強くてニューサーガ

阿部正行

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7巻

7-3

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「うーん、ちっと堅苦しい雰囲気だよなぁ」

 しばらく歩いた後、セランが少し不満げな声を漏らした。
 聖地だけあって周りにはやはり巡礼者が多く、そのほとんどが敬虔な信者だ。
 大抵の神には信者を律する戒律があり、中には厳格なものも多い。そのためか聖都は歌舞音曲かぶおんぎょくを控える傾向にあり、広場に大道芸の見世物や吟遊詩人の歌声もなく、代わりに辻説法つじせっぽうを行う神官の声が響いている。
 そんな非常に健全な都市のぶりが、セランにはどうも水が合わないのだ。

「これくらいの都市には必ずある裏通りもねえな」

 セランが言っているのは所謂悪所あくしょで、表通りには出せない店が立ち並ぶ場所のことである。

「素直に観光しろってことだろ」
「つまんねえな……おっ、流石に屋台はあるな」

 屋台の定番である肉の串焼き屋を見つけ、早速そちらに向かうセラン。
 カイルもそれについて行こうとする途中、別の出店にあった土産用の民芸品の中に、青水晶を削り出した鮮やかなアミュレットを見つけた。

「おや、お目が高い。これはこの地方に伝わる幸運を招くお守りでして……」

 店主が営業用の笑顔で愛想よく説明してくる。
 その説明自体には興味をそそられないし、見た限り魔法的な加護はないので、この伝承も嘘に違いない。
 ただ確かに目を惹く美しさがあり、色違いで赤や紫など様々な種類が揃っていて、買うのもやぶさかではない品だった。

「ふむ……」

 特に緑水晶のものはウルザが好きそうだな、と思って見ていたカイルに、横から声がかかる。

「ところでカイル、お前最近ウルザとの仲はどうなんだ?」

 串焼き肉を頬張るセランにさらりと訊かれ、カイルはまるで心を読まれたみたいで思わずうろたえてしまう。

「ど、どういう意味だ?」
「いや、どう見てもウルザはお前に気があるだろ」
「…………」

 はっきりと言われてしまい、カイルは言葉に詰まる。
 これはカイルが長いこと棚上げしてきた問題でもあった。
 カイルはリーゼもウルザも両方好きだし、その二人が自分に好意を持ってくれているのは解っている。それでいて、はっきりとした態度は示していないのだ。
 無論カイルにも言い分はある。死に別れたはずの最愛の二人とほぼ同時に再会するという普通では考えられない特殊な事情のせいで、そうなっているのだと。それに、前世ではリーゼが死んだ後にウルザと出会っていて、であったことはない。
 そして確かにこれはこれで大問題ではあるがあくまで個人的な問題に過ぎず、世界を救うという大義の前には些末事、そう自分に言い聞かせていた。
 そのため二人にははっきりとした言動は示せないが、それでいて離れたくはないし嫌われたくもない。だから適度な距離を置きつつも嫌われないよう機嫌をとったりするという、ある意味最低極まりない態度を続けてきた。
 幸いリーゼもウルザも特に文句なくついてきてくれているし、更に当人同士も仲が良いため、これまでの旅の間に問題は起こらなかった。
 だが今の状態が危ういバランスの元に成り立っているのは間違いなく、何かの拍子に一気に崩れかねない気もする。
 だが、一緒に旅をしているセランは、当然ながらそんなカイルの態度に気付いていた。

「お前のことだから、どっちにも嫌われるのを恐れてどっちとも良い距離を保とうとしている感じだな」

 ぐいぐいと心のうちに踏み込んでくるセラン。しかしカイルもこれを鬱陶うっとうしくは思っても、不快とは思わない。
 お互い隠し事などない……正確には、隠し事をしても無駄と思っている、幼馴染にして悪友という間柄だ。

(いや、隠し事は一つあったな……あれはどうしたものか……)

