18 / 34
第18話 プレゼン(5)相談
しおりを挟む
翌週の月曜日、早苗たちは重役会議の結果の連絡を今か今かと待っていた。川口が電話をくれると聞いていたので、机に置いてある共用電話が鳴る度に、心臓が跳ねる。
だが、予定の時間が過ぎても連絡は来ない。
まんじりともしない気持ちで、半分意識を持って行かれながら業務をしていた早苗は、横から奥田に話しかけられた。
「皆瀬さん、こんな時で申し訳ないのですが、お話したいことがありまして」
「はい、何でしょう?」
奥田はひどく真剣な顔をしていた。
「その、ここではちょっと……。会議室を予約したので、そちらででもいいですか」
「わかりました」
会議室へ向かうわずかな間、早苗は話したいこととは何だろう、と頭の中でぐるぐると考えていた。大事な連絡を待っている時にする話ということは、同様に重要な話に違いない。
奥だがパソコンを持っていない所を見ると、業務に関する相談ではなさそうだった。
一番あり得るのは、仕事を辞めるという話だ。転職をする、というバリエーションもある。どちらにしろ、とにかくプロジェクトからは抜けることになる。
次にあり得るのは、上からの異動の辞令が出た、というパターンだ。奥田の会社としても、長く続けられる契約はありがたいはずだが、全くないわけではない。これもやはりプロジェクトを抜けることになる。
それとも、病気が見つかった、などというもっと深刻な話だろうか。
奥田が取った会議室は、定員二人だけの小さな部屋だった。
半円のテーブルが壁に接して置いてあり、椅子が横に並んでいる。テーブルの上にはディスプレイが一つあって、各自のノートパソコンを繋げられるようになっていた。
今回はパソコンがないのでディスプレイの電源はつけない。
早苗の横に座った奥田が体を早苗に向けたので、早苗も奥田の方を向いた。
奥田は目を伏せてしばらく逡巡しているような素振りを見せたあと、顔を上げて早苗をじっと見た。
「独立して、会社を立ち上げることにしました」
そっちだったか……。
退職のさらに別のバリエーションだった。だが、やはりプロジェクトを出て行くことには変わりない。
技術者は独立する者も多い。会社を立ち上げたり、個人事業主になった方が収入が増えるからだ。
予想していた事とはいえ、早苗は目の前が真っ暗になったように感じた。
奥田がチームからいなくなる、ということが上手く考えられない。
これからどうすればいいのだろうか。業務は? プレゼンは?
奥田は早苗の心の支えでもあった。技術的な所は奥田に確認してもらっていれば大丈夫、という絶対の信頼があったのだ。
でも、病気とかじゃなくてよかった……。
最悪のケースまで想像していた早苗は、そのことだけには安堵した。
「いつですか?」
早苗はがっかりした様子を見せないよう、平坦な声で聞いた。
奥田だって言いにくいのだ。早苗がしょぼくれてしまうと、さらに言いにくくなるだろう。
まあ、早苗の心情など、奥田にはお見通しなのだろうけれど。
「二ヶ月後ですが、有給が残っているので、一月後には退プロします」
「……わかりました」
思ったよりも早い。
現行システムのサービス開始まではいてくれるようだ。
「では、なるべく早く後任者を見つけますので、引き継ぎの準備をお願いします」
「その前に、ご相談なんですが」
「何でしょう」
「一ヶ月後から、新規契約で雇ってもらえないでしょうか?」
早苗は首を傾げた。
「どういう意味でしょうか?」
「今の会社的には一ヶ月後に退プロしますが、新しい会社と継続して引き続き雇って欲しいんです」
「有休消化中に新しい会社で働くということですか? 副業は禁止じゃないんですか? というか、乗り換えて同じプロジェクトで働くというのは、今の会社的に許されるんでしょうか」
「実は、上層部と喧嘩しまして、出て行けと言われてしまったんです。副業だろうが乗り換えだろうが構わない、という言質も取りました」
「えぇっ!?」
そんなことがあるのだろうか。奥田の会社はそこそこの規模がある。一体何があれば上層部と喧嘩をするような事になるのだろう。
「やはり、駄目でしょうか」
「駄目っていうか……」
