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入学式
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――――小さい頃、凄く体が弱かった。
ちょっとした事で風邪を引くのは日常茶飯事で、一度など二週間原因不明の高熱が引かず死にかけた。
それは確か幼稚園の年中組に上がったばかりのある日の事。
あまりに体が弱いからと、信心深かった母方の祖母に近所の寺に連れて行かれ判明したのは、おれはとある男の神様に嫁認定されているという事だった。
この子は男ですが、と戸惑いがちに言った祖母にその神様にとっては性別など些細なものなのだと説明した住職さんが私の頭を撫でながら続けた。
「この子は長く生きられない。」と。
その神様はおれを早く自分のものにしたくて仕方ない。恐らく十歳まで生きれたらいい方だと眉を寄せ話す住職に、どうにかしてくれ、この子を助けてくれと泣き崩れた祖母に住職さんが伝えた「唯一の方法」は「偽る事」だった。
「その神は男の性の、この子に執着しています。ならば全てを偽る事でこの子を神から欺き、隠してしまいましょう。今日からこの子を最低でも二十歳を越えるまでは女として育てなさい。」
そして。
その「方法」のお蔭で、おれは今までが嘘だったかのように今日まで健康優良児として生きている。
ただ……。
それと引き換えに、あの日からおれ……私の人生が百八十度まるっと変わった事もまた事実だけど。
季節は春である。
淡い水色の空がどこまでも広がり、桜はその枝に満開に薄紅色の花を咲かせ暖かく心地好い風が吹く度にその枝を揺らし、はらり、はらりとその花弁を散らしている中、都内近郊の芙月町にある私立青宮学園高等部の入学式が行われたその日。
これから始まる高校生活にはちきれんばかりの期待に胸を膨らませ初登校を済ませた新入生の入学式後の話題を一様に攫ったのは一人の女子生徒である。
何せ「新入生入場」と言う教師の掛け声と共に体育館に入ってきた彼等の中にいたのは、絹のような銀白色のミディアムヘアに雪のように白い肌の年相応にメリハリの利いた体と華奢ですらりとした手足を制服であるブレザーに包んだ、ぱさぱさの長いまつ毛の二重で大きく常に潤んでいるようなベビーブルーの瞳に小さな鼻、瑞々しく触ればぷるんとはじけるようなピンク色の形の良い唇を持つ、まさに非の打ち所がない完璧な美少女だったのだ。
若干彼女の目が死んでいた事は妙だったが、その場にいた者達は学年男女関係なく彼女に釘付けとなり式が始まってからも彼女の周りを中心としてざわめきが絶える事はなかった。
「では、今日はここまで。明日は始業式の後在校生による新入生歓迎式と部活紹介があるから間違って帰るなよ。」
入学式後、昇降口に張り出されていたクラス表通りに分かれた一年B組の教室内。
見るからに体育教師ですと言わんばかりの爽やかイケメンスポーツマンである藍里雄也先生のHR終了の挨拶と同時にクラスメイト達の視線が窓際の一番後ろの席に座る私――白宮陽に集まるのを感じ、気付かれないように息を付いた。
あの日、住職さんによって「神様」から隠されてから私の外見は一部を除きそれまでとがらりと変化した。
まず日本人の特徴である黒髪黒目は日本人離れした銀白の髪とベビーブルーの瞳に。
元々病弱だったこともあり典型的なもやしっこだったものの、その肌はより一層白く。
……顔だけは元から祖母や両親と歩いていると「可愛い女の子ですね」と間違えられるくらいには女顔だったから、少し目が大きくなったかなって程度でそこまで変わっていなかった事に齢五つにして男としてのプライドは著しく傷つけられる事になったけど。
そして、何よりも自分が「偽り」なんだと実感したのは第二次成長期に入ってから。
周りのそもそもの同性である男子たちと比べて明らかに低い百五十四センチでぴたりと止まった背に、いつまでもほっそりとした指の手。
男子のような髭も生えた事もなければ声変わりも訪れなかった。さすがに胸が膨らむことはなかったけど、今では母さんにすら「大丈夫? まだ付いてる?」と心配されるレベルには女性的だ。
と言うか実の息子に向かってあの質問はさすがにどうかと思うんだけど。
付いてるに決まってるよね、お……私が偽っているのはあくまで「外見の性別」だけなんだから!!
