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第一章

第8話 ニンジャ装束

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「あ、あの……私の名前はラジェンダと言います。危ない所を助けていただいたうえに妹の怪我まで治していただいて……本当にありがとうございます!」
 衝撃的なことが起こりすぎてあまり反応できなかったがようやく落ち着いたのか、ラジェンダと名乗った魔法使いの方が我に返ったように多少興奮しながら礼を言う。
 
「私はライベルク国の騎士リーディアです。姉ともども助けていただいたこの御恩は生涯忘れません」
 どうやら姉妹と思ったのは合っていたようで、妹のリーディアは騎士らしく生真面目ともいえる態度で深々と頭を下げていた。

「……成り行きで助けただけだ、気にしないでくれ。を放置していては自分も危険だったからな」
 そんな二人に対して耕助は顔をそむけるようにして倒れている巨熊へと視線を向ける。
 耕助としては感謝されるとは思ったが、ここまで素直な感謝を向けられると少々罪悪感が湧いてくるのだ。
 そもそも助けた目的が己の戦闘力がどれくらいなのか計るためだし、更に言うならばもし僅かでも危険を感じたら迷わず彼女たちを見捨てるつもりだった。
 怪我を治した回復薬も効果を確認する人体実験と言ってもいいくらいだし、そもそも恩を売るために助けたようなものなのだ。
 だと言うのにこうまで感謝されては、いたたまれなくなってしまう。

「そんな……本当に自分のことしか考えていないのなら、私達がエルダーグリズリーに食べられている間に逃げようとするはずです」
「そうです、謙遜なさらないでください。貴方がされたことは立派で誇っていただきたい」
 二人から向けられる純粋な感謝に、自分のことを小市民だなと思うが良心が痛むとばかりに更に顔をそむける耕助。

「…………」
 そして本当ならここは命の恩人という立場を利用して耕助から色々と聞きだすべき場面だが、何を話していいのか解らなくなってしまう。
(考えてみればゲーム外で人と話すなんてここ数年ほとんどなかったよなあ)
 ほとんど引きこもり同然で、現実世界では買い出しの際に店員と一言二言する会話が一日一回あるかないかだった。
 バルナルド相手の場合従うしかないという状況だったのである意味楽だったのだが、出来るなら主導権を握りたいという状況のこの場だと、耕助の対人スキルの低さが浮き彫りになってしまう。
 唯一解ったことはあの熊の名前がエルダーグリズリーだったということぐらいだ。

 二人の顔が見れなくなっている耕助だが、そんなぶっきらぼうとも言える態度を照れているのか奥ゆかしいとでも感じたのか、姉妹は顔を合わせて軽く笑い合う。少なくとも好意はましたようだった。

「よろしければ名前を教えていただけませんか?」
 ひとしきり感謝を伝えた後ラジェンダが問いかけると、耕助は少し考えて名乗る。

「……ライバ」
 柏木耕助と名乗ろうかとも思ったが、この格好では少し抵抗があり口に出たのはその名前だった。

「ライバさんですね、本当にありがとうございます。このご恩は一生忘れません」
 ラジェンダが改めてお礼を言うが、ただ姉に比べ妹のリーディアはもちろん感謝を全面に押し出してきているが、同時に何か探るような視線を向けていると耕助は感じていた。

「ライバ殿……少しお聞きしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」
「……答えられることなら」
 ためらいがちなリーディアの問いかけに耕助は曖昧に返事をする。

「ライバ殿はこのような場所で何をされていたのですか?」
「ただの通行人だ。この先のルトリーザに向かう最中のな……この道をまっすぐ行けばいいのだろう?」
「ええそうですが……ルトリーザにですか……」
 ここでリーディアの顔が曇り、ラジェンダも何かに気づいたようにはっとなる。

「問題でもあるのか?」
「いえ、何と言いますかその……その恰好では少々……」
 非常に言いにくそうに、リーディアが耕助の頭からつま先まで見て何とも言えない困ったような顔になる。
 そのことかと耕助は気づく。バルナルドの反応でも薄々解っていたことだが、このニンジャ装束はどうもこの世界ではかなり奇異に見える様だ。

「この格好はやはり異様か?」
「いえそんな……ただ個性的と言いますか、風変りと言いますか、独特言いますか……」
 何とか取り繕うとしているラジェンダだが、だんだん尻つぼみとなり首を横に振る。

「ごめんなさい、はっきり言うわ……恩人に対してこんなことは言いたくないけどその恰好は変ね」
「私は騎士で国内警備に携わっています。失礼かもしれないが……治安を預かる者としてその恰好で門をくぐる許可を出すのは難しいかと……」
 嘘はつけないとばかりに姉妹揃って申し訳なさそうな顔をしている。

「そう……か」
 耕助は完全に二人に背を向けてしまう。
 このニンジャ装束、ゲーム内では気に入っていただけにこうまではっきりと言われるのはちょっとつらかったのだ。

