【完結】育てた後輩を送り出したらハイスペになって戻ってきました

藤浪保

文字の大きさ
上 下
3 / 34

第3話 再会(3)酔っ払い

しおりを挟む
「んじゃ、早苗さなえ桜木さくらぎくんのこと、よろしくね」

 ほんのりと顔を赤くした加世子かよこが、早苗に向かってひらひらと手を振る。

 早苗の肩――というか首には、飲み過ぎて潰れてしまった桜木の腕が掛けられていた。

 今は歓迎会の一次会が終わって店を出てきたところ。

 先に店を出た前半組はすでに二次会会場に向かっていて、二次会に参加しない組も、捕まる前にとさっさと帰っていた。

 残っていたのは、出来上がってぐだぐだしていた部長を追い立てる役のメンバーと幹事、桜木と早苗だった。

皆瀬みなせさん、やっぱり僕が……」

 営業部隊の側の幹事の新入社員が、代わりを申し出て来る。

「えと、私は……」
「いいのいいの、任せとけば。早苗がいいって言うんだから。あんたは幹事なんだから。あたしたちを店に案内して」

 もごもごと断ろうとする早苗を、加世子がフォローする。相手は新人なのだから堂々としていればいいのに、と自分でも思いはするのだが、そう簡単なことではなかった。

「早苗はいつも二次会欠席だから、気にしないでいいってさ。ほらほら、開発の幹事が先行って待ってるんでしょ。早く行ってあげないと、人数集まらなかったんじゃないかって心配しちゃうよ」
「おーい、幹事ー、行くぞー」
「えっと、じゃ、じゃあ……。ありがとうございます」
「早苗、よろしくねー」

 部長から呼ばれた新人は、ぺこりと頭を下げて二次会組の待つ方へと走って行った。

 頑張ってね。

 早苗は心の中でエールを送る。

 部長はいつになく上機嫌だった。あの調子だと三次会は確実。下手したらそのあと朝までカラオケコースだろう。

 当然強制ではなく、帰っても全く問題ない。

 げんに、幹事役を割り当てられたのに、歓迎会自体の不参加を表明した新人もいる。

 ただ、仕事の査定には何の影響もなくとも、仕事をするのは人間同士。仲良くなっている方がいいに決まっている。

 顔と名前が一致して、ちょっと話したことがあるというだけで、仕事の頼みやすさが全然違うのだ。

 本当は少人数で飲む方が好きな早苗も、こうした理由で、できるだけ参加するようにしていた。

 今日は席を替える社員が多く、自チームのメンバーとはたくさん話ができたし、聞き役にしかなれなかったけれど営業部隊の話がたくさん聞けて良かったと思っている。

 桜木とは結局あれから話せなかったが、同じプロジェクトになるのだから、これから機会はたくさんあるだろう。

 というか、今もこうしてかついでいるわけだし。

「さて」

 早苗は足元に置いてあった桜木の鞄を持った。

「桜木くん、帰るよ。歩ける?」
「歩けます……」

 首に回されている腕をつかんで足を踏み出す。

 ふらふらとしながらも、桜木は早苗のペースに合わせて歩き出した。

 体重もそれほど掛かってはいないし、そこまで酔っているわけでもなさそうだ。

 これなら電車で帰ることもできるだろう。

 早苗は、新人幹事に教えてもらった駅の方面へと向かった。

 マップが見られないのは不安だが、どっち方面かさえわかっていれば、流れていく人についていけば駅には着く。

「もう、主役が潰れちゃうなんて。結構雰囲気変わっててびっくりしたけど、お酒飲み過ぎちゃう所は変わらないね」

 ふふっと早苗は笑った。

 以前一緒に働いていた時も、足元が覚束おぼつかなくなった桜木の面倒を見るのは、トレーナーである早苗の役割だった。

 よくこうしてかついで駅に向かったものだ。

 今日も、テーブルを回っている間に乾杯をしすぎて、加減を誤ったのだのだろう。

 乾杯と言っても、本当に杯を乾かすわけではないし、このご時世で無理に飲ませてくる社員もいないのだが、一口とはいえ挨拶あいさつするたびに飲んでいれば、早苗同様あまり強くない桜木には許容量オーバーだったわけだ。

