強くてニューサーガ

阿部正行

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7巻

7-1

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  1


 スーラ聖王国。この世界唯一の宗教国家。
 国家と言っても国土が都市一つ分しかない都市国家だが、人族じんぞくにとっては人族領の中で最も神聖とされる特別な場所だった。

「――の割に見た目は普通の都市国家……いや、街だな。とても世界創世の地には見えねえ」

 聖王国の街並みを遠目に見ながら、そんな感想をらすのはセランだ。

「あんまり大きな声でそういうことを言うな」

 カイルが周りに気を遣って小声で注意するが、セランは肩をすくめるばかりである。
 今カイル達がいるのは聖王国に繋がる街道で、周りを歩いている人のほとんどが聖王国を目指す巡礼者だ。彼らにしてみれば、自分達が神聖視している場所をぞんざいに言われるのは当然不快だろう。
 とはいえ確かにセランの言う通り、少なくとも遠目には目立つ所はない。ただ一つ、街の中心にある塔が目を惹くことを除いては。
 それは鋭角的で、ところどころ角のような物が生えている、芸術的ともとれる変わった塔だった。

「あれが有名な『始まりの塔』ね……」

 世界創世の神話に関わるその塔の名を、ミナギが呟いた。
 いわく、この世界ははじめ完全なであったのだが、どこからか神々がやってきて、まず自分達が住まうためにあの塔を造ったそうだ。
 そこから神々は大地を作り、空を広げ、太陽や月や星々を生み出し、人間や亜人をはじめとする動植物も誕生させ、最後に魔族を創造し……今ある世界の全てを作った。そうして役目を終えると、塔から天に昇ったという。
 本来はもっと長く細部にわたるのだが、これが世界創世神話の大まかなあらすじだ。
 そういうわけで、始まりの塔のあるこの地はいずれの神を信仰する者にとっても共通の聖地となっており、熱心な信徒であれば生涯に一度は巡礼するというのが目標になっている。
 現に周りにいる巡礼者は人間だけではなく、数こそ少ないもののエルフやドワーフといった亜人も見かけられる。彼らが首から下げている聖印も、大地母神だいちぼしんカイリスや商売の神マラナイ、鍛冶かじの神レガネなど様々だ。

「でもよ、天に昇ったという割には低いんじゃないか?」

 またもセランが不敬と取られかねない感想を漏らすが、実際始まりの塔はそれほど高い建物ではなく、主要都市にある城や大神殿などの方が高いだろう。

「何でも聖王国では、あの塔より高い建物を建ててはいけないらしい。そのためなのか城壁もないそうだ」

 巡礼者に始まりの塔を見やすくするためでもあるのだろうな、とカイルが自分で付け足すと、セランは少し呆れのこもった感想を言う。

「城壁なしどころか、聞いた話じゃ聖王家は軍どころか警備する兵もいないんだろ? ……物騒だが、聖王国を攻める者などいないんだろうなあ」

 この時代、城壁がない都市というのは危険もいいところなのだが、聖王国はその神聖さから絶対不可侵とされていた。人族の全統一を国是こくぜとして掲げるガルガン帝国ですらも直接には手を出さず、敬意を持って対応している。
 それどころか、何故か意思を持たない魔獣でさえ近づかないのだ。それは神々の威光のおかげともいわれ、人族領で最も安全な場所としても知られている。

(まあ、結局は幻想だがな……すがったところで救いはなかった)

 カイルは心の中で愚痴ぐちった後、軽く首を横に振る。
 かつての――現状ではこれから起こるであろう魔族の総攻撃『大侵攻』の際、カイルが直接見たわけではないが、この聖王国も容赦なく襲われたと聞いていた。
 どういった状況になったかの詳細を知らずとも、城壁もなく兵もいないとなれば、その惨状は容易に想像できる。

(神に救いを求めても応えてくれるわけじゃないんだよな……)

 カイルも一応は女神カイリスを信仰しているが、それは両親がそうだからであって、決して熱心な信徒ではない。それどころか、少なくともこの二度目の人生で神に祈ったことはなかった。
 祈っても無駄だとは言わないが、祈る暇があるなら剣を一回でも振って強くなった方がいい、そう考えているからだ。

