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第35話 その後
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デートから二週間後の土曜日、早苗は桜木の家のソファに座って、リモコンをテレビに向かって構えていた。
「遙人~、まだ~? 再生しちゃうよ~?」
「ちょっとだけ待ってて下さい。もうできるんで!」
「手伝おうか?」
「駄目です早苗さんは座ってて下さい」
「じゃあ早く~」
「もう少しだけ!」
赤外線ではなくBluetoothなので、別の方向に向いていても使えるのだが、ついついテレビに向けてしまう。
「早苗さん、もうちょいテーブルあけてもらっていいですか?」
「はーい」
早苗がテーブルの上の飲み物や取り皿を横によけると、桜木が焼きたてのピザの乗った皿を置いた。
チーズはまだ熱でジュワジュワ音を立てていて、チーズとトマトソースのいい香りがしてくる。
具材は早苗のリクエストでエビとアボカド、桜木の好みでウィンナーとズッキーニだ。いい感じに焦げ目がついている。
桜木がピザをカッターで八等分にしていくのを、早苗は今か今かと待った。
「早苗さん、再生していいですよ」
「あっ」
ピザに気を取られて、映画を再生するのを忘れていた。
ピッとボタンを押すと、オンデマンドの動画はすぐに始まる。
詐欺師の集団がカジノに大がかりな詐欺を仕掛けるアクション映画だ。以前にも観ているので結末で騙される驚きはないのだが、タネと仕掛けを知りながら観るのもそれはそれで面白い。
「できました。お好きなのをどうぞ」
「わーい!」
カットし終えた桜木が、大皿の前を開ける。
まあ、好きなのをと言われても、一番手前のを取るだけなのだが。
火傷をしないように注意してピザのミミをつかみ、引っ張りながら上に持ち上げ、反対の手に持った取り皿へ。
びよーんと伸びたチーズを、桜木がフォークにからめて上に乗せてくれた。
「いただきます!」
ふーっ、ふーっ、と息を吹きかけてから、具材の乗っていない先端をぱくりと口に入れる。
「んん~っ!」
はふっ、はふっ、と口の中に空気を入れながら、早苗はチーズとトマトソースだけの所を味わった。
ゴーダとチェダーがチーズの濃い味わいを、水牛のモッツァレラが滑らかな伸びを生み出している。バジルの混ざったトマトソースの塩加減もバッチリだ。
続いて二口目。ウィンナーとズッキーニが口に入ってくる。
ウィンナーがカリッとしていて、ズッキーニからはジュワッと味が染み出てきた。
キッチンに戻っていた桜木が、唐揚げの乗った皿を持ってきた。
「ピザどうですか?」
「美味しい! 焼きたて最高!」
「よかった。唐揚げも揚げたては格別ですよ」
早苗は唐揚げの皿にフォークを伸ばす。
こちらも衣がサクッとしていて、中のもも肉はジューシー。味付けは早苗の好きな醤油味だった。
ピザと鶏の唐揚げ。カロリーアンドカロリーな禁断の組み合わせだが、せっかく桜木が作ってくれると言ったので、早苗は一週間カロリーをセーブしてこの日を迎えていた。
そんな料理のお供はハイボール。ウィスキーに凝り始めた桜木の家にはいろいろな種類のウィスキーがあって、早苗が好きそうな銘柄で桜木が作ってくれた。
映画に目を移しながら食べている早苗の横に、桜木が座る。
「そう言えば、勝手に吹き替えにしちゃったんだけど、遙人はそれで良かったのかな」
「俺はどちらでも。けど早苗さんは字幕派じゃなかったでしたっけ?」
「映画館で観るときはね。家で観るときはリラックスしたいから吹き替えが多いよ」
「覚えておきます」
桜木が真剣に言ったので、早苗は苦笑してしまった。これからは、言わなくても吹き替えが準備されてるんだろうな、と思う。
もう一つ唐揚げをかじる。ああやっぱり美味しい。
「遙人って揚げ物もできるんだね」
「早苗さんが好きなので」
こちらもさらっと言われてしまった。
「天ぷらはもう少し待って下さい。まだサクサクにできないんで。ピザも次の時までに生地を作れるようになっておきます」
