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第一章

第4話 新たな第一歩

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「呼んでおいてそりゃないだろ。なんでそんな意味の無いことをするんだ?」
「あ~……すまん、これは言い方が悪かったな。具体的にどうこうしてほしいということがないだけで意味はあるんだ。問題はこの世界そのものにあってな、あの神様が言うには不安定で混乱と停滞を繰り返している状態でな」
「混乱と停滞?」
「ああ、混乱期は世界全体で争いが絶えず自ら傷つけて弱っていき、停滞期は変化に乏しくなり緩やかに衰退していく……世界全体がそういう流れになっているんだ」
「なんか面倒くさい世界だな」
 耕助の感想にバルナルドは苦笑いになるが否定はしない。

「一応この混乱と停滞にも意味はある。混乱期における争いは競い合うということで成長につながるし、停滞期はある意味平和状態だからな。成長と平和、この二つがうまく噛み合えば世界そのものが発展していくんだが……そこまで安定するには早くてあと数千年、長ければ数万年とかかかるらしい」
「気の長い話だが、神の視点からしてみればそれもありなのかな?」
「その通りではあるが当事者からしてみればたまったもんじゃない。実際混乱期は酷いものだった、国家、種族、宗派、思想……様々な因縁が千々に入り乱れてこの世界全体に戦乱が蔓延、血で血を洗う争いが百年以上続いていた」
 そう語るバルナルドの言葉にはまるで自分がその当事者であるかのように実感がこもっており、耕助はあることに思い当たる。

「もしかしてバルナルドがこの世界に呼ばれた理由は……」
「……ああ、その戦乱を鎮める為だ。と言っても大したことをした訳じゃない、結果的には精々混乱の終結を少し早めたぐらいだ」
 軽く言うバルナルドだが、世界中に広まった戦乱を早期解決したというのが大言壮語でなければ相当の偉業だろう。
 そしてまだ出会って間もない耕助ではあるが、バルナルドならそれが出来ると感じ取っていた。

「で、その混乱期は約十年前に落ち着いたんだが今度は停滞期に入ったようでな、このままだと衰退していきかねないので、またこの世界の外からの刺激を与えようとというのがあの神様のやろうとしていることだ」
「つまりバルナルドは混乱を鎮めるために呼ばれ、俺は停滞をさせないように呼ばれたってことか?」
「その通りだ。それが善でも悪でも好きなように世界をかき回してほしいそうだ。それを行えるだけの力は与えられている。俺も、そしてお前もな」
「と、言われてもなあ……」
 耕助は戸惑うしかない。世界をかき回せと言われても漠然としていて何をやればいいのか解らず、それこそ魔王を倒すとか明確な目的でもあったほうがまだやりやすい。

「さっきも言ったが具体的に何をしてほしい訳じゃない、深く考えることもなくて本当に自由に生きていいんだし、もっと言えばこの世界で生きて生活するだけでいい」
 耕助の困惑にその気持ちは解ると言わんばかりにバルナルドも苦笑している
「やる気をそぐようで悪いが、それほど期待もされていないぞ。世界を変えてほしいという訳じゃなくて、ちょっとした影響を与えてほしい程度なんだよ……所詮どれほど強い力を持とうと、個人じゃ出来ることは限られている。世界全体から見れば多少の被害を減らしたり回復を早めたりする程度しかできないし、それでいいんだ」
「何か風邪に対する緩和薬か、疲労状態における栄養ドリンクのような扱いだな……」
 放っておいても治るが、回復を少し早めたり症状を緩和したりするのを目的とした処置として呼ばれたようで、この考えで間違ってもいないだろう。
 完全な解決は望まれている訳ではないので、責任を感じたり気負う必要も無いと耕助の気は楽になった。

「……元の世界に帰る方法ってあるのか?」
 しばらく考えた後耕助は一応聞いてみることにするが、これに関しては期待はしていない。

「無理だ、残念だが俺もお前も元の世界ではすでに死人だ。戻るということはできない」
「そうか……」
 そして予想通りの答えが返ってくる。
 こうして考え喋っている以上、死んだと言われても実感はまるでわかないが、やはり色々と思うところがあり、気落ちしたようになる耕助。