「ふむ、変わっとらんな、あの塔は……ザーレスの時代から多くのものが変わったというのに……恐らく千年先も、二千年先も変わらぬのであろうな」

 始まりの塔を見ながらとりとめのないことを考えてしまったカイルを現実に引き戻したのは、何やら感慨深かんがいぶかげなシルドニアの声だ。
 千年以上も昔――人族が最も栄えた、魔法王国ザーレスが世界を支配していた時代。その最盛期に魔法王マジックキングとして君臨していたシルドニアなのだから、当然あの塔についても知っているようだ。

「有史以来、あの地は聖地であった。特に始まりの塔だけはザーレスのすぐれた技術、魔法文明でも解析はできず、神の奇跡として認めざるを得なかった。だからこそザーレスの時代でも、あれは人が手を出すべきでない不可侵のものとした……人族が、いや世界がなくなるまで、あの地が聖域であるのは変わらんじゃろうな」
「何か壮大なことを言ってるな……」

 世界の終焉まで口にしたシルドニアの重々しい口調には、微妙な空虚さもにじんでいるようにカイルには感じられた。
 だが、それを訊く前に今度はウルザが気になる言葉を呟く。

「そして、メーラ教の神殿があるのもこの国だけか」

 そう言う彼女は心なしか強張った顔つきをしていた。
 聖王国のもう一つの特徴として、あらゆる信仰が認められる点がある。他の国では邪教として扱われているようなものでも、ここではおおっぴらに信じることが許されるのだ。
 実際のところ、魔族を守護しているという名も知れない闇の神に対してさえ、他と区別なく信仰が認められる。
 ただ流石さすがに信者はいないようで、街の片隅に小さなほこらがある程度らしいが。
 となれば、人間のみを愛し、他の人族を排斥はいせきしようとする女神メーラをあがめる宗教も当然認められており、信徒がつどう神殿も存在する。
 エルフであるウルザからしてみれば、自分に危害が加えられかねない場所なのだから、緊張もするだろう。

「大丈夫だ。信仰が認められているだけであって、犯罪行為が許されるわけではない。むしろ聖地でそんな真似をする奴はいない。あそこはそういった規律には厳しいからな」
「そうか……ならば私もムーナ様の神殿を参拝しよう」

 カイルの説明を聞き少し安心したようで、ウルザは精霊と月の神で、エルフの守護神でもある女神の名を出す。
 ウルザはその敬虔けいけんな信徒であり、聖地に来るのはそれなりに嬉しくもあったようだ。

「でも何で、レイラさんはここに来いなんて言ったんだろう」

 リーゼが不安そうな声を出す。
 カイル達にこの聖王国へ来いと言ったのは、セランの養母にしてカイルの剣の師でもあるレイラだ。
 リーゼにとっても家族同然であるレイラがメーラ教に関わっており、自分達と敵対するかもしれないとカイルから聞かされたとき、リーゼとしてはいったい何の冗談かと思ったものだ。
 それが真実だと解った今でも、レイラが何を思って呼び出してきたのか、その意図は想像も付かない。

「それについては……本人に訊こうじゃないか」
「!? ああ、そうだな……」

 カイルが聖王国の方を見ながら声を一段低くすると、一瞬驚愕したものの、それに呼応するようにセランも目つきを鋭くする。
 目の良い二人には、これだけの遠距離であっても、聖王国の入り口付近でこちらを待つかの如く立っている人影が見えたのだ。
 それは間違いなく、カイル達のよく知るレイラだった。

「いきなりお出迎えとは……まあ、こそこそするタイプじゃないしな、おふくろらしい」

 不敵な笑みを浮かべるのはセラン。

「ど、どうするの?」

 まさかこうも早く出会うとは思っておらず、心構えが出来ていないリーゼが、カイルの袖を引っ張り訊いてくる。

「どうするも何も……このまま行くしかないだろ」

 こちらが気付いたということは、当然レイラの方も気付いているはずで、今更身を隠したりしても無駄だ。

「そういうことだ、退くわけにはいかねえよな」

 背を向けてたまるかとばかりにセランが歩みを早めると、リーゼも覚悟を決めたのかそれについて行き、他の者もそれに続く。

「波乱が多そうだな……しかし、またこの国に来ることになるとは」

 最後尾についたカイルは天を仰ぎたい気分になったが、すぐに気を引き締め直すと、ただ前を、聖王国の始まりの塔を見据えて歩き始めた。




  2


「よう、早かったじゃないか」



 待ち構えていたレイラはカイル達の姿を見つけると片手を上げ、気軽に挨拶した。
 それは故郷リマーゼでよく見た、見る者に好感と頼もしさを覚えさせる、全く変わらないいつもの笑顔だった。