奥田の会社からは、早苗のプロジェクトだけでも他にも人が来ている。会社全体ではかなりの数になるだろう。
ここで奥田の乗り換えを受け入れてしまったら、会社間でしこりが残らないだろうか。
「私の一存ではちょっと……。契約を決めるのは課長ですし」
「わかっています。皆瀬さんには課長さんに推薦して頂ければと思っています」
「それは全然いいですよ。私も奥田さんが継続してくれるのは助かります」
助かるなどと言うレベルではない。
本当は喉から手が出るほど欲しい。
できることがあるのなら、全身全霊をもって協力する所存だ。
「全力で推薦します」
「よろしくお願いします」
奥田が早苗の両手を取って、祈るように握った。
その時、コンコン、とドアがノックされ、続いてカチャリと開いた。
「失礼します。先輩――」
ドアを開けたのは桜木だった。
半開きのままピタリと止まる。
「席にいないから会議室予約見て来たんですけど――」
桜木の目は、握られている二人の手に注がれていた。
早苗はぱっと奥田の手から手を引き抜いた。
また変な所を見られてしまった。
恥ずかしさだけではなく、なぜだか後ろめたい気持ちにもなった。
「ど、どうしたの?」
「今、先方から連絡が来て……」
「どうだったっ!?」
「通ったそうです」
「やったー!!」
桜木の言葉に、早苗は両手を上げて喜んだ。
長かった……本当に長かった……。
資料を作ってはボツをくらい、作り直してはボツをくらった。
なんとか担当者の川口のレビューを通ったと思ったら、今度は橋本だ。
みんなで終電ギリギリまで議論した日々が思い返された。
「奥田さん、やりましたよ!」
「はい!」
早苗は奥田の腕をぱしぱしと叩いて、喜びを表現した。
「先輩!」
桜木が二人の喜びの声を遮るように声を上げた。
「川口さんが少し先輩と話したいって。電話繋がってます」
「え!? 今行くっ!」
大股の早足でオフィスに戻る桜木の後を追って、早苗は会議室を後にした。
だが、予定の時間が過ぎても連絡は来ない。
まんじりともしない気持ちで、半分意識を持って行かれながら業務をしていた早苗は、横から奥田に話しかけられた。
「皆瀬さん、こんな時で申し訳ないのですが、お話したいことがありまして」
「はい、何でしょう?」
奥田はひどく真剣な顔をしていた。
「その、ここではちょっと……。会議室を予約したので、そちらででもいいですか」
「わかりました」
会議室へ向かうわずかな間、早苗は話したいこととは何だろう、と頭の中でぐるぐると考えていた。大事な連絡を待っている時にする話ということは、同様に重要な話に違いない。
奥だがパソコンを持っていない所を見ると、業務に関する相談ではなさそうだった。
一番あり得るのは、仕事を辞めるという話だ。転職をする、というバリエーションもある。どちらにしろ、とにかくプロジェクトからは抜けることになる。
次にあり得るのは、上からの異動の辞令が出た、というパターンだ。奥田の会社としても、長く続けられる契約はありがたいはずだが、全くないわけではない。これもやはりプロジェクトを抜けることになる。
それとも、病気が見つかった、などというもっと深刻な話だろうか。
奥田が取った会議室は、定員二人だけの小さな部屋だった。
半円のテーブルが壁に接して置いてあり、椅子が横に並んでいる。テーブルの上にはディスプレイが一つあって、各自のノートパソコンを繋げられるようになっていた。
今回はパソコンがないのでディスプレイの電源はつけない。
早苗の横に座った奥田が体を早苗に向けたので、早苗も奥田の方を向いた。
奥田は目を伏せてしばらく逡巡しているような素振りを見せたあと、顔を上げて早苗をじっと見た。
「独立して、会社を立ち上げることにしました」
そっちだったか……。
退職のさらに別のバリエーションだった。だが、やはりプロジェクトを出て行くことには変わりない。
技術者は独立する者も多い。会社を立ち上げたり、個人事業主になった方が収入が増えるからだ。
予想していた事とはいえ、早苗は目の前が真っ暗になったように感じた。
奥田がチームからいなくなる、ということが上手く考えられない。
これからどうすればいいのだろうか。業務は? プレゼンは?
