強くてニューサーガ

阿部正行

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8巻

8-1

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 1


 大陸中央部にある、ギルボール王国。
 ジルグス王国とはサングルド山脈を挟んで南北に隣り合い、同じように魔族領と接している、ドワーフの国である。
 その国土は大きいとは言えず、人口もそれほど多くはない。しかし、特殊な立地条件と豊かな鉱物資源があることをドワーフ達が最大限に活かしているおかげで、非常に金持ちだという特色があった。
 また国王のガラドフ五世は、三百年前の魔族との戦いで大活躍した、ドワーフの英雄である先祖ガラドフ一世に劣らない名君として名が知られている。
 国力も相まって、人族じんぞく全体に対する大きな影響力を持つ国と言えた。
 そのガラドフ五世は現在、居城の謁見の間にいた。
 ここは家臣や他国からの使者との面会に使われる場所で、本来なら彼は玉座に深く腰掛けて、鷹揚おうようで威厳ある王の姿を見せなければならない。
 ドワーフにしてはやや痩身長躯ではあるガラドフ王も、いつもなら、全てを見透みすかすと言われている鋭い眼光を玉座から投げかける。
 しかし現在は半ば腰を浮かすように身を乗り出し、熱い視線を送っていた。そこには、感嘆かんたん羨望せんぼう、果ては子供じみた憧憬どうけいまで、様々な感情がめられている。
 視線の先にあるのは二振りの剣だった。
 一つは、神域にまで達したと言われるドワーフのたくみが作り出した聖剣ランド。三百年前の魔族との大戦で、英雄ランドルフが魔王を討ち取ったときに手にしていたという、まさに伝説の剣だ。
 人族魔族を問わず数多あまたの敵を斬り裂き貫いてきただろうに、特徴的な黒光りする刀身には刃こぼれどころかわずかな曇りすらなく、頼もしさと同時に畏怖いふさえ覚える。見つめていると、その妖しさに魅入みいられてしまうような気分にすらなる。
 ランドルフの死後、行方ゆくえが解らなくなっていたはずのものが、ここにあるのだった。
 もう一つは、千年以上前に滅んだ古代魔法王国ザーレスの時代に作られたのであろう魔剣だ。
 現在よりもはるかに栄えていた人族の絶頂期、その叡智えいちが集まって生み出した黄金率とでもいうべきか、見ていて吸い込まれるかのような圧倒的な存在感を発している。
 材質は貴重なミスリルと思われるが、そのせいだけではない異質な迫力を、長年にわたり武器を見てきたガラドフは感じ取った。
 見ていると柄を握ってみたい誘惑に駆られるが、正式な剣士でないガラドフには躊躇ためらわれる気がして、どうしても手が伸びない。そんな持ち手を選ぶ高貴さや神秘性さえ漂ってくる、見事な白刃だった。
 技術の研鑽けんさんの極致にある剣と、叡智えいちの結晶とも言える至高の剣。
 ガラドフはまるで憑りつかれたように、それぞれ別のいただきを極めた二振りの名剣から目が離せないでいた。
 どれほどの時が過ぎたか、呼吸を忘れていたのを思い出したかの如き深いため息とともに、ガラドフはようやく視線を外す。

「見事……としか言えんな」

 思わず漏れ出たといった感じの感嘆。声自体は静かなものだが、そこには隠しきれない興奮があった。
 知らず知らずのうちに握りしめて強張こわばったこぶしを緩めつつ、ガラドフは玉座に深く座り直した。