机に頬杖を付き、現実逃避気味につらつら考えていると「おい。」と言うよく知っている低いけどよく通る力強い声が耳を打つ。
顔を上げそちらを見遣れば、今の時点ですでに身長は百八十五センチ超え、肩幅が広く均整の取れた男らしく逞しい体に長い手足という成長期という言葉を遺憾無く体現し過ぎているきりりと上がった男らしい眉と少しつり上がった二重の切れ長の瞳が特徴的な端正な顔立ちの男前――私の家の隣に住む幼馴染兼同級生である黒坂虎向がスクールバッグを片手に立っていた。
「……虎向」
そう言えば虎向も入学式で主に女生徒の皆から熱い視線受けてたなぁ、とぼんやり考えていると彼の顔が怪訝なものに変わっていく。
「おい、何してんだ。皆で飯食いに行こうって母さん達と杏希さん達待ってんぞ? とっとと行こうぜ、ヒナ。」
そのまま男らしい大きな手でくしゃりと髪を掻き混ぜられ、その心地よさに瞳を細める。
瞬間教室内の騒めきが大きくなったのはこの際放っておこう。
あ、ちなみに杏希さんというのは母さんの名前だ。
「ん、そうだね。お腹空いたし、行こっか。」
その騒めきにげんなりとしながら立ち上がると、私の気持ちを汲み取ったのかぽんっと肩を叩かれた。
それに眉を下げ、さて、と今日配られたばかりの教科書や辞書が詰まっているスクールバッグを持ち上げようとすると、虎向にそれをひょいと奪われる。
「虎向、私、自分でっ!」
「いや良い。お前こういうもん持ってるとマジ足遅くなるし。本当体力ないよな。……まあ昔に比べりゃマシだけど。」
そう言ってすぅっと瞳を細めた虎向にグッと言葉を詰まらせる。
そう、幼馴染なだけあって虎向は私の事情と本当の性別を知っている数少ない一人だ。
「……あの頃とは違うから。うん、でも持ってくれるなら断る理由ないよね! よろしくね、アッシー君!」
「誰がアッシーだこら」
「あ。あのさ!」
わざと明るく言い切り笑いかけじゃれ合っていると今日クラスメイトばかりになった、背中の半分まである長さのポニーテールが凄く良く似合うパチリとした大きな二重の吊り目が特徴的なすらりとしてスタイルが良い女生徒に声をかけられた。
えっと確か名前は……。
「あ、ごめんね、急に話しかけちゃって! 私、花石美律。よろしくね、白宮さん、黒坂くん。」
思い出すよりも早くそう名乗ってくれて笑った顔が可愛くて、女の子だああ、と変なところで感動していたらべしりと虎向に頭を叩かれた。
「いったい!」
「うるせぇよ、すけべオヤジみたいな顔してたぞお前。……ああ、よろしく。で、花石。俺らに何か用か?」
その指摘にえ、マジ?と声には出さずに顔を触っているとくすくすと可笑しそうに肩を揺らして笑う花石さんと目が合い、にこりと笑いかけられる。
「本当に仲良いんだね。あ、そうそう。あのね、そんな二人に聞きたい事があって。」
「聞きたい事?」
きょとんとして聞き返せば彼女が肯定するように頷く。
「単刀直入に聞いちゃうけど、二人って付き合ってるの?」
「「――――は?」」
思いも寄らなかった質問に思わず虎向とぴったりと声が揃う。
付き合ってるって誰と誰が?
おれと虎向が?
いやいやいやないないない!! ってか男同士だし! 何でそんな話に……――ああああああ、おれの外見だよね、知ってた!!
その一瞬の間に思わず素の口調のまま脳内で叫んでる私を一瞥し、先に口を開いたのは虎向だった。
「いや、こいつととかあり得ねえから。こいつ、ヒナとは家が隣同士の幼馴染みなだけだ。な?」
「う、うん、そう! 幼馴染みなだけだから。てか、虎向! 私と「とか」って言った!? こっちこそガサツで乱暴な虎向となんか願い下げだから!!」
何気に言われた言葉にムッとして言い返せば虎向が馬鹿にするようにわざとらしく息を吐き出した。
……あーーーもう!! 腹立つ!
