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第一章

第1話 失意のログイン

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 バーチャルリアリティシステム、通称VRS。
 二十一世紀初頭ごろから発達した、疑似感覚により仮想空間を体験することができるというもので、始めは視覚や聴覚のみの簡易なものだったが、最終的には直接脳に信号を送り五感全てで現実とほぼ変わらない体験ができるようになった。
 本格的なものとなると大規模な施設と多額の費用がかかった為、軍事関係の詳細なシミュレーションや医療手術の練習などに用途は限定されていたが、年々小型化と大量生産が可能となっていく。
 やがて二十一世紀初頭の高性能パソコンとほぼかわらない値段となりその為一家に一台、とは言わないまでも一般家庭にあっても珍しくなくなる。
 それに伴い徐々に用途も広まっていき、VRSを利用した娯楽も発展して家族揃って仮想空間に出かけ仮想の娯楽施設で遊ぶというのも休日の過ごし方の一つとなるほど身近になっていった。

「どうしようかな、これから……」
 そんな仮想世界が身近になった二十一世紀も半ばに差し掛かった年代、関東にある地方都市の何の変哲もない一般住宅にある一室でぼうっとした顔で椅子に座り、体重をかけ背もたれをぎしりと鳴らしながら傍らにある一昔前のマッサージチェアのようなVRS機に眼をやるのは、痩せ気味でやや不健康そうな顔の三十路男だった。
 窓の外は時折雷鳴が聞こえてくるような悪天候で、厚い暗雲に遮られ昼だというのに薄暗い室内の中でその男はため息をつきつつ呆けていた。
 彼の名は柏木耕助、自称好青年の現在三十一歳だ。
 六年前に母親、四年前に父親が相次いで亡くなり、残してくれた遺産や保険金、不動産やらとそれまで働いた貯金を全部あわせれば平均寿命までささやかに生きていくには充分とわかり、丁度人間関係のトラブルで都内の仕事を辞めたところだったので地元に戻り、趣味であるゲームをして生きていくことにしたのだ。

 以来ゲーム三昧の生活をしており、耕助が現在最もはまっているゲームは数あるVRSを利用した多人数参加型RPGゲームの中でも人気の高い『エターナルワールド』だ。
 類似したファンタジー世界を舞台とするゲームは多数あるが、圧倒的なリアルさに豊富な職業と自由度の高さ、練り込まれた設定により世界観が確立されていて、人工知能によりNPC一体一体がプレイヤーの行動によりダイレクトに変っていく等、第二の人生を歩めるという謳い文句通りに社会問題になるほどの人気を誇っていた。

 何より耕助が気に入っているのは、従来のゲームに比べプレイヤースキルがゲーム内での強さを大きく左右している点で、同じように製作し成長させたキャラでもプレイヤーが違えば強さが全く違い、レベルや装備の差があってもある程度なら覆すことができる。
 これによりやり込めば上達が実感できる、言い方は変だがある意味努力が認められる所を耕助は気に入り、のめり込んでいった。
 その結果耕助はソロで挑む事ができるボスキャラの最短撃破レコードを持っているくらいのトッププレイヤーになる。
 ゲーム内情報はリアルタイムでネットにアップロードされており、レベルや特定ボスを倒した回数、クエストクリア、接続時間など様々な実績によるランキングがあり、変動することも多いが世界中で百万人単位がプレイしている中で常に五十位内には入り、たまにボス戦撃破の様子を配信すればかなりの視聴者が出るくらいには名が知れるまでになっていた。

「本当にどうしよう……」
 そんな生活の、人生の全てを捧げてきたと言っていい『エターナルワールド』だが、耕助は今ログインすることに躊躇していた。
 それはゲームに飽きたとかではなく、人間関係に起因する。

 この『エターナワールド』にはプレイヤー達でつくる組織としてクランと言うものがあり、耕助もクランを自ら起ち上げていた。
 クランには理念、と言うほどではないがロールプレイを重視したり、プレイヤースキルを高めてあえて自ら枷をかけた上で強敵に打ち勝つのを目標とするなど、あくまでゲームを楽しむと言うのを是としていた。
 創設当初は共感し集まった初期メンバーと共にゲームを楽しんだものだ。

「あの頃は本当に楽しかったな……」
 かつての栄光ともいうべき最も楽しかった時を思い出して、耕助の顔は緩む。
 しかしそれが徐々に変わったのはクラン戦と呼ばれる、クラン同士が戦う集団戦闘、戦争が本格的になってからだ。