「いや、生地は市販のを使えばいいと思うよ」
桜木の料理へのこだわりはすさまじい。そのうち小麦の選定まで始めるのではないだろうか。
「何回も言ってるけど、たまには私も手伝うからね?」
「俺も何回も同じこと返してますけど、大丈夫です。早苗さんが料理嫌いなの知ってるんで。早苗さんの作ったご飯は食べたいですけど、それは早苗さんが作りたくなった時でいいです」
確かに料理は好きではないが、別に手伝うのも嫌だというわけではない。
なのになぜか桜木は、早苗が料理をするのを絶対に許さなかった。何か変な物でも錬成してしまうとでも思っているのだろうか。
まあ、手伝わなくていいって言うならいいんだけど。
これだけ美味しいご飯が作れるのだから、下手に早苗が手伝うのはかえって邪魔かもしれない。
早苗はそれ以上言うのをやめた。
ときどき映画にツッコミを入れつつ、二人はピザと唐揚げを平らげた。
「ごちそうさまでした。美味しかったです」
「お粗末さまでした」
映画をいったん止めて、二人で食器を流しへと持って行く。
ソファに戻ると、桜木が先に中央に深く座った。
「早苗さん」
足の間をポンポンと叩く。
そこに座れという意味だと解釈して、早苗は桜木の足の間に腰を下ろした。
テーブルの上のリモコンに手を伸ばして動画を再開すると、桜木が後ろから早苗に腕を回してきた。
「これやるのが夢だったんです」
「そうなんだ?」
「ちゃんと付き合ってからも、先輩朝すぐ帰っちゃうの変わらないし。俺こうやってイチャイチャするのすごい楽しみにしてたんです」
ぎゅうぎゅうと早苗を抱きしめる。
「ごめんね、何か色々忙しくて」
「いいんです。今めちゃくちゃ幸せなので」
桜木がちゅっと早苗の首にキスをした。
「好きです」
「何か急に好き好き言うようになったよね」
「だって黙ってたら早苗さんに全然伝わってなかったから。俺あんなに大好きオーラ出してたのに。俺が早苗さんのことが好きで好きでたまらないって、ちゃんとわかってもらわないと」
桜木はまた別のところにキスをした。
「もうわかってるよ?」
「駄目です。たぶん十分の一も伝わってないんで。早苗さんが思っているよりもずっと俺は早苗さんが好きですよ。それに、奥田さんが戻ってくるからちょっと危機感あって」
「だからなんで奥田さんなの」
「奥田さん以外の男になら負けない自信があります」
ちゅっ、ちゅっ、と首筋にキスが落ちていく。
「くすぐったいよ。映画観れない」
「ちょっとだけ」
「ひゃっ」
桜木の口が耳に触れて、早苗は思わず声を上げてしまう。
すると面白がるように、桜木はそこばかりを攻めてきた。
同時に反対側の耳も手でくすぐってくる。
「びくびくしてる。可愛い……」
「ちょっと、駄目だってば」
早苗はバシバシと桜木の腕を叩いて逃げようとしたが、耳たぶをはむはむと口に含まれた途端、力を失ってしまった。
桜木が早苗の首に舌を這わせ始める。
「遙人……っ、私、映画観てるんだってばぁ……」
「観てていいですよ」
そう言いながら、桜木の手が早苗の体をまさぐっていく。
視線を画面に向けても、全然内容が頭に入ってこない。
「や……あっ、そこ……駄目っ」
「駄目じゃないですよね? 早苗さん、ここ、好きでしょう?」
「あ……っ、やっ、遙人ぉ……」
「早苗さん超可愛い。大好き……」
* * * * *
「もーっ! 映画観てたのにっ!!」
食後のデザートとして美味しく頂かれてしまった早苗は、当然怒った。エンドロールはとっくに流れ、今は作品の紹介画面が表示されている。
「だって早苗さんが可愛すぎるから……」
「もう絶対一緒に映画観ない!」
怒りに任せてソファから立ち上がる。
「えぇっ、早苗さんっ、そんなこと言わないで下さいっ。ほら、四十八時間のレンタルだから、今からでも観れますよ。一緒に観ましょう? ね?」
桜木が両腕を広げて早苗を呼んだ。
「何もしない?」
「何もしません」
「本当に?」
「本当に」
ならば許そう、と早苗は再度桜木の足の間に収まった。
だがこの後、桜木の手はまたも怪しい動きを始めてしまう。
「だから駄目だって言ってるでしょ!? これ以上悪戯するなら帰る!」
