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2巻
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ジルグス王国の王都、マラッド。
二十万人近い人族が住むこの都市は、大陸全土でも有数の大都市で、常時賑わっている。
だがその賑わいもここしばらくの間、影を潜めていた。
「やっぱり影響ってあるもんだな。俺の印象じゃ、王冠かぶってなければただのおっさんのようにしか見えなかったんだが」
窓際で頬杖をつき、普段より人影がまばらな通りの様子を見てぼやいているのは、セランだ。
あの勲章授与式から、つまりレモナス国王が亡くなってから十日が経っている。カイル達はその間、マラッドでも有数の宿に滞在していた。
国王の死の二日後には大々的に国葬が執り行われ、今はマラッド全体が喪に服していた。
スーラ聖王国の聖王のように信仰されているわけでも、ガルガン帝国の皇帝のようにカリスマ性を帯びているわけでもない、凡庸な王と言われていたレモナス王。しかし国民からはそれなりに慕われていたようだ。
劇場なども演目を中止し、いつもなら大道芸人が自慢の芸を披露している大広場も静かで、ただ吟遊詩人だけが王を悼む詩をもの悲しげに詠っている。
「特に大きな失策もない王だったからな、国民にはそれで充分だったんだよ」
そう答えたのは、ベッドに仰向けに寝転びながら自分で作った冊子を見ているカイルだった。
カイルからしてみれば、あんな王のためにご苦労なことだと、内心苦笑いではあったが。
王の突然の死は、ジルグス国に少なからず混乱をもたらした。
またそのあまりに急な死と、直前に起きたミレーナ王女とカレナス王子への魔獣襲撃を結びつけ、他国の陰謀や国内の反抗勢力の示威行為、果ては魔族の仕業ではないかなど、様々な噂がまことしやかに流れていた。
だがそれも全て噂の域を出なかった。この静けさもあくまで一時的なものだ。事実、自粛ムードも次第に薄れつつあり、新たな期待がマラッドに、そしてジルグス国全体に漂い始めている。
「しかしあれだよな、こう言っちゃなんだが、もうちょっと時期を考えて欲しかったぜ。よりによって授与式の夜だもんな、おかげでこっちの影が薄いこと」
セランがまたぼやくように言う。
カイル達は危機に陥った王女を助け、その功績を称えられて勲章を授けられた。
この手の話題が庶民は大好きで、本来なら今頃世間はその話で持ちきりだっただろうが、国王の急死の前にかなりかすんでしまっている。
カイルの目的が英雄になること、知名度を上げることである以上、これは不運だったとセランは嘆いているのだ。
「……逆に考えろ、もし亡くなるのが一日でも早かったら、間違いなく授与式は延期、もしかしたら中止になっていたかもしれない。待ってくれた、そう思えば感謝するしかないだろ」
自分で王を暗殺しておいて、我ながら白々しいな、と思いつつカイルが言った。
「おお、なるほど。そう言われれば確かにそうだな」
「それに実績としてはちゃんと残っているし、もう少し経ったら吟遊詩人でも雇うさ」
吟遊詩人は自ら作った詩や物語だけでなく、依頼されて作った詩も広める。
かなりストレートな売名行為だが、貴族がお抱えの剣闘士を称えたり、冒険者が冒険の成功を宣伝したりするためのこうした依頼は、珍しいことではなかった。
無論、大なり小なり脚色された出来になるのだが。
「なるほど……ならいっそのこと劇団でも雇って、劇場で派手に公演でもさせるか?」
セランは冗談のつもりだったのだが、カイルはそれを聞くと冊子を閉じ、真剣な顔で悩み始めた。
「それもありだな……とはいえまだエピソードが足りないか。将来的には考えてもいいな」
「……あ、俺もなるべく格好良い役で頼むぞ」
「前向きに検討しよう」
セランはどう考えてもお笑い要員だということは、あえて言わないカイルだった。
「で、これからどうするんだ?」