腹立ちまぎれに虎向の脛を蹴っ飛ばせばぎろりと睨まれたけど、ふいっと顔を逸らし知らない振りをする。
そんな私達のやり取りをまあまあと制してくれた花石さんが、ぽんっと手を打った。
「ああ、成る程幼馴染み! その線があったか! ――だってさ、皆。」
彼女がくるりと振り返りざわついていたクラスメイト達に話を振った瞬間。
教室のあちこちでほっと息を付く音や、ッシャア!という呟きが聞こえてきた。
何か中にはガッツポーズしてる男子とかいるし。
……と言うか、もしかして。
「……あの、ごめんね、花石さん。私達のせいで何か変な役回りさせちゃったみたいで。」
遠巻きにこちらを見ていたクラスメイト達の代弁をさせてしまったらしい彼女に慌てて謝れば、いいのいいのとひらひらと手を上下させてさらに花石さんが笑う。
「入学式で注目の的だった二人と話してみたかったからそのきっかけを貰えてむしろラッキーだったし! 私としては白宮さんと黒坂くんが付き合ってなくて残念だったけど。」
「……残念?」
「あ、ごめんね、変な意味じゃなくて! ただ二人ともとても素敵で凄いお似合いだったから、付き合ってるならそのラブラブ振りを観察してみたかったな、って!」
「……か、観察?」
……何だろう、花石さんって決して悪い子じゃないと言うか、むしろサバサバしてて気持ちの良い子なんだけど。……少し変わってる?
そんな風に思いながらふと隣に視線を向けると、クラスメイト達の様子に僅かに眉を寄せた虎向が「……しくったな。」と小さな声で呟いた。
え、何が?
その言葉の意図を図りかねて首を傾げる私とは別に、何かを察したらしい花石さんが、あ――……と頬を掻いた。
「ん~~……話を振った私が言うのもなんだけど。そうだね、その方が良かったかも。」
「えっ? えっ?」
さらに意味が分からず二人の顔を交互に見るとはぁ、と息を付いた虎向にわしゃわしゃと髪をかき混ぜられた。
「わっ!? ちょ、ちょっと虎向っ!?」
「……嘘だろうが何だろうがお前と付き合ってるって言っといた方が良かったなって話だ。その方が多分静かな学園生活送れた。」
「――は……はぁ?! それってどういう……!」
「白宮さん、自分が美少女だって分かってる? とにかく、あれだけ注目されてた二人がフリーだって知られたから、明日から少し面倒臭い事になると思うよ? 白宮さんも黒坂くんも。それに今日はまだ新入生のみだけど、明日からは在校生――先輩達も加わるから余計に。」
「……え。」
ピッと人差し指を立てた花石さんの言葉に、なんだかよく分からないけどとりあえず、何かの選択を間違ったのは確かみたいで、思わず顔をひきつらせた。
……と、まあそんな感じで。
次の日からさらに厄介な出会いがあるなんてこの時の私には知るはずもなく、とにもかくにも私と虎向のどたばたな高校生活はここに幕を開けたのだった。
ちょっとした事で風邪を引くのは日常茶飯事で、一度など二週間原因不明の高熱が引かず死にかけた。
それは確か幼稚園の年中組に上がったばかりのある日の事。
あまりに体が弱いからと、信心深かった母方の祖母に近所の寺に連れて行かれ判明したのは、おれはとある男の神様に嫁認定されているという事だった。
この子は男ですが、と戸惑いがちに言った祖母にその神様にとっては性別など些細なものなのだと説明した住職さんが私の頭を撫でながら続けた。
「この子は長く生きられない。」と。
その神様はおれを早く自分のものにしたくて仕方ない。恐らく十歳まで生きれたらいい方だと眉を寄せ話す住職に、どうにかしてくれ、この子を助けてくれと泣き崩れた祖母に住職さんが伝えた「唯一の方法」は「偽る事」だった。
「その神は男の性の、この子に執着しています。ならば全てを偽る事でこの子を神から欺き、隠してしまいましょう。今日からこの子を最低でも二十歳を越えるまでは女として育てなさい。」
そして。
その「方法」のお蔭で、おれは今までが嘘だったかのように今日まで健康優良児として生きている。
ただ……。
それと引き換えに、あの日からおれ……私の人生が百八十度まるっと変わった事もまた事実だけど。
季節は春である。
淡い水色の空がどこまでも広がり、桜はその枝に満開に薄紅色の花を咲かせ暖かく心地好い風が吹く度にその枝を揺らし、はらり、はらりとその花弁を散らしている中、都内近郊の芙月町にある私立青宮学園高等部の入学式が行われたその日。
これから始まる高校生活にはちきれんばかりの期待に胸を膨らませ初登校を済ませた新入生の入学式後の話題を一様に攫ったのは一人の女子生徒である。
何せ「新入生入場」と言う教師の掛け声と共に体育館に入ってきた彼等の中にいたのは、絹のような銀白色のミディアムヘアに雪のように白い肌の年相応にメリハリの利いた体と華奢ですらりとした手足を制服であるブレザーに包んだ、ぱさぱさの長いまつ毛の二重で大きく常に潤んでいるようなベビーブルーの瞳に小さな鼻、瑞々しく触ればぷるんとはじけるようなピンク色の形の良い唇を持つ、まさに非の打ち所がない完璧な美少女だったのだ。
