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第31話 デート(5)レストラン
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夕方、少し早い時間に行ったのは、近くのホテルの最上階にあるレストランだった。
「え、ここ? 私の格好、大丈夫かな……」
なんだかとてもお高そうなレストランだ。
「大丈夫ですよ。そこまでフォーマルな場所じゃないですから」
早苗が店の前のメニューを確認する暇もなく、桜木は早苗の背中を押して、さっと入店してしまう。
タキシードを来た店員がやってきて、桜木が名前を告げる。
案内されたのは、窓際の二人席だった。
「わぁ、すごい……」
窓の外では、ちょうど夕日が落ちようとしていた。
「晴れててよかった」
「ほんとだね」
空が茜色に染まっていて、上に行くに従って青くなり、その中間では薄紫色の雲がたなびいている。
眩しい、けど、目が離せない。
すぐ下の建物には、明かりがつき始めていた。
太陽がゆっくりと落ちていくにつれて、赤色が強くなっていく。
すっかり太陽が隠れてしまうまで、早苗は見とれていた。
「すごかったね……」
「喜んでもらえてよかったです」
早苗が向き直ると、桜木が微笑んだ。
「あ、飲み物頼まないと」
「食前酒頼んでおきました。あと食事も」
「え?」
早苗が窓の外を眺めている間に、桜木はすでに注文を終えていたのだ。
値段を確かめようと思っていたのに、メニューは既に片付けられてしまっていた。カトラリーまで並べてある。
どう考えてもお高い店だ。
今日一日は持たせて欲しいと言われはしたが、こんなに高級な店で出してもらうわけにはいかない。
あとでちゃんと渡そうと思っていたのに、値段がわからなければそれも難しい。
カトラリーの数からして、コースメニューだろう。
ご飯とお酒で一万円くらい、かな? それとも一万五千円?
これからくる料理で見極めよう、と決める。何かのタイミングでメニューが確認できればベストだ。
食前酒として運ばれてきたのはミモザだった。スパークリングワインとオレンジジュースのカクテルだ。
「早苗さん、今日は来てくれてありがとうございました」
「こちらこそ、連れてきてくれてありがとうございました」
乾杯、とグラスを二人で持ち上げる。
こくり、と一口飲む。
「楽しんでもらえましたか?」
「すっごく楽しかったよ」
「詰め込みすぎたかな、と思っていたんですが」
「そうだね。盛りだくさんだった。まさか水族館とプラネタリウムをはしごするとは思わなかったよ」
くすくす、と早苗が笑う。
「最後はこんなに素敵な所まで連れてきてもらっちゃって、ほんと贅沢な一日」
「精一杯考えました。早苗さんに喜んでもらいたくて」
どうしてそういうこと言っちゃうかなぁ。
返答に困った早苗は、ふふっ、と笑ってグラスを傾けた。
「あとこれ……」
桜木が胸元に手を入れて、ラッピングされた小さな箱を取り出す。
早苗の目の前、白いテーブルクロスの上に置いた。
「早苗さんにプレゼントです」
「えぇ!?」
そんなのまで用意してるの!?