 勿論耕助はクラン戦自体を否定してはおらず、参加して楽しかったしクランメンバーと力を合わせてライバルに勝ったときなどは皆で喜び合ったものだ。
 だがクラン戦に勝利した際にゲーム内における砦や城と言った拠点を占拠出来るようになり、最大級拠点ともなればゲーム内の一地方を支配下におけて税収を得られるようになったり、様々な特典を得られるようになると段々過熱していくようになる。
 そして耕助のクランにも楽しむことではなく、勝つことを目的としたクラン員が増えていくことになった。
 上位プレイヤーである耕助がいるクランは勝率が高く、元々クランの入団に規約などは設けずにいたので、クラン戦に傾倒しているメンバーがどんどん集まってきたので制御しきれなくなったのだ。

 ひたすら勝つための効率を求めるようになり、時には敵対クランからの引き抜きや妨害工作、誹謗中傷まで行うようになったうえに非協力的なメンバーを冷遇するなどの問題行動が多発するようになる。
 勿論こういった明かなやりすぎを耕助は諫めていたのだが、ゲーム内全体でのクラン戦の盛り上がる雰囲気も手伝って、創設者でクラン長である耕助のほうが少数派となってしまったのだ
 そのため他のクラン員と毎日のように方針で対立し、そんな空気を嫌って耕助に同調していた創設期からの古参も一人減り二人減っていくという悪循環となっていく。
 ログインするたびに気が重くなっていく日々が続き、そして昨日とうとうクランを脱退したのだ。
 一応自分から辞めたのだがほとんど追放のようなもので、方針の違いと言ってしまえばそれまでだが創設者である耕助が脱退せねばならなくなったのは色々と辛いものがあった。
「まさかゲームでも人間関係で辞めることになるとは……向いてなかったんだろうな人の上に立つってのは」
 勤めていた会社での人間関係によるトラブルを思いだし、耕助はこれ以上ない深くため息をつく。

「どうすっかなあ……」
 このまま引退も考えていたが未練は残る。
 幸い『エターナルワールド』はソロで挑む事のできるクエストも豊富で、続けることは可能だがモチベーションを保てるかどうかは解らない。

「……とりあえずログインしてみるか」
 考えても答えは出ないが、悩むだけならゲーム内でもできると耕助は椅子から立ち上がって頭全体を覆うフルフェイスヘルメットを被り、大型マッサージチェアのような専用ソファに体を横たえるように座る。
 このヘルメットは慣れるまで結構鬱陶しく感じられるが、簡易的な外科手術が必須だった最初期に比べれば遥かに改善されている。
 脳内に見慣れた派手なエフェクトと共に『エターナルワールド』のタイトル画面が浮かび上がってきた。
 キャラクター選択の画面に移ると自分の分身ともいうべきキャラ達が表れ、その中で選ぶのはメインキャラであるライバ、職業はローグ系列の最上位職であるニンジャだ。
 ニンジャは隠密性に優れ、盗賊系技能を持っているし一部アイテム作成もできる上に魔法に酷似した忍術も使えて直接戦闘力もあるという汎用性が高い職業だ。
 ただ出来ることが多い半面器用貧乏で近接戦闘は戦士系に、手裏剣による遠距離攻撃も弓術士系には及ばない。
 忍術も攻撃魔法ほどの威力は無いし、アイテム作成も時間がかかる上に中位の物までしか作れず錬金術師のような専門の生産職には遠く及ばないという中途半端とも言えた。
 特性を活かすには高いプレイヤースキルが必要となる上級者向けの職業と言え、全体からしてみると不人気職だが耕助はその上級者で遺憾なくキャラの性能を発揮できているお気に入りのキャラだ。

 そのライバを選んだ後、今度はサポートキャラの選択をする。
 サポートキャラは文字通りゲーム内で様々な補助をしてくれるペットのようなもので、敵と戦う際に同じ対象を攻撃する単純なものから、魔法職のMPを回復させてくれるものもいれば生産職の作成物を高品質にしたり、騎乗出来るほど大型で長距離移動を楽にしてくれるものなど様々だ。

「やっぱミケだな」
 耕助が選択したのは猫型のサポートキャラで、攻撃力はほぼ皆無だが優れた回復能力とある特殊能力を持っており、これが耕助にとって相性がぴったりだったので重宝している。
 ライバの足元に三毛猫が表れて準備が完了した。

 これが『エターナルワールド』における新たな一歩になるか、それとも最後のログインとなるか……そんなことを考えながらいつものゲーム内に入る時に起こる軽く意識が飛ぶような感覚に襲われたその瞬間、窓の外から目がつぶれるほどの閃光とそれまでも鳴り響いていた雷鳴とは比べ物にならないほどの凄まじい轟音が響き渡る。
 その瞬間から、この世界より柏木耕助という人物は消え去った。

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