強くてニューサーガ

阿部正行

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1巻

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  プロローグ


 光の神々の加護を受けた人間やエルフ、ドワーフといった人族じんぞく
 数は少ないが個々の能力は人族をはるかに上回る、闇に祝福された魔族まぞく
 この二つの勢力は巨大大陸ロインダースを東と西に分け、何千年と争い続けてきた。しかし、ここ三百年は今までに無い小康状態を保っていた。
 それというのも魔族を率いる王、魔王が比較的穏健な者に代替わりしたためだ。
 散発的な小競り合いは起こるものの、いつしか人族はその仮初かりそめの平和に慣れていった。


 だがその平穏は、新たに即位した魔王の命令のもと、破られた。
 創世暦二八二六年五の月。後に『大侵攻だいしんこう』と呼ばれることになる魔族の総攻撃が始まったのだ。
 魔族側のなりふり構わない、犠牲をものともしない戦いぶりはすさまじく、その頃丁度同族間での争いを激化させていた人族は、またたく間にいくつもの国を滅ぼされることとなった。
 抵抗した者は皆殺し、降伏した者は魔族領へと強制連行され、当然のように二度と戻ってくることはなかった。
 無論、人族も黙ってやられていたわけではなく、すぐに各国、各種族間で連合軍を作り出した。
 しかし、本来なら充分対抗できるだけの戦力があったにもかかわらず、愚かにも主導権争いを起こし、連携がとれなくなったところをつかれ、主力を各個撃破されてしまう。
 その後は人族にとって防戦一方の、希望の見えない戦いが続いた。


 翌二八二七年四の月、ガルガン帝国滅亡。
 人族最大の戦力を誇っていた帝国が滅ぼされ、後が無くなった人族側に最後に残されたのは、捨て身の特攻とも言える手段だった。
 まず、残存兵力をかき集め、魔王軍本隊に無謀に近い決戦を挑んで、大多数の目をそちらに向けさせる。
 その隙に、選び抜かれた精鋭を本拠地である魔王城に潜入させ、この絶望の時代の元凶とも言える魔王を討つ、というものだ。
 勝算は低くとも、もう他に手段はない、まさに最後の賭けだった。
 そして人族はその賭けに勝った。かろうじて、だが。


    ◇◇◇


 魔王城最深部、魔王の間。
 城内でありながらとてつもなく広くガランとしたその空間は、ちょっとした町くらいならすっぽりと入ってしまうほどで、目立つものといえば中央の祭壇くらいだった。
 その祭壇の前で行われていた死闘――世界の命運をかけた戦いが、たった今終わりを告げた。
 立っているのはただ一人、人族の魔法剣士カイル。
 白銀の鎧に身を包んだその姿はまさに満身創痍まんしんそうい千切ちぎれかけた左腕などはもはや使い物にならないだろう。立っているのはおろか生きているのも不思議なくらいだ。
 だがカイルはなんとか気力のみで立ち、目の前で少しずつ身体が崩れていく魔王を油断無く見ていた。
 そして魔王が完全に消滅したのを確認した後、力尽きるかのように床の上に座り込んだ。

「終わった……これで………」

 魔族は個々の力が人間よりもはるかに強い反面、利己的な者や個人主義の者が多い。
 魔王の圧倒的なカリスマ性と実力によってまとめられていたにすぎない魔軍は、これで統率を失うだろう。
 この戦いで多くの死者が出たが、元々数は遥かに人族の方が多いのだ。魔族の被害も大きい状況で、これ以上の侵攻は行われないはずだ。
 人族は救われた。ゆっくりとだがその実感がわいてくる。
 だがカイルに喜びは無かった。この勝利のために犠牲になったもの、失ったものはあまりに大きすぎたのだ。


