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4巻
4-2
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3
翌日の昼頃、カイルは『暁の火竜亭』を再度訪れた。
今日はカイル一人だ。他の面々には森に入るための準備を進めてもらっている。
店内では何組もの冒険者達が何かしらの雑談をしていたが、カイルの姿を見た途端、一斉に好意的でない視線を突き刺してきた。
壁を見れば、カイルの依頼書は最も目立たない隅に貼られており、それだけで歓迎されていないのが解った。
随分と嫌われたな、と心の中で苦笑するが、ある意味予定通り。あえて無視して、そのままカウンターの、これまた苦虫をかみつぶしたかのような顔でカイルを見ている店主に話しかける。
「その表情から大体予想はつくが、依頼を請けようというヤツはいなさそうだな」
内心を隠して少し残念そうに装ったカイルが尋ねると、店主は眉をひそめたまま頷いた。
「そうか、残念だな……」
カイルは軽くため息をつき、じゃあ依頼は取り下げようと伝え、早々に引き上げようとした。その時、背後から声がかかった。
「一応忠告しておく。いつ出発予定か知らんが、どんなに高額でもその依頼を請けるヤツはいないぞ」
声の主は、がっしりとした体格の大柄な戦士だ。昨日は見なかった男だなとカイルは思った。
装備はカイルの目から見ても一級品で、充分に使い込まれており、その物腰や独特の雰囲気からも、歴戦の猛者だと解る。
「えっと……名前を聞いてもいいかな」
「ゲツガだ」
愛想のかけらもなく、男は簡潔に名乗る。
何か言いたそうだった他の冒険者達は勿論、店主まで黙ったところを見ると、相当な信頼を得ているようだ。
カイルも名乗ろうとしたが、それに構わずゲツガは一方的に喋り出す。
「色々と時期が悪い。まず、最近は密猟が多いんだ」
「密猟? この国じゃ魔獣の狩りは無制限のはずだが?」
エッドスにおいて魔獣はいわば特産品の一つ。魔獣狩りはむしろ推奨されている。
「その通りだが、一か所だけ例外がある。森に住むダークエルフ達の自治領、そこだけは立ち入り禁止なんだ」
ダークエルフ――エルフよりも更に閉鎖的な種族で、人間の住む地域で姿を見ることはまずない。外見はエルフと酷似しているが、肌の色は闇に近い褐色で、白い肌の多いエルフとは対照的だ。
「ダークエルフ達はエッドスができる前からあの森に住んでいる。建国の際に不可侵の条約を結んでいたとかで自治を認められていて、今でも居住地一帯にはダークエルフの許可がなければ入れない決まりになっている」
もっともダークエルフから許可を得たヤツなんていないがな、と過去の苦労を思い出したのか、ゲツガは苦笑している。
「そして知恵を持つ一部の幻獣、特にユニコーンなんかは完全にダークエルフ達と共存していて、手が出せないんだ」
ユニコーンとは、見た目は白馬で、頭部に角が生えている幻獣だ。
その角は回復に関係する魔法薬の材料において最も価値のあるものとされ、それ故狙われ続けてきた。今では大陸全体でもほとんど見かけられず、このエッドスに僅かばかりの数が棲息しているだけだ。
現在の相場だと、ユニコーンの角は同じ重さの黄金よりもはるかに価値が高くなっている。
「だが最近、その自治領に無断で侵入し、狩りを行っている奴らがいるらしい。そのせいでダークエルフ達は警戒……いやほとんど敵対状態になっていて、近づいただけで攻撃されてしまう。既にトラブルになり、命からがら逃げ出してきた奴も多数いて……そして、『竜の巣』に向かうにはダークエルフの居住地域を絶対に通らなければならない」
「なるほど……森の中でダークエルフ達と戦うなんて、ほとんど自殺行為だしな」
エルフと同じく森の住人と称えられる彼らの領域で戦うなど、愚の骨頂と言える。
「あともう一つ、ドラゴンが最近妙に活発に行動しているんだ」
ドラゴンの国と言われているエッドスだが、それでも年に一回遠くを飛ぶ姿が見られるか、くらいでしかない。それほど人間とドラゴンの棲む世界は離れている。
だがこのひと月の間は事情が異なり、何度も目撃されていた。森で狩りを行っていた一部の冒険者に至っては、かなり至近距離でドラゴンを見かけたと言うのだ。
「目撃情報からすれば同じドラゴンのようで、色々な場所に出現している……むやみに刺激したくないし、出会いたくもないのでな。皆全体的に森に入るのを控えている」
「なるほど……それでか」
昼間だというのに妙に店内に冒険者達が多いのを見て、カイルは納得する。ドラゴンとの遭遇は、熟練の冒険者にとってもそれだけ警戒すべきことなのだろう。
「そして最後に……こっちの理由は自覚しているだろう?」
ゲツガがかなりきつい目つきでカイルを睨む。
カイルもさすがに少しばつが悪くなり、軽く頬を掻く。
「あ~……しかし、それにしてはやけに親切だな?」