早苗は手を伸ばすのを躊躇った。
これは受け取ってもいいのだろうか。
「全然大したものじゃないですよ。期待しないで下さいね」
ぱぱっと桜木が体の前で手の平を振ったので、早苗は思いきって小箱を手に取った。
赤色のリボンをほどき、ピンク色の包装紙を丁寧に開けていく。
桜木はその手元をじっと見ていた。
出てきた白い箱をそっと開けると、中にはイルカをデフォルメした板状のマグネットが出てきた。
「わぁ」
「今日の記念に。冷蔵庫にでも貼ってもらえると」
水族館のお土産だろう。いつの間に買ったのだろうか。
スマートすぎる。
「ありがとう」
それほど高い物ではない。これなら受け取っても大丈夫だ、と判断して、早苗はマグネットを綺麗に包み直してハンドバッグにしまった。
「桜木くん、さすが慣れてるね」
ぎくり、と桜木が顔を強ばらせる。
「そんなことは、全然っ」
「こういうの、みんなにやってるんでしょ」
ミモザを飲みながら、意地悪く聞く。
「早苗さんにだけですよ」
「どうかなぁ」
「ほんとですって」
「まぁ、今日はそういうことにしておいてあげよう」
「本当に――」
桜木の訴えは、前菜を持ってきたウェイターに遮られた。
ナプキンを取って、膝に乗せる。
前菜は、鯛のカルパッチョだった。パプリカや香草が混ぜられたジュレがキラキラして綺麗だ。
「美味しい……」
一口食べた早苗は思わず目を丸くする。
「ですね。バルサミコの味が絶妙です」
「鯛がしっとりしてるのもいいよね」
「はい」
舌鼓を打ちながら、食前酒と共に食べる。
本当は食べる前に飲みきらなければならず、桜木はすでに飲み終えていたのだが、早苗には少しきつく、前菜を食べ終わるの同時に飲み終えた。
「次の飲み物はどうしますか?」
「メニューが見たいな」
これで値段がわかるだろうと思いきや、なんとウェイターに渡された飲み物のメニューには、値段が書いていなかった。
これは本格的にマズいかもしれない、と頭の中で警鐘が鳴る。値段のないメニューを置いているなんて、本気で高級店ではないか。
「格好悪いんですけど、俺、ワインは全然わかりません。なので、ソムリエさんにお任せしましょう。どういうのが飲みたいですか?」
「どういうのって……」
「甘いのとか、辛いのとか」
早苗もワインはわからない。
というか、飲むと言えば居酒屋に行くくらいなので、アルコール全般、あまり銘柄は知らない。そしてワインはどちらかと言えば苦手だった。
「それともカクテルにします? カシオレもあるみたいですよ」
「じゃあ、それにする」
高い店なのに、料理と合わせなくて申し訳ない。
だけど、苦手な物を無理して飲むよりも、好きな物を飲んだ方がいいだろう、と判断する。下手に頼んでバカ高いワインだったら大変だ、という思いもある。
「俺はワイン飲もうかな」
桜木はソムリエと相談して、白ワインを頼んでいた。メインは肉だが、赤ワインでなくてもいいらしい。
次に運ばれてきたのはスープだった。ニンジンの冷製ポタージュだ。表面が泡立ててあって、ふわふわしていた。
「これも美味しい……」
「はい」
たかがスープ。されどスープ。
シンプルな料理だけに、美味しさが際立った。
ううーん、とうなってしまう。
二人が食べ終わると皿が下げられる。
次の皿がくるまでの間、二人は昼間の事を話した。
「早苗さんは、水族館とプラネタリウム、どちらの方が楽しかったですか?」
「水族館」
早苗は即答した。だってプラネタリウムの方は記憶がないのだ。
「宇宙の成り立ちとか、今の最新の研究結果とか、早苗さん好きそうですけど」
「う、うん、そうだけどっ、イルカのショーが一番良かったな!」
嘘ではない。大きな水槽の中を縦横無尽に泳ぎながら数々の芸を披露するイルカたちはすごかった。
「ああ、そうですね。どうやったらあんなにジャンプできるんでしょうね」
「あれって、イルカは楽しくてやってるのかな?」
「遊びの感覚みたいですよ。本人のやる気がないときはショーを放棄することもあるそうです」
「へぇ」
