【完結】育てた後輩を送り出したらハイスペになって戻ってきました

藤浪保

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第17話 プレゼン(4)電話

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 橋本たちが退席したあと、残った川口と早苗ら四人は息をついた。

「お疲れさまでした」

 川口が笑顔を見せる。

「橋本のあの感触だと大丈夫だと思います。正式にご回答できるのは月曜の重役会議での承認を得てからですが、その後は事務的に社内稟議りんぎ書を回せば発注できます」
「本日は本当にありがとうございました」
「こちらこそありがとうございました」

 互いに頭を下げ合い、川口に一階まで送ってもらった早苗たちは、ビルを後にした。

 途端、もわっとした空気に包まれる。ビルの中は効き過ぎるくらい冷房の効いていたのもあって、課長の眼鏡が白く曇った。

 ビルが見えなくなったところで、四人ともジャケットを脱ぐ。男性三人はネクタイを緩めた。こんな季節にいつまでも着ていられない。

 空は今にも雨が降りそうだったが、駅まではもってくれた。折りたたみのかさは持っているものの、降られないことに越したことはない。

 部長と課長はまた別の打ち合わせがあるということで、改札を抜けたところで別れた。もう終業時間間近だというのに、偉い人は大変だ。

 早苗たちはまた二人だけで電車に乗ることになった。

 運行トラブルはもう解消したらしく、電車の中はすいていた。いている席の方が多い。あともう少しすれば帰宅ラッシュが始まるだろう。

「疲れた」

 ぐったりと座席に座る。

 足を投げ出してしまいたい気分だったが、さすがに電車内でそれはできない。背中を丸くするだけでとどめておいた。

「お疲れさまでした」
「桜木くんもお疲れ。フォローありがとう」
「いいえ。お役に立てたなら良かったです」
「ほんと助かったよ。頭真っ白になっちゃって危なかった」
「俺、頼りになりましたか?」

  桜木が横からのぞき込むようにして聞いてくる。

「なったなった。めっちゃなった」

 提案までの検討会といい、資料作りといい、今日のプレゼンといい、桜木には助けられてばかりだ。

「奥田さんよりも頼りになります?」
「奥田さん?」

 どうしてここで奥田が出てくるのだろうか。 

「比較なんてできないよ。奥田さんはチームメンバーだもん」

 同じプロジェクトを担当しているとはいえ、桜木は営業部隊で、早苗の下についている奥田とは違う。

「奥田さんは私の右腕みたいな感じ」
「俺だって先輩の右腕になりたかったのに……」
「え? 何?」

 桜木が顔を伏せて落としたつぶやきは、早苗には聞こえなかった。

「先輩、今日はもう上がっちゃいませんか?」
「直帰ってこと?」
「はい」
「まあ……できなくはないけど……」

 頭の中で今日の予定を思い浮かべる。

 定時後の打ち合わせは入っていなかったはずだし、ここの所の業務はすべて今日の日のためのもので、それを越えた今、急ぎの作業も特にない。

 もしシステムトラブル等の緊急の用件があれば、すでにメールの一本でも入っているだろう。便りのないのはいい便りだ。

 奥田に直帰するむねの連絡さえしてしまえば問題ないだろう。オフィスに残っているメンバーも、今日は早く帰るのではないだろうか。

「俺んち来ますよね?」
「あ……うん。そっか。今日金曜日……。でも、セット持ってきてないし……」

 お泊まりセットはオフィスのロッカーの中だ。というか、今日が金曜日であり、桜木の家に行く日なのだという意識がなかった。別に約束しているわけでもない。

「買えばいいじゃないですか」
「それは、そうだけど……」
「俺、今日頑張りましたよね? 先輩からご褒美ごほうびがあってもいいと思いませんか」

 確かに頑張ってくれたし、フォローは助かった。手を握ってくれたこともありがたかった。あれで緊張が解けたのだ。

 疲れてはいたが、桜木が性欲処理がしたいというのであれば付き合おう、と思った。

「まあ、買い物してもいいなら」
「じゃあ、乗り換えの時に買いに行きましょう」

 よしっ、と桜木は片手を握りしめてガッツポーズをした。

「じゃあ、奥田さんに連絡しちゃうね」

 早苗はスマホを取り出した。

「チーム内の全員宛に連絡するんですよね?」
「そうだけど?」
「じゃあ、奥田さんに連絡する、って言わなくてもいいじゃないですか」
「それはそうだけど、私が不在の間にチームを見てくれてるのは奥田さんだから」

 チームのメンバーはそれぞれ自分の担当する業務があるが、奥田はそれ以外に全体も見てくれている。サブリーダーというポストは置いていないが、実質そのようなものだった。

「……それも俺がやりたかった」

 桜木が正面を向いてつぶいた。



「買い物しに、いったん外に出ましょう」

 乗り換えのために降りた駅で、桜木が提案してきた。早苗はそれに賛成する。

 改札を出れば、出口の向こうでは雨が降っていたが、買い物は駅ビルの中でも十分足りる。下着を買うところは見られたくないから、適当に時間を潰していて欲しい、と伝えようとした。

「桜木くん、私買いに行ってくるから――」
「あ、ちょっと待ってもらえますか」

 早苗の言葉をさえぎって、桜木はポケットからスマホを取り出した。表示を見て顔をしかめる。

 仕事の電話だろうか。

 急ぎの用なら今日は無しだな、と思った。

「すみません、ちょっと」
「うん」

 桜木が早苗から離れて背を向ける。

「何」

 ひどく不機嫌そうな声で桜木は電話に出た。

「……はぁ!?」

 桜木の声が高くなった。相手の声は聞こえないが、桜木の声はよく聞こえてくる。

「今日!? てか今!? もうマンションの前って――」

 マンションの前? 桜木の家の、ということだろうか。

「急に言われたって無理だって。いやこっちも――」

 桜木はしばらく言い争いらしき物をした後、がっくりと肩を落として戻ってきた。

「すみません……急用ができてしまって。今日は無理になりました……」
「わかった」
「本当にすみません。金曜日なのに……」
「全然いいよ」

 早苗は体の前で両手を振る。

「はぁ……」

 桜木は手の甲をひたいにため息をついた。

「じゃあ、私、会社に戻るから。お疲れ」
「お疲れ様でした……」

 手を軽く上げて桜木に別れの挨拶をすると、桜木は背を向けてとぼとぼと帰宅する方向の路線へと歩いて行った。

 会社に向かう電車に揺られながら、早苗は先ほどの電話について考えていた。

 桜木の家を知っている人物。

 きっとセフレの一人なのだろう。

 それも、予告なく突然訪問して桜木を振り回せる程の仲だ。

 あの様子だと、恐らく桜木は、仕事が残っていたのだとしても、なんとかして帰宅したのだろう、と思う。

 まさか、彼女ができたとか……?

 そんな素振りも痕跡もなかったが、もしもそうだとしたら、今の関係は続けてはいけない。セフレというのも褒められたものではないが、浮気となればそれこそ問題だ。

 でももしそうなら、桜木くんから何か言ってくるよね?

 セフレが複数いたとしても、さすがに彼女ができれば関係を終わらせようとするのではないだろうか。

 聞いた方がいいのかな?

 早苗は少し考えたあと、桜木が言ってこない以上、相手は彼女はなくセフレなのだ、という結論に至り、わざわざ確かめることもない、と思った。
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