「……わざわざ出迎えてくれるなんて、珍しく殊勝しゅしょうじゃねえか」

 それに対して挑発するかのような憎まれ口を叩くセラン。その声に籠められた敵意は、とても義母に向けるものではない。

「…………」

 カイルもセランと同じように、最大限に警戒を含ませた視線を、おのれの剣の師匠であるレイラだけでなく周囲にも向けている。
 見る者が見れば、今にも戦いが始まるのではないかという緊張感が伝わっただろう。まさに一触即発という雰囲気だ。

「そりゃこっちが呼びつけたんだ、迎えぐらいはしてやらないとな」

 だがレイラはそんな義息と弟子の態度を平然と受け流し、余裕ある様子を崩さない。
 そんなレイラに、カイルは事前に懸念していた通りのやりにくさを覚えた。

(やっぱり面と向かうと……こういう展開になっちまうか)

 純粋な強さ弱さの問題ではなく、幼い頃から上下関係が完全に決まっている間柄あいだがらなのだ。骨のずいまで染み付いた関係性は、そう簡単に振り払えるものではない。
 何より、レイラはこちらのことを知り尽くしている。そこが厄介だ。
 セランも同じことを感じていた様子で、レイラに向ける視線が早くも揺らぎ始めているのが見て取れる。

「あ、あのレイラさん……」

 ここで、恐る恐るといった具合にリーゼが話しかけた。
 すると、それまでは近所の悪ガキ二人を相手にしているかのようだった態度のレイラが、罪悪感を滲ませたような困った表情を浮かべる。

「あー……そんな深刻そうな顔しないで」

 彼女にしては珍しく、決まりが悪そうに後頭部を掻きながらレイラは言った。
 レイラもリーゼに対しては甘い、というか弱い。
 カイル達母子おやこ同様、料理どころか家事全般に全く向いていないレイラも、村での生活はリーゼに依存する割合が大きかったのだ。人間、胃袋を掴まれている相手には頭が上がらなくなるものなのである。

「いやリーゼ、そこはもっと強気に言ってくれ! 日頃言えないこともあるだろうから、いい機会だぞ!」
「そうだ、この駄目母に普段からの不満もぶちまけてくれ!」

 自分達では分が悪いと悟ったカイルとセランがリーゼをあおる。

「お、お前らここぞとばかりに……まったく、リーゼちゃんにこんな不安げな顔させるなんて情けないな。もっと頼りがいというものを持て」

 そしてレイラにも依存の自覚はあるため、どうにか話題をらすべく、負けじとカイルに矛先ほこさきを向けようとする。

「ああ、そこらへんはもう諦めてるから。カイルの負の個性と思って受け入れてるの」
「何か普通に怒られるより心にくるな……」

 達観したかのようなリーゼの物言いには、カイルも流石に傷ついた顔になった。
 先ほどまでの緊張感が一瞬で失われ、故郷でのよくある一幕になりつつあることに、カイルもセランも、そしてリーゼもどこか安堵あんどしていた。
 事前に懸念けねんしていたレイラとの徹底的な対立。そうはならないだろうと予想していたが、やはりほっとしたのだ。

「ごほん……とにかくだ、何度も言ってるけど、あたしはお前達に含むところは一切ないし、敵対するつもりもない」

 このまま話が脱線してぐだぐだし続けるのはまずいと、わざとらしい咳払いまでして気を取り直したレイラは、あくまで立場の違いだと改めて主張する。

「ただこっちにも事情があってね、そしてそれを説明するため……いや、解ってもらうためにここに呼び出したんだ」
「それは解った……じゃあその事情とやらを説明してもらいたい。こっちだってそのために来たんだ」

 言い聞かせるかのような物言いのレイラに、カイルもまた気を引き締める意味で居住いずまいを正し、彼女を正面から見据える。

「勿論だ――と言いたいところだが、まだちょっと都合が悪くてな。そうだな……あと二、三日待ってほしい。宿は用意してあるから、観光でもしててくれ」

 するとレイラはあごに手をやり、何かを思案するような表情を浮かべた。

「何だそりゃ、人を呼びつけといて段取り悪いな」
「……あ?」

 セランが反射的に悪態をつくと、レイラの片眉の角度が軽く上がる。
 レイラと親しい者にはよく解るのだが、これは彼女の機嫌が悪くなったときのサインで、カイル達三人は反射的に身を固くする。

「……だから言っただろ、早かったなって。元々、お前達が来るのはセライアの出産が終わってからだと思っていたから、こっちはそれで予定を立ててたんだよ……それなのに、こんなに早く来やがって」