生き物相手だ、そういうこともあるだろう。
「アシカのショーも面白かったですよね」
「自分で拍手してたりね」
そうこうしているうちに、メインの皿が運ばれてきた。
子牛のステーキのフォアグラ添えだった。
添え、と言っても、男性の拳大のステーキの上に、同じ大きさのフォアグラが乗っている。ステーキの下にはジャガイモのマッシュが敷いてある。ソースがステーキよりもやや大きいサイズでギザギザに細くかかっていた。
「すご……」
こんなに大きなフォアグラは見たことがない。
桜木は躊躇いなくナイフを入れていく。
「美味しいですよ。……え、もしかして早苗さんフォアグラ苦手でした?」
「ううん、大丈夫」
ちょっとビビってしまっただけだ。
早苗はごくりと喉を鳴らして、ナイフを入れた。
フォアグラは当たり前だが、ステーキにもすっと刃が入った。驚くほど軟らかい。
焼き加減はほどよいミディアムだった。
思い切って口に入れると、ここでもバルサミコの香りが鼻に抜けた。
口の中でほどけるような軟らかさだった。なのに脂っぽくはなく、赤身の味がする。牛であるのもあって、臭味も全くない。
「すっごく美味しい……」
もう何度言っただろうか。今日だけでも一週間分は言った気がする。
「え、ここ? 私の格好、大丈夫かな……」
なんだかとてもお高そうなレストランだ。
「大丈夫ですよ。そこまでフォーマルな場所じゃないですから」
早苗が店の前のメニューを確認する暇もなく、桜木は早苗の背中を押して、さっと入店してしまう。
タキシードを来た店員がやってきて、桜木が名前を告げる。
案内されたのは、窓際の二人席だった。
「わぁ、すごい……」
窓の外では、ちょうど夕日が落ちようとしていた。
「晴れててよかった」
「ほんとだね」
空が茜色に染まっていて、上に行くに従って青くなり、その中間では薄紫色の雲がたなびいている。
眩しい、けど、目が離せない。
すぐ下の建物には、明かりがつき始めていた。
太陽がゆっくりと落ちていくにつれて、赤色が強くなっていく。
すっかり太陽が隠れてしまうまで、早苗は見とれていた。
「すごかったね……」
「喜んでもらえてよかったです」
早苗が向き直ると、桜木が微笑んだ。
「あ、飲み物頼まないと」
「食前酒頼んでおきました。あと食事も」
「え?」
早苗が窓の外を眺めている間に、桜木はすでに注文を終えていたのだ。
値段を確かめようと思っていたのに、メニューは既に片付けられてしまっていた。カトラリーまで並べてある。
どう考えてもお高い店だ。
今日一日は持たせて欲しいと言われはしたが、こんなに高級な店で出してもらうわけにはいかない。
あとでちゃんと渡そうと思っていたのに、値段がわからなければそれも難しい。
カトラリーの数からして、コースメニューだろう。
ご飯とお酒で一万円くらい、かな? それとも一万五千円?
これからくる料理で見極めよう、と決める。何かのタイミングでメニューが確認できればベストだ。
食前酒として運ばれてきたのはミモザだった。スパークリングワインとオレンジジュースのカクテルだ。
「早苗さん、今日は来てくれてありがとうございました」
「こちらこそ、連れてきてくれてありがとうございました」
乾杯、とグラスを二人で持ち上げる。
こくり、と一口飲む。
「楽しんでもらえましたか?」
「すっごく楽しかったよ」
「詰め込みすぎたかな、と思っていたんですが」
「そうだね。盛りだくさんだった。まさか水族館とプラネタリウムをはしごするとは思わなかったよ」
くすくす、と早苗が笑う。
「最後はこんなに素敵な所まで連れてきてもらっちゃって、ほんと贅沢な一日」
「精一杯考えました。早苗さんに喜んでもらいたくて」
どうしてそういうこと言っちゃうかなぁ。
返答に困った早苗は、ふふっ、と笑ってグラスを傾けた。
「あとこれ……」
桜木が胸元に手を入れて、ラッピングされた小さな箱を取り出す。
早苗の目の前、白いテーブルクロスの上に置いた。
「早苗さんにプレゼントです」
「えぇ!?」
そんなのまで用意してるの!?