「親切なんかじゃないさ……早い話が、とっとといなくなってくれ、ってことだ」
確かにゲツガの口調は、親切とはほど遠い。
「それでも俺にとってはありがたい忠告さ……じゃあその忠告通り、この依頼は取り下げることにするよ」
カイルは壁に向かい、自ら依頼書を剥がした。
「いいのか? 前金は返さないぞ?」
店主が少し驚いたように言う。これでは無駄に大金を払っただけでしかないからだ。
「ああ、かまわない。金さえ積めば請けてもらえると思っていた俺が甘かっただけさ」
もっとも目的は果たしたがな、とカイルは心の中で付け足した後、さっさと店を出ていこうとする。
「最後に一つだけ聞きたい、お前は何をしに『竜の巣』に行くんだ?」
そんなカイルの様子が気になったのか、店を出ようとするカイルの背中にゲツガが疑問を投げかける。
「……なに、ちょっと話し合いに行くだけさ」
意味ありげな笑みを浮かべた後、カイルは店を出た。
『暁の火竜亭』を出て、カイルは大通りを歩き始める。
すると、フードを被って人相を解らなくした何者かが、音もなく、それでいて自然な動きで近寄ってきて、その斜め前を歩く。
「……どうだったの?」
どういう技術なのか、前を歩いているというのに、その声はカイルにもはっきりと聞こえた。
「ああ、予定通りだったよ。ミナギの方はどうだ?」
近寄ってきた人影――ミナギにカイルは小声で答える。
周りからは二人が別々に歩いているだけにしか見えないだろう。
「ええ、こっちも問題ないわ。数日もすればカイルが『竜の巣』に向かったって噂が広まると思う」
カイルは、案内人を請ける冒険者が現れるとは初めから期待していなかった。
それでも依頼を出したのは、これから『竜の巣』に向かうということを宣伝するため。つまり依頼すること自体が重要だったのだ。
ミナギにはそれに尾ひれをつけるように街中に噂をばらまいてもらっていた。
大金を払ってでも『竜の巣』に向かいたい理由は何か――憶測は憶測を呼び、あっという間に広まってくれるだろう。
「でも面倒な真似するわね」
「後々必要になってくるから念を入れて広めておきたかったのもあるが……これからはとにかく目立つように行動したいのでな」
一挙手一投足が注目されるような英雄になるのが、カイルの目的だ。
「ドラゴンとの交渉も英雄になるための一環なのでしょうけど……本気でやるつもり?」
本気、と言うより正気を疑うかのようにミナギが聞く。
「ああ、無茶かもしれないが無謀ではない。ちゃんと成功の見込みがあってのことだ」
そしてこれは、どうしてもやらなきゃいけないことなんだ――カイルはそう心の中で付け加える。
それこそ人族の存亡にかかわることなのだから。
歴史上、人族と魔族双方に対して常に中立、というか自ら率先して関わることのなかったドラゴン達であったが、前世で起きた人類の存続を懸けた戦いである『大侵攻』時には魔族の味方をし、人族を攻撃した。
これに関しては、ドラゴンについて詳しかったシルドニアも大いに驚いていた。
誇り高いドラゴン達が魔族に従う形で協力するなど、到底考えられなかったからだ。
おそらくなんらかの理由で手を貸さざるを得なかったのだろう、とシルドニアは推測している。実際、直接対峙したカイルの目から見ても、ドラゴンの攻撃は散発的で効率が悪く、明らかに嫌々行っていると感じられた。
もしドラゴン達が積極的に攻めて来ていたら、人族は間違いなく滅んでいただろうから、その点では幸運だった。
だが幸運に頼っている訳にはいかない。ドラゴンには中立を守ってもらうか、できれば人族に味方してもらいたい。そのための交渉だった。
(魔族の味方をした……いや味方せざるを得なかった理由も知りたいところだな)
ドラゴン側から進んで魔族に協力することは、間違いなくない。だから最悪でも、魔族には協力しないよう、先に約束を取り付けたい。
この交渉に関しては充分成功の目がある、というのがシルドニアの意見だった。
人族が最も勢力を誇った古代魔法王国ザーレスの時代、つまり今から千年以上前の話だが、当時はドラゴンともある程度交流があったという。シルドニアは「少なくとも問答無用で攻撃されることはない」と自信ありげだ。
「あのシルドニアが伝説の『魔法王』というのは……いまだに信じがたいのだけど」
以前ガルガン帝国の晩餐会にて、シルドニアと料理を取り合ったことを思い出しながら、ミナギは頭痛でもしたかのように眉間を人差し指で押さえる。
「まあいいわ、それと例のアレだけど、どう……」
すればいい――ミナギがそう聞こうとした時、背後から声がかかった。
「待ってください!」
何やら切羽詰まった声だった。
4
一行が振り向くと、そこに立っていたのはおそらくカイルより少し年下くらいの少女だった。
革鎧の上に実用一点張りの丈夫そうなマントを羽織り、頭は厚手の帯状の布を巻きつけて覆っている。それに加えて小型の弓と矢筒を背にしょった、典型的なレンジャー姿だ。
