【完結】育てた後輩を送り出したらハイスペになって戻ってきました

藤浪保

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第6話 再会(6)成長

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 週末を挟んだ翌週の出社日を、早苗はどんよりとした気分で迎えた。このままベッドの中に入っていたい。

 基本的に月曜日とは憂鬱ゆううつなものだが、それに輪をかけて行きたくなかった。

 理由はもちろん桜木だ。

 営業部隊と開発部隊ではビルのフロアも違うから、なかなか会うことはない。現に、桜木が同じ本部に配属されたのは一週間も前なのに、歓迎会までは一度も顔を合わせなかった。

 とはいえ同じプロジェクトになった以上、これから全く会わないなんてことはあり得ない。

 どんな顔して会えばいいんだろう。

 早苗は自分の中で「あれは酔った勢いでの事故だ」と結論づけていたが、その一夜の過ちを犯してしまった事はどうやっても取り消せない。

 うぁぁぁ……と頭を抱える。

 だが、だからといって、体調不良でもないのにズル休みをするわけにもいかず、仕事も山積みなわけで。

 ため息を押し殺し、早苗はベッドから起き上がった。



皆瀬みなせさん、おはようございます」
「おはようございます、奥田おくださん」

 荷物をロッカーに入れて自席に着いた途端、隣の席の奥田が話しかけてきた。

 早苗よりも少し年上の男性だ。すらりとした体格をしていて、眼鏡の奥の目は少し神経質そうに見え、実際に色々と細かい。だがそこが早苗には助かっていた。

 奥田は社員ではなく協力会社の人間だ。

 協力会社の人間がこうやってチームメンバーとなり、同じ職場で働くのはIT会社では全く珍しいことではない。

 協力会社の下に別の会社の人間がついていることも、さらにその下があることもザラにある。

 早苗のチームも、社員はもう一人だけで、他は全て協力会社の社員だった。

 こういったメンバーをまとめ、チームを運営していくのが課長代理である早苗の仕事だ。

「あとでレビューいいですか」
「はい」

 どの資料のレビューなのかは言われなかったが、早苗にはわかっていた。

 そして早苗も、会議依頼を飛ばして欲しいとは言わなかったが、席に戻った奥田からすぐに今日の早苗のいている時間を指定した会議依頼がメールで飛んでくる。

 奥田とは長い付き合いで、言葉が少なくても話が通じる。

 新しく入ってくる人とは人間関係を構築するのに時間がかかり、また業界の特徴で入れ替わりが激しいので、付き合いの長い人は貴重だった。

 それに、奥田はプレゼンが上手いのだ。

 極度のあがり症の早苗にとって、顧客に対して、早苗の代わりになめらかに説明をしてくれる奥田は、絶対に手放せない人材だった。

 机に向き直ってメールのチェックを始めて仕事に没頭すると、憂鬱な気分はいつの間にか消えていた。

 

 その時は思ったよりも早く訪れた。

 午後に奥田が開いたレビュー会には早苗の他に同じチームの開発メンバーも参加していたが、その場に桜木もいたのだ。

「なん、で、営業が……」
「案件の把握がしたいと言われまして。次期提案資料の草案たたきだいですし、営業にも聞いてもらった方がいいかと思いました。まずかったですか?」

 会議室の入り口で思わずぽつりとこぼしてしまった早苗に、一緒に来た奥田がいぶかしげに言う。

「ううん、いいの」

 奥田の言うことはもっともだった。

 同じプロジェクトの人間なので秘密にするような内容ではなく、どのみちいずれは営業部門と話をすり合わせなければならないのだ。

 ちゃぶ台返しを防ぐためには、早めに見てもらうに越したことはない。

 入ったばかりの桜木が案件を知るために参加したいと言ってきたことも、納得のいく理由だ。

 桜木が新入社員として早苗の下についた時、すでに奥田も早苗のチームにいて、桜木は奥田からも様々なことを教わっていた。

 そのえんもあり、桜木は奥田にはこの打ち合わせに参加したいと頼みやすくもあったのだろうと思う。

 窓際の座席に座っている桜木は、今日もピシッとスーツを着こなし、全く隙を見せていない。酔ってヘロヘロになっていた姿とは雲泥うんでいの差だった。

 先日ことを思い出すと、同時に桜木の部屋でのことも思い出してしまい、早苗は顔を少し赤くした。

 桜木に視線を向けないようにしながら、適当な席に着いた。

 持ってきたノートパソコンを開く。

 ペーパーレスが当たり前の昨今、資料のレビューはこの光景が当たり前になっていた。

 桜木も自分のパソコンを開いている。資料は事前に奥田から送付されていたのだろう。

 プロジェクターで投影された資料を作成者の奥田が説明し、早苗や他のメンバーが質問や意見を言っていく。

「営業さんからは何かありますか」

 奥田は最後に桜木に発言を求めた。

「いえ、今はありません。まだ勉強不足で……。質問ができたら席にうかがいます」
「わかりました」

 無理もない。まだ一週間しかっていないのだ。

 それに開発の資料は技術的なことばかりで、営業サイドから質問や意見が出てくるのはそもそもまれだった。

 レビューが終わった後、桜木に話しかけられるのを恐れて、早苗は逃げるようにして会議室を後にした。



 そんな早苗の心配とは裏腹に、その後も何度か顔を合わせた桜木は、先日のことを匂わせるような態度は全くとらなかった。

 質問をしに奥田や早苗の所まで来ることもあったが、態度は普通で、フロアの女性社員が色めき立つ以外は特に気になるところはない。

 あの日の事は桜木も事故だと思っているのだ、と早苗は安堵あんどした。

 そうしているうちに、桜木はあっという間に前任者からの引き継ぎを終え、本格的にプロジェクトに入ってきた。

 営業部門内の評判も良く、お客様との関係も上々。
 
 桜木は開発は門外漢であるはずが、技術的なことも良く勉強していて、時々システムを理解していなければできないような質問をしてくる。

 新人の頃に一度開発を経験しているため、その辺の飲み込みが早いのだろう。

 システム開発の大変さがわかる営業は、開発部門にとってもありがたかった。

 開発工程や技術に明るくない営業だと、顧客の無茶な注文をほいほい受けてくることもある。

 軽微な修正なら全然やるし、それなりの期間を見た上で追加費用をもらって受けるのであれば何の問題もない。

 だが、工数がかかったり、技術的に困難なことをってこられるのは困りものだ。

 稼働を圧迫し、下手したら直近に迫っているリリースにまで影響を与えてしまう。

 桜木が入ってから、そのような事は極端に減った。

 顧客との打ち合わせが技術的な話になりそうな時は、必ず開発メンバーの同行を求めてくれるようになったのも大きい。

 桜木はやはり営業に向いているのだ。

 入社したての頃は人前に出るのが苦手で、プレゼンなどもたどたどしかったものだが、早苗が指導していた三年の間に徐々に得意になっていった。

 部長から、他部署から営業に向いている人材はいないかと問い合わせがきている、と聞いたとき、真っ先に桜木を上げたのは早苗だった。

 かつて指導したトレーニーが立派に成長しているのを見て、早苗は誇らしい気持ちになった。
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