 責めるような、いや間違いなく責める言い方で、レイラはカイルを睨みつけてくる。
 恐らくあと十日もしないうち、早ければ今日明日にでも、カイルの母親であるセライアに子供が、つまりカイルにとっての妹が生まれる。
 それを解っていながらセライアの側から離れてこの聖王国に来たことが、レイラは気に入らなかったのだ。

「セライアの大事だってのに、こっちの方を優先させるとは何を考えてるんだ」

 そもそも難産になりそうだというので、セライアは無理をしてまで、お産の助けになる神聖魔法の使い手が多い帝都ルオスを訪れていたくらいだ。彼女とは古くからの友人であるレイラも心配なのだろう。

「いや……呼び出したのはそっちで……」

 だがカイルからしてみれば、それも理不尽な話と言える。確かに母親のことも気にはなったが、聖王国に来いと言ったのはレイラなのだから。
 しかしここでカイルは思い出した。そういえばレイラは、昔から言葉が足りなかったことを。
 これぐらい言わなくても解るだろという前提で勝手に判断して行動するため、それで起こったトラブルも一つや二つではない。
 今回もレイラの中では、カイルが来るのは無事に生まれた後でと決まっていたのだろう。

「普通は母親の方を優先するだろうが!」

 カイルは殺気すら籠った怒声に首をすくめる。そして、このまま機嫌をそこねるのはまずいと何とかなだめようとしかけたところで、背後から不意打ちを受ける。

「あ、それはあたしも思ってた。ちょっとくらい待ってもよかったのに……」

 レイラに同意して抗議の声を上げたリーゼに、カイルは裏切られた気分になった。
 リーゼとしても、家族同然であるセライアの出産となれば是非ぜひとも立ち合いたかったが、カイルの緊迫した事情も理解していたので強固に反対はしなかった。しかし不満はあったのだ。

「いやだって……俺がいたって意味ないだろ?」

 そして、無神経で気遣いゼロなカイルの言い訳に、今度はリーゼが憤慨ふんがいする。

「こういうときは家族に側にいてくれた方がいいに決まってるじゃない! そういうところに気を回せないから、カイルは駄目なのよ!」
「いや、だって……そういうのは普通、親父の役目だろ?」

 あまりの剣幕けんまくに、普段は存在そのものを忘れがちな父親に責任を押し付けてしまうカイル。
 さっきは受け入れてくれるって言ったのに……という声にならないカイルの呟きにも構わず、リーゼの駄目出しは更に続いた。

「セライアもこんな薄情な息子を持って可哀想かわいそうに……」

 多分に芝居がかった動作であるのは明らかながら、レイラが怒りよりなげきを多分に含ませた深い溜息をつく。
 それに同意するかのような侮蔑ぶべつの視線を、はじめに同意したリーゼのみならず、これまで黙って話を聞いていたウルザとシルドニアまでが、カイルに投げかけ始めた。

「……じゃあ宿屋の方に行くよ」

 四面楚歌しめんそかを味わいつつあるカイルは逃げるように、というか実際に逃げるために、その場を離れようとした。

「北部地区にある『森の湖畔こはん』という名の宿で、あたしの名前を出せばいい。ああそれと……」

 レイラは、ここまで一切の口出しをせず、黙ってカイルの後に続こうとしていたミナギの背に声をかける。

「……ソウガも今は所用で不在だ。ただやっぱり数日後には戻って来る。安心していいぞ」
「…………」

 ミナギは一瞬だけ動きを止めたものの、やはりレイラに目を向けないままカイルについて歩いていく。
 レイラもそれ以上は何も言わず、肩をすくめ、後で連絡するとだけ言い残して立ち去った。

「いいのか?」
「ええ……」

 カイルが声をかけるが、ミナギは言葉少なだ。
 ミナギは元々口数の多い方ではないが、ガルガン帝国の戦場でソウガに再会して以降は特に物静かで、この聖王国までの道中も皆の後を影のようについてくるだけだった。
 どこか顔色も悪く、リーゼやカイルはずっと気にしていたのだ。