「すみません! 大人しくします!」
慌てた桜木は、絶対に逃がさないとばかりに早苗のお腹に回した腕にぎゅっと力をこめた。
振り返って、三度目はないぞ、と桜木をにらみ、体重を預ける。
早苗は今度こそ桜木と映画を楽しむことができた。
そのあとは二人でのんびりと過ごし、桜木が作った夕食に舌鼓を打ち、まだ遅くないうちに帰ることにする。
玄関に見送りについてきた桜木は、眉を下げた。
「本当に帰っちゃうんですか? やっぱり、今日も泊まっていきませんか?」
「明日は家事しなきゃいけないから」
「そう、ですよね」
桜木はしょんぼりとした顔をしていた。
「あの、早苗さん」
「何?」
桜木が靴を履いた早苗との距離をつめて、そっと抱き締めた。
「うちで一緒に住みませんか? 二人でいてもそんなに狭くないと思います。俺、早苗さんと離れていたくないです」
「昼間は一緒に仕事してるじゃない」
「プライベートでも一緒にいたいんです」
「まだ早いよ」
正式につき合ってから日が浅い。同棲するには早すぎると感じた。
それに、元彼とのこともある。帰宅して相手の荷物が丸ごとなくなっていた時の喪失感を思い出した。
「早いかもしれないけど、俺が早苗さんを好きじゃなくなることは有り得ないし、早苗さんにもずっと好きでいてもらえるように頑張りますから。別れるときのことなんて考える必要ないです。俺と一緒にいて下さい」
「なんかプロポーズみたい」
早苗がくすりと笑うと、桜木はばっと早苗から離れた。
「違います! 今のはプロポーズじゃないです! それはちゃんとした場で、ちゃんとやりますから!」
慌てたように早口で言う。
その様子がまたおかしくて、早苗はくすくすと笑った。
「いいよ」
「へ?」
「一緒に住んでも」
「ほんとですか!? やった! ありがとうございます! 嬉しいです!」
桜木がぎゅうぎゅうと早苗を抱きしめて、頭に頬ずりをした。
別れるかもしれないと思うと、踏み出すのが怖い。
だけど早苗は、桜木となら、そうならない気がした。
「いつにします!? 来週引っ越してきますか!?」
「それはほんとに早すぎ」
今から引っ越し業者の見積りを始めそうな桜木の勢いに、早苗はまた笑った。
―― 完 ――
「遙人~、まだ~? 再生しちゃうよ~?」
「ちょっとだけ待ってて下さい。もうできるんで!」
「手伝おうか?」
「駄目です早苗さんは座ってて下さい」
「じゃあ早く~」
「もう少しだけ!」
赤外線ではなくBluetoothなので、別の方向に向いていても使えるのだが、ついついテレビに向けてしまう。
「早苗さん、もうちょいテーブルあけてもらっていいですか?」
「はーい」
早苗がテーブルの上の飲み物や取り皿を横によけると、桜木が焼きたてのピザの乗った皿を置いた。
チーズはまだ熱でジュワジュワ音を立てていて、チーズとトマトソースのいい香りがしてくる。
具材は早苗のリクエストでエビとアボカド、桜木の好みでウィンナーとズッキーニだ。いい感じに焦げ目がついている。
桜木がピザをカッターで八等分にしていくのを、早苗は今か今かと待った。
「早苗さん、再生していいですよ」
「あっ」
ピザに気を取られて、映画を再生するのを忘れていた。
ピッとボタンを押すと、オンデマンドの動画はすぐに始まる。
詐欺師の集団がカジノに大がかりな詐欺を仕掛けるアクション映画だ。以前にも観ているので結末で騙される驚きはないのだが、タネと仕掛けを知りながら観るのもそれはそれで面白い。
「できました。お好きなのをどうぞ」
「わーい!」
カットし終えた桜木が、大皿の前を開ける。
まあ、好きなのをと言われても、一番手前のを取るだけなのだが。
火傷をしないように注意してピザのミミをつかみ、引っ張りながら上に持ち上げ、反対の手に持った取り皿へ。
びよーんと伸びたチーズを、桜木がフォークにからめて上に乗せてくれた。
「いただきます!」
ふーっ、ふーっ、と息を吹きかけてから、具材の乗っていない先端をぱくりと口に入れる。
「んん~っ!」
はふっ、はふっ、と口の中に空気を入れながら、早苗はチーズとトマトソースだけの所を味わった。