奥田は早苗の心の支えでもあった。技術的な所は奥田に確認してもらっていれば大丈夫、という絶対の信頼があったのだ。
でも、病気とかじゃなくてよかった……。
最悪のケースまで想像していた早苗は、そのことだけには安堵した。
「いつですか?」
早苗はがっかりした様子を見せないよう、平坦な声で聞いた。
奥田だって言いにくいのだ。早苗がしょぼくれてしまうと、さらに言いにくくなるだろう。
まあ、早苗の心情など、奥田にはお見通しなのだろうけれど。
「二ヶ月後ですが、有給が残っているので、一月後には退プロします」
「……わかりました」
思ったよりも早い。
現行システムのサービス開始まではいてくれるようだ。
「では、なるべく早く後任者を見つけますので、引き継ぎの準備をお願いします」
「その前に、ご相談なんですが」
「何でしょう」
「一ヶ月後から、新規契約で雇ってもらえないでしょうか?」
早苗は首を傾げた。
「どういう意味でしょうか?」
「今の会社的には一ヶ月後に退プロしますが、新しい会社と継続して引き続き雇って欲しいんです」
「有休消化中に新しい会社で働くということですか? 副業は禁止じゃないんですか? というか、乗り換えて同じプロジェクトで働くというのは、今の会社的に許されるんでしょうか」
「実は、上層部と喧嘩しまして、出て行けと言われてしまったんです。副業だろうが乗り換えだろうが構わない、という言質も取りました」
「えぇっ!?」
そんなことがあるのだろうか。奥田の会社はそこそこの規模がある。一体何があれば上層部と喧嘩をするような事になるのだろう。
「やはり、駄目でしょうか」
「駄目っていうか……」
奥田の会社からは、早苗のプロジェクトだけでも他にも人が来ている。会社全体ではかなりの数になるだろう。
ここで奥田の乗り換えを受け入れてしまったら、会社間でしこりが残らないだろうか。
「私の一存ではちょっと……。契約を決めるのは課長ですし」
「わかっています。皆瀬さんには課長さんに推薦して頂ければと思っています」
「それは全然いいですよ。私も奥田さんが継続してくれるのは助かります」
助かるなどと言うレベルではない。
本当は喉から手が出るほど欲しい。
できることがあるのなら、全身全霊をもって協力する所存だ。
「全力で推薦します」
「よろしくお願いします」
奥田が早苗の両手を取って、祈るように握った。
その時、コンコン、とドアがノックされ、続いてカチャリと開いた。
「失礼します。先輩――」
ドアを開けたのは桜木だった。
半開きのままピタリと止まる。
「席にいないから会議室予約見て来たんですけど――」
桜木の目は、握られている二人の手に注がれていた。
早苗はぱっと奥田の手から手を引き抜いた。
また変な所を見られてしまった。
恥ずかしさだけではなく、なぜだか後ろめたい気持ちにもなった。
「ど、どうしたの?」
「今、先方から連絡が来て……」
「どうだったっ!?」
「通ったそうです」
「やったー!!」
桜木の言葉に、早苗は両手を上げて喜んだ。
長かった……本当に長かった……。
資料を作ってはボツをくらい、作り直してはボツをくらった。
なんとか担当者の川口のレビューを通ったと思ったら、今度は橋本だ。
みんなで終電ギリギリまで議論した日々が思い返された。
「奥田さん、やりましたよ!」
「はい!」
早苗は奥田の腕をぱしぱしと叩いて、喜びを表現した。
「先輩!」
桜木が二人の喜びの声を遮るように声を上げた。
「川口さんが少し先輩と話したいって。電話繋がってます」
「え!? 今行くっ!」
大股の早足でオフィスに戻る桜木の後を追って、早苗は会議室を後にした。
2
お気に入りに追加
139
あなたにおすすめの小説

拾った宰相閣下に溺愛されまして。~残念イケメンの執着が重すぎます!
枢 呂紅
恋愛
「わたしにだって、限界があるんですよ……」
そんな風に泣きながら、べろべろに酔いつぶれて行き倒れていたイケメンを拾ってしまったフィアナ。そのまま道端に放っておくのも忍びなくて、仏心をみせて拾ってやったのがすべての間違いの始まりだった――。
「天使で、女神で、マイスウィートハニーなフィアナさん。どうか私の愛を受け入れてください!」
「気持ち悪いし重いんで絶対嫌です」
外見だけは最強だが中身は残念なイケメン宰相と、そんな宰相に好かれてしまった庶民ムスメの、温度差しかない身分差×年の差溺愛ストーリー、ここに開幕!
※小説家になろう様にも掲載しています。
腹黒上司が実は激甘だった件について。
あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。
彼はヤバいです。
サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。
まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。
本当に厳しいんだから。
ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。
マジで?