早苗は手を伸ばすのを躊躇った。
これは受け取ってもいいのだろうか。
「全然大したものじゃないですよ。期待しないで下さいね」
ぱぱっと桜木が体の前で手の平を振ったので、早苗は思いきって小箱を手に取った。
赤色のリボンをほどき、ピンク色の包装紙を丁寧に開けていく。
桜木はその手元をじっと見ていた。
出てきた白い箱をそっと開けると、中にはイルカをデフォルメした板状のマグネットが出てきた。
「わぁ」
「今日の記念に。冷蔵庫にでも貼ってもらえると」
水族館のお土産だろう。いつの間に買ったのだろうか。
スマートすぎる。
「ありがとう」
それほど高い物ではない。これなら受け取っても大丈夫だ、と判断して、早苗はマグネットを綺麗に包み直してハンドバッグにしまった。
「桜木くん、さすが慣れてるね」
ぎくり、と桜木が顔を強ばらせる。
「そんなことは、全然っ」
「こういうの、みんなにやってるんでしょ」
ミモザを飲みながら、意地悪く聞く。
「早苗さんにだけですよ」
「どうかなぁ」
「ほんとですって」
「まぁ、今日はそういうことにしておいてあげよう」
「本当に――」
桜木の訴えは、前菜を持ってきたウェイターに遮られた。
ナプキンを取って、膝に乗せる。
前菜は、鯛のカルパッチョだった。パプリカや香草が混ぜられたジュレがキラキラして綺麗だ。
「美味しい……」
一口食べた早苗は思わず目を丸くする。
「ですね。バルサミコの味が絶妙です」
「鯛がしっとりしてるのもいいよね」
「はい」
舌鼓を打ちながら、食前酒と共に食べる。
本当は食べる前に飲みきらなければならず、桜木はすでに飲み終えていたのだが、早苗には少しきつく、前菜を食べ終わるの同時に飲み終えた。
「次の飲み物はどうしますか?」
「メニューが見たいな」
これで値段がわかるだろうと思いきや、なんとウェイターに渡された飲み物のメニューには、値段が書いていなかった。
これは本格的にマズいかもしれない、と頭の中で警鐘が鳴る。値段のないメニューを置いているなんて、本気で高級店ではないか。
「格好悪いんですけど、俺、ワインは全然わかりません。なので、ソムリエさんにお任せしましょう。どういうのが飲みたいですか?」
「どういうのって……」
「甘いのとか、辛いのとか」
早苗もワインはわからない。
というか、飲むと言えば居酒屋に行くくらいなので、アルコール全般、あまり銘柄は知らない。そしてワインはどちらかと言えば苦手だった。
「それともカクテルにします? カシオレもあるみたいですよ」
「じゃあ、それにする」
高い店なのに、料理と合わせなくて申し訳ない。
だけど、苦手な物を無理して飲むよりも、好きな物を飲んだ方がいいだろう、と判断する。下手に頼んでバカ高いワインだったら大変だ、という思いもある。
「俺はワイン飲もうかな」
桜木はソムリエと相談して、白ワインを頼んでいた。メインは肉だが、赤ワインでなくてもいいらしい。
次に運ばれてきたのはスープだった。ニンジンの冷製ポタージュだ。表面が泡立ててあって、ふわふわしていた。
「これも美味しい……」
「はい」
たかがスープ。されどスープ。
シンプルな料理だけに、美味しさが際立った。
ううーん、とうなってしまう。
二人が食べ終わると皿が下げられる。
次の皿がくるまでの間、二人は昼間の事を話した。
「早苗さんは、水族館とプラネタリウム、どちらの方が楽しかったですか?」
「水族館」
早苗は即答した。だってプラネタリウムの方は記憶がないのだ。
「宇宙の成り立ちとか、今の最新の研究結果とか、早苗さん好きそうですけど」
「う、うん、そうだけどっ、イルカのショーが一番良かったな!」
嘘ではない。大きな水槽の中を縦横無尽に泳ぎながら数々の芸を披露するイルカたちはすごかった。
「ああ、そうですね。どうやったらあんなにジャンプできるんでしょうね」
「あれって、イルカは楽しくてやってるのかな?」
「遊びの感覚みたいですよ。本人のやる気がないときはショーを放棄することもあるそうです」
「へぇ」
生き物相手だ、そういうこともあるだろう。
「アシカのショーも面白かったですよね」
「自分で拍手してたりね」
そうこうしているうちに、メインの皿が運ばれてきた。
子牛のステーキのフォアグラ添えだった。
添え、と言っても、男性の拳大のステーキの上に、同じ大きさのフォアグラが乗っている。ステーキの下にはジャガイモのマッシュが敷いてある。ソースがステーキよりもやや大きいサイズでギザギザに細くかかっていた。
「すご……」
こんなに大きなフォアグラは見たことがない。
桜木は躊躇いなくナイフを入れていく。
「美味しいですよ。……え、もしかして早苗さんフォアグラ苦手でした?」
「ううん、大丈夫」
ちょっとビビってしまっただけだ。
早苗はごくりと喉を鳴らして、ナイフを入れた。
フォアグラは当たり前だが、ステーキにもすっと刃が入った。驚くほど軟らかい。
焼き加減はほどよいミディアムだった。
思い切って口に入れると、ここでもバルサミコの香りが鼻に抜けた。
口の中でほどけるような軟らかさだった。なのに脂っぽくはなく、赤身の味がする。牛であるのもあって、臭味も全くない。
「すっごく美味しい……」
もう何度言っただろうか。今日だけでも一週間分は言った気がする。
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