ゴーダとチェダーがチーズの濃い味わいを、水牛のモッツァレラが滑らかな伸びを生み出している。バジルの混ざったトマトソースの塩加減もバッチリだ。
続いて二口目。ウィンナーとズッキーニが口に入ってくる。
ウィンナーがカリッとしていて、ズッキーニからはジュワッと味が染み出てきた。
キッチンに戻っていた桜木が、唐揚げの乗った皿を持ってきた。
「ピザどうですか?」
「美味しい! 焼きたて最高!」
「よかった。唐揚げも揚げたては格別ですよ」
早苗は唐揚げの皿にフォークを伸ばす。
こちらも衣がサクッとしていて、中のもも肉はジューシー。味付けは早苗の好きな醤油味だった。
ピザと鶏の唐揚げ。カロリーアンドカロリーな禁断の組み合わせだが、せっかく桜木が作ってくれると言ったので、早苗は一週間カロリーをセーブしてこの日を迎えていた。
そんな料理のお供はハイボール。ウィスキーに凝り始めた桜木の家にはいろいろな種類のウィスキーがあって、早苗が好きそうな銘柄で桜木が作ってくれた。
映画に目を移しながら食べている早苗の横に、桜木が座る。
「そう言えば、勝手に吹き替えにしちゃったんだけど、遙人はそれで良かったのかな」
「俺はどちらでも。けど早苗さんは字幕派じゃなかったでしたっけ?」
「映画館で観るときはね。家で観るときはリラックスしたいから吹き替えが多いよ」
「覚えておきます」
桜木が真剣に言ったので、早苗は苦笑してしまった。これからは、言わなくても吹き替えが準備されてるんだろうな、と思う。
もう一つ唐揚げをかじる。ああやっぱり美味しい。
「遙人って揚げ物もできるんだね」
「早苗さんが好きなので」
こちらもさらっと言われてしまった。
「天ぷらはもう少し待って下さい。まだサクサクにできないんで。ピザも次の時までに生地を作れるようになっておきます」
「いや、生地は市販のを使えばいいと思うよ」
桜木の料理へのこだわりはすさまじい。そのうち小麦の選定まで始めるのではないだろうか。
「何回も言ってるけど、たまには私も手伝うからね?」
「俺も何回も同じこと返してますけど、大丈夫です。早苗さんが料理嫌いなの知ってるんで。早苗さんの作ったご飯は食べたいですけど、それは早苗さんが作りたくなった時でいいです」
確かに料理は好きではないが、別に手伝うのも嫌だというわけではない。
なのになぜか桜木は、早苗が料理をするのを絶対に許さなかった。何か変な物でも錬成してしまうとでも思っているのだろうか。
まあ、手伝わなくていいって言うならいいんだけど。
これだけ美味しいご飯が作れるのだから、下手に早苗が手伝うのはかえって邪魔かもしれない。
早苗はそれ以上言うのをやめた。
ときどき映画にツッコミを入れつつ、二人はピザと唐揚げを平らげた。
「ごちそうさまでした。美味しかったです」
「お粗末さまでした」
映画をいったん止めて、二人で食器を流しへと持って行く。
ソファに戻ると、桜木が先に中央に深く座った。
「早苗さん」
足の間をポンポンと叩く。
そこに座れという意味だと解釈して、早苗は桜木の足の間に腰を下ろした。
テーブルの上のリモコンに手を伸ばして動画を再開すると、桜木が後ろから早苗に腕を回してきた。
「これやるのが夢だったんです」
「そうなんだ?」
「ちゃんと付き合ってからも、先輩朝すぐ帰っちゃうの変わらないし。俺こうやってイチャイチャするのすごい楽しみにしてたんです」
ぎゅうぎゅうと早苗を抱きしめる。
「ごめんね、何か色々忙しくて」
「いいんです。今めちゃくちゃ幸せなので」
桜木がちゅっと早苗の首にキスをした。
「好きです」
「何か急に好き好き言うようになったよね」
「だって黙ってたら早苗さんに全然伝わってなかったから。俺あんなに大好きオーラ出してたのに。俺が早苗さんのことが好きで好きでたまらないって、ちゃんとわかってもらわないと」
桜木はまた別のところにキスをした。
「もうわかってるよ?」
「駄目です。たぶん十分の一も伝わってないんで。早苗さんが思っているよりもずっと俺は早苗さんが好きですよ。それに、奥田さんが戻ってくるからちょっと危機感あって」
「だからなんで奥田さんなの」
「奥田さん以外の男になら負けない自信があります」
