強くてニューサーガ

阿部正行

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9巻

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 そこは、旅で見慣れたいつもの森とは違っていた。
 視界の大半が緑でおおわれているのは変わらないが、植生しょくせいが違うように感じられる。木々だけでなく草の一本一本に至るまでが強靭きょうじんで、踏みつけた雑草の押し返す弾力が違う。
 それもそのはず、ここは人族じんぞくの地ではなく魔族が住まう地、魔族領の森なのだ。
 間もなく日が暮れようとするそんな森で、野営の準備をしている五人。その中には、本来この地にはいないはずの人族がいた。

「やっぱりどこか違うね、魔族領の森って」

 手慣れた手つきで食事の準備をしながら、つぶやくようにそう言ったのはリーゼだ。並々ならぬ武術の腕前を持つ彼女とはいえ、魔族領に入ってからは緊張のためか言葉少なだったのだが、数日が経ち流石さすがに慣れたのか表情にも多少余裕が出てきている。

精霊せいれいが力強い。いて言うなら、巨大な魔法樹がえ、ドラゴン達が住む世界樹せかいじゅまであったエッドス国に似ている」

 リーゼを手伝いながらそんな感想をらすウルザ。エルフの精霊使いである彼女は、ここと人族の森との違いを肌で感じていた。

「しかし、以前魔族領に来たときも感じたが、全体的に精霊が不安定だな。聞いた話だと、砂漠と氷山が隣り合って存在している地域もあるらしい」
「そういうものなんだ。どんな風なのか想像できないなぁ。砂漠も氷山も行ったことないけど」

 ウルザとリーゼの他愛ない雑談が続く。表面上はいつもと変わらない様子だが、これから立ち向かわなければならない難事を思い沈みがちな心を、ふるい立たせているかのようでもあった。

「俺としては、今回ばかりはお前達には来るのを遠慮してほしかったんだがな……」

 荷物をまくらにして寝ころびながら女性陣の会話を聞いていたセランが、そう呟く。一見だらしなく見えるが、その顔には軽薄けいはくともとれるいつもの飄々ひょうひょうとした雰囲気はなく、声もどこか重々しい。
 現に、彼の視線は時折するどく動き、周囲への警戒を最大限にしている。

「そ、そんなこと言ったって、待ってるだけなんてできるわけないじゃない」

 そんなセランに対して、リーゼが少し戸惑とまどいつつ反論し、ウルザも同意して頷く。
 無論セランも、リーゼ達が足手まといになるような弱い存在だとは思っていない。自分の身を自分で守れるどころか、大いに戦力となるだけの実力を持っていることをよく知っている。
 それでも、今回は同行させたくなかった、なにせ目的が目的だからだ。

「すまない……お前達が頼りだ」

 ここまでの道案内をしてきた女魔族のユーリガが、申し訳なさそうな、それでいて悲痛さをにじませた声を出し、うつむいてしまう。
 負傷したユーリガが、セラン達の故郷であるリマーゼ村にまで助けを求めてきたのは、四日前のことだ。
 その傷はかなり深いもので、人族よりはるかに強靭な魔族でなければ、命にかかわりかねないものだった。彼女の身体のあちこちに、未だえない傷がわずかながら残っているのが痛々しい。
 回復の魔法薬を使って既に治療したものの、どうも魔族には効果が薄いらしい。まだ完全には治癒しておらず、本来なら安静にしていなければならないところだが、無理を押してでも行軍せざるを得ない理由があった。