「その、なんだ……慰めになるかどうかは解らないが、選ぶ基準としてその世界と縁が薄い奴というのもある。家族や友人がいなかったりとかな。元の世界への未練は薄いだろ?」
「本当に慰めにならないな……反論できないが」
「俺も同じだからな。元の世界は今となっては懐かしくはあるが、もう帰りたいと思わない」
 自虐気味に笑うバルナルドに対して耕助も自嘲気味に笑い、互いに少し虚しくなった。

 しかし言う通りで家族も親しい友人もいないし仕事もしておらず、趣味と言えばそれこそゲームくらいで他者との関りは希薄であったと耕助は自覚している。
 そして昨日の追放の件もあり、正直なところ耕助の元の世界への未練は確かに薄かった。

「あと最終的な受ける受けないかの選択肢はあるぞ。まあ受けなかった場合は元の世界に魂を戻されるということで……」
 その先は口を濁すが、要するに本当に死ぬということなのだろう。

「主よ、ここは受けるべきであろう」
 バルナルドに出されたミルクを飲み続け、黙って話を聞いていたミケがここで口を挟んできた。
 口を挟む機会を伺っていたようにも見えるが、単純にミルクを飲み終わったからかもしれない。

「これも何かの縁、例えどんな理由であろうと頼られ必要とされているうちが華というものだ……」
「お前そういう性格だったのか……」
 妙に達観した口ぶりで、主と呼びつつも耕助にぞんざいな態度をとるミケに耕助は眉をしかめる。

「ふむ、言いたいことは解るが三毛猫だからといってミケという安易な名づけをする主に、一定以上の敬意を持つのは難しい」
 猫のジト目というものを始めて見る耕助だが、それを言われると反論できなかった。

「仲いいんだな」
「まあずっと一緒であったからな」
 バルナルドに自慢げに鼻を鳴らすミケ。
「ついさっき初めて会話したんだが……」
「確かに会話は初めてだが見てはいたぞ……ずっとな。だからこそ最近の主は見ていて不憫でもあった。どんな所以であろうとも悩みから解放され新たな人生を歩めるというのだ、これを幸運と言わずして何というのだ」
 先ほどまでとは違いその視線には耕助を気遣う様子が見て取れた。
 確かにミケはキャラ制作時に選択できるサポートキャラで、相性が良かったせいかずっと使用し続けてきた。つまりゲーム内の自分を、クラン内での揉め事もずっと見続けてきたのだろう。

「ミケ……」
「あとぶっちゃけて言うのならば、主が拒否すれば吾輩も消滅してしまうようだ。せっかくこうして意思を持って動けるようになったのだ、忠実な従僕を哀れと思うのならば吾輩の為にも是非受けてくれ」
「ぶっちゃけすぎだろ、お前」
 いい性格をしている自称忠実な従僕にため息をつくが、これ以上考えるのも馬鹿らしくもなる。

「まあ色々と言いたいことはあるし納得したわけでもないが、本来死んでいたのがこうして助かったんだ、せっかく拾った命を無駄にすることもない……何ができるかは解らないがとりあえずは生きていこうと思う」
 軽く天を仰いだ後、耕助はこの世界で生きていく決意をする。

「ああ、それでいいと思うぞ……精一杯生きてくれ」
 笑顔のバルナルド、それは先輩からの心からの激励であった。



 その日はバルナルドからの申し出で泊まることになり、この世界における基本的な常識や気をつけることを教わった翌朝、耕助はこの山小屋を出立することになった。

「これは当座の生活資金だ」
 バルナルドから重い革袋を渡され、中を見るとこの世界の貨幣だろう銀貨らしきものが何百枚か入っている。どれ程の価値かはわからないが結構な大金だろう。

「何から何まで、本当に世話になった」
「気にするな、俺たちはこの世界で唯一同じ境遇の身の上なんだからな……あと地図も渡しておく。他にも色々役に立ちそうなものを入れておいた」
 背負い袋を渡しながら気さくな笑顔のバルナルド、これには自分と同じように面倒な運命になった耕助への同情も含まれているのだろう。

「一番近い都市が……ルトリーザか」
 地図を見ながら昨晩説明され、これから向おうと思っている都市の名をあげる耕助。
「ああ、この大陸でも最大級の都市だ。『魔都』なんて物騒な名前でも呼ばれているが結構いい都市だぞ。普通の人間なら数日はかかるだろうが、コースケなら一日で行けるだろう」
 まずここに行けばいいとバルナルドに勧められたのだ。