少し幼いながらも整った顔立ちの美しい少女は、芯の強そうな目でカイルを見つめている。
その目を見た時、カイルは妙な心のざわつきを覚えたが、それを抑え、冷静に話しかける。
「俺に何か用かな?」
この時点でミナギの姿はもうない。
彼女の役目は完全な裏方であり、人前で一緒にいるところを見せない方が色々と都合が良いのだ。
「カイルさんですね! わたしはエリナと言います。あの……『竜の巣』への案内人を探していると聞きました! わたしを雇ってくれませんか! お願いします!」
エリナが、地面に擦り付けんばかりの勢いで頭を下げて頼み込んでくる。
「あ~……」
カイルはやっぱり来たかという思いで頬を掻きながら、少女を見ていた。
「も、もう決まってしまったのでしょうか?」
カイルの反応に焦ったようにエリナが聞く。
「いや、まだだが……」
「だったら是非お願いします! わたしは薬草などの採集専門で、森には毎日のように入っていますので!」
必死とすら言えるアピールだったが、カイルはどう断ったものかと悩んでいた。
案内人を雇おうとしたのはあくまで『竜の巣』に向かうことを広めるための布石で、本当に雇うつもりはなかった。
ただ、目立つために依頼料を十万ガドルという大金にしたので、たとえ冒険者に評判の悪いカイルが依頼人でも、あるいは請けようとする者が現れるという可能性はあった。
それを回避するために、周りの評価にも気を使うような一流の冒険者が集まる『暁の火竜亭』に依頼し、一日と経たずに取り下げたのだ。
もし売り込みがあった場合、当初の予定では適当に難癖をつけて断る考えだった。エリナの場合なら、若すぎるという点が断る理由になるだろう。
そして、もう一つ気になる点があった。
「一つ確認したいが……俺が依頼をしたのは『暁の火竜亭』で、君はそこに所属している訳ではない、そうだな?」
先ほどの店内にエリナがいなかったことを思い出しながら、カイルが聞く。
「…………はい。カイルさんが大金を出して『竜の巣』への案内人を探していると聞いて、急いで駆けつけました」
エリナはうつむきながら絞り出すように声を出す。
冒険者の酒場に依頼した場合、その酒場に所属している冒険者しか、その依頼を請けられない。
こういった依頼への横入り禁止が明文化されている訳ではないが、暗黙の了解として広く受け入れられている。
もしそんなことをして噂が広まれば、冒険者としての信用を失うことになる。
「それがどういう意味を持っているか解ってるのか?」
「構いません、何ならこの依頼を最後に冒険者を辞めてもいいです!」
それは覚悟のこもった本気の目だった。
既に『暁の火竜亭』への依頼は取り下げているので正確には横入りではないのだが、エリナ自身、暗黙の了解を破っていると自覚しているようだ。
今二人が話している場所は大通りだ。既に道行く周りの人々からも注目されつつある。この噂はすぐに広がるだろう。
「そこまでして請けたい理由は……」
「勿論お金のためです。どうしても必要なんです」
はっきりと、エリナは言い切った。
「そうか……」
何のために必要か、カイルはあえて聞かなかった。金がいる理由など人それぞれだし、安易に踏み込むべきではないからだ。
ただエリナが、後がない背水の陣で自分の前に立っていることだけは理解できた。
「あ、あの……今ダークエルフ達が他の人族を排除しようとしているのはご存知でしょうか? 私はあの付近にも詳しいんです!」
エリナが何とかカイルの興味を引こうと更に必死に訴える中、カイルはダークエルフという言葉に反応した。
「それは本当か? できればダークエルフ達とは接触せずに『竜の巣』に向かいたいんだが」
「は、はい! 母も元冒険者で、その母が作った詳細な地図もあります!」
エリナはここぞとばかりに売り込んでくる。
「う~ん…………」
ここでカイルは考え込んでしまう。
本当に雇うつもりはなかった案内人だが、ダークエルフの件は予想外だったのも事実。カイルも無用なトラブルは起こしたくはない。
エリナの案内で本当にダークエルフとの接触を避けられるなら、雇う価値はあるはずだ。
「……解った、雇おう。ただし報酬は依頼が終わった後で、前金は無し。それでいいか?」
「あ、ありがとうございます! 頑張ります!」
それまで悲壮なまでに思いつめ、真剣な顔をしていたエリナが、心からほっとしたような顔で笑顔を見せた。
「出発は明日の夜明けで、東門に来てくれ」
「解りました! 出発の準備をしてきますので失礼します!」
エリナは大きく頭を下げた後、走り去っていった。
その後ろ姿を見送ったカイルは、また自分でも解らない奇妙な感覚に捉われた。それから頭を軽く振って、リーゼ達との待ち合わせの場所に向かうのだった。
リーゼ達との待ち合わせ場所は街の中心部にある広場だ。そこはこのリネコルで最も賑やかな場所でもある。
石畳で舗装された広場は常時人で溢れていた。敷物の上に怪しげな商品を並べるうさん臭い露天商や、軽業で拍手と銅貨を集めている大道芸人、大声で辻説法をしている秩序と法を司るレヴァイン神の信者など、多種多様な顔ぶれである。