意味不明なんだけど。
めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。
素直に甘えたいとさえ思った。
だけど、私はその想いに応えられないよ。
どうしたらいいかわからない…。
**********
この作品は、他のサイトにも掲載しています。

キャンプに行ったら異世界転移しましたが、最速で保護されました。
新条 カイ
恋愛
週末の休みを利用してキャンプ場に来た。一歩振り返ったら、周りの環境がガラッと変わって山の中に。車もキャンプ場の施設もないってなに!?クマ出現するし!?と、どうなることかと思いきや、最速でイケメンに保護されました、

それは、ホントに不可抗力で。
樹沙都
恋愛
これ以上他人に振り回されるのはまっぴらごめんと一大決意。人生における全ての無駄を排除し、おひとりさまを謳歌する歩夢の前に、ひとりの男が立ちはだかった。
「まさか、夫の顔……を、忘れたとは言わないだろうな? 奥さん」
その婚姻は、天の啓示か、はたまた……ついうっかり、か。
恋に仕事に人間関係にと翻弄されるお人好しオンナ関口歩夢と腹黒大魔王小林尊の攻防戦。
まさにいま、開始のゴングが鳴った。
まあね、所詮、人生は不可抗力でできている。わけよ。とほほっ。
地味系秘書と氷の副社長は今日も仲良くバトルしてます!
めーぷる
恋愛
見た目はどこにでもいそうな地味系女子の小鳥風音(おどりかざね)が、ようやく就職した会社で何故か社長秘書に大抜擢されてしまう。
秘書検定も持っていない自分がどうしてそんなことに……。
呼び出された社長室では、明るいイケメンチャラ男な御曹司の社長と、ニコリともしない銀縁眼鏡の副社長が風音を待ち構えていた――
地味系女子が色々巻き込まれながら、イケメンと美形とぶつかって仲良くなっていく王道ラブコメなお話になっていく予定です。
ちょっとだけ三角関係もあるかも?
・表紙はかんたん表紙メーカーで作成しています。
・毎日11時に投稿予定です。
・勢いで書いてます。誤字脱字等チェックしてますが、不備があるかもしれません。
・公開済のお話も加筆訂正する場合があります。
ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~
菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。
だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。
車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。
あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。

隠れオタクの女子社員は若社長に溺愛される
永久保セツナ
恋愛
【最終話まで毎日20時更新】
「少女趣味」ならぬ「少年趣味」(プラモデルやカードゲームなど男性的な趣味)を隠して暮らしていた女子社員・能登原こずえは、ある日勤めている会社のイケメン若社長・藤井スバルに趣味がバレてしまう。
しかしそこから二人は意気投合し、やがて恋愛関係に発展する――?
肝心のターゲット層である女性に理解できるか分からない異色の女性向け恋愛小説!
憧れのあなたとの再会は私の運命を変えました~ハッピーウェディングは御曹司との偽装恋愛から始まる~
けいこ
恋愛
15歳のまだ子どもだった私を励まし続けてくれた家庭教師の「千隼先生」。
私は密かに先生に「憧れ」ていた。
でもこれは、恋心じゃなくただの「憧れ」。
そう思って生きてきたのに、10年の月日が過ぎ去って25歳になった私は、再び「千隼先生」に出会ってしまった。
久しぶりに会った先生は、男性なのにとんでもなく美しい顔立ちで、ありえない程の大人の魅力と色気をまとってた。
まるで人気モデルのような文句のつけようもないスタイルで、その姿は周りを魅了して止まない。
しかも、高級ホテルなどを世界展開する日本有数の大企業「晴月グループ」の御曹司だったなんて…
ウエディングプランナーとして働く私と、一緒に仕事をしている仲間達との関係、そして、家族の絆…
様々な人間関係の中で進んでいく新しい展開は、毎日何が起こってるのかわからないくらい目まぐるしくて。
『僕達の再会は…本当の奇跡だ。里桜ちゃんとの出会いを僕は大切にしたいと思ってる』
「憧れ」のままの存在だったはずの先生との再会。
気づけば「千隼先生」に偽装恋愛の相手を頼まれて…
ねえ、この出会いに何か意味はあるの?
本当に…「奇跡」なの?
それとも…
晴月グループ
LUNA BLUホテル東京ベイ 経営企画部長
晴月 千隼(はづき ちはや) 30歳
×
LUNA BLUホテル東京ベイ
ウエディングプランナー
優木 里桜(ゆうき りお) 25歳
うららかな春の到来と共に、今、2人の止まった時間がキラキラと鮮やかに動き出す。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる