さん、大丈夫? 先に通らせてもらおっか?」

心配げに声をかけてきた二人に首を振り大丈夫、と笑いかける。

「……平気。平気だけど、虎向。しばらくこうしてていい?」

そう言って虎向の左腕にぎゅっとしがみつくと、ああ、と頷いた虎向がぽんぽんと右手で私の頭を軽く撫でた。

……うう~~。さっきまであれだけ活気があった挨拶も私が通る度にぴたっと止むし。

何、この拷問。

やがてその異様な様子に気がついたのか先程の彼の活が飛んできた。

「おい、在校生!! 声が出てねーぞ!! これも立派な部活動で、サボったら部費減らすって話忘れてんのかー!? 声出せ声ーー!!」

「ま、まあまあ夏生。でも、本当皆声出てないよ? 一体どうした……ってあれ?」

その彼を宥めるように、低いけどよく通る落ち着いた響きの声が彼のいる方角から聞こえると花石さんが「あっ」と声をあげる。

「……花石さん?」

「――美律! どうかしたのか?」

その様子にどうかしたのかと尋ねかけたけど、私の声に被さって聞こえたさっきの落ち着いた声にいつの間にか俯かせていた顔をあげると、すらりとした長身で、色素の薄い飴色のショートボブに少し眦の下がった切れ長の髪と同じ飴色の優しい光を宿した瞳が特徴的な眉目秀麗という言葉がピッタリな端正な顔立ちの男子生徒が心配げな表情を浮かべ私達の方へ歩いてくるのが目に入った。

……って、あれ? 美律って……。

「お兄ちゃん!!」

「お兄ちゃん!!?」

疑問が沸いたのも一瞬。花石さんの嬉しそうな声に目を見開けば、さすがに周りの視線が私から花石さんとその男子生徒に移り、図らずも少しだけ呼吸が楽になる。

「さっき兄さんがいるとは言っていたけど、生徒会の役員だったのか。」

「ね。それに、花石さんも美人だけどお兄さんも凄いイケメンだよね。」

「兄妹揃って顔面偏差値が半端なく高いな。」

ぼそりと呟いた虎向にうんうんと同意する。
と言うかこの二人、周りの視線全く気にしてないの地味に凄いなぁ。

「……やっぱり慣れるもんなのかなぁ。」

そう呟き自分の顔の横で揺れる髪を虎向の腕にしがみつく手とは逆の手で一房摘まんだところで花石さんと何やら会話をしていた男子生徒とぱちりと目が合った。

「美律、この二人は?」

一瞬軽く目を瞠られたけど、すぐに人の良さそうな笑みを浮かべて会釈してきた彼に慌てて会釈し返すと、彼の問いに花石さんが「あ、紹介するね!」と笑顔で続ける。

「昨日話したでしょ? 同じクラスの、白宮さんと黒坂くん! で、二人とも。こっちが私のお兄ちゃ……兄の花石祐はないしたすく。やーー、お兄ちゃん達女の子に囲まれてたし紹介出来ないかと思ったわ。」

「……あはは。ああ、この二人が。初めまして、美律の兄の祐です。ようこそ青宮高校へ。これからよろしくね。」

「どうもっス、黒坂虎向です。」

「え、あっ、し、白宮陽です。こ、此方こそよろしくお願いします!」

花石さんの冷やかしに僅かに眉を下げて笑った花石さ……じゃ一緒になっちゃうか。
花石先輩が私達に向き直るとにこりと微笑んだ。
その笑顔がまた凄いキラキラしてて、何ていうか王子様スマイルってこういうのを言うんだろうなって実感しながらぺこりと頭を下げた虎向に続いて慌てて挨拶を返す。

「うん。ところで、白宮さん、だったよね。少し顔色が良くないけど大丈夫?」

「――え。」

「あ、そうそう! お兄ちゃん、白宮さん人の視線に酔うんだって。それでさ、私達道から逸れて昇降口行っちゃ駄目かな?」

花石さん達兄妹のあまりの美男美女っぷりにうっかり忘れかけていた視線を思い出すよりも早く花石さんが花石先輩に言ってくれると、先輩がすぐに頷いた。

「分かった。なら、三人はここで抜けて在校生の後ろを通って昇降口に行けばいいから。白宮さん、歩けるかい?」

「あ、は、はい。大丈夫です。こうして虎向にしがみついてれば倒れませんし。」

「だから白宮さん倒れる前提で話さないでってば!」

もーー!と言いながら近づいてきた花石さんに空いている方の手をがしっと掴まれ、ほら行くよ!と先導してくれるらしい花石先輩に続いて歩き出した彼女に手を引かれるがままに慌てて私も歩を進める。

