【完結】育てた後輩を送り出したらハイスペになって戻ってきました

藤浪保

文字の大きさ
上 下
7 / 34

第7話 セフレ(1)同期

しおりを挟む
 何もないまま一ヶ月がたち、あの夜のことをすっかり忘れた頃、早苗は加世子かよこと二人で飲みに行った。

 職場の近くの居酒屋だ。全席が半個室になっていて使いやすい。

 まだ水曜日だったが、仕事の都合もあり、二人が時間が合わせられるタイミングがここしかなかったのだ。

「かんぱーい」
「かんぱーい」

 幹事に気遣う必要もないので、「とりあえずナマ」ではなく、最初からカシオレとレモンハイだった。

 一口飲んで、お通しを食べる。キュウリとタコの酢の物だった。

 こういうのにはビールの方が合う。

 それでもいいのだ。飲みたい物を飲む。

「あの後どう?」
「あの後って?」

 キュウリを口に入れながら、早苗は聞き返した。

「彼氏と別れてから。もう一ヶ月たつでしょ?」
「別に? 何もないよ?」

 いて言えば、早苗が仕事に行ってる間に、部屋から元彼の荷物がごっそりとなくなっていた事だろうか。

 合鍵あいかぎはベタにドアの郵便受けに入っていた。

 元彼が買った家電もあったが、それは残していってくれた。突然洗濯機がなくなったりしたら困ってしまう。

 家の中のあらゆる所に、朝まではあったはずの物がなくなっていて、ぽっかりとあいたその空間は、そのまま早苗の心にも穴を開けた。

 しかしそれもあっという間に忙しさの中に埋もれていった。

 家に帰っても別々の時間にコンビニ弁当を食べて、別々のことをして、眠るときだけシングルベッド二台に並ぶ。始業の時間も別だから、朝ご飯も別々だった。

 セックスどころかキスもしばらくしていなかった。

 同棲というよりは、同居人ルームメートでしかなかったのかもしれない。

 そりゃあ――浮気はともかく――他に好きな人ができてもおかしくないな、と思う。

「もう未練はないの?」
「ないない」
 
 早苗は苦笑して否定した。

 愛情はあった。今もたぶんある。

 けど、それは長く一緒にいた事への情であって、きっと恋愛的な意味ではなかったのだ。

「別れて正解だと思ってる。長く続けても、いつかは駄目になってたよ」
「まあ、早苗に尽くすことを求めるのは無理があるよねぇ……」

 加世子は早苗の上半身をじろじろと見た。

「何よぅ」

 見た目の地味さと尽くすかどうかは別だと思う。

 だが、その加世子の手は焼き鳥をくしから外していて、「はい、どうぞ」と二人の間に置いてくれるものだから、早苗には何も文句は言えなかった。

「でも私も、どっちも仕事してるなら、家の事は分担するべきだと思うよ。男だとか女だとか関係ないでしょ。どっちも大変なんだから、協力するべきでしょう。それが一緒にいるっていう意味だよ。早苗の場合は同じだけ稼いでるんだから尚更だよ」

 自分で外した焼き鳥ではなく、ぷちぷちと枝豆を食べ始める加世子。

「だから、私も別れて正解だと思う。早苗は仕事バリバリやりたいんだから、やらせてくれる人と一緒になった方がいいよ。あーあ、私もそろそろ誰か探さないとなぁ」
「加世子はモテるじゃん」
「駄目駄目。寄ってくるの既婚者ばっかだもん。本気じゃないだろうし、本気だと困る。不倫は勘弁。慰謝料とか無理」

 うげぇ、と加世子が顔をしかめた。

  誰かの幸せを壊したくない、と言わなかったのは、加世子の優しさだろう。

「リスク大きすぎるよね」
「そうそう。私の事が本気で好きなら離婚してから来いっての」
「それで好みじゃなかったらどうするの」
「たぶんそこまでされたら好きになる」
「加世子は愛されたいタイプだもんね」
「そういう早苗だって愛されたいでしょ?」
「うーん……」