 手にしている剣を、いや剣だった残骸を見る。
 相棒とも言うべき意思を持った魔剣だったが、もはや物言わぬつかが残るのみ。
 固く閉じられた、外へと通じる扉を見る。
 後で必ず追いつく、と追撃を食い止めるために残った仲間達も、結局たどり着くことはなかった。
 少し離れた床に転がっている世界樹せかいじゅの杖を見る。
 ここまで共に戦ってきたエルフの精霊使いが持っていたものだが、彼女は先ほどの戦いで、自らの命と引き換えにカイルを守り、消滅した。
 最期に見せてくれた笑顔を思い出すと、涙が一つこぼれた。
 守りたかったものはもう何も無い。
 生まれ育った故郷も、育ててくれた家族も、心を許し笑い合った友も、共に死線を潜り抜けた仲間も、そして愛する人も……全てを失った。
 喜びも達成感も無く、胸にあるのはただただ悲しみとむなしさのみ。唯一の原動力だった復讐心すら無くなった今の自分は、抜けがらのようなものだ。
 カイルの身体中につけられた傷はどれも深刻なもので、放置すれば命を奪うだろう。だがそれさえ、もうどうでもよかった。
 身体を横たえ、後はゆっくりと緩慢かんまんな死を受け入れるだけ、そう思いそっと目を閉じる。


 そのまま意識を失えば、ここで全ては終わっていただろう。
 それはただの偶然か、それとも運命か。先ほどまでの激戦のために、宙をただよっていた漆黒しっこくの羽毛。魔王の背に生えていた翼から飛び散ったそれが、そっとカイルの顔にかかる。
 闇に呑み込まれかかっていた意識がわずかに覚醒し、カイルは薄く目を開けた。視線の先には、この広く何も無い空間で唯一目立つ祭壇さいだんがある。
 そこに赤い光が見えた。

「……何だ?」

 やっとの思いで起こした身体を引きずるようにして、祭壇へと歩く。
 そこに飾られていたのは血がしたたるかのような見事な真紅の宝石で、大きさは赤ん坊の握りこぶしほどもあるだろうか。まるで脈打つように赤い光を放っている。
 カイルも魔法を使う身、それがとてつもない魔力を秘めていることはわかる。

「これは……魔道具マジックアイテムか?」

 魔道具マジックアイテムとはその名の通り、特定の魔法を込めた道具だ。
 思えば戦いの最中、魔王は避けられる攻撃をあえて受けることがあった。
 まるで何かをかばうような妙な動き。それがあったおかげで薄氷はくひょうを踏むかのような勝利を収められたのだが。

「庇っていたのはこれか? これを守っていたのか?」

 そして魔王が最期の瞬間、命を奪ったカイルではなく、この祭壇を見ていたことを思い出す。
 段々と宝石から漏れ出る光が強くなる。まるでその内側から巨大な力があふれ出ようとしているかのようだ。

「魔王がいなくなったことで制御がきかなくなったのか?」

 おそらくこれは製作途中。このままではいずれ暴走し、込められた魔力に比例した大破壊を起こすだろう。


 振り返ってみても、どうしてそんなことをしたのかわからない。
 その美しさに、この世のものとも思えないあやしさにかれたのだろうか? 
 ただ早く楽になりたかっただけだろうか? 
 とにかく無造作とも言える動きでカイルはその宝石をつかんだ。
 その瞬間、爆発的な赤い光が手の中からあふれ出し、カイルを襲った。
 それはあっという間にカイルを包み込み、更に周りを赤一色に染め上げた。
 そうして、カイルは何もわからなくなった。


   
  1


 顔に注ぐ優しく暖かな光によって、カイルは目覚めた。

「……ここは?」

 身体を起こし、周りを見渡しながらかすれた声でカイルは言った。
 見知らぬ場所だったというわけではない。むしろここほど見慣れた部屋はなかった。
 壁には子供の頃父親からもらった練習用の模造剣が立てかけてあり、本棚には母親から奨められた本が並んでいる。そして愛用していた机や椅子も記憶通りの位置にあり、今寝ているベッドも間違いなくかつて自分が使っていたものだ。
 見間違えるはずもない、今まで生きてきた時間の大半を過ごした場所。ここは一年前に魔族の大侵攻によって滅ぼされたはずの故郷にあった、自分の部屋だ。