「ユーリガのせいじゃないわよ」

 あまりの気落ちっぷりに、リーゼの方があわててしまう。

「……魔族の街に入るのは明日なのだろう? 考えをまとめたいので、悪いがもう一度説明してくれ、何があったのかを」

 おさらいの意味をめて、とウルザがうながすと、ユーリガは強張こわばらせた顔を上げてうなずく。

とらわれの魔王の救出か……ふつう逆だよなぁ」

 ユーリガの説明を聞きながらセランがぼやく。
 そう、今回の魔族領侵入の目的は魔王――正確には元魔王になりつつあるルイーザの救出だった。


 今からひと月ほど前、魔族領の中でも西の辺境に位置する、人族領から最も遠いと言える場所で、自らを魔王と名乗る魔族が現れた。
 その報告を配下から聞いたルイーザは当初、特に気にかけることはなかった。
 これ自体については、後に起きた事態を踏まえても、判断ミスというわけではない。完全な実力主義である魔族にとって、魔王を目指すのは自然なことであり、非難されることでもない。こうした下剋上は、よくあるとまでは言わずとも、ある意味当たり前であった。
 そして、実力がともなわなければ排除されるだけだし、ただ名乗っただけで認められるはずもない。ルイーザのように、先代魔王であった父の死により継承する場合もあるが、世襲制というわけではなく、単に魔王が死んだ際に一番力を持っていたのがたまたま娘だったというだけだ。
 魔王として認められるのに最も解りやすい方法は、当代の魔王を打ち倒すことである。しかし、遠方の地に自称魔王が現れたところで、そこから動かずにいるなら、ルイーザは何ら痛痒つうようを感じない。
 事情が変わってきたのは、その自称魔王が現地を支配する魔族を倒した時点だった。
 魔族の支配体制は魔王が絶対の頂点とはいえ、全てを直接支配するわけではなく、各地を実力を持った魔族が領地として治めている。代々の魔王によって程度は異なるが、ルイーザの場合は直轄ちょっかつの地以外は基本方針を決めるだけだった。
 そこの領地を治める有力魔族が、目障めざわりな自称魔王を討ち取ろうとした結果、逆に返り討ちにあったらしい。
 このまま放置すれば自分の支配体制に傷がつき、魔王としての面子メンツが立たなくなると、ルイーザは配下の魔族を派遣してこれを討伐しようとした。
 しかしその配下も、戻ってくることはなかった。
 ここでルイーザは迷うこととなった。次にどう動くべきかを。
 もはや放置できる存在ではなくなった自称魔王だが、送り込んだ魔族は配下の中でもそれなりに実力のある者だったので、それが返り討ちにあったとなると生半可なまはんかな対応では不充分。
 また相変わらず西の果てから動こうとしないため、ルイーザがいっそ自ら討伐に向かおうとするのを、ユーリガをはじめとする側近達が止めた。
 元々ルイーザがし進めていた人族との融和は、魔族内部からの反発も多く、特に人族との戦争を望む好戦派の者達からは敵視に近い感情を持たれている。
 魔王自らが軽々けいけいに動いては、そんな連中に格好の攻撃材料を与えることになると懸念けねんしたユーリガ達は、しぶるルイーザを説き伏せたのだ。

「今にして思えば、そんな些細ささいなことに囚われていたのは我ながらおろかとしか言いようがない。何故奴らがあのようなことをしたのか、今になってみれば明白だ……」

 説明の最中、おのれあやまちをやんで苦悩するユーリガ。
 ユーリガ達は、自称魔王の根城ねじろとされる廃城に突入したが、そこはもぬけのからだった。
 このときになってユーリガは気付く。これが、ルイーザのもとから腕の立つ部下達をぎ取るためだったということに。


  ◇◇◇


 そのときルイーザが滞在していたのは、代々の魔王が居城としてきた魔族領の中心部にある魔王城ではなく、人族領にほど近い、かつてカイルやセラン達を招いた湖上の島にある城だった。最近はここで過ごすことが多い。
 おもだった側近がいない状況で、不穏な気配を感じたルイーザは、すぐさま非戦闘員である使用人達を避難させた。命を狙われるのは慣れたものだが、どうにもいつもと違う、と直感したためだ。
 報告のあった時間や移動距離からして通常ならありえないが、この異状には西の地に現れた自称魔王が関わっている、ともすぐ解った。
 人気ひとけのなくなった謁見の間で玉座に座りつつ一人待つルイーザの前に現れたのは、数に任せて攻め込むでもなく、たった一人だ。
 かつて一度だけ見かけたことのある、表情すらうかがえないやみまとうかのようなローブ姿で、その背に黒翼を持った魔族。

「よく来たな、まねかれざる客よ……このような真似をせずとも、余はいつでも相手をしてやるというのに」

 回りくどく自分をひとりにさせた手法に対し、ルイーザが皮肉を言う。

「名乗るぐらいはしたらどうだ?」

 そんな問いかけにも、黒翼の魔族は答えない。
 無礼無粋ぶれいぶすいと思わないでもなかったが、これから殺し合いをするというのにその感想もおかしいなと、ルイーザは首を横に振る。

「まあ良い、さっさと終わらせようではないか」

 ルイーザは玉座から立ち上がり錫杖しゃくじょうを手に取ると、魔王として悠然と対峙する。その姿は自然体で、緊張もなければ警戒している様子もない。
 これは決して慢心まんしんあなどりではなかった。純粋に身体能力が非常に高く、何よりも不死という特性を持っているルイーザに勝てる魔族などいないからだ。
 魔族最強と言われた三腕さんわんも、強さで言えば彼女を上回るが、その特性の前に勝つことはできなかった。だからこそこの三百年間、ルイーザは魔王で居続けられたのだ。
 ルイーザの眼から見ても確かに異様な存在と言える黒翼の魔族であったが、それでも負けるつもりはなかった。
 そして魔王の座を賭けた戦いが始まろうとした――のだが、そこに乱入者が現れる。


  ◇◇◇


 ここまで黙って話を聞いていた五人目――正確にはではない――が、深刻そうな声を出す。

「そのことについて重ねて問うが、本当なんだろうな? その黒翼の魔族に……ドラゴンが加勢したというのは」

 信じたくない、という悲痛な思いを籠めて、何度目かになるか解らない同じ問いをしたのは、人型に変化しているドラゴンのイルメラだ。

「間違いない。巨大な、そしてすさまじいまでの強さを持ったドラゴンが、城を破壊しつつその戦いに乱入し、黒翼の魔族に味方したそうだ」

 ユーリガもまた、同じ答えを繰り返した。

「何ということだ……」

 イルメラは頭を抱えて絶望的な声を出す。苦悩する彼女をよそに、ユーリガは話を続ける。


 ルイーザは黒翼の魔族、ドラゴンと実質一対二という形になったらしく、そこから先の戦い自体がどうなったかは解らない。何せ直接の目撃者がいないのだから。
 避難した非戦闘員である使用人達がはるか遠くから目撃しただけで、戦っているとおぼしき場所でまるで火山の噴火のような火柱ひばしらが見えたり、地震と間違うほどの地鳴りが響いたりしたという。
 そんな天変地異を思わせる戦いは、丸一昼夜続いた後に終息した。
 城は完全に崩壊し、湖上とはいえそれなりの大きさであった島そのものがほとんど消えてなくなった。
 罠にめられたと気付き、昼夜をかず駆けつけたユーリガが見たものは――変わり果てた地形と、ぐったりとして意識のないルイーザを抱えた黒翼の魔族がドラゴンの背に乗って飛び去ろうとする光景だった。
 それを見た瞬間激怒したユーリガは当然追いすがろうとしたのだが、まるでうるさい虫でも追い払うかのようなドラゴンの尾のひとぎで半死半生にされた。
 ドラゴンは悠々と飛び立ち、そのままいずこへか消えていった。
 こうして魔王ルイーザは敗れ、その報はすぐに魔族領全体に広まったという。


「私は……見ていることしかできなかった……まんまと策略に乗ってしまったのだ。本当ならばルイーザ様が敗れるはずなどないのに!」

 ユーリガは敵の思惑通りにルイーザのもとを離れたことを激しく後悔していた。
 それほどの戦いでは傍にいたところで何ができたというわけでもないだろうに、当時を思い出して歯ぎしりをするユーリガ。この苛立いらだちは、敵に対してと同時に、不甲斐ふがいない自分に向けられたものでもあった。

(少しは調子を取り戻したか……)

 そんなユーリガを見て、ウルザは逆にほっとする。
 先ほどまでのユーリガは自責に囚われており、放っておけば精神状態が果てしなく落ち込んでいっただろう。
 何かさせておいた方がいいにせよ、他のことを考える余裕はないだろうから、あえて当時の状況を話させて傷に塩を塗り、感情をたかぶらせたのだ。荒療治ではあるが、ウルザなりの気遣いだった。

「しっかしドラゴンか……カイルの話じゃ魔族の総攻撃、『大侵攻』だとドラゴンは魔族の味方をしていたらしいから、その関係か?」

 苦悩するイルメラを横目に、セランは声をひそめてウルザに話しかける。カイルが未来の知識を持っていることは、できる限り秘密なのだ。

「解らん。竜王はドラゴンが魔族に味方することはないと断言していたが……」

 かつて世界樹において対面したゼウルスの言葉を思い出すウルザ。その言葉にうそはないように思われた。
 セランはちらりとイルメラを見るが、その表情もまたいつわりはなさそうで、今回の出来事に関わっている可能性は限りなく低いと判断する。

「ゼウルスが関係ないのならば、それ以外のドラゴンということになるな……何か特徴とかはなかったか?」
「言い方は悪いが、率直に言わせてもらうなら、同じドラゴンでもイルメラとは比べ物にならない。あれほどの圧倒的な強さと存在感を持つドラゴン……匹敵するのは竜王しか知らない」