 セランだけでなくリーゼやウルザ達にも一つ、とてつもなく大きな隠し事をしているのを思い出し、カイルの心に少しだけ陰りが差す。
 嫌われるのを恐れている、というセランの言葉が心に刺さった。

「まあともかくだ。俺はカイルを信じてるからな、女を泣かすような真似はしないって。ただ後悔だけはするなよ」

 セランはカイルに向けて親指を立て、爽やかな笑顔で言った。

「……本音は?」
「どろどろの三角関係にでもなって、痴情ちじょうのもつれで刺されて、撲殺ぼくさつされてしまえこのクズ野郎」

 くるりと親指を下に向け、とっとと地獄に落ちろと言うセラン。
 しかしその暴言にこれと言った反論ができないのも事実で、リーゼはあれでいて結構嫉妬深いし、ウルザも気は強い。今後の展開次第では充分ありえそうだ。
 ただ今のところ、リーゼはウルザやミナギに関して特に何も言わず、むしろもっと気を遣えと言うぐらいで、彼女の中に何かしらの線引きがあるのだろう。
 ウルザもまたリーゼと仲が良いので、それに甘えているのが現状だった。

「お、俺にだっていろいろと事情があるんだ!」

 そう言い返すのが精いっぱいのカイル。

「くそ、何でお前だけ……以前は俺と同じく全くモテなかったくせに」

 ぶつぶつと文句を言い、ひがみモードに入ったセランをこのまま放置しておくのは面倒だと判断し、カイルは話題を逸らすことにした。

「……そういうセランはどうなんだ、最近は念願叶って女性に好かれてきているじゃないか」

 この手の話題での反撃材料がようやく出来たカイルがここぞとばかりに言うと、セランはどんよりとした顔つきになる。

「お前、解ってて言ってるだろ」

 昔から女好きを公言してはばからないセランだが、その性格が災いして実際に女性と縁があったことは皆無だった。
 しかし最近は明確に好意を持ってくれている女性も出来た。とはいえ、一人は下手に手を出せば世界最大国家を敵に回しかねないし、もう一人は人族ですらない。どうしろってんだ、というのがセランの素直な気持ちだ。

「皇女と魔王だもんな。セランも数奇な運命を歩んでいるというか……俺も応援してるから頑張れよ」

 出店で買った冷えた果実を頬張りながら、カイルも一応気遣った言葉をかけるが、実際に手助けするつもりは毛頭ない。
 どちらも接し方、扱い方によっては戦争にさえなりかねない相手であっても、全てをセランに任せている。
 根本的な所では、この幼馴染を信頼しているのだ。

(まあ問題になったら、責任を取るという形でセランを生贄いけにえに差し出せば、何とでもなるか……)

 自分のことを棚に上げ、そう結論付けるカイルだった。




 5


 次にカイルとセランが向かったのは、この都市で最も有名な塔だった。やはりと言うべきか、辺りは同じような人でごった返している。

「あれが始まりの塔か、やっぱり近くで見ても小さいな」

 セランの言う通り、遠目の印象と同じくそれほど高くはなく、造作は確かに特徴的であっても、ちょっと大きな国の首都ならばこれを超える大きさの塔などいくらでもある。
 塔を囲むように立っているのが、通称聖宮殿と言われている聖王家の宮殿で、そのせいで塔の下半分は見えなくなっている。
 あの宮殿に聖王やサキラ王女が住んでいるはずだが、ガルガン帝国やジルグス王国のそれと比べれば、その規模は民家と大差ないように思えてきた。
 だが周りを見れば、世界創世の塔に向かって手を合わせたり、五体投地をしたりして祈りを捧げる者がおり、いかに象徴的な存在かを表していた。

「にしても……ちょいと不用心すぎる気がするんだが?」

 宮殿の周りは人の背丈より少し高い簡単な柵が立っているだけだし、何より警備する者がほとんど見受けられない。実際に侵入して何をするというわけではないが、容易に実行できそうに思えてしまう。