「そうだな、やはりジルグスを離れようとは思っている」
セランの問いに即答するカイル。
「ほう、じゃあどの国に行くんだ?」
「……それが問題なんだよな」
カイルは閉じた冊子をちらりと見て、ため息をついた。
その冊子にはカイルが覚えている限りのこれから起きること、つまり未来のことが書き込まれている。
ジルグスから出国するというのは、ずっと前に決めていたことだ。
今から約三年後に起こる魔族による『大侵攻』によって、人族は壊滅寸前にまで追い込まれる。
それに対抗するため、『大侵攻』までに人族の間で影響力を持ち、抵抗勢力をまとめるというのが、今のカイルの目的だ。
ジルグスにおいては、国の中枢との繋がりを一応は確保できた。とりあえずの足がかりにはなりそうだし、今のところはこれでいい。
このまま留まって更に国内で功績をあげることも考えたが、それではジルグスだけの英雄になってしまうので、新たな地へ行きたいのだ。
問題は行き先だった。
さすがにそう都合よくミレーナ王女襲撃のような、解決することで注目を集められる事件が起きるわけでもない。
できれば有力な権力者や影響力を持つ人と縁を作っていきたいのだが、今のカイル達が関わることができて、それでいて名声を得られそうな出来事はしばらく無いはずだった。
どこか大きな国で盗賊討伐や魔獣退治でもして地道に名をあげていくかな、と考えていると、賑やかな話し声とともに部屋のドアが開かれる。
「ただいまー」
買い物に出かけていたリーゼとウルザ、シルドニアが戻ってきたのだ。
「おかえり、街の様子はどうだった?」
「うーん、やっぱりまだ全体的に活気が無いわね……ただ国葬の時よりかは元に戻りつつある、って感じかな?」
カイルの問いに、大量に買い込んできた食料品を整理しながら、リーゼが答える。
街で買った保存食は味気なくてイヤだとシルドニアが言うので、手作りするらしい。
「屋台も数が少なくてつまらんのう。もう少し種類があってもよいものを」
ゆでたイモや肉の串焼き、一口サイズのパンなど様々な戦利品を持ったシルドニアが言う。
「相変わらずよく食べるな」
「千年以上何も食べておらなかったからのう、いくら食べても足りん」
彼女は魔法王国ザーレスがあらゆる術の粋を集めて生み出した魔法生命体である。本来あと千年、二千年食べなくても問題ないのだが、カイルもそこら辺は突っ込まなかった。
「そう言えばフロントに伝言があったぞ、武具の修理は明日には終わって、店に届くそうだ」
エルフのウルザがそう報告する。
彼女だけは、特に何かを買ってきた様子は無い。
マラッドにはもう十日も滞在しているので、既に買いたいものは無く、今回は付き合いで出かけたのだろう。
「そうか、思ったより早かったな……受け取ったら出発するか」
カイル達がこのマラッドに留まっていたのは、傷んだ武具の修理のためだった。
何十人と斬ったセランの剣はもとより、特にカイルの鎧はドラゴンレザーを加工した特殊なものなので、修理にも時間がかかったのだ。
また魔石や魔法薬といった消耗品を補給したかったのだが、カイル達が使用するのは希少なものばかりだったので、これらが新たに入荷されるのにも時間を要した。
無論カイル達もその間遊んでいたわけではなく、剣や魔法の修業、各国の情勢等の情報収集を行っていた。情報を集めるという点では、やはりここマラッドのような大都市は都合が良かった。
「ただどこに行くかを決めかねていてな、もし意見があったら言ってほしいんだが……」
旅慣れたウルザにカイルが意見を求めようとした時、ノックの音が聞こえ、それに返答する前にドアが開かれる。
「失礼する」
その言葉と共に入ってきたのは、スラリとした長身を白銀のプレートメイルに包み、胸には近衛騎士であることを示す竜の紋章をつけた女性――ジルグス王国近衛騎士第五隊隊長にしてミレーナ王女の側近、キルレンだった。
「全員そろっているようですね、これは都合が良かった。ミレーナ様が皆様にお会いしたいとのことですので、宮殿まで来て頂きたい」