分けても一番目立つのは、この国の特色ともいうべき冒険者達だ。
狩りの成果らしき虹色に輝く煌びやかな毛皮や、幼児の身長ほどもあろうかという巨大な牙を誇らしげに身につけて闊歩している。
そんな人々でごった返している広場だが、中心部の水場兼噴水の傍にいたリーゼとウルザ、シルドニアの三人の美しさは特に目立っており、すぐに合流できた。
シルドニアはいつもの通り、屋台の品を買いこんでいる。エッドスの名物だという食用に適した魔獣の肉焼き、香草で包んだ串焼きを両手いっぱいに持って、ご満悦だ。
リーゼとウルザも同じく屋台で買い物をしたらしく、果汁を冷やした水で割ったものを飲んで、ひと息ついている。
「お疲れ様……セランはどうした?」
カイルは旅の準備をしてくれた労をねぎらった後、見かけないセランのことを尋ねる。
「またどっかふらふらしてるわよ。もう少しで来ると思う」
いつものこと、とリーゼが呆れたようにため息混じりに答える。
「やはり冒険者の国だな、食料や日用品なども全部質のいいのが揃っていた。これで準備万端で明日出発できる……そっちはどうだった?」
ウルザが今日の買い出しの成果に満足しつつ、カイルに聞いた。
「ああ、結局案内人を雇うことになった」
「案内人は雇わないんじゃなかったのか?」
「それが少々事情が変わってな……」
カイルが密猟とダークエルフの件を説明すると、ウルザが難しい顔になった。
「ダークエルフか……私もダークエルフには会ったことがないのだが、とにかく他の人族に関わろうとしない連中らしい……エルフの私が言うのも何だがな」
エルフとダークエルフは元々一つの種族だったが、遥か昔の神話の時代に二つに分かれたと言われている。
エルフにとっては特に敵対している訳でもなく、かといって親しい訳でもない、いわば顔も見たことのない遠い親戚のようなものらしい。
「他には何か知っているか?」
カイルもダークエルフについては詳しくなかった。『大侵攻』の最中にダークエルフとも共闘したが、碌に会話できなかった。
「そうだな……エルフのように、精霊魔法にはあまり適性がない。そのためか弓の扱いに優れていたり、様々な錬金術に詳しかったりするらしいが……森で敵対すると厄介なのは間違いない。避けて通れるのならば、それに越したことはない」
エルフである自分がいてもどうなるかわからない、とウルザは言う。
「となるとその案内人が大事じゃな。どういう奴なんじゃ?」
「あ、ああ……それが……」
シルドニアが聞くと、カイルは少しためらいながら、自分のことを必死に売り込んできたエリナのことを話した。
「ふ~ん……女の子なんだ、それも何か勢いで雇ったみたいね」
カイルの説明を聞くにつれ、リーゼの目つきが段々険しくなっていく。
「しかしそんなにすぐに雇って良かったのか? 実力のほども確認してないというのに」
ウルザも顔をしかめて軽くカイルを睨む。金が欲しいだけの騙り者かもしれないと言っているのだ。
「うん? ……えっとたぶん大丈夫だと思うが……地図もあると言っていたし……」
「では何らかの目的があって、接触してきたという可能性は?」
「いや……それも無い……と思う……多分」
どんどんカイルの声が小さくなっていく。
エリナが現在最も警戒すべきメーラ教徒だったり、あるいはガルガン帝国の密偵だったりなど、何らかの目的を持っている可能性を全く考えていなかったことに、カイルは今になって気付いた。
(確かに嘘を言っているようには思わなかったが……何故俺はそういった可能性を考えなかった?真っ先に疑うべきことなのに)
まるでリーゼ達と対するように、無条件に信用してしまっていたのだ。
「ふむ、さては情にほだされたか?」
シルドニアが意地の悪そうな笑顔で言う。
「……全く同情していないとは言わないが、嘘を言っているようには思えなかったし、成功報酬ということにも納得していたからな……」
エリナの必死さから金に困っていたのは間違いないだろうが、それだけで雇った訳ではない……とカイルは自分に言い聞かせるように答える。
「要するに可愛かったからだろ?」
いつの間にか来ていたセランが、カイルの背後から話に加わる。
「ああ、可愛いのは認めるが……って余計なことを言うな!」
「ははは、可愛い女の子が困って必死になってたら、力になってやりたいのは当然だしな」
気持ちはよく解る、と頷きながらカイルの肩を叩くセラン。
「ふ~ん、やっぱり可愛い女の子には弱いのね」
「前々から思っていたが、異性に関してはセランよりカイルの方が性質が悪いかもしれんな……」
リーゼとウルザが冷たい視線をカイルに突き刺す。
「結局男というものは千年たっても変わらぬということか」
シルドニアは何やら昔を思い出したのか、しみじみと語る。
「お前ら……好き勝手言ってくれるな」
頭を抱えてしまうが、まるで反論できないカイルだった。