若干彼女の目が死んでいた事は妙だったが、その場にいた者達は学年男女関係なく彼女に釘付けとなり式が始まってからも彼女の周りを中心としてざわめきが絶える事はなかった。
「では、今日はここまで。明日は始業式の後在校生による新入生歓迎式と部活紹介があるから間違って帰るなよ。」
入学式後、昇降口に張り出されていたクラス表通りに分かれた一年B組の教室内。
見るからに体育教師ですと言わんばかりの爽やかイケメンスポーツマンである藍里雄也先生のHR終了の挨拶と同時にクラスメイト達の視線が窓際の一番後ろの席に座る私――白宮陽に集まるのを感じ、気付かれないように息を付いた。
あの日、住職さんによって「神様」から隠されてから私の外見は一部を除きそれまでとがらりと変化した。
まず日本人の特徴である黒髪黒目は日本人離れした銀白の髪とベビーブルーの瞳に。
元々病弱だったこともあり典型的なもやしっこだったものの、その肌はより一層白く。
……顔だけは元から祖母や両親と歩いていると「可愛い女の子ですね」と間違えられるくらいには女顔だったから、少し目が大きくなったかなって程度でそこまで変わっていなかった事に齢五つにして男としてのプライドは著しく傷つけられる事になったけど。
そして、何よりも自分が「偽り」なんだと実感したのは第二次成長期に入ってから。
周りのそもそもの同性である男子たちと比べて明らかに低い百五十四センチでぴたりと止まった背に、いつまでもほっそりとした指の手。
男子のような髭も生えた事もなければ声変わりも訪れなかった。さすがに胸が膨らむことはなかったけど、今では母さんにすら「大丈夫? まだ付いてる?」と心配されるレベルには女性的だ。
と言うか実の息子に向かってあの質問はさすがにどうかと思うんだけど。
付いてるに決まってるよね、お……私が偽っているのはあくまで「外見の性別」だけなんだから!!
机に頬杖を付き、現実逃避気味につらつら考えていると「おい。」と言うよく知っている低いけどよく通る力強い声が耳を打つ。
顔を上げそちらを見遣れば、今の時点ですでに身長は百八十五センチ超え、肩幅が広く均整の取れた男らしく逞しい体に長い手足という成長期という言葉を遺憾無く体現し過ぎているきりりと上がった男らしい眉と少しつり上がった二重の切れ長の瞳が特徴的な端正な顔立ちの男前――私の家の隣に住む幼馴染兼同級生である黒坂虎向がスクールバッグを片手に立っていた。
「……虎向」
そう言えば虎向も入学式で主に女生徒の皆から熱い視線受けてたなぁ、とぼんやり考えていると彼の顔が怪訝なものに変わっていく。
「おい、何してんだ。皆で飯食いに行こうって母さん達と杏希さん達待ってんぞ? とっとと行こうぜ、ヒナ。」
そのまま男らしい大きな手でくしゃりと髪を掻き混ぜられ、その心地よさに瞳を細める。
瞬間教室内の騒めきが大きくなったのはこの際放っておこう。
あ、ちなみに杏希さんというのは母さんの名前だ。
「ん、そうだね。お腹空いたし、行こっか。」
その騒めきにげんなりとしながら立ち上がると、私の気持ちを汲み取ったのかぽんっと肩を叩かれた。
それに眉を下げ、さて、と今日配られたばかりの教科書や辞書が詰まっているスクールバッグを持ち上げようとすると、虎向にそれをひょいと奪われる。
「虎向、私、自分でっ!」
「いや良い。お前こういうもん持ってるとマジ足遅くなるし。本当体力ないよな。……まあ昔に比べりゃマシだけど。」
そう言ってすぅっと瞳を細めた虎向にグッと言葉を詰まらせる。
そう、幼馴染なだけあって虎向は私の事情と本当の性別を知っている数少ない一人だ。
「……あの頃とは違うから。うん、でも持ってくれるなら断る理由ないよね! よろしくね、アッシー君!」
「誰がアッシーだこら」
「あ。あのさ!」
わざと明るく言い切り笑いかけじゃれ合っていると今日クラスメイトばかりになった、背中の半分まである長さのポニーテールが凄く良く似合うパチリとした大きな二重の吊り目が特徴的なすらりとしてスタイルが良い女生徒に声をかけられた。
えっと確か名前は……。
「あ、ごめんね、急に話しかけちゃって! 私、花石美律。よろしくね、白宮さん、黒坂くん。」
思い出すよりも早くそう名乗ってくれて笑った顔が可愛くて、女の子だああ、と変なところで感動していたらべしりと虎向に頭を叩かれた。
「いったい!」
「うるせぇよ、すけべオヤジみたいな顔してたぞお前。……ああ、よろしく。で、花石。俺らに何か用か?」
その指摘にえ、マジ?と声には出さずに顔を触っているとくすくすと可笑しそうに肩を揺らして笑う花石さんと目が合い、にこりと笑いかけられる。
「本当に仲良いんだね。あ、そうそう。あのね、そんな二人に聞きたい事があって。」
「聞きたい事?」
きょとんとして聞き返せば彼女が肯定するように頷く。
「単刀直入に聞いちゃうけど、二人って付き合ってるの?」
「「――――は?」」
思いも寄らなかった質問に思わず虎向とぴったりと声が揃う。
付き合ってるって誰と誰が?
おれと虎向が?
いやいやいやないないない!! ってか男同士だし! 何でそんな話に……――ああああああ、おれの外見だよね、知ってた!!
その一瞬の間に思わず素の口調のまま脳内で叫んでる私を一瞥し、先に口を開いたのは虎向だった。
「いや、こいつととかあり得ねえから。こいつ、ヒナとは家が隣同士の幼馴染みなだけだ。な?」
「う、うん、そう! 幼馴染みなだけだから。てか、虎向! 私と「とか」って言った!? こっちこそガサツで乱暴な虎向となんか願い下げだから!!」
何気に言われた言葉にムッとして言い返せば虎向が馬鹿にするようにわざとらしく息を吐き出した。
……あーーーもう!! 腹立つ!
腹立ちまぎれに虎向の脛を蹴っ飛ばせばぎろりと睨まれたけど、ふいっと顔を逸らし知らない振りをする。
そんな私達のやり取りをまあまあと制してくれた花石さんが、ぽんっと手を打った。
「ああ、成る程幼馴染み! その線があったか! ――だってさ、皆。」
彼女がくるりと振り返りざわついていたクラスメイト達に話を振った瞬間。
教室のあちこちでほっと息を付く音や、ッシャア!という呟きが聞こえてきた。
何か中にはガッツポーズしてる男子とかいるし。
……と言うか、もしかして。
「……あの、ごめんね、花石さん。私達のせいで何か変な役回りさせちゃったみたいで。」
遠巻きにこちらを見ていたクラスメイト達の代弁をさせてしまったらしい彼女に慌てて謝れば、いいのいいのとひらひらと手を上下させてさらに花石さんが笑う。
「入学式で注目の的だった二人と話してみたかったからそのきっかけを貰えてむしろラッキーだったし! 私としては白宮さんと黒坂くんが付き合ってなくて残念だったけど。」
「……残念?」
「あ、ごめんね、変な意味じゃなくて! ただ二人ともとても素敵で凄いお似合いだったから、付き合ってるならそのラブラブ振りを観察してみたかったな、って!」
「……か、観察?」
……何だろう、花石さんって決して悪い子じゃないと言うか、むしろサバサバしてて気持ちの良い子なんだけど。……少し変わってる?
そんな風に思いながらふと隣に視線を向けると、クラスメイト達の様子に僅かに眉を寄せた虎向が「……しくったな。」と小さな声で呟いた。
え、何が?
その言葉の意図を図りかねて首を傾げる私とは別に、何かを察したらしい花石さんが、あ――……と頬を掻いた。
「ん~~……話を振った私が言うのもなんだけど。そうだね、その方が良かったかも。」
「えっ? えっ?」
さらに意味が分からず二人の顔を交互に見るとはぁ、と息を付いた虎向にわしゃわしゃと髪をかき混ぜられた。
「わっ!? ちょ、ちょっと虎向っ!?」
「……嘘だろうが何だろうがお前と付き合ってるって言っといた方が良かったなって話だ。その方が多分静かな学園生活送れた。」
「――は……はぁ?! それってどういう……!」
「白宮さん、自分が美少女だって分かってる? とにかく、あれだけ注目されてた二人がフリーだって知られたから、明日から少し面倒臭い事になると思うよ? 白宮さんも黒坂くんも。それに今日はまだ新入生のみだけど、明日からは在校生――先輩達も加わるから余計に。」
「……え。」
ピッと人差し指を立てた花石さんの言葉に、なんだかよく分からないけどとりあえず、何かの選択を間違ったのは確かみたいで、思わず顔をひきつらせた。
……と、まあそんな感じで。
次の日からさらに厄介な出会いがあるなんてこの時の私には知るはずもなく、とにもかくにも私と虎向のどたばたな高校生活はここに幕を開けたのだった。
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