キルレンは驚いているカイル達の反応を意に介すそぶりもなく、淡々と話し始める。
「え? いやその……今はお忙しいのでは?」
明らかに乗り気ではなさそうなカイル。
カイルとしては、できれば今は王女に会いたくなかった。もちろんその理由は、誰にも話すわけにはいかないが。
「確かにその通りですが、これは非公式ながら王命と思っていただきたい。そして私が直接出向いたことが、あなた方を高く評価していることの証と思ってください」
丁寧だが、反論は絶対に許さないと言わんばかりのキルレンの口調。
都合が良いと言ったが、恐らく全員そろうのを見計らっていたのだろう、とカイルは悟った。
「えっと、どういったご用件なのでしょうか? 我々は明日マラッドを出発しようと思っていたのですが」
「私も用件は聞いていません。それほど時間はかからない……と思います、多分。表に馬車を待たせているので、準備が出来次第宮殿に向かいます。お急ぎを」
有無を言わせない迫力のある物言いに、カイルはもう一日早く出発してればよかったかな、と思いつつ、しぶしぶ従うことにした。
急逝した王に代わり、国王に即位するのは、『ジルグスの至宝』と言われ、国民から絶大な支持を得ているミレーナ王女である。
ただ、どうやらミレーナ王女は自らが若輩であるのを理由に、しばらくは今の身分のままで政務を執り、時期を見て女王に即位するとの噂がたっている。
すると、王の座はしばらく空位となる。
僅かな期間とはいえ王制の国で王座が空位となるのは色々問題があるのだが、後継者が健在であり、いずれ即位するのがわかっているので、大きな混乱は無いようだ。
恐らくミレーナ王女は、最も効果的なタイミングを選んで即位する気なのだろう。
そんな強かなミレーナ王女に、カイル達は今から会いに行くのだ。
宮殿に着き、キルレンと別れた後、カイル達は王族専用エリアにある客間に通された。
そこで、カイル達は不相応とも言えるほどの歓待を受ける。
だがしばらく待ってもミレーナ王女が来る気配は無く、来客の世話をする侍従が申し訳なさそうに「もうしばらくお待ちを」と繰り返す。
更にしばらく経った後、ようやくミレーナ王女が先ほど別れたキルレンを従えてやってきた。
「皆様、急にお呼び立てした上、お待たせして申し訳ありませんでした」
そう言って頭を下げる次期女王。人を惹きつける光を――上に立つ者にとって大事なものを生まれ持ったような女性だ。
だがカイルはその光に、ほんの僅かだけ陰りが見えたような気がした。
「ミレーナ様、どうか我々のような者に頭を下げないでください」
なるべく目を合わさないまま、カイルも頭を下げて、慌てたように言う。
「いえ、私は皆様のことを友人と思っております。これは友人を待たせたお詫びと思ってください……できればゆっくりお話ししたいところですが、申し訳ありません。すぐに用件に入らせていただきます」
ミレーナが立ち上がっているカイル達に席を勧める。当然ながら、歓談するために呼び出した訳ではないようだ。
「まず最初に言っておきますが、これは皆さんへのお願い……と言いますか、依頼のようなものです。全てをお聞きになった後で判断していただき、その上で断っていただいても大丈夫ですので、ご安心ください」
「はあ……わかりました」
いや聞いたら絶対断りにくいだろ、とカイルは心の中で呟く。
「……これは私の婚姻に関係する話です」
ミレーナ王女はそう話を切り出した。
2
「婚姻……ですか?」
「ええ、私もつい先日知ったのですが、どうやら私には婚約者がいたようなのです」
ミレーナ王女は今年で十六歳、縁談の話があってもおかしくは無い。
だが王族の婚姻は、国政であり外交でもある。ましてや次期女王の相手となればいずれ王配となる訳で、国全体に大きな影響を与えることになる。
王配を国内から選ぶか、それとも国外から迎えるかを決めるだけで激しい議論となるだろうし、まして決まれば大きな噂となる。