 愛されるということがどういうことなのか、早苗はもう忘れてしまった。

 好きだと言われて、キスをして、体を求められて。

 そんな甘い時間は長く続かないと知ってしまったから。

 だからといって、相手を愛し甘やかしたいという気持ちも特にないから、恋愛に向いていないのかもしれない。

「でさ、未練がないって言うならね、相手のこと、聞きたい?」
「相手って?」
「元彼の相手。今の彼女」
「え、知ってるの?」
「そりゃ同期だし」

 元カレは早苗の同期だから、加世子も同じく同期だった。

 だが直接の繋がりはなかったはず。

 大手企業なので、同期だけでも数百人いる。伝手つてをたどるにしても、なかなか大変だったと思うのだが、そこはさすがコミュ力の高い営業なだけはあるということか。

「聞きたい」

 早苗は迷ったが、相手のことを聞くことにした。

 尽くされたいと言った元彼が、どういう相手を選んだのか興味があったからだ。

 早苗に似ても似つかない人物であれば、すっきりとした気持ちになれるだろう。

 もしも同じタイプだったらへこむだろうが、それなら加世子が言い出すわけがない、と思った。

「派遣さんだって」
「美人な人?」
「美人っていうか、お母さん系。そこまで年上じゃないみたいだけど」
「お母さん系」

 面倒を色々見てくれるということだろうか。それとも、色々と気遣った言葉をかけてくれるということだろうか。

 あったかくして寝なさい、とか?

 派遣会社から派遣されてくる社員は、協力会社とはまた別の雇用体系で、指揮系統が違う。仕事も技術系ではなく、経理処理などの事務系がほとんどだ。

 だが、同じ職場で働く点は変わりなく、早苗たちはどちらも仕事を共にする仲間として接している。

 どうしても男性が多くなりがちな会社において、女性が多い傾向にある派遣社員との結婚の話はわりとよく聞いた。

「お母さん系を求めてたなら、早苗じゃ無理だね。早苗は面倒見はいいけど、自分でできることはちゃんとやれってタイプだもん」

 言われてみると、知り合った新人の頃は、何かと世話を焼いていたような気もする。研修で出された課題を一緒にやったりだとか。

 だが寝るときに、温かくして寝なさい、なんて声かけはしない。

 眠っている間に寒がっていたら布団を掛けてあげることはあっても、眠る時には、外気温を考えて自分で布団を選べ、と思っている。

 でも、言って欲しかったのなら、言ってあげたのにな、とも思う。

 そのくらいはできた。一言そう言ってくれれば。

 まあ、足りなかったのは言葉だけじゃないのだろうけど。

「早苗には、一緒に並んで歩いてくれるパートナーが似合ってる。そういう人を探しなよ。あ、今度、コンサル会社との合コンあるけど、行く?」
「行かない」
「だよね、言うと思った」

 早苗は合コンに行ったことがない。

 知らない人とその場で仲良くなるということができない。

 あがり症なのもあるし、合コンのゴールである「連絡先を交換して次につなげる」まで到達しなければ、と意気込みすぎてしまうだろう。

 そして、交換できたらできたで、メッセージが来た時にどうしていいかわからなくなるに決まっているのだ。

「合コン嫌なら職場恋愛しかないじゃん。うちの社員なら安泰あんたいだろうけどさ」
「友達に紹介してもらう、とか」
「それ、結局合コンと変わらないから」
「そんなことないでしょ」
「異業種交流会なら行く?」
「それこそ合コンの別名じゃん」
「バレたか」

 二人のジョッキが空になり、加世子が店員を呼んだ。

 加世子は二杯目にして日本酒を頼む。早苗はカルーアミルクにした。

 注文したのと別の店員さんが二人の飲み物を持ってきて、加世子の前にカルーアミルク、早苗の前には日本酒を置いた。

 店員さんに軽くお礼を言ってから、飲み物を交換する。

「早苗は顔に似合わず甘いの好きだよね。飲めそうなのに」
「加世子も顔に似合わずからいの好きだよね。弱そうなのに」

 ふふっと二人で笑う。

「割り勘なら飲んだ方が得だもんね。私はたくさん飲ませて頂きます」
「なら私は食べるよ」
「どうぞどうぞ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

拾った宰相閣下に溺愛されまして。~残念イケメンの執着が重すぎます!

枢 呂紅
恋愛
「わたしにだって、限界があるんですよ……」 そんな風に泣きながら、べろべろに酔いつぶれて行き倒れていたイケメンを拾ってしまったフィアナ。そのまま道端に放っておくのも忍びなくて、仏心をみせて拾ってやったのがすべての間違いの始まりだった――。 「天使で、女神で、マイスウィートハニーなフィアナさん。どうか私の愛を受け入れてください!」 「気持ち悪いし重いんで絶対嫌です」  外見だけは最強だが中身は残念なイケメン宰相と、そんな宰相に好かれてしまった庶民ムスメの、温度差しかない身分差×年の差溺愛ストーリー、ここに開幕! ※小説家になろう様にも掲載しています。