 とはいえ、ユーリガはルイーザの使いとして世界樹に住むドラゴンを訪ね、ゼウルスとも面識があり、その竜と見間違えるはずはない。

「……聞く限りでは間違いなくジュバース様だ」

 イルメラの表情が更にかげる。半信半疑、というよりも信じたくないという感じだ。
 ジュバースは、全てのドラゴンの祖である神竜ヴァルゼードが健在だった神話の時代から生きている、竜王ゼウルスと並ぶ最古のドラゴンである。イルメラにとってはゼウルスと同じく、敬意どころか崇拝の対象でもある偉大な存在だ。
 だからこの話を初めて聞いたとき、イルメラは自分の耳を、次いでユーリガの正気を疑った。信じる信じない以前に、ありえないことだからだ。しかしユーリガの様子を見れば、少なくとも嘘は言っていないのが解ってしまう。
 本来ならば、ドラゴンは魔族だろうと人族だろうと一定の距離を置き、深く関わることはない。
 にもかかわらずジュバースが魔族に、しかも黒翼の新魔王に力を貸しているというのならば、それが真実かどうか確かめなければならない。
 だからこそ、イルメラは共に話を聞いたグルードをゼウルスへの連絡に送った後、こうして自らセラン達に同行しているのだ。

「だが何故? ……お一人で魔族領の氷山にいたはずなのに……一体何があったというのだ」

 イルメラの苦悩は続き、ユーリガの敵と己への憤激も収まらないため、一種異様な雰囲気が辺りを包む。

「……で、そんな危機的状況だから俺らに助けを求めに来たってわけだよな」

 だがセランは場の空気を読むこともなく、歯にきぬ着せぬ物言いをする。それが事実故に、ユーリガは頷く。

「そうだ……何よりも大事な点として、ルイーザ様は今も生きておられる」

 ユーリガは確かに見たのだ、連れ去られていくルイーザが僅かに呼吸をしていたのを。
 敵が何を企んでいるかは解らないが、ルイーザが生きているのは間違いない。

「でも、戦いに負けたってことは魔王の座は既に黒翼の魔族に移ってるんだろ? 今更何をしようがそれはくつがえらないんじゃないか?」

 勝負ありだろ、とセランは疑問に思っていたことを口にする。
 既に魔王の座が黒翼に移っているのなら、自分達にできることはないのでは、と言っているのだ。
 しかしこれに、ユーリガは首を横に振る。

「……いや、事態はそう簡単ではなく、これがこちらにとって有利な点だ」

 気を取り直したユーリガが、魔族の込み入った状況を説明する。
 確かに直接戦って敗れた場合、魔王の座は移ることになる。が、今回は事情が違う。
 魔王の継承に明確なルールは存在しないが、それでも慣例や不文律が存在し、ただ倒せばいいというものではない。不意打ちなど卑劣な手を使えば、たとえ勝利したとしても求心力は低下する。
 今回でいえば黒翼側が複数で戦ったという点が議論を呼び、ましてやその片割れが魔族ではなくドラゴンだというのがより事態を複雑にした。
 勿論、実際にルイーザを倒して捕縛ほばくしているので、自らこそが新魔王と強弁きょうべんすることはできるにせよ、やはり反発する者は多く、魔族全体がかなり混乱しているのが現状らしい。
 とはいえユーリガを含めたルイーザの側近達にとれる選択肢はほとんどなかった。
 本来なら魔族として新しい魔王に従うべきなのかもしれないが、ルイーザに忠誠を誓う者はそれを良しとはしない。かといって、黒翼の魔族の実力やジュバースの存在を考えると、助け出せる可能性は皆無だろう。
 側近以外でも新魔王誕生に不満を持つ魔族は多数いるが、彼らが積極的にルイーザを助けようとするかというと、あまり期待できない。
 ならば魔族以外に助けを求めるしかなく、それに思い当たるがユーリガにはあった。
 これまで幾度となくそばで戦いを見てきた人間達だ。まずその実力は申し分ない。何度も共闘した結果、いびつながらも信頼関係を築けていたとも思われる。
 魔族として人族に助けを求めるということには、やはり抵抗はある。しかしそうしたプライドより、ルイーザへの忠誠心がまさった。
 人族領に何度も潜入して慣れているユーリガだが、カイル達はあちこちを移動しており、協力関係にあるマルニコ商会の力を借りても探し出すには時間がかかる。
 それでも、ルイーザ救出をはやる他の仲間を強引に説得。以前のリーゼとの会話で出てきた、彼女らの故郷が魔族領に接しているという情報に一縷いちるの望みをかけて、ろくに治療もせず単身リマーゼへと向かったのだった。
 そして、その賭けに何とか勝った。カイルやミナギがいなかったのは残念だったにせよ、こうしてセラン達に会えたのは本当に運が良かったとしか言いようがない。