「言われてみればそうかもしれないが、そんな罰当たりなことを考える奴なんていないんじゃないか?」
「そうか? ……まあ俺の心配することじゃないか」

 カイルの指摘に首を捻りながらも、セランはまあそんなもんかと興味を失ったようにその場から離れ、人の流れのままに歩き続ける。

「何だかここも、妙に人が多いな?」

 特に目的もなく人の流れに任せて歩いているのだから、やはり名所に行きついたようで、周りは巡礼者でいっぱいだった。
 この群衆のお目当ては、目の前にある壁にあった。かつては鮮やかな色彩を持っていたであろう壁画だ。

「これがヴィックスの壁か。様々な神話が描かれていることで有名だな」

 描いたドラゴンがあまりにも精密で、自分は生きていると勘違いした当のドラゴンが動き出したという伝説を持つ稀代きたいの画家ヴィックスが、十年の時をかけて描いた壁画である。
 その中でも特に目立つのは、やはり大地母神の名を冠した主神であり、また今カイルと深い関わりがある女神メーラの双子の妹と言われている、女神カイリスだ。
 この世界で最も信仰されている神だけあって、カイリスに関する神話は多く、壁画に占める割合も大きい。カイルはそのうちの一つに目を留めた。
 それは女神カイリスの前で、神の使いと言われている天使と、人間の戦士が剣を合わせて戦っているというものだ。

「えっと……これって確か、名も無き英雄の神話だっけ?」

 見入っていたカイルの横から壁画を覗き込んだセランが、思い出したかのように言う。

「お前でもそれぐらいは知ってたか」
「とりあえず知ってるだけだな、どんな話かはよく知らね」

 自分から言っておきながらそれほど興味はなかったようで、欠伸あくびをしながら答えるセラン。

「これは、神が直接地上に姿を現す【降臨】をして影響を与えた、数少ない例だ」

 思うところがあるのか、カイルの声は静かだった。
 今から二千年以上もの昔。当時、このロインダース大陸の南には巨大な島があった。
 その島には人族も魔族も住んでいなかったが、豊かな自然があったので多くの動植物が住んでいた。しかしあるとき、その島の中心部にある割れ目から正体不明の瘴気しょうきが吹き出し始めた。
 ありとあらゆるものをむしばむその瘴気によって、島はまたたく間に草木一本生えない死の大地になったという。
 そしてとうとう瘴気は島から溢れ、まるで生あるものを求めるかのように海をも腐らせながら、ロインダース大陸に向かい始めた。
 このままでは遠からずロインダース大陸も同じように滅びると憂えた一人の人間が、神に助けを求めた。それに応えたのがカイリスだ。
 神とその人間との間にどのようなやりとりがあったかは知られていない。しかしとにかくカイリスは試練を与え、人間はそれを見事に達成したという。
 その褒美として、カイリスは【降臨】して力を振るい――結果、くだんの島そのものが消失し、ロインダース大陸は救われた。
 神話にはそれだけしか伝わっておらず、名前の知られていない英雄がその後どうなったかさえ定かでない。
 そしてこのとき以降、神は一度も姿を現しておらず、これが人の世界に神が直接介入した、ほとんど唯一の例と言われている。

「へえ、神様が直接ねえ。そりゃ楽だったろうな」
「ああ、本当にそうさ……本当にな」

 祈れば助けてもらえることが当然だとは思わないが、すがっても助けてもらえない者の気持ちをカイルは痛いほど理解できていた。
 神の遣わした天使と共に立つ名も無き英雄と、その背後で柔和な微笑みを浮かべる女神カイリス。色あせた壁画を見ながらしんみりとした気分になっていると、そういった情緒を欠片も理解しない無遠慮な声がかかる。

「なあ、絵なんて見てても仕方ねえから別のとこ行こうぜ」
「お前は気楽でいいよな……じゃあ次の場所に行くか。ちょっと行ってみたいところがあるのを思い出した」

 カイルは、ダリアから渡されたこの都市の案内図を見ながら言う。

「どこだ?」
「メーラ教の神殿だ」


 全ての神々の聖地であるこの都市において、女神メーラの神殿は都市の隅にあった。ぽつんと立っている神殿は背の高い柵によって、しかもかなり遠巻きに囲まれており、外からでは小さくしか見えない。