「光栄です」

 そんな静かな興奮に対し、つとめて感情を籠めないよう答えたのは、二振りの剣の脇に控えていた、白刃の剣の持ち主――カイルだ。



「う、うむ……聞きしにまさる名剣だ。これほどとは思わなんだ」

 その声で我に返ったのか、ガラドフは改めてカイルを見る。そして、どうしたものかと深く考え込んだ。
 ガラドフ五世は治世の能力も高く、公明正大で人格にも優れ、王として申し分ない。しかし唯一の欠点というべきか、武具の収集についてだけは公私混同しがちなのだ。
 名高い武具があれば金に糸目をつけず買い求める癖があり、これに臣下が頭を痛めることも度々だった。現に今も、周りに控える臣下の顔に、またかと言わんばかりの表情が浮かんでいる。
 当然、剣も多く所蔵しており、自慢の逸品ばかりであったはずだが、この二つの剣を見た後ではそれらもなまくら同然にしか思えなくなっている。それほどの衝撃を受けたのだった。
 だからこそ、眼福と思うと共に所有欲がうずき、でも我が物にしたいという、収集家としてある意味当然の欲求が生まれつつあった。
 だが同時に、今回ばかりはそれが難しいこともよく解っている。
 ガラドフはこのギルボール王国において絶対権力者である国王であり、ここはその中心部である居城の中だ。いわば、全てがガラドフの自由になる場。
 これが市井しせい好事家こうずか相手であったならば、王としての強権をふるったとしても、抗議されることもなければ充分に補償して報いることもでき、さほど問題はない。あるいはどこぞの宝物庫で死蔵されていたものだったなら、ガラドフにも遠慮はない。
 だがしかし、ちまたで英雄ともてはやされている剣士から、現役で活躍している剣を取り上げるとなると、流石に外聞が悪かった。
 それをねじ伏せることはできなくもないが、今回はやはり相手が悪すぎる。
 ガラドフは改めてカイル――英雄と呼ばれる人間の若者の顔を見た。
 現在のカイル個人に明確な立場や地位があるわけではないが、その知名度と功績は人族領全体に広まりつつある。
 各地において人に害を為す魔獣退治を無償で行うどころか、ほどこしまでする善行が知れ渡っていて、なによりも『竜殺し』という武人として最高位の名声まで得ている。もはや下手な王よりも有名なくらいだ。
 特にここギルボール王国の隣国のジルグス国においては、魔獣ヒドラに襲われたミレーナ王女を救ったことを知らぬ者はいない。王都では、その救出劇を題材にした劇や本が好評を博しているという。
 ギルボール王国とジルグス国とは長年の友好国で、様々な条約を結んでおり、ガラドフとしても自分の評判を落としたくはない。
 更に厄介なことに、人族最大国家であるガルガン帝国の次期皇帝であるマイザー皇子とカイルは、入魂じゅこんの間柄という噂だった。
 ガルガン帝国は人族統一を国是こくぜに掲げている。地理的な要因と国の特性による絶対の防御に自信を持ち、帝国に対しても強気な態度を崩してはいないガラドフ王だが、それでも積極的に敵対したいとは思わない。
 無論、皇帝が個人の友誼ゆうぎで国の方針を動かすことなどあってはならないはずだが、何が要因でこじれるか解らないのも外交だ。
 秘匿ひとく情報ながら、エルドランド第一皇子の急死に端を発した帝国の内乱の収拾にも、カイルが大きく貢献した、とも伝わってきていた。そこまで深く関わっているのなら、カイルのために帝国そのものが動く可能性も捨て切れない。
 極め付けに、スーラ聖王国の『輝かしきグローリエス』サキラ王女とも交流を持ったとの情報もある。
 その縁の深さは解らないが、全宗派の頂点に立ち、全人族から畏敬を集める聖女として名高いサキラ王女と敵対するなど、論じることさえ馬鹿らしかった。彼女の機嫌を損ねる真似は間違ってもしたくない。
 この他にも、とても信じることなどできない荒唐無稽こうとうむけいな噂もある。それらがたとえ尾ひれのついた結果のものだったとしても、カイルの功績と名声は到底無視できるものではなかった。
 そうした様々な繋がりを持っているカイルは、ギルボール国にとってのみならず、人族全体にとっても、対応を間違えれば一気に外交関係で窮地に立たされかねない、扱いの難しい存在となっている。
 そして今回は、ガラドフがカイルを招いたという形なのも問題だった。
 最近売り出し中の英雄が持つ剣が素晴らしい、との噂がガラドフの耳にも届き、そのカイルが城下に来ているとのことで、ひと目見たいという軽い気持ちで呼び出したのだ。
 カイルも「お見せするだけなら喜んで」と承諾し、仲間の剣も持ってきたという流れであり、献上に来たわけではない。その二振りの剣が、いずれも予想を遥かに超える稀代の名剣だったのが、ガラドフの誤算だったわけだ。
 これで「剣を譲ってほしい」と申し出て、見るだけという前言をひるがえすのは、騙し討ちも同然。それに一度口に出せば、それこそ王としてその言をそう簡単に翻すわけにもいかない。王として、またコレクターとしてのせめぎ合いに、ガラドフは顔を歪ませていた。
 肝心のカイルは、床に膝をつき、王と対するに相応しいうやうやしい態度をとっているが、どこか不敵さも感じさせた。
 自分の内心の葛藤かっとうをよそに涼しげな顔をしているカイルに理不尽な怒りも湧いてくるが、流石にそれを顔に出すことはなく、ガラドフは考え続ける。