だがそれが既に決まっているというのだ。
「えっと……相手を聞いてもよろしいですか?」
「はい、ガルガン帝国第三皇子の、マイザー・レング・ガルガン殿下です」
「ガルガン帝国!?」
そのあまりにも予想外な相手に、カイルだけでなく、セラン達も驚いた顔になる。
ガルガン帝国は現在人族最大の勢力を誇る国家で、今も領土を広げようと画策している。そしてガルガン帝国とジルグス王国の仲は、はっきり言って険悪だった。
常に領土拡大を狙っている若い国家の帝国と、伝統がありどちらかといえば保守的な気風のジルグス。両国が二年前にとある一箇所を挟んで隣接することとなった時などは、その場所を巡って戦争寸前にまでなったのだ。
その場所とは、カランという名の都市国家だ。
「話は二年前の、カランを巡る領土紛争にさかのぼります」
ミレーナ王女が事の説明に入った。
カランは元々、ジルグスの南東に位置する都市国家だった。
ドワーフ族が多く住む鉱山都市であるカランからは、良質な金属類が多く産出される。また現在この大陸で唯一、魔法金属のミスリルを採掘・加工できる技術を持っていた。
この小さな都市を押さえることは、経済的にも軍事的にも大きな意味を持つ。昔から多くの国が狙ってきたが、山間部にあるカランは大軍で攻めることが難しい。
守りやすく攻めにくい地形と、城塞とも言うべき都市の防御力によって、カランは長い間独立を守ってきた。
だが二年前、支配地域の拡大でカランと隣接することとなったガルガン帝国は、当然のように従属を迫り、カランもまた当然これを拒否した。
帝国も色々譲歩したが交渉は決裂、ついに戦争を仕掛けた。
カラン側は攻めにくい地形に優秀なドワーフの戦士団や傭兵を配置して固めており、いずれ帝国が根をあげるものと見ていた。
しかし帝国の有する、人族領全域でも名高き騎士団、強力な魔道兵器や大魔道士の投入、そしてかつてない上空からの攻撃は、カランの予想を遥かに上回っていた。
完全に戦力を読み違え、このままでは占領されると判断したカランは、ジルグスに助けを要請した。
見返りは、ジルグスの従属都市国家となること。
帝国は無抵抗で従った相手ならば手厚く保護するが、戦って併呑した相手には容赦ない弾圧を加え、富を搾り取る。
降伏して帝国の傘下に入っても、それまでのような自由な商業活動はできなくなるため、対等の付き合いをしてきたジルグスに泣きついたのだ。
従属国になってしまえばほとんど臣下と変わらないが、一応の独立は保てる。ジルグスとしても、カランが完全にガルガン帝国の支配下に入ってしまえば、喉元に刃物を突きつけられる形となるため、カランの申し出を受けたのだった。
こうして、ジルグス王国とガルガン帝国はカランを挟んで、一触即発の状態となった。
人族で最大の勢力を誇るガルガン帝国ではあるが、ジルグスも大陸有数の大国。正面からの戦争となれば、互いに大きな被害が出ただろう。
その全面戦争は寸前で避けられ、結局ガルガン帝国は撤退した。
しかも帝国はカランと不可侵の条約を結び、更には戦争を仕掛けたことへの賠償金まで支払うという、明らかに帝国側が折れた形での決着だった。
「その時に交わされた密約が、私とマイザー殿下との婚約だったようです」
レモナス王はごく一部の側近にだけこのことを伝え、当のミレーナ王女には知らせていなかった。
まるで話す必要など無いかのように。
そこまで聞いたカイルは、そういうことかと心の中で呟いた。
表向きは帝国側が大きく譲歩した形になっているが、その代わりにガルガン帝国の皇帝の血筋をジルグスの王配として迎えると決まっていたなら、話は別だ。
これにより帝国はジルグス国中枢に影響力を持つことができるし、後々を考えればジルグス侵略への大義名分にもなりうる。
これではたとえカランを従属都市にしたとしても、ジルグスからすれば割に合わない。つまり、裏を返してみればジルグス側が譲歩した形になっていたという訳だ。
だが、もし正式に婚姻を発表する前に、ミレーナ王女が死亡したら?