「俺は……一体?」

 寝起きのためか普段の十分の一も働いていない頭で状況を理解しようとしていると、勢い良くドアが開いて、元気な声をかけられた。

「いつまで寝てんの? 早く起きなさいよ」

 入ってきたのは十代半ばくらいの少女。少々くせのある長い赤毛が特徴的で、はきはきとした言動は生命力にあふれ、見ているこちらが元気になってくるようだ。



「リーゼ……」

 生まれてから顔を合わせない日のほうがはるかに少なかった、家族同然の、そして二度と会えないはずの幼馴染おさななじみの名をつぶやく。

「何だ、起きてたの。まったく……今日から十六歳なんだからもっとしっかりしなさい」

 腰に手を当て偉そうに言う。
 この少女は昔からそうだった。ほとんど同い年なのだが、数ヶ月早く生まれたことを理由にカイルを弟のように扱うのだ。
 カイルはリーゼの顔を見てしばらく呆然としていたが、はっと気づいて、

「ああ、夢か……」

 と、力なく笑った。
 とても嬉しく、そして残酷な夢だ。
 世界を救った褒美ほうびとして最期の瞬間にこの夢を見ているのだとしたら、実に皮肉がきいている。
 なんでもない、それでいてかけがえのない平穏な日常。失って初めて気づく大事な日々。
 だが夢でも幻でも良かった。たとえわずかな時間でもあの時に帰れるのならば……

「カイル?」

 リーゼは様子のおかしい幼馴染を見て怪訝けげんな声を出すが、それに構わずカイルはベッドから身を起こして近づいていく。

「どうしたの?」

 息がかかるのではないかというくらいまで近づいてきたカイルを見て、更に怪訝そうに眉をよせるリーゼ。
 それにも答えることなく、カイルは有無を言わさずリーゼを抱きしめた。

「カ、カカカカカイル!?」
「リーゼ! リーゼ! リーゼ!」

 名前を繰り返し呼び、この時が一秒でも長く続いてくれと願いを込めながら強く抱きしめる。

「ちょちょちょっと、い、いいいいい一体何なのよ!?」

 リーゼが抜け出ようとカイルの腕の中でもがくが、混乱しているためかその力は弱々しい。

「あ、あう……」

 やがてその抵抗も無くなり、リーゼは顔を真っ赤にしながら大人しくなる。


 しばらくして、カイルは違和感に気づいた。
 身体全体で感じるリーゼの体温、髪の毛からただよう彼女の愛用していた花の香料の匂い、耳元で聞こえる「い、いきなり……」や「こ、心の準備が……」といったか細い声。
 それらが段々と頭を覚醒させていく。

「あれ?」

 夢にしては妙に現実的だ。
 リーゼの背中にまわしていた左手を、あるものを確かめるために下のほうに動かす。そして手に触れたを少し強めに掴んだ。

「ひっ!?」

 びくり、とリーゼの身体が大きく反応する。

「あれ?」

 温かくそして柔らかい、非常に手触りのいいそれを、思わず揉んだ。

「え? あ? やっ、やだ、ちょ……ん!」

 リーゼが酷く狼狽ろうばいした声を出す。
 そういえば同年代と比べて大きめの尻を気にしていたなぁ、とカイルはかなりはっきりしてきた頭で思い出した。
 この時カイルは失念していた。
 起床したばかりの生理現象として、身体の中心のある部分が『元気』になっていたことを。
 そして同世代の異性の尻を揉みしだくという行為に反応して、無意識にその部分がもっと『元気』になっていくのを。
 更には抱きしめているという体勢なのだから、当然リーゼもその『元気』な部分に気づく。むしろ押し付ける状態となっていたのだ。

「!?」

 リーゼの赤かった顔が一気に青ざめる。

「イ、イヤァァァァァァァァッ!!!」

 驚異的な力でカイルを引きがし、腰を少し落として手首をむちのようにしならせる。腕の力だけでなく、足の親指から腰のひねりを加えて身体全体を使った平手打ちを、カイルのあごに見事な角度で打ち込んだ。
 カイルは身体をコマのように回転させながら宙を舞い、本棚に突っ込む。