「何か問題でもありましたでしょうか?」

 だが沈黙を続けるガラドフの様子を不思議に思ったのか、カイルが問いかけた。

「いや何でもない、大儀たいぎであった……また機会があれば是非見せてくれ」

 結局ガラドフは王としての立場を取った。
 せめぎ合いの末、この場は欲求を抑制せざるを得なかったのだ。

「では……」

 カイルはゆっくりと、ガラドフに見せつけるかのように剣をさやにしまう。
 その鞘もまた見事で、聞いたところによれば鉱山都市カランの名高い鍛冶師、ガザスの作という。先ほどそれを聞いたときは、更にガラドフの所有欲が刺激されたものだ。
 名残惜なごりおしそうに鞘に収まっていく刀身を見ながら、ガラドフは内心で大きくため息をついた。
 その後でカイルの活躍について尋ねると、この手の質問に慣れているのかカイルもよどみなく答えていく。
 特にドラゴンを倒した際の話にはかなりの熱が籠もり、吟遊詩人の歌の一節の如き語り口であり、まるで何度も練習したかのようであった。
 そうしてあらかたの話が終わった頃。改めて労をねぎらう言葉をかけ、多少の金子きんすなり褒美ほうびをとらせて下がらせよう――と考えていたガラドフに、カイルの方から少し言いにくそうに話しかけてきた。

「その……一つよろしいでしょうか?」
「なんだ?」
「実はガラドフ陛下にお願いしたいことがありまして……」
「ほう」

 これにはガラドフの方から食い付いた。
 その願い次第では、交換条件として剣を手に入れることができるかもしれないからだ。何よりカイル側からの申し出なのだから、そうすることにも何の問題もないだろう。

不躾ぶしつけで申し訳ありません。このような場でお話しすることではないかもしれません……ご無礼にあたるかもしれませんので」
「何、言うだけならば何でも構わんぞ。無論、全てを叶えるとは言わんが、名高い其方そなたの願いに腹を立てるほど狭量ではないつもりだ」

 言い淀むカイルに、少し苛立ったガラドフの方から促す。

「さ、言ってみるがいい。富か? 地位か? それとも……」
「かつて行われていたエルフとの対話を……再開して頂けませんでしょうか?」

 完全に予想外の申し出に、思わず絶句するガラドフだった。


 ドワーフとエルフ。これまでに本格的な争いがあったわけではないが、この両種族の仲が悪いというのはこの世界の常識だ。
 その歴史は世界の創世にまでさかのぼり、エルフの守護神である月と精霊の女神ムーナと、ドワーフの守護神である火と鍛冶の神レガネの仲が悪いのが発端とも言われている。
 しかし何故仲が悪いのかと当事者達に問うと、大抵はうまく説明できず、最終的には感情論になってしまう。
 そもそも交流がほぼないため、実際になにかしらの被害を受けた者もほとんどいないのだ。
 とはいえ根深く染みついたこの問題は、そう簡単に解決できるものではないのも事実で、長い間両種族の不仲は続いていた。

「エルフとの対話か……」

 全く予期していなかったカイルの願いにも、ガラドフは動揺を見せない。しかし明らかに機嫌の悪そうな顔になった。
 居並ぶ臣下達も、何を言っているんだという困惑顔になる者、エルフと聞いただけで明らかに不快そうになる者など、反応は様々にせよ、少なくとも好意的な反応は皆無だ。
 だがカイルはそれらは一切気にせず、ガラドフを見据えている。

「何故そのようなことを言い出す?」

 そんなカイルの視線を受けながらもやはり動じず、その真意が解らないと、ガラドフが怪訝けげんそうに言う。

「エルフと今更対話をせねばならない理由はない」
「今の状態が不自然だからです。エルフと、特にエブンロの森に住まうエルフ達とは少なくとも交流を持つべきです。それがギルボール国にとって重要なことだからです」