「都市についたらまずは生活基盤を整えたほうがいい。仕事は何でもいいが妥当なのは冒険者かな。誰でもなれるし素姓も詮索されにくいからな……あと使うかどうかはコースケの自由だがこいつも渡しておく」
 そう言いながらバルナルドが取り出したのは三通の封書で、それぞれに宛名が書かれている。

「紹介状みたいなものだ。そこに書かれている三人はルトリーザでそれぞれ要職についている、俺の名前を出せば無下にはされないだろうし便宜を図ってくれるだろう。困ったときには使うといい」
 一癖ある連中だから気を付けろ、とバルナルド。
「しかし、いくら紹介とは言え見ず知らずの俺が頼み事何てしても大丈夫かな?」
「まあその分面倒ごとを頼まれたり、厄介ごとに巻き込まれたりするかもしれないからな。それに……こいつら今でも俺に引け目や負い目を感じてるだろうから、むしろ多少の無理難題くらいなら吹っかけても問題ない。あいつらもその方が気が楽になるだろ」
 貸しを代わりに取り立ててくれ、そう言わんばかりのバルナルドだが、その顔は過去を懐かしみ、楽しそうでありながら寂しそうでもある非常に複雑そうな顔だった。

 ここで耕助はバルナルドについてほとんど何も知らないことに気づく。
 一晩でそれなりに打ち解けたと思うが聞き上手とでも言うのだろうか、自分のことは色々と話したのだがバルナルド個人のことはほとんど聞いていなかった。
 人目を避けるかのように、こんな山奥で隠棲しているのと関係があるのだろう。

「……言いたいことは解るが、俺にも事情があってな、まあ何だ……色々あったんだよ」
 視線に気づいたバルナルドは口を濁しながら答えにならない答えを言うが、その奥に隠されている余人には計れない重さに、耕助もそれ以上聞くことはできなかった。

「……お前の住んでいた世界は、かなり平和だったようだな」
 ここでバルナルドは話題を変える。
「まあ確かに」
 世界全体を見れば紛争地帯もあるが、少なくとも耕助の住んでいた日本は平和だった。
「この世界の大規模な戦乱は終わったが、まだあちこちで燻っている状態だ。物騒な場所もあるし好戦的な連中も多い。そこら辺は気を付けろよ。後はだな……」
「そこら変で大丈夫だ。そろそろ行くよ」
 何か言い忘れたことはないかと考え込むバルナルドに、このままではいつまでたっても出立出来ないと耕助の方が苦笑する。

「なら……繰り返しになるが最後にもう一度忠告しておく。いくら超絶な力を持とうとも、個人じゃ世界そのものを変えることは出来ない。良くも悪くも影響を与えるくらいだ。あまり理想を高く持ちすぎないようにな」
 おそらく体験談なのだろう、かつての失敗を思い返すようなバルナルドの助言に実感がこもっており、耕助は大きく頷いた。

「では行こうではないか、主よ」
「お前が仕切るなよ……」
 ゲーム内の時と同じように肩に乗っているミケが耕助にそう告げる。
 基本的にそこが定位置だったので、それは問題ないのだが存在感が増しているせいか心なしかゲームの時より重く感じる。
「じゃあ元気でな……幸運を祈ってるぞ」
 見送るバルナルドにもう一度頭を下げた後、耕助は南にある都市ルトリーザ、通称魔都とも呼ばれる都市へと向かう。

 歩き始めた耕助の足取り、そして心は軽い。
 当然ながらこれからどうなるのかという不安はあるし楽観できるはずもないのだが、それと同じくらいに期待や高揚感もあるのだ。
 強いて言いうなら新たなゲームを始める時と似ていて、これから先どうなるのかと心躍る。
「我ながら単純だな、こんな状況だってのにちょっと楽しみになっている」
「悲観的なのよりよほど良い。もしかしたら主は勢いで行動した方が良い結果を生むタイプなのではないか?」
「そうか? まあ考えすぎずに行動もすることも大切かもな」
 思い返してみればここしばらくは考えすぎ、悩みすぎで自縄自縛になっていたのかもしれない。
 色々なことに囚われず自由気ままに生きてみるのもいいか……そんなことを考えながら、耕助は異世界にて新たな一歩を踏み出し、翔け始めた。





「迷ったな、これは」
「いきなり一歩目から躓いておるな、主よ……」
「やっぱり勢いで行動するもんじゃないな」
 半日後、更に深い山中で地図を見ながら途方に暮れている耕助だった。


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