翌日の昼頃、カイルは『暁の火竜亭』を再度訪れた。
今日はカイル一人だ。他の面々には森に入るための準備を進めてもらっている。
店内では何組もの冒険者達が何かしらの雑談をしていたが、カイルの姿を見た途端、一斉に好意的でない視線を突き刺してきた。
壁を見れば、カイルの依頼書は最も目立たない隅に貼られており、それだけで歓迎されていないのが解った。
随分と嫌われたな、と心の中で苦笑するが、ある意味予定通り。あえて無視して、そのままカウンターの、これまた苦虫をかみつぶしたかのような顔でカイルを見ている店主に話しかける。
「その表情から大体予想はつくが、依頼を請けようというヤツはいなさそうだな」
内心を隠して少し残念そうに装ったカイルが尋ねると、店主は眉をひそめたまま頷いた。
「そうか、残念だな……」
カイルは軽くため息をつき、じゃあ依頼は取り下げようと伝え、早々に引き上げようとした。その時、背後から声がかかった。
「一応忠告しておく。いつ出発予定か知らんが、どんなに高額でもその依頼を請けるヤツはいないぞ」
声の主は、がっしりとした体格の大柄な戦士だ。昨日は見なかった男だなとカイルは思った。
装備はカイルの目から見ても一級品で、充分に使い込まれており、その物腰や独特の雰囲気からも、歴戦の猛者だと解る。
「えっと……名前を聞いてもいいかな」
「ゲツガだ」
愛想のかけらもなく、男は簡潔に名乗る。
何か言いたそうだった他の冒険者達は勿論、店主まで黙ったところを見ると、相当な信頼を得ているようだ。
カイルも名乗ろうとしたが、それに構わずゲツガは一方的に喋り出す。
「色々と時期が悪い。まず、最近は密猟が多いんだ」
「密猟? この国じゃ魔獣の狩りは無制限のはずだが?」
エッドスにおいて魔獣はいわば特産品の一つ。魔獣狩りはむしろ推奨されている。
「その通りだが、一か所だけ例外がある。森に住むダークエルフ達の自治領、そこだけは立ち入り禁止なんだ」
ダークエルフ――エルフよりも更に閉鎖的な種族で、人間の住む地域で姿を見ることはまずない。外見はエルフと酷似しているが、肌の色は闇に近い褐色で、白い肌の多いエルフとは対照的だ。
「ダークエルフ達はエッドスができる前からあの森に住んでいる。建国の際に不可侵の条約を結んでいたとかで自治を認められていて、今でも居住地一帯にはダークエルフの許可がなければ入れない決まりになっている」
もっともダークエルフから許可を得たヤツなんていないがな、と過去の苦労を思い出したのか、ゲツガは苦笑している。
「そして知恵を持つ一部の幻獣、特にユニコーンなんかは完全にダークエルフ達と共存していて、手が出せないんだ」
ユニコーンとは、見た目は白馬で、頭部に角が生えている幻獣だ。
その角は回復に関係する魔法薬の材料において最も価値のあるものとされ、それ故狙われ続けてきた。今では大陸全体でもほとんど見かけられず、このエッドスに僅かばかりの数が棲息しているだけだ。
現在の相場だと、ユニコーンの角は同じ重さの黄金よりもはるかに価値が高くなっている。
「だが最近、その自治領に無断で侵入し、狩りを行っている奴らがいるらしい。そのせいでダークエルフ達は警戒……いやほとんど敵対状態になっていて、近づいただけで攻撃されてしまう。既にトラブルになり、命からがら逃げ出してきた奴も多数いて……そして、『竜の巣』に向かうにはダークエルフの居住地域を絶対に通らなければならない」
「なるほど……森の中でダークエルフ達と戦うなんて、ほとんど自殺行為だしな」
エルフと同じく森の住人と称えられる彼らの領域で戦うなど、愚の骨頂と言える。
「あともう一つ、ドラゴンが最近妙に活発に行動しているんだ」
ドラゴンの国と言われているエッドスだが、それでも年に一回遠くを飛ぶ姿が見られるか、くらいでしかない。それほど人間とドラゴンの棲む世界は離れている。
だがこのひと月の間は事情が異なり、何度も目撃されていた。森で狩りを行っていた一部の冒険者に至っては、かなり至近距離でドラゴンを見かけたと言うのだ。
「目撃情報からすれば同じドラゴンのようで、色々な場所に出現している……むやみに刺激したくないし、出会いたくもないのでな。皆全体的に森に入るのを控えている」
「なるほど……それでか」
昼間だというのに妙に店内に冒険者達が多いのを見て、カイルは納得する。ドラゴンとの遭遇は、熟練の冒険者にとってもそれだけ警戒すべきことなのだろう。
「そして最後に……こっちの理由は自覚しているだろう?」
ゲツガがかなりきつい目つきでカイルを睨む。
カイルもさすがに少しばつが悪くなり、軽く頬を掻く。
「あ~……しかし、それにしてはやけに親切だな?」
「親切なんかじゃないさ……早い話が、とっとといなくなってくれ、ってことだ」
確かにゲツガの口調は、親切とはほど遠い。
「それでも俺にとってはありがたい忠告さ……じゃあその忠告通り、この依頼は取り下げることにするよ」