(いや、これはこの世界の人が慣れていないだけで、絶対に美的感覚が変な訳じゃない)
 そう自分に言い聞かせる耕助だった。

「そしてこれも非常に言いにくいことではあるのですが……」
「リディ、あなた……」
「姉さん、恩人だからこそ隠し事したくないのです……正直に申し上げましょう、私たちがここに来たある任務の為です」
 責めるようなラジェンダだが、リーディアはこれは言わなければと覚悟を決めたようだ。


 リーディアの説明によるとここはルトリーザから伸びている街道の一つで、隣にあったとある小国へと続く道なのだが戦争に巻き込まれ十数年前に滅んだため、通行量は減りあまり使われることは無くなっていた。
 その数少ない利用者からここ数か月、近くに集落すらない街道の途中だというのにこの付近で不審人物を見かけるようになったという報告が来るようになった。
 ただ盗賊というわけでもなく直接的な被害があったわけではないので、偶然か何かの間違いと放置されてきたが、依然として不審人物の報告は無くならなかった。

「だから調査の為に私と姉が来たのですが、突然エルダーグリズリーに襲われました。騎乗してきた馬も驚いて逃げてしまったために戦わざるを得なくなったところをライバ殿に助けられた……というのが私達の事情です」
 リーディアの説明に先ほどからの探る視線を、そういうことだったのかと納得する耕助。
 当然ながらこの場所どころか昨日この世界に来たばかりの耕助には無関係だ。しかし不審者の目撃情報がある場所で出会い、更にこんな格好だ。命の恩人ということでなければ問答無用で捕縛対象だろう。

(なるほど、俺への眼が厳しいはずだ。元々不審者を探しに来てるのだから命の恩人でも疑ってかかるのは当然か)
 完全な濡れ衣で間の悪いことだとも思うがしかたないことだった。

「それは俺ではない。ここには今来たばかりなんだが……と言っても信じるのは難しいか」
「ええ、私としてもその言葉を信じたい……ですけど」
 リーディアは意を決したように耕助の眼を見て問いかける。

「ライバ殿、あなたはどういった人で何者なのですか? その尋常ならざる強さ、とてもではないがただ者とは思えません」
「それこそただの通りすがりなんだが……俺が何者か、と聞かれてもな」
 神によってこの世界に召喚された異世界人ですと本当のことを言っても信じてもらえないだろう。
 そしてここで適当な嘘をついて誤魔化すのはこの世界の常識がない耕助ではすぐにボロが出るだろうし、リーディアの真面目そうな性格から追及の手が緩む事無さそうだとも解る。

「……すまないが詳細は答えられない。俺にも事情があってな」
 結局話せないということになり、当然ながらリーディアもそれで納得するはずもなかった。

「ライバ殿……では私は職務上あなたを連行しなければならない」
 苦渋の顔のリーディアだがそれに慌てるのは姉の方だった。

「リディ! あなたライバさんに向って何てことを!」
「姉さん、私だって命の恩人にこんなことは言いたくない。だがこのような異装で正体不明の人物を国内警備をする者としては放っておく訳にはいかないんだ!」
「確かにライバさんは怪しいわ! でもまったく見ず知らずの私たちを助けてくれた良い人なのは間違いないじゃない!」
「それは重々解っている。しかし助けてくれたからと言って不審人物を見逃すのは公私混同で……」

(正体不明だったり怪しかったり不審だというのは自分でも認めるところだが、あまり連呼しないでほしい……)
 そんな耕助の内心に構わず眼の前で始まった姉妹喧嘩に更にいたたまれなくなる。
 恐怖には耐性が出来たようだが、このような場に居られるほどに耕助のメンタルは強くなかった。

「すまないがこれ以上姉妹喧嘩をさせるわけにもいかないな……ここは原因である私が去るべきか」
 そんな言い訳をして耕助は背後に跳躍すると、背の高い樹の枝にふわりと降り立つ。

「ライバ殿!」
「ただこれだけは言っておく、自分で言うのもなんだが俺は悪人のつもりはない。無関係の人間を傷つけたりするような真似はしないからそこだけは安心してくれ」
 そう言い残すと耕助は枝から枝へと跳び渡りあっという間に姿を消し、追っても無駄だと解っているのだろう、姉妹はそれを見送るしかなかった。



 樹々の中に入って姿を隠した耕助だが、すぐに大きく迂回して二人に気づかれないように戻ってミケを回収する。

「お疲れであったな主よ。どうやら戦闘の方に関しては収穫があったようだな」
「まあな……」
「そして情報収集に関しては失敗したと……やはりその恰好が問題か?」
「このニンジャ姿、そこまで受けが悪いかな?」
「吾輩は慣れているが……根本的に顔を隠しているというのも問題なのでは?」
 顔の下半分を隠し人相が解らないというのは確かに怪しいと言える。

「これはニンジャとして譲れない部分なんだが……顔を隠してないなんてニンジャではないだろ」
 くだらない拘りかもしれないが、耕助にとっては大事な美意識でもあった。

「まあそこら辺は好きに葛藤してくれ。それよりもせっかく道に出たのだから行こうではないか、この世界の都市を早くみてみたい」
「……格好いいと思うんだけどなあ……」
 あまり興味がないとばかりに切り捨てるミケに対し、耕助の力ない呟きだった。

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