というか、どうしよ、花石さんの手凄く柔らかくて温かい。

……女の子の手ってこんなんなんだ。

「……花石さんの手って、凄く温かいね。」

思わずそう漏らせば、ちらりと肩越しに振り返った花石さんがどこか照れたように笑みを浮かべ、さらに手をしっかりと握られた。

「花石さんの手も温かいよ。それにすごいすべすべしてる。こう言うの白魚のような手って言うんだろうね、きっと!」

「…………え、えーー。そ、そうかな? そんな大したものじゃないよ、多分。」

それって全く男の手じゃないって事だよね、と地味に内心へこみながら答えると私に腕を引っ張られる形になっている虎向がまたぶっと噴き出した。

「もーー!! 虎向!」

「あれ? 花石ーー、どうしたんだ?」

さっきと言い今と言い笑い過ぎじゃない?と振り返って文句の一つでも言おうとすると、先程の今時のイケメンの男子生徒がこっちに走り寄ってきた。

風戸かざと。」

「風戸先輩。」

花石さん達の声がぴたりと揃い、風戸と呼ばれた彼が花石さんに視線を向けた、かと思ったら瞬きをする間もない勢いで花石先輩から花石さんの前に移動する。

「美律ちゃん! そっか、うち受けたんだよね、合格おめでとう! 青宮の制服、凄く似合ってるよ!」

「あ、おい風戸。」

「あ、ありがとうございます。それで、風戸先輩私達今、」

「あ、美律ちゃんクラス何組になった? あ、ちなみにオレは二年C組。また、月沢と一緒になっちゃってさぁ。」

「一年B組です。そうなんですね、月沢先輩と……。あの、それで。」

……何だろうあの風戸って人、何ていうか、チャライ。

たじたじになっている花石さんと眉を寄せている花石先輩には悪いけどちょっとだけ引いてると、花石さんの隣にいる私達に気が付いたらしい彼とぱちりと視線がかち合った。
瞬間、それまで騒がしかった風戸先輩がびたっと動きを止め、私を凝視する。

「…………え?」

「――え、ちょ……、えっ、何この子、めっちゃッ……!! え、あ、もしかして寮生の間で噂になってた天使!!?」

「天使じゃないですっ!!!!」

よりによってそれかと思わず全力でツッこむと同時に、やっぱり凄い勢いで近付いてきた彼に両肩を掴まれそうになった刹那。
ぐいっと右肩を掴まれ思い切り後ろに引っ張られた。

「わっ!!?」

咄嗟に花石さんの手を離し、後ろに倒れかけると腰に逞しい腕が回されさらにその胸元に引き寄せられる。

「……虎向。」

それが誰か確認する必要もなくて名前を呼び顔をあげれば、私が掴んでいた腕とは逆の腕でしっかり私を胸元に抱き寄せ、眉根を寄せた虎向と視線が絡む。

……あーーうん。虎向、こういうチャラいタイプ嫌いだもんね。

ちなみに中途半端に腕を伸ばしたまま唖然としている風戸先輩の後ろでは「黒坂くんGJ!」と花石さんがサムズアップし、それを見た花石先輩があーあ、と苦笑していた。

「……え、えーっと……?」

「――初対面の、尚且つ体調不良の女の肩、いきなり掴むのはどうかと思いますよ、風戸センパイ。」

常より低い声の虎向にそう告げられ、パチパチと瞳を瞬かせた風戸先輩がえ~~……と小さく呟いた。

「え、あ~~……そうだったんだ。ごめんね?」

「い、いえ。」

そのまま笑顔で謝られたもののどこかぴりっとした雰囲気の彼に私も僅かに眉を寄せた。

何だろうこの人、ちょっと怖い。

「ところでさ。お前、誰? その天使ちゃんの何?」

いや、あのだから私天使じゃないんだけど。
てかそうやって呼ぶのやめて。

すいっと細められた風戸先輩の瞳に明らかな険が宿ったのを感じて虎向の腕の中で僅かに身構える。

「……一年B組の黒坂虎向。ヒナとは幼馴染です。あの、俺の幼馴染に変な渾名付けないで貰えますか? こいつにはちゃんと白宮陽って言う名前があるんで。」

「ちょ、ちょっと、虎向。」

いくら何でも先輩に対して失礼過ぎじゃないかと、彼の手をそっと握ると「はぁ??」と風戸先輩の苛立ったような声が聞こえてきた。

「ただの幼馴染が、何オレと天使ちゃんとの出会い邪魔してんの? いいから天使ちゃんこっちに渡せって!」

その『ただの幼馴染』という言葉に思った以上に腹が立ってぐっと拳を握りしめる。

…………は? こいつ何言ってんだ、マジで。

それに天使じゃないって言ってんだろ!!

「お断りします。」

怒鳴りそうになるのを必死に抑える私を尻目に、きっぱりと言い切った虎向に風戸先輩が柳眉を跳ね上げた。

……あ、これ、ちょっとまずいかも。

「あ、おい、風戸!!」

恐らく同じ事を思ったのだろう、花石先輩が慌てたように声をあげる。

「はああああ!!? お前、マジムカつく!!」

そう言って風戸先輩が足にグッと力を込めた、次の瞬間。

「新入生相手に何をしているんだ、この戯け者がぁっ!!」

低く男らしい声が響き、次の刹那風戸先輩の脳天にごつごつとした拳骨が振り下ろされた。

……え、拳骨?

「あああああああ!!? いってええええええ!!?」

ゴッという何とも痛そうな音と共に見事拳骨を食らい脳天を押さえのたうち回る風戸先輩の背後にはいつの間に現れたのか、黒の短髪に綺麗に筋肉が付いてるだろうがっしりとした体に男らしい太く濃い眉毛の下、猛禽類を思わせるような鋭く切れ上がった切れ長の瞳の凛々しい顔立ちの虎向よりも十センチくらい背が高い男子生徒が仁王立ちで立っていた。
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