カイルは壁に向かい、自ら依頼書を剥がした。
「いいのか? 前金は返さないぞ?」
店主が少し驚いたように言う。これでは無駄に大金を払っただけでしかないからだ。
「ああ、かまわない。金さえ積めば請けてもらえると思っていた俺が甘かっただけさ」
もっとも目的は果たしたがな、とカイルは心の中で付け足した後、さっさと店を出ていこうとする。
「最後に一つだけ聞きたい、お前は何をしに『竜の巣』に行くんだ?」
そんなカイルの様子が気になったのか、店を出ようとするカイルの背中にゲツガが疑問を投げかける。
「……なに、ちょっと話し合いに行くだけさ」
意味ありげな笑みを浮かべた後、カイルは店を出た。
『暁の火竜亭』を出て、カイルは大通りを歩き始める。
すると、フードを被って人相を解らなくした何者かが、音もなく、それでいて自然な動きで近寄ってきて、その斜め前を歩く。
「……どうだったの?」
どういう技術なのか、前を歩いているというのに、その声はカイルにもはっきりと聞こえた。
「ああ、予定通りだったよ。ミナギの方はどうだ?」
近寄ってきた人影――ミナギにカイルは小声で答える。
周りからは二人が別々に歩いているだけにしか見えないだろう。
「ええ、こっちも問題ないわ。数日もすればカイルが『竜の巣』に向かったって噂が広まると思う」
カイルは、案内人を請ける冒険者が現れるとは初めから期待していなかった。
それでも依頼を出したのは、これから『竜の巣』に向かうということを宣伝するため。つまり依頼すること自体が重要だったのだ。
ミナギにはそれに尾ひれをつけるように街中に噂をばらまいてもらっていた。
大金を払ってでも『竜の巣』に向かいたい理由は何か――憶測は憶測を呼び、あっという間に広まってくれるだろう。
「でも面倒な真似するわね」
「後々必要になってくるから念を入れて広めておきたかったのもあるが……これからはとにかく目立つように行動したいのでな」
一挙手一投足が注目されるような英雄になるのが、カイルの目的だ。
「ドラゴンとの交渉も英雄になるための一環なのでしょうけど……本気でやるつもり?」
本気、と言うより正気を疑うかのようにミナギが聞く。
「ああ、無茶かもしれないが無謀ではない。ちゃんと成功の見込みがあってのことだ」
そしてこれは、どうしてもやらなきゃいけないことなんだ――カイルはそう心の中で付け加える。
それこそ人族の存亡にかかわることなのだから。
歴史上、人族と魔族双方に対して常に中立、というか自ら率先して関わることのなかったドラゴン達であったが、前世で起きた人類の存続を懸けた戦いである『大侵攻』時には魔族の味方をし、人族を攻撃した。
これに関しては、ドラゴンについて詳しかったシルドニアも大いに驚いていた。
誇り高いドラゴン達が魔族に従う形で協力するなど、到底考えられなかったからだ。
おそらくなんらかの理由で手を貸さざるを得なかったのだろう、とシルドニアは推測している。実際、直接対峙したカイルの目から見ても、ドラゴンの攻撃は散発的で効率が悪く、明らかに嫌々行っていると感じられた。
もしドラゴン達が積極的に攻めて来ていたら、人族は間違いなく滅んでいただろうから、その点では幸運だった。
だが幸運に頼っている訳にはいかない。ドラゴンには中立を守ってもらうか、できれば人族に味方してもらいたい。そのための交渉だった。
(魔族の味方をした……いや味方せざるを得なかった理由も知りたいところだな)
ドラゴン側から進んで魔族に協力することは、間違いなくない。だから最悪でも、魔族には協力しないよう、先に約束を取り付けたい。
この交渉に関しては充分成功の目がある、というのがシルドニアの意見だった。
人族が最も勢力を誇った古代魔法王国ザーレスの時代、つまり今から千年以上前の話だが、当時はドラゴンともある程度交流があったという。シルドニアは「少なくとも問答無用で攻撃されることはない」と自信ありげだ。
「あのシルドニアが伝説の『魔法王』というのは……いまだに信じがたいのだけど」
以前ガルガン帝国の晩餐会にて、シルドニアと料理を取り合ったことを思い出しながら、ミナギは頭痛でもしたかのように眉間を人差し指で押さえる。
「まあいいわ、それと例のアレだけど、どう……」
すればいい――ミナギがそう聞こうとした時、背後から声がかかった。
「待ってください!」
何やら切羽詰まった声だった。
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一行が振り向くと、そこに立っていたのはおそらくカイルより少し年下くらいの少女だった。
革鎧の上に実用一点張りの丈夫そうなマントを羽織り、頭は厚手の帯状の布を巻きつけて覆っている。それに加えて小型の弓と矢筒を背にしょった、典型的なレンジャー姿だ。
少し幼いながらも整った顔立ちの美しい少女は、芯の強そうな目でカイルを見つめている。
その目を見た時、カイルは妙な心のざわつきを覚えたが、それを抑え、冷静に話しかける。
「俺に何か用かな?」
この時点でミナギの姿はもうない。
彼女の役目は完全な裏方であり、人前で一緒にいるところを見せない方が色々と都合が良いのだ。
「カイルさんですね! わたしはエリナと言います。あの……『竜の巣』への案内人を探していると聞きました! わたしを雇ってくれませんか! お願いします!」
エリナが、地面に擦り付けんばかりの勢いで頭を下げて頼み込んでくる。
「あ~……」
カイルはやっぱり来たかという思いで頬を掻きながら、少女を見ていた。
「も、もう決まってしまったのでしょうか?」
カイルの反応に焦ったようにエリナが聞く。
「いや、まだだが……」
「だったら是非お願いします! わたしは薬草などの採集専門で、森には毎日のように入っていますので!」
必死とすら言えるアピールだったが、カイルはどう断ったものかと悩んでいた。
案内人を雇おうとしたのはあくまで『竜の巣』に向かうことを広めるための布石で、本当に雇うつもりはなかった。
ただ、目立つために依頼料を十万ガドルという大金にしたので、たとえ冒険者に評判の悪いカイルが依頼人でも、あるいは請けようとする者が現れるという可能性はあった。
それを回避するために、周りの評価にも気を使うような一流の冒険者が集まる『暁の火竜亭』に依頼し、一日と経たずに取り下げたのだ。
もし売り込みがあった場合、当初の予定では適当に難癖をつけて断る考えだった。エリナの場合なら、若すぎるという点が断る理由になるだろう。
そして、もう一つ気になる点があった。
「一つ確認したいが……俺が依頼をしたのは『暁の火竜亭』で、君はそこに所属している訳ではない、そうだな?」
先ほどの店内にエリナがいなかったことを思い出しながら、カイルが聞く。
「…………はい。カイルさんが大金を出して『竜の巣』への案内人を探していると聞いて、急いで駆けつけました」
エリナはうつむきながら絞り出すように声を出す。
冒険者の酒場に依頼した場合、その酒場に所属している冒険者しか、その依頼を請けられない。
こういった依頼への横入り禁止が明文化されている訳ではないが、暗黙の了解として広く受け入れられている。
もしそんなことをして噂が広まれば、冒険者としての信用を失うことになる。
「それがどういう意味を持っているか解ってるのか?」
「構いません、何ならこの依頼を最後に冒険者を辞めてもいいです!」
それは覚悟のこもった本気の目だった。
既に『暁の火竜亭』への依頼は取り下げているので正確には横入りではないのだが、エリナ自身、暗黙の了解を破っていると自覚しているようだ。
今二人が話している場所は大通りだ。既に道行く周りの人々からも注目されつつある。この噂はすぐに広がるだろう。
「そこまでして請けたい理由は……」
「勿論お金のためです。どうしても必要なんです」
はっきりと、エリナは言い切った。
「そうか……」
何のために必要か、カイルはあえて聞かなかった。金がいる理由など人それぞれだし、安易に踏み込むべきではないからだ。
ただエリナが、後がない背水の陣で自分の前に立っていることだけは理解できた。
「あ、あの……今ダークエルフ達が他の人族を排除しようとしているのはご存知でしょうか? 私はあの付近にも詳しいんです!」
エリナが何とかカイルの興味を引こうと更に必死に訴える中、カイルはダークエルフという言葉に反応した。
「それは本当か? できればダークエルフ達とは接触せずに『竜の巣』に向かいたいんだが」
「は、はい! 母も元冒険者で、その母が作った詳細な地図もあります!」
エリナはここぞとばかりに売り込んでくる。
「う~ん…………」
ここでカイルは考え込んでしまう。
本当に雇うつもりはなかった案内人だが、ダークエルフの件は予想外だったのも事実。カイルも無用なトラブルは起こしたくはない。
エリナの案内で本当にダークエルフとの接触を避けられるなら、雇う価値はあるはずだ。
「……解った、雇おう。ただし報酬は依頼が終わった後で、前金は無し。それでいいか?」
「あ、ありがとうございます! 頑張ります!」
それまで悲壮なまでに思いつめ、真剣な顔をしていたエリナが、心からほっとしたような顔で笑顔を見せた。
「出発は明日の夜明けで、東門に来てくれ」
「解りました! 出発の準備をしてきますので失礼します!」
エリナは大きく頭を下げた後、走り去っていった。
その後ろ姿を見送ったカイルは、また自分でも解らない奇妙な感覚に捉われた。それから頭を軽く振って、リーゼ達との待ち合わせの場所に向かうのだった。
リーゼ達との待ち合わせ場所は街の中心部にある広場だ。そこはこのリネコルで最も賑やかな場所でもある。
石畳で舗装された広場は常時人で溢れていた。敷物の上に怪しげな商品を並べるうさん臭い露天商や、軽業で拍手と銅貨を集めている大道芸人、大声で辻説法をしている秩序と法を司るレヴァイン神の信者など、多種多様な顔ぶれである。