「あ、朝っぱらから何すんのよ! バカ!」

 リーゼは少し涙目になりながら大声で言い、扉を乱暴に閉め出て行った。
 カイルは逆さまで本に埋もれながら、顎だけでなく首に来る痛みによって完全に覚醒した頭で、ようやく違和感の正体に気づいた。

「あれ……? これ夢じゃなくね?」

 その途端、目が覚めた時から握り締めたまま強張こわばっていたカイルの右手が、ゆっくりと開く。
 コトリと音を立て床に落ちたのは、あの祭壇に飾られていた、血の滴るかのような赤い宝石だった。


「夢、じゃないな」

 ベッドに腰かけ、いまだにズキズキと痛む顎と首をさすりながらカイルは呟いた。

「ここまで痛い夢はないはず……だが、だとしたらどういうことだ?」

 意識ははっきりしたが、現状がまるで把握できない。
 確かに自分は魔王城で魔王と戦いかろうじて勝ったが、瀕死ひんしの重傷を負っていたはず……夢じゃないとしたら一体この状況は何なのだろうか? 

「催眠や幻覚じゃない。俺にはそうそう通用しないし……第一、魔族の仕業なら死にかけていた俺にとどめをさすのにこんなことをする必要はないはず」

 そこまで考えた後で左腕を確認する。特に重傷で、使い物にならないくらいだったはずだ。

「治ってい……いや違うな」

 あれほどの傷だ、たとえ最上級の回復魔法を使ってもしばらくしびれるだろうし、傷跡も残る。これは経験から言って間違いない。
 だが左腕はきれいなもので、何の不自由もなく動く。まるで初めから傷など負っていないかのように。
 全身にあった無数の傷も消えている。軽く身体を動かしてみると非常に調子よく、ここしばらくあった身体の痛みや倦怠感なども綺麗に消えている。
 カイルは少し考えた後、意を決して部屋を出てみた。部屋の外はやはり記憶通りの間取りで、確認すればするほどかつての家そのものだとわかった。そして応接室にある鏡を見て確信を得る。

「やっぱりそうだ……若返っている」

 戦いの日々で自分の誕生日の事など忘れていたが、二十はたちは過ぎていたはず。だが鏡に映る自分はせいぜい十代半ばで、身体中の傷跡も消えている。
 滅んだはずの故郷、死んだはずの幼馴染、若返った身体、そして先ほどのリーゼの言葉……これらを全部説明できる仮説は一つしかない。

「……過去なのか? 俺は過去に来たのか?」

 ポケットに入れていた赤い宝石を取り出す。相変わらずこの世のものとは思えない妖しく美しい輝きを放っているが、あの時の途方もない魔力は感じない。

「いや、だがそんな馬鹿な……過去に戻る魔法なんてあるはずが……だが他に説明が……」

 カイルはしばらく頭を抱えていたが、自分の腹の音で空腹を自覚し苦笑する。

「どんな状況でも腹は減るな……いや正常である証拠と思おう」

 何かあるだろうと思いつつ台所に行くと、ちゃんと食事の支度したくがしてあった。
 テーブルの上には焼きたてのパンに干し肉と野菜の入ったスープ、スクランブルエッグ、サラダ、果実のデザートと、朝食の割に手の込んだ料理だ。

「リーゼが用意してくれてたのか」

 家事が苦手なカイルとその家族に代わり、よく料理を作ってくれていたものだ。彼女には全員頭が上がらなかったことを思い出しつつ口に入れる。
 懐かしい味だった。この一年どうしても食べることのできなかった、忘れられない味だった。

「冷める前に……食べてしまおう……」

 思わず涙がこみ上げてきそうになったのを誤魔化ごまかすかのように、カイルは猛烈な勢いで食べ始めた。


「さすがに食いすぎたな」

 空になった皿を見ながら、カイルが苦しそうに言う。かなりの量があったが、止まらなくてつい残さず食べてしまったのだ。

「食い終わった後で何だが、明らかに一人前の量じゃなかったな……うん?」

 その時、玄関の方から音が聞こえ、人が入ってくるのがわかった。
 一瞬警戒しかけたが、すぐに誰か理解する。よく知っている足音と気配でその人物は、まっすぐ台所に向かってきた。