「ルイーザ様をお助けし、卑劣な手を使った奴らを改めて倒せば、必ずや魔王の座に戻れる……そのために力を貸してほしい! 私にできることなら何でもする!」

 こう訴えるユーリガに、リーゼは迷わず助けに行こうと言い、ウルザもすぐに同意した。
 だが、当初意外にも慎重な姿勢を見せたのはセランだった。

「完全に想定違いだなぁ……ったく肝心なときにカイルの奴はいねえしよ」

 そう愚痴ぐちるセランだったが、無論本当は誰が悪いというものでもなく、間が悪かったとしか言いようがない。
 当時、カイルとミナギ、シルドニアは人族領中央部にいて、各国の王や代表者が参加した世界会議の後始末を行っていた。
 そこからだと、魔族領に接している西の辺境のリマーゼに行くだけでかなりの時間がかかる。
 一応、遠距離でも連絡が取れる魔道具があるため、状況はカイル達にも知らせてあるのだが、一日に数回、それも二言三言しか会話できないため、綿密な打ち合わせまではできていない。
 現在、カイルも急いでこちらに向かっているものの、何よりの問題は移動手段がないことだ。
 飛行能力を持つドラゴンもいなければ、通常の数倍の速さで移動できる【ウィンド・ウォーカー】を使えるウルザもいない。イルメラに迎えに行ってもらうという手も、見るからに思いつめている今の彼女に頼むのは危険に思われた。
 カイルの到着を待つという選択肢もあるにはあったが、今回に限りそれは悪手だった。
 時間が経てば経つほど混乱が落ち着き、そうなると既成事実として黒翼の魔族が新魔王であると認められてしまう。
 救出するのならばできる限り早くそうする必要があり、またユーリガもカイルの到着を気長に待てそうになかった。

(これまでほとんど一緒に行動していたというのに、たまに二手に分かれた途端にこれだ。完全に裏目に出たなぁ)

 勿論、カイルはルイーザが倒され魔王が代替わりするという未来から来たので、今の事態を予想していなかったわけではなく、むしろ必ず起こることとして何とかしなければと考えてはいた。
 だが、とれる対策は少なかった。
 あくまで魔族側で起こることであり、自分達が魔族領で何かするにも限度があるからだ。
 それにいくらルイーザとを築けているとはいえ、あくまで個人的な友誼ゆうぎにとどまっており、実際にできたのは彼女に警戒するよう忠告することぐらい。
 そして、それがいつになるか解らなかったのが最も痛かった。
 カイルの未来知識でも魔族側で起こることまでは把握しておらず、魔族の総攻撃『大侵攻』が起こった時期から逆算して推測するしかなかった。
 要するに、少なくともまだ一年は先の話と考えていて、完全に予想が外れた形だ。
 それから何よりも問題なのが――

(相手がちっとばかり悪いんだよなぁ……)

 古竜であるジュバースもそうだが、諸悪の根源である黒翼の魔族は未知数の存在。以前セランもちらりと見た際に、戦いたくない、と思わせられる何かがあった。
 一方で、通常なら一番問題になるはずのルイーザの命に関しては、それほど心配していない。何せ彼女の特性は不死なのだから。
 実際は『死ににくくなっている』だけで、身体を切り刻んですりつぶすことを一年くらい続ければ死ぬかもしれない、と当人は言っていたが。
 ともかく、そんなルイーザだ、どんな状況であれ生きているのは間違いない。
 ユーリガはたとえ一人ででも救出に向かうだろう。そうした場合、二度と彼女と会えなくなるのは明白だ。
 貴重な友好的関係にある魔族を失うわけにはいかない。
 となれば、カイル達の選択は決まったようなものだった。

「やるしかねえか」

 囚われの身となっているルイーザの現在を想像してしまい――セランは大きくため息をつく。
 日もすっかり落ちた森の中、火に照らされたセランの顔にはどこか陰りがあったが、同時に何か決意を固めた顔にも見えた。


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