分けても一番目立つのは、この国の特色ともいうべき冒険者達だ。
狩りの成果らしき虹色に輝く煌びやかな毛皮や、幼児の身長ほどもあろうかという巨大な牙を誇らしげに身につけて闊歩している。
そんな人々でごった返している広場だが、中心部の水場兼噴水の傍にいたリーゼとウルザ、シルドニアの三人の美しさは特に目立っており、すぐに合流できた。
シルドニアはいつもの通り、屋台の品を買いこんでいる。エッドスの名物だという食用に適した魔獣の肉焼き、香草で包んだ串焼きを両手いっぱいに持って、ご満悦だ。
リーゼとウルザも同じく屋台で買い物をしたらしく、果汁を冷やした水で割ったものを飲んで、ひと息ついている。
「お疲れ様……セランはどうした?」
カイルは旅の準備をしてくれた労をねぎらった後、見かけないセランのことを尋ねる。
「またどっかふらふらしてるわよ。もう少しで来ると思う」
いつものこと、とリーゼが呆れたようにため息混じりに答える。
「やはり冒険者の国だな、食料や日用品なども全部質のいいのが揃っていた。これで準備万端で明日出発できる……そっちはどうだった?」
ウルザが今日の買い出しの成果に満足しつつ、カイルに聞いた。
「ああ、結局案内人を雇うことになった」
「案内人は雇わないんじゃなかったのか?」
「それが少々事情が変わってな……」
カイルが密猟とダークエルフの件を説明すると、ウルザが難しい顔になった。
「ダークエルフか……私もダークエルフには会ったことがないのだが、とにかく他の人族に関わろうとしない連中らしい……エルフの私が言うのも何だがな」
エルフとダークエルフは元々一つの種族だったが、遥か昔の神話の時代に二つに分かれたと言われている。
エルフにとっては特に敵対している訳でもなく、かといって親しい訳でもない、いわば顔も見たことのない遠い親戚のようなものらしい。
「他には何か知っているか?」
カイルもダークエルフについては詳しくなかった。『大侵攻』の最中にダークエルフとも共闘したが、碌に会話できなかった。
「そうだな……エルフのように、精霊魔法にはあまり適性がない。そのためか弓の扱いに優れていたり、様々な錬金術に詳しかったりするらしいが……森で敵対すると厄介なのは間違いない。避けて通れるのならば、それに越したことはない」
エルフである自分がいてもどうなるかわからない、とウルザは言う。
「となるとその案内人が大事じゃな。どういう奴なんじゃ?」
「あ、ああ……それが……」
シルドニアが聞くと、カイルは少しためらいながら、自分のことを必死に売り込んできたエリナのことを話した。
「ふ~ん……女の子なんだ、それも何か勢いで雇ったみたいね」
カイルの説明を聞くにつれ、リーゼの目つきが段々険しくなっていく。
「しかしそんなにすぐに雇って良かったのか? 実力のほども確認してないというのに」
ウルザも顔をしかめて軽くカイルを睨む。金が欲しいだけの騙り者かもしれないと言っているのだ。
「うん? ……えっとたぶん大丈夫だと思うが……地図もあると言っていたし……」
「では何らかの目的があって、接触してきたという可能性は?」
「いや……それも無い……と思う……多分」
どんどんカイルの声が小さくなっていく。
エリナが現在最も警戒すべきメーラ教徒だったり、あるいはガルガン帝国の密偵だったりなど、何らかの目的を持っている可能性を全く考えていなかったことに、カイルは今になって気付いた。
(確かに嘘を言っているようには思わなかったが……何故俺はそういった可能性を考えなかった?真っ先に疑うべきことなのに)
まるでリーゼ達と対するように、無条件に信用してしまっていたのだ。
「ふむ、さては情にほだされたか?」
シルドニアが意地の悪そうな笑顔で言う。
「……全く同情していないとは言わないが、嘘を言っているようには思えなかったし、成功報酬ということにも納得していたからな……」
エリナの必死さから金に困っていたのは間違いないだろうが、それだけで雇った訳ではない……とカイルは自分に言い聞かせるように答える。
「要するに可愛かったからだろ?」
いつの間にか来ていたセランが、カイルの背後から話に加わる。
「ああ、可愛いのは認めるが……って余計なことを言うな!」
「ははは、可愛い女の子が困って必死になってたら、力になってやりたいのは当然だしな」
気持ちはよく解る、と頷きながらカイルの肩を叩くセラン。
「ふ~ん、やっぱり可愛い女の子には弱いのね」
「前々から思っていたが、異性に関してはセランよりカイルの方が性質が悪いかもしれんな……」
リーゼとウルザが冷たい視線をカイルに突き刺す。
「結局男というものは千年たっても変わらぬということか」
シルドニアは何やら昔を思い出したのか、しみじみと語る。
「お前ら……好き勝手言ってくれるな」
頭を抱えてしまうが、まるで反論できないカイルだった。
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