腹黒上司が実は激甘だった件について。

あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。 彼はヤバいです。 サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。 まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。 本当に厳しいんだから。 ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。 マジで? 意味不明なんだけど。 めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。 素直に甘えたいとさえ思った。 だけど、私はその想いに応えられないよ。 どうしたらいいかわからない…。 ********** この作品は、他のサイトにも掲載しています。

キャンプに行ったら異世界転移しましたが、最速で保護されました。

新条 カイ
恋愛
週末の休みを利用してキャンプ場に来た。一歩振り返ったら、周りの環境がガラッと変わって山の中に。車もキャンプ場の施設もないってなに!?クマ出現するし!?と、どうなることかと思いきや、最速でイケメンに保護されました、

それは、ホントに不可抗力で。

樹沙都
恋愛
これ以上他人に振り回されるのはまっぴらごめんと一大決意。人生における全ての無駄を排除し、おひとりさまを謳歌する歩夢の前に、ひとりの男が立ちはだかった。 「まさか、夫の顔……を、忘れたとは言わないだろうな? 奥さん」 その婚姻は、天の啓示か、はたまた……ついうっかり、か。 恋に仕事に人間関係にと翻弄されるお人好しオンナ関口歩夢と腹黒大魔王小林尊の攻防戦。 まさにいま、開始のゴングが鳴った。 まあね、所詮、人生は不可抗力でできている。わけよ。とほほっ。

地味系秘書と氷の副社長は今日も仲良くバトルしてます!

めーぷる
恋愛
 見た目はどこにでもいそうな地味系女子の小鳥風音(おどりかざね)が、ようやく就職した会社で何故か社長秘書に大抜擢されてしまう。  秘書検定も持っていない自分がどうしてそんなことに……。  呼び出された社長室では、明るいイケメンチャラ男な御曹司の社長と、ニコリともしない銀縁眼鏡の副社長が風音を待ち構えていた――  地味系女子が色々巻き込まれながら、イケメンと美形とぶつかって仲良くなっていく王道ラブコメなお話になっていく予定です。  ちょっとだけ三角関係もあるかも? ・表紙はかんたん表紙メーカーで作成しています。 ・毎日11時に投稿予定です。 ・勢いで書いてます。誤字脱字等チェックしてますが、不備があるかもしれません。 ・公開済のお話も加筆訂正する場合があります。

ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~

菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。 だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。 車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。 あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。

隠れオタクの女子社員は若社長に溺愛される

永久保セツナ
恋愛
【最終話まで毎日20時更新】 「少女趣味」ならぬ「少年趣味」(プラモデルやカードゲームなど男性的な趣味)を隠して暮らしていた女子社員・能登原こずえは、ある日勤めている会社のイケメン若社長・藤井スバルに趣味がバレてしまう。 しかしそこから二人は意気投合し、やがて恋愛関係に発展する――? 肝心のターゲット層である女性に理解できるか分からない異色の女性向け恋愛小説!

憧れのあなたとの再会は私の運命を変えました~ハッピーウェディングは御曹司との偽装恋愛から始まる~

けいこ
恋愛
15歳のまだ子どもだった私を励まし続けてくれた家庭教師の「千隼先生」。 私は密かに先生に「憧れ」ていた。 でもこれは、恋心じゃなくただの「憧れ」。 そう思って生きてきたのに、10年の月日が過ぎ去って25歳になった私は、再び「千隼先生」に出会ってしまった。 久しぶりに会った先生は、男性なのにとんでもなく美しい顔立ちで、ありえない程の大人の魅力と色気をまとってた。 まるで人気モデルのような文句のつけようもないスタイルで、その姿は周りを魅了して止まない。 しかも、高級ホテルなどを世界展開する日本有数の大企業「晴月グループ」の御曹司だったなんて… ウエディングプランナーとして働く私と、一緒に仕事をしている仲間達との関係、そして、家族の絆… 様々な人間関係の中で進んでいく新しい展開は、毎日何が起こってるのかわからないくらい目まぐるしくて。 『僕達の再会は…本当の奇跡だ。里桜ちゃんとの出会いを僕は大切にしたいと思ってる』 「憧れ」のままの存在だったはずの先生との再会。 気づけば「千隼先生」に偽装恋愛の相手を頼まれて… ねえ、この出会いに何か意味はあるの? 本当に…「奇跡」なの? それとも… 晴月グループ LUNA BLUホテル東京ベイ 経営企画部長 晴月 千隼(はづき ちはや) 30歳 × LUNA BLUホテル東京ベイ ウエディングプランナー 優木 里桜(ゆうき りお) 25歳 うららかな春の到来と共に、今、2人の止まった時間がキラキラと鮮やかに動き出す。

処理中です...