「う~す」

 入ってきたのは、短いくすんだ金髪でそれなりに整った容姿でありながら、近所の悪ガキがそのまま大きくなったような男。動きやすい服を着て腰には安物の剣をさしている。

「セラン……」

 リーゼと同じカイルの幼馴染で、腐れ縁の悪友だ。その腐れ縁は人生最期の瞬間まで続いた。

「お、何だ珍しいな、朝に弱いお前がもう起きてるなんて」
「あ、ああ……あ、あのそのえっと……げ、元気だったか?」
「昨日も会っていて何を言ってるんだ?」

 セランは不思議そうな顔で答えた。
 カイルは呼吸を整え、落ち着いてセランの顔をよく見た。やはり違う。

「……間の抜けた顔は一緒だが、最近のセランにはまだ経験による凄みのようなものがあった。だが目の前のこいつは、昔通りのただのダメ人間のままだな……」
「何かよくわからないが侮辱されてることだけはわかった」

 それに若い。おそらくは今のカイルと同じ年だ。
 さっきは混乱していて気づかなかったが、リーゼも記憶より若かった気がする。

「まあ今はお前に構っている暇はない、さて朝メシ、朝メシ……って無い!?」

 セランが空の鍋を見て愕然がくぜんとした声を出す。

「お前、まさか全部食べたのか!?」
「ああ美味うまかったぞ」

 そういえばよく飯をたかりに来てたなこいつ、とカイルは思い出す。

「くそ、リーゼがなにやら昨日から手の込んだ仕込みをしていたようだから、たかろうと思って来たのに……あいつ凶暴だけど料理の腕はいいから、楽しみにしてたのによ」

 未練がましく鍋についた残りを指でとって舐めているセランに、カイルは確かめてみた。

「あ~、ちょっと変なこと訊くぞ。今日はその……何年の何日だ?」
「うん? 本当に変なこと訊くやつだな、二八二三年五の月二十四日だろうが」

 やはり四年前の日付。本当にここは過去のようだ。

「……間違いないのか? 本当に?」
「何でそんなにこだわるんだ? 間違いないはずだが……」

 そこまで言ってセランは「ああ」と手を叩いた。

「そういえば今日はお前の誕生日か、野郎の誕生日なんか完全に記憶から消してたな……何だ、祝ってほしかったのか?」
「いや、俺も野郎に祝われる趣味はないからいい」

 セランは鍋の残りを全て取り終わると、仕方ないとばかりに言った。

「しょうがないな、朝飯は誕生日プレゼントってことで我慢してやるよ」
「安くないか? おい。というか元々お前のじゃないだろ」

 カイルの言葉を無視してセランはさっさと出て行こうとしている。

「どこ行くんだ?」
「メシが無いならここに用は無い。仕方ないからリーゼのとこ行って何かもらってくる」

 やっぱり美味かったしなあ、とも呟く。

「地面に頭こすりつけて頼み込めば、一食分ぐらいなら恵んでくれるだろう。何だかんだ言っても甘いところがあるからな」

 なんとも情けないことを臆面も無くセランが言う。

「昔から……じゃない、相変わらず目的のためなら手段を選ばないし、プライドも捨てる奴だな」
「そう褒めるなよ」
「褒めてねえよ」
「あ、俺の誕生日は八の月二日だからな、プレゼントは貴金属類かいい女でよろしくな~」

 ひらひらと手を振りながらセランは出て行った。

「あいつは変わらないと言うべきか、変わってないと言うべきか」

 カイルはセランの背を見送り苦笑する。
 こんなやり取りも久しぶりだった。かつては何気ない日常の一つだったのだが、今はそれがたまらなく楽しく嬉しかった。

「さて……これからどうしたものか」

 過去に来たのは間違いなさそうだが、どうやって過去に来たのかはまったくわからない。
 一人で考えていても答えは出ないだろう。できれば誰かに相談したいところだが、事が事だけに下手な相手には話せない。

「……やっぱり相談できそうなのは一人しかいないな、起きてればいいんだが」

 どうしたものかと頭をかきつつも、とりあえずカイルはその人物の元へと行くことにした。
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