 エブンロの森とは、ギルボール国と一番近いエルフの住む森だが、この国に住まう多くのドワーフにとっては目の上のコブぐらいの認識でしかない。
 そのエルフと協力せねばならないような事態など、あるはずがなかった――ただ一つを除いては。

「それはまさか……」
「はい、魔族が攻め込んできた場合のためにです」

 魔族、というカイルの言葉が響いた瞬間、謁見の間にざわめきが広まった。
 人間、ドワーフ、エルフを問わず人族全体の敵である魔族とは、有史以来戦い続けてきた。まさに人族にとって不倶戴天ふぐたいてんの宿敵だ。
 だが最後に大戦があったのは三百年も前で、それ以降魔族が魔族領から出てくることはなく、最近はその姿を見ることすらない。人族の中から徐々に警戒心が薄れているのが現状だ。

「魔族に対抗するためにはエルフの力が必要です。これは今までの歴史が証明しております。備えをおろそかにするわけにはいきません、このままでは不覚をとります」

 そして、カイルが更に言いつのろうとしたとき――

「馬鹿なことを言わないでもらおう! エルフの力など借りずとも、我らは魔族などに負けはしない!」

 ガラドフの側に控えていた、ギルボール国の重装騎士団の騎士がえた。
 全身を金属鎧で固め、己の背丈より長い戦斧で床を打ち鳴らしているその姿は、カイルの眼から見ても相当に腕が立つ、まさに王の盾だった。

「そこまでにしておけ、ボグヌ」
「ですが陛下……」

 ガラドフが軽くいさめるが、ボグヌと呼ばれた騎士はそう簡単に引き下がりそうはない。同様に他の騎士も興奮していて、カイルに詰め寄らんばかりだ。
 しかしカイルは涼しい顔のままであり、まるで自分の身に危険が迫ることはないと確信しているかのようだった。

「あなた方の力を疑っているわけではありません。ただそれでも足りないと言っているのです。魔族の恐ろしさは、身をもって体験しなければ解らないでしょう」

 ここでガラドフは、カイルに関するある噂を思い出した。

「その言い方はまさか……」
「はい、私は鉱山都市カランにおいて、潜入していた魔族と戦いました」

 カイルの言葉により、謁見の間に満ちていた興奮は冷水を浴びせられたかのように静まる。

「……噂は本当であったか」

 ガラドフもしぶい顔になるが、嘘だと否定することはない。
 カイルに関する信じられないことばかりの噂の中には、魔族と戦ってこれを打ち倒したというものが、確かにあった。
 三百年前ならともかく、今の世で魔族と戦ったなどとそう簡単に信じられる話ではない。それでも事前にその噂を聞いていたことと、カイルの知名度と実績が、説得力を持たせている。

「なるほど、魔族の恐ろしさを知ったからこそか」
「はい、これが人族全体の問題だからこそ、私はここに来ました。そしてあのときの魔族の口ぶりでは、まだ把握されていないだけで結構な数が人族領に侵入しているようです……」

 カイルはわざと不安をあおるように間を置き、室内に音を響かせてから、言葉を続ける。

「そして魔族は凄まじい強さでした。単純に比べられるものではありませんが、もしかしたらドラゴンよりも……」

 カイルの重々しい言葉に、再び騒めきが広がっていった。
 実際のところは、これは流石に大袈裟おおげさで、しかも魔族の強さは個体差が大きい。少なくともカランで戦った魔族ガニアスは、同じくカイルと戦ったドラゴンのグルードよりも強いとは言えなかった。
 しかしカイルとしては魔族を警戒してもらわなければならないので、これぐらい言っておいた方がいい。
 それにまるっきり嘘というわけでもなく、三百年前の大戦を生き残った魔族『三腕さんわん』などは間違いなくグルードよりも強かった。そもそもこの話に疑問を持てるのは、ドラゴンと魔族両方と戦ったことがある者だけなのだから、問題はない。
 想像しただけで気圧けおされたのか、ボグヌをはじめカイルに反感を持って言いつのろうとしていた騎士達は押し黙ってしまう。

「……我がギルボール国は、ジルグス国と対魔族に関する盟約を結んでいる。決して備えていないわけではない」

 ガラドフがゆっくりと言う。
 確かに距離としてはジルグス国が最も近く、長い間仲違いを続けてきたエルフに助けを求めるよりも、友好国のジルグス国に助けを求める方が自然だった。