当然ながら、この話はお流れとなる。
帝国は次の相手、つまりカレナス王子との婚姻を要求するだろうが、すぐに見合った姫を用意できるはずもない。
何ならカレナス王子には正式な婚約者がいるということにしてもいいし、なんらかの理由をつけて廃嫡にしてもいい――レモナス王は恐らくそう考えていたのだろう。
(中々えげつないことを考える……ここでも王女の死を利用しようとしていたようだな)
それぐらいでなければ一国の王は務まらないということだろうか。
「それでこの婚姻を、正式に断ろうと思っております。数日後には帝国の使者が来る予定ですので、その場で……」
そう説明するミレーナ王女に、カイルが矢継ぎ早に問う。
「断るのですか? しかしそうなりますとカランはどうするのです?」
「もちろんカランはそのままジルグスの従属都市国家とします。婚姻とカランの処遇は、表向きは何の関係もありませんし、婚姻の件もまだ正式な書類は交わされておりませんでした。事情が変わったから、と断っても、何ら問題はありません」
要するに全て先王が勝手に決めたことと、とぼけるつもりなのだ。
当然帝国側からすれば、納得できるものではないだろう。
「カランの長にこれを説明し、同調してほしいと考えております。皆様には、その使者になっていただきたいのです」
これから用意する書状を届けてほしい、それがミレーナ王女の依頼だった。
「聞きたいことがあります……なぜ我々でなければいけないのでしょうか?」
カイルの疑問は当然のものだった。
単純な使者ならば宮廷内の誰かでもいいはず。手紙を届けるだけならなおさらだ。
「まず、今ジルグスはかなりの混乱の最中にあります。そして私が完全に信頼をおける方というのはまだ少ないのです」
つまり単純に人手不足、とミレーナ王女は言う。
あと何年かかけて行うはずだった王位の継承計画が前倒しになり、準備も心構えも無い状態。
カランの件も重要ではあるが、それよりも重要な国内の安定と完全な掌握のために、人手が足りないのだ。
「また、ガルガン帝国の出方も警戒する必要があるでしょう」
ジルグス内部に干渉するための計画が失敗に終わったとなると、必ず次の手を早急に打ってくるはず、とミレーナ王女は続ける。
「現状でジルグスに手出しはしてこないでしょう。そしてカランと帝国は不可侵の条約を結んでいますので、直接の武力に訴えることも今のところは無いはず……ですが何らかの、それも強引な手を使ってくるのは間違いありません」
つまり使者に直接的な危険の可能性がある、と暗に言っているのだ。
「そして私自身はその可能性は低いと思っていますが……この間のあれが、もしかしたら帝国が関与しているのではないかと疑っている者もおりますので」
「この間のあれ」とはミレーナ王女の暗殺未遂のことだ。
「あれ? でも帝国って結婚で影響力を伸ばそうとしてるんですよね? だとしたらそれは矛盾してるんじゃ……」
暗殺なんてしたら台無しじゃないですか、とリーゼが疑問を口にするが、ミレーナ王女は首を振って、帝国も一枚岩ではないと説明する。
「領土拡大という目的は同じでも、戦争による拡大を望んでいる派閥にとっては、婚姻のような外交で影響力を伸ばそうとする派閥はむしろ邪魔です。何でしたら私を暗殺して、帝国側の関与の証拠をわざと残します。それでジルグスが帝国に抗議した場合は、『そのようなことは事実無根で濡れ衣、侮辱とも言える言いがかりだ』と反論し、逆に宣戦布告の口実にすることもできます」
「メチャクチャな話だな……」
人間のあまりのあさましさに、呆れたようにウルザが言う。
「ええ、さすがにそのような恥知らずな真似はそうそうできませんが、いざとなればやりかねない相手だと備えておく心構えは必要です」
ミレーナ王女が軽くため息をつく。
充分に信頼でき、降りかかる火の粉を振り払えるほど腕が立ち、なおかつ機動力を持っているカイル達はこの任にうってつけと言えた。
また、もし本当に帝国が絡んでいるとなれば、下手な者に行かせるとあの大醜聞が明るみに出る可能性があると、ミレーナ王女は危惧していた。つまりカイル達が暗殺未遂の内情を知っているというのも、選ばれた理由の一つだった。
「もしお受けいただけるのでしたら、明日中には発っていただかなければなりません。急で申し訳ありませんが、明日の朝までにお決めくださるようお願い致します」
部屋を用意させますのでお泊りください、とだけ言うと、ミレーナ王女は周りの侍女に急かされるように部屋から出て行った。
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