ちゅっ、ちゅっ、と首筋にキスが落ちていく。
「くすぐったいよ。映画観れない」
「ちょっとだけ」
「ひゃっ」
桜木の口が耳に触れて、早苗は思わず声を上げてしまう。
すると面白がるように、桜木はそこばかりを攻めてきた。
同時に反対側の耳も手でくすぐってくる。
「びくびくしてる。可愛い……」
「ちょっと、駄目だってば」
早苗はバシバシと桜木の腕を叩いて逃げようとしたが、耳たぶをはむはむと口に含まれた途端、力を失ってしまった。
桜木が早苗の首に舌を這わせ始める。
「遙人……っ、私、映画観てるんだってばぁ……」
「観てていいですよ」
そう言いながら、桜木の手が早苗の体をまさぐっていく。
視線を画面に向けても、全然内容が頭に入ってこない。
「や……あっ、そこ……駄目っ」
「駄目じゃないですよね? 早苗さん、ここ、好きでしょう?」
「あ……っ、やっ、遙人ぉ……」
「早苗さん超可愛い。大好き……」
* * * * *
「もーっ! 映画観てたのにっ!!」
食後のデザートとして美味しく頂かれてしまった早苗は、当然怒った。エンドロールはとっくに流れ、今は作品の紹介画面が表示されている。
「だって早苗さんが可愛すぎるから……」
「もう絶対一緒に映画観ない!」
怒りに任せてソファから立ち上がる。
「えぇっ、早苗さんっ、そんなこと言わないで下さいっ。ほら、四十八時間のレンタルだから、今からでも観れますよ。一緒に観ましょう? ね?」
桜木が両腕を広げて早苗を呼んだ。
「何もしない?」
「何もしません」
「本当に?」
「本当に」
ならば許そう、と早苗は再度桜木の足の間に収まった。
だがこの後、桜木の手はまたも怪しい動きを始めてしまう。
「だから駄目だって言ってるでしょ!? これ以上悪戯するなら帰る!」
「すみません! 大人しくします!」
慌てた桜木は、絶対に逃がさないとばかりに早苗のお腹に回した腕にぎゅっと力をこめた。
振り返って、三度目はないぞ、と桜木をにらみ、体重を預ける。
早苗は今度こそ桜木と映画を楽しむことができた。
そのあとは二人でのんびりと過ごし、桜木が作った夕食に舌鼓を打ち、まだ遅くないうちに帰ることにする。
玄関に見送りについてきた桜木は、眉を下げた。
「本当に帰っちゃうんですか? やっぱり、今日も泊まっていきませんか?」
「明日は家事しなきゃいけないから」
「そう、ですよね」
桜木はしょんぼりとした顔をしていた。
「あの、早苗さん」
「何?」
桜木が靴を履いた早苗との距離をつめて、そっと抱き締めた。
「うちで一緒に住みませんか? 二人でいてもそんなに狭くないと思います。俺、早苗さんと離れていたくないです」
「昼間は一緒に仕事してるじゃない」
「プライベートでも一緒にいたいんです」
「まだ早いよ」
正式につき合ってから日が浅い。同棲するには早すぎると感じた。
それに、元彼とのこともある。帰宅して相手の荷物が丸ごとなくなっていた時の喪失感を思い出した。
「早いかもしれないけど、俺が早苗さんを好きじゃなくなることは有り得ないし、早苗さんにもずっと好きでいてもらえるように頑張りますから。別れるときのことなんて考える必要ないです。俺と一緒にいて下さい」
「なんかプロポーズみたい」
早苗がくすりと笑うと、桜木はばっと早苗から離れた。
「違います! 今のはプロポーズじゃないです! それはちゃんとした場で、ちゃんとやりますから!」
慌てたように早口で言う。
その様子がまたおかしくて、早苗はくすくすと笑った。
「いいよ」
「へ?」
「一緒に住んでも」
「ほんとですか!? やった! ありがとうございます! 嬉しいです!」
桜木がぎゅうぎゅうと早苗を抱きしめて、頭に頬ずりをした。
別れるかもしれないと思うと、踏み出すのが怖い。
だけど早苗は、桜木となら、そうならない気がした。
「いつにします!? 来週引っ越してきますか!?」
「それはほんとに早すぎ」
今から引っ越し業者の見積りを始めそうな桜木の勢いに、早苗はまた笑った。
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