「はい、ですがそれが緊急時に本当に機能するかどうか解りません。何せサングルド山脈がありますから」

 カイルの言う通り、両国の間には巨大なサングルド山脈が横たわっており、救援にはどうしても時間がかかるだろう。

「何よりも、いざそのときにはジルグス国も魔族の襲撃を受けているでしょう」

 その妙に確信の籠もった言い方をガラドフはやや疑問に思うが、カイルは更に続ける。

「それに、二国間だけの盟約では足りません。三百年前のように、全ての人族が協力し合う必要があります……これは陛下の方が詳しくご存じのはずです」

 三百年前の魔族との大戦で、ドワーフの軍がエルフの協力により、劣勢だった戦線を押し返したことがあった。これはドワーフがある意味で汚点と捉えている歴史だった。
 カイルの言いたいことが解り、ガラドフも周りの騎士達も苦虫を噛み潰したような顔になるが、とりあえず口を挟むことはない。

「その縁で、エルフとの定期的な会談を提唱したのは、陛下のご先祖であられるガラドフ一世だったと、聞き及んでおります」

 現在では神格化さえされているガラドフ一世は、共に戦い助けてもらったこともあるのが影響してか、エルフにも比較的寛容で、戦後も多少の交流を持っていた。
 数年に一度の代表者同士による定期会談もその一つだったが、ガラドフ一世の死と共に中断され、もう二百年以上行われていない。

「定期会談は正式に中止と決められたわけではなく、あくまで延期になっているだけ、とも聞きましたが」
「よく知っているな」

 ガラドフが驚きの声を上げる。
 確かにカイルの言った通り、延期になっているだけで中止と決定したわけではない。
 偉大なドワーフの英雄のきもいりで始まった定期会談を、おいそれと打ち切れる者もおらず、あくまで延期という建前たてまえをとっているのだ。
 ドワーフの中でもあまり知られていない、そして知られたくない歴史的背景を人間に指摘されるとは、ガラドフも夢にも思っていなかった。

「これを再開すること自体は問題ないのでは?」
「…………」

 そう言われて、ガラドフは深く考える。
 カイルの言っていることには全て筋が通っていた。
 魔族の恐ろしさを身をもって知った結果、人族全体で立ち向かう必要があると判断したのだろう。
 人族ならば魔族に対し備えるのは、至極当然のこと。
 そしてドワーフとエルフの対立に不安を覚え、こうしてその仲立ちをするのは、英雄として名が知られている若者として相応しい行動とも言えた。
 もし本当に魔族が攻め込んでくるならば、魔族領に接しているギルボール国は真っ先に被害を受けることになり、国家存亡にも係わる大事だ。
 そしてジルグス国の救援が来る前にギルボール国を助けられるのは、地理的にエブンロの森のエルフだけというのも間違いない。
 しかし、だからと言ってガラドフも素直に提案を受け入れるわけにはいかない。
 理性的に考えれば、カイルの言っていることこそ正論。だが、正論だけではどうしようもないこともある。

「……対話とは我らだけではできまい、肝心なのはエルフ達だ。向こうから申し出がない限り、会談が再開されることはない」

 ガラドフは、間違っても自分達から申し出るわけにはいかないという。
 最低限そうしたていをとらなければ、たとえガラドフが良くとも、臣下や国民が決して納得しないのだ。

「つまり向こう側から、エルフ側から申し出があれば……?」
「そのときは考慮しよう」

 そんなことはあるはずがないと思いつつ、それでも言質げんちをとられないよう、ガラドフは言葉をぼやかす。
 ドワーフ達は人族の中でも人間の次に栄えており、他の種族とも盛んに交流を行っている。だからこそガラドフも、他種族であるカイルに色々と配慮していた。
 だが、住まう森から出ることすらほとんどないほど閉鎖的なエルフがそうするはずはなく、カイルが森に入ることさえ難しいだろう。

「それが聞ければ充分です……この度は不躾なお願いを聞いていただき、誠にありがとうございます」

 カイルもそれに気付いてはいたが、今回はここまでで充分と判断したのか、深く頭を下げて感謝を示したのだった。


  ◇◇◇
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