「どうなってんだこれ?」

 柵は頑丈で、先ほどの聖王宮よりも厳重に警戒されているのを見て、セランが首を捻る。

「封鎖されてるな……人気ひとけもないようだ」

 カイル達の他にもこの神殿を遠巻きに見ている者はいるが、明らかに物見遊山ものみゆさんで来たという感じで、メーラ教徒とは思えない。

「せっかく来たんだ、中に入れないのか?」

 がしゃがしゃとセランが柵を揺らしていると、そこに慌てて制止する声がかかる。

「ああ、おやめください」

 声の方を見ると、聖職者であろう温和そうな青年が立っていた。

「この中に入ってはいけません」
「あーえっと……すいません」

 こういった相手が苦手なセランは、カイルに目で助けを求めた。

「同行者が失礼しました」

 礼儀正しく謝罪したカイルを見て、相手も少しほっとした様子である。

「いえ、解っていただければ……私はカイリス様に仕える者でして、ここの管理をしているラダインと申します」

 礼儀正しくラダインがお辞儀をし、カイルも同じように返す。

「お訊きしたいのですが、これはやはりメーラ教が禁教になっているからこその処置なんでしょうか?」
「いえ、この地においては、たとえどの神の信仰でも許されております。これはむしろメーラ様の神殿を護るためでして」
「護る、ですか?」

 ラダインは顔を曇らせながら説明する。

「はい……ご存じかと思いますが、一部のメーラ教徒が亜人に対して痛ましい事件を起こしておりますので……」
「ああ、なるほど……」

 人間以外の人族を排斥しようと、ときには無差別殺戮さえ行っているメーラ教だ。もしその被害にあった本人や遺族がこの地に来て、メーラの神殿を見たらどうなるか……容易に想像がつくというものだ。
 よく見てみると、神殿はあちこち傷がついており、火をけられた痕跡さえあった。

「いまこの地にメーラ様の信徒はおりませんので、私達カイリス信徒が見回ったり、定期的に掃除を行っております」

 カイリス信徒が管理を受け持っているのは、やはりカイリスとメーラが双子である面からなのだろう。

「道理でさびれてるはずだな」

 セランが納得したように言う。

「信徒はいないのか……」

 少なくとも表向きはそうなっているらしい。カイルとて神殿に来れば何かが解ると期待していたわけではないが、これ以上ここにいても意味はないようだ。

「色々とお話を聞かせてくださってありがとうございます。これは喜捨です、どうかお受け取りください」

 カイルが紙に包んだ金貨を差し出す。こういった場合、お金を渡すことは一般的な行為で、ラダインも抵抗なく受け取り、カイルのために祈りを捧げる。

「これはありがとうございます。あなたにカイリス様の祝福がありますように……」

 敬虔な信徒であろうラダインに祈りを捧げられ、カイルは複雑な気持ちながらも笑顔でそれを受けるのだった。


「何か話したら腹減ったな、何食う?」
「お前は何も話してないだろうが……というかお前、あれだけ屋台で食ったくせに……」

 結構な量を食べ歩いていたはずのセランに、カイルは呆れを見せる。

「じゃカイルは食わんのか?」
「いや、食べる食べないなら、勿論食べるに決まってるだろ」

 セランとほぼ同じくらい食べ歩いていたカイルがすぐに同意する。

「ここが聖都じゃなければなあ、今日は何か飲みたい気分だ」

 普段そこまで飲むわけではないセランも、たまに痛飲することがあり、今日はそんな気分らしい。
 この聖都にも酒場はあるにはあるが、今のような昼間から開いているところは流石にない。店がやっているのはせいぜいが夕方からよいくちまでで、深夜には聖都全体が外出禁止となる。

「普通の飯屋でいいだろ、どこか適当な……」

 ここで、カイルの歩みがほんの僅かだけ乱れた。

「なあ……」
「ああ、解ってる……一応言っておくが、これじゃねえぞ。いくら何でもこんなあからさまじゃねえ。別口だ」
「そりゃそうだ……今ははっきり、誰かが俺達を見ているな」

 カイルもセランも誰かが自分達を見ていることに気付いたのだが、この視線はあからさま過ぎる。あからさまであり露骨、監視というより観察で、まるで隠そうという意図が感じられない。

(見つかってもいいという挑発……いや、隠すことができないただの一般人か?)