「大丈夫?」

 リーゼも心配そうに言うが、ミナギは更に表情を固くするだけである。

「……それよりもカイル、以前ここに来たことがあるの?」

 誤魔化ごまかすかのような、あるいはふと口をついたかのようなミナギの質問に、前を歩いていたカイルは足を止める。

「……何でだ?」

 怪訝けげんそうな顔をして振り向いたカイルだったが、内心の動揺を全く出さなかったことについては自分で自分を褒めたい気分だった。

「妙に迷いのない足取りだったから、気になっただけ」

 誰しも、初めての地ならばその歩みは周りを確認しながらになり、普段の歩き方とは差が出るものだ。宿名を聞いただけで動き始め、足取りに迷いのないカイルを、ミナギは不思議に思ったのだろう。

「北部地区と言っていたからな、単に北に向かっただけだぞ」

 かつてのこの地での苦い記憶がよみがえる中、カイルは淡々と自然な声で答え、上手く誤魔化せたとほっとする。
 なおもミナギが何かしゃべろうとしたとき、それをさえぎるようにセランの声が聞こえた。

「しっかし、何でおふくろはわざわざここに呼び出したんだ?」
「何か意味はあるだろう……色々予想はできるが、まだ何とも言えんな」

 セランが首をひねると、ウルザも思案げな顔になる。
 不意に会話が途切れた形になったが、ミナギにとってもそれほど意味のある話ではなかったらしく、それ以上の追及はなかった。

「カイル、お前は心当たりあるか?」
「解ってもらう、とか言っていたからな……ここでなければいけない理由があるのは間違いないだろうが……やはりこの国の特色である聖地や神々に関係していると思う」

 説明だけならどこでもできるはずなのに呼び出したということは、場所が聖王国であること自体に何か理由があるはず。
 ここで見せたい、感じさせたいものがあるということだ。

「他に何が有名かといえば……やっぱり『輝かしきグローリエス』サキラ王女よね。あたしでさえ知ってるくらいだもの」

輝かしきグローリエス』サキラ王女――この聖王国の王女にして、人族全体で三人しかいない特級魔法の使い手、更に神々の力を借りる神聖魔法をも使えるという特異な王女のことを、リーゼは口にした。
 この聖地を治める聖王家は、神話において大地母神カイリスから人族の中心となって皆を導くよう命じられた、【覚者かくしゃ】と呼ばれた指導者の末裔だと言われている。
 サキラ王女は現在の聖王の一人娘で、つまりは次代の聖王となる。

「どんなお姫様だろ? 会えないかな」

 リーゼは生まれも育ちも一般人である。だが、これまでの旅でジルグス王国やガルガン帝国という世界全体でも頂点に位置する国の王女達に会ったことで距離感というものが麻痺まひしたのか、何でもないことのように言うのであった。

「確か人族史上最高の魔力を持っている……とかいう噂だったな。わらわを差し置いてそのようなことを言われる者がおるとは……面白い」

 そうシルドニアは不敵に笑い、リーゼとはまた違った意味で会ってみたいものだな、とのたまった。

「そもそも見るのも難しいようだがな。あのお姫様達と違ってサキラ王女は滅多に人前には出ず、姿を見る機会なんてまずないそうで、精々せいぜい絵姿が出回ってるくらいだ」

 露天の土産みやげ物屋ものやには、サキラ王女の絵姿が飾ってあるのをあちこちで見かける。その姿は大概が穏やかに微笑ほほえむ銀髪の女性であるものの、よく見ると店によって結構な差異があった。
 つまり実像がはっきりしないくらい人前に出ないということで、それ故に神秘性が増し、崇拝すらされていて、特にこの都市ではほとんど現人神あらひとがみのように扱われている。

「ふーん、どれも美人ではあるな……」

 どの絵姿でも共通しているのは、どこか現実離れした、神々こうごうしささえ感じられる美しい姿であること。しかしその絵姿を見ながら、セランはひどく顔をしかめている。

「どうした? いつものようにはしゃがないのか?」

 いつもなら美人と聞けばすぐに反応するセランなのだが、今日に限って妙に大人しいのをウルザがいぶかしんだ。

「いや、流石に今までの経緯からしてなあ……何かあるんじゃないかと疑っちまう……」

 ジルグス国やガルガン帝国の名だたる美姫達の、噂や想像とかけ離れた実情を見て理想と現実の違いを思い知ったのか、苦い顔にならざるを得ないらしい。

「とはいえやはり見られるものなら見てみたいし、会えるなら会ってみたいがな」
「ま、さっきも言ったが、そうそう会えるものでもないからな、気にすることはないだろ」

 カイルは何気なくそう言い放ったのだが、他の皆は「またそういうことを言う……」と呆れ顔で嘆息たんそくし、妙に確信フラグめいた予感を覚えていたのだった。
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