 カイルも自分の知名度がかなりのものであることは自覚しており、こういった街中で注目を浴びること自体は珍しくない。
 故にただの興味本位の視線かとも思ったが、やはり今回はそれとは違うように感じられた。

「これは……俺じゃなくてお前を見ているな。ちと探って来る」

 小用に行くふりをしてセランが離れ、カイルはカイルでそれを待つふりをしつつ、どうしたものかと考える。

(俺を見ているとしたら……相手の正体で考えられるのはメーラ教関係だが、こうまであからさまにするか?)

 しばらくしてセランが戻り、再び二人で歩き出す。しかし、セランには先ほどまでの緊張感は見受けられなかった。

「遠目に見てきたが……女だったな」
「女……っておい」

 そこで急にセランが解りやすく背後に顔を向けたためにカイルは慌てるが、心配ないとセランは言う。

「大丈夫だ、ありゃ完全なだ」

 ここで言う素人とは、尾行などの技術についてだけでなく、戦うすべ心得こころえが一切ない人間のことを指している。

「どう見ても荒事向きじゃないし、敵意や害意も全く感じられない。そしてどっかのお嬢様だ……少し離れたところに護衛らしき奴もいた。何かこう、話しかける機会を窺ってる感じだったな。とにかく、あれが俺らに危害を加えられるとはまず考えられん」

 セランの言う通り、カイルも敵意がないことだけは何故か確信できた。
 ならばはやく話しかけてくるなりすればいいのに、と思いながらカイルも振り返ると、尾行……と言っていいかどうか解らないが、ついてきている者の姿がはっきりと見えた。
 それは確かに、フードを目深まぶかに被った女性で、歩き方や身のこなし方などの所作に育ちの良さが滲み出ていて、いずこかの貴人であることが解る。
 本人は物陰に隠れながら追跡しているつもりだろうが、それが却って非常に目立ち、他の道行く人からも怪訝な顔をされている。このままでは不審者として扱われるだろう。

「……仕方ないな」

 尾行者が通行人とぶつかりそうになって大慌てで頭を下げていたり、転びそうになったりしているところを見ていると、何かいたたまれない気分となり、こちらから行動することにした。
 定番だが、角を曲がったところで待つことにして、人通りの少ない路地へと入る。そしてこちらを見失わないようにと小走りでやってくる尾行者の前に立ちふさがる格好となった。

「ひゃっ!?」

 角を曲がったところで、目標に待ち伏せされていた驚きと怯えの混じった声を出される。
 逃げられないよう、念のためセランが追跡者の背後に回った。

「あ、あわわわ…………」

 どうやら気付かれていることに気付いていなかったようで、あからさまに動揺し、辺りを見回している。
 目深に被ったフードの奥には、目にも眩しい銀髪が見え隠れする。
 この時点で、カイルにはこの尾行者の正体の予想はついたが、それでも一応は訊ねなければならなかった。

「えっと……どなたでしょうか?」

 出来る限り優しい声で話しかける。もし想像通りならば、決して無礼を働いてはいけない相手だからだ。



「は、初めまして。わ、わ、私はサキラと申します! そ、その……お、お時間がありましたら、すすす少しだけお話ししていただけませんでしょうか! お願いします!」

 裏返りそうな声で、風が起こるのではないかという勢いでお辞儀を繰り返す尾行者の女性は、『聖女』の異名を持つサキラ王女その人だった。
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