 飲む振りでもすればいいのに。

 律儀というよりは、雰囲気にまれてしまってつい飲んでしまうのだろう。

 その気持ちは早苗にも分かる。

 つい先日の出来事もあって、早苗もいつもよりも飲んでしまった。

 桜木のペースに合わせてゆっくり歩きながら、二人は駅に到着した。

 居酒屋の看板の白熱灯のような黄色みがかかった明かりとは違い、駅の真っ白な明かりがまぶしい。

「着いたよ。桜木くんの家ってどっち方面? ちゃんと電車乗れる? 鞄ごと社員証なくしたりしないでよ?」

 社員証紛失の事故は、酔っ払って鞄を駅や網棚に置きっぱなしにする、というのが一番多い。

 ビルのゲートやオフィスのドアが社員証の集積回路I Cで開くようになっているのもあって、無くすとかなり面倒なことになる。

 始末書を書くのはもちろん、報告は本部長まで上がり、カードの再発行やらなんやら。

 無事に見つかったとしても、一度紛失したという事実があれば手続きは変わらない。

 桜木は、自分の胸の辺りをぽんぽんと叩いた。

 首から下げて内ポケットに入れているという意味だ。

「よし」

 身につけていれば、たとえ鞄や財布をなくそうとも、社員証は守られる。

 これは早苗がトレーナーとして最初に桜木に教えたことだった。春は歓迎会などで何かと飲む機会が多い。特に新入社員は同期飲みも多い。いきなり無くす新入社員も多かった。

 もちろん早苗も同様にしている。家に帰るまで社員証は外さない。

 実行する社員はほとんどいないが、早苗にしたら不思議だ。絶対無くさないのに。

 ちなみに最も無くしやすいのは会社から支給されている社用スマホだが、こちらは社員証のストラップにつけるルールになっている。社員証を首からぶら下げているのなら、社用スマホを無くすこともないだろう。

「無理……」
「え?」

 駅に入ろうとしたとき、首にずしっと桜木の体重がかかった。ずるずると崩れ落ちそうにすらなっている。

「ちょ、待って待って。ここじゃ駄目。えっとどこか座れるとこ……」

 改札の前で座り込んでは、迷惑以外の何物でもない。

 早苗は周囲を見回して、駅前にある、街路樹を囲う花壇かだんに目をとめた。

 そこのブロックの上になら座れそうだ。というかすでに、一人で座って首をれているスーツ姿がちらほらある。

 早苗はなんとか桜木を運んで花壇に座らせた。

 万が一にも忘れることのないように、鞄は桜木のひざの上に乗せる。

 桜木はその鞄に腕を乗せてぐったりとしていた。

「吐きそう?」
「そこまでは……」
「水買ってくるね」

 近くにあった自動販売機の明かりを目指そうと、身をひるがした早苗のジャケットのすそを、桜木がつかんだ。

「待って」
「いや、水飲んだ方がいいよ」
「行かないで下さい」

 桜木の頭は垂れたままだが、その心細そうな声と、新人の頃の不安そうな顔が重なった。

「でも水分取らないと。うーん……私飲みかけのお茶なら持ってるけど、それでいい?」

 こくり、と桜木の頭が揺れる。

 打ち合わせに行く前に暑くて買った烏龍ウーロン茶だ。

 飲みかけで、しかもだいぶ時間がたっているペットボトルを渡すことに抵抗があった。

 だが、背に腹は代えられない。

 早苗が肩にかけていたバッグから半分ほど残ったウーロン茶を出した。

 それを渡すと、桜木は顔を上げて、ごくごくとそれを飲んだ。

「ありがとうございます」

 ふーっと息を吐いて中身が減ったペットボトルを差し出しながら、桜木は逆の手で前髪をかき上げる。

 わ。

 色っぽいその仕草に、不覚にもドキリとしてしまった。
 
 そう言えば、桜木は大学卒がくそつだから、年齢でいえば早苗と一つしか違わないのだ。

 大人の色気が出てきてもおかしくない歳だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

拾った宰相閣下に溺愛されまして。~残念イケメンの執着が重すぎます!

枢 呂紅
恋愛
「わたしにだって、限界があるんですよ……」 そんな風に泣きながら、べろべろに酔いつぶれて行き倒れていたイケメンを拾ってしまったフィアナ。そのまま道端に放っておくのも忍びなくて、仏心をみせて拾ってやったのがすべての間違いの始まりだった――。 「天使で、女神で、マイスウィートハニーなフィアナさん。どうか私の愛を受け入れてください!」 「気持ち悪いし重いんで絶対嫌です」  外見だけは最強だが中身は残念なイケメン宰相と、そんな宰相に好かれてしまった庶民ムスメの、温度差しかない身分差×年の差溺愛ストーリー、ここに開幕! ※小説家になろう様にも掲載しています。

腹黒上司が実は激甘だった件について。

あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。 彼はヤバいです。 サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。 まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。 本当に厳しいんだから。 ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。 マジで? 意味不明なんだけど。 めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。 素直に甘えたいとさえ思った。 だけど、私はその想いに応えられないよ。 どうしたらいいかわからない…。 ********** この作品は、他のサイトにも掲載しています。

キャンプに行ったら異世界転移しましたが、最速で保護されました。

新条 カイ
恋愛
週末の休みを利用してキャンプ場に来た。一歩振り返ったら、周りの環境がガラッと変わって山の中に。車もキャンプ場の施設もないってなに!?クマ出現するし!?と、どうなることかと思いきや、最速でイケメンに保護されました、

それは、ホントに不可抗力で。

樹沙都
恋愛
これ以上他人に振り回されるのはまっぴらごめんと一大決意。人生における全ての無駄を排除し、おひとりさまを謳歌する歩夢の前に、ひとりの男が立ちはだかった。 「まさか、夫の顔……を、忘れたとは言わないだろうな? 奥さん」 その婚姻は、天の啓示か、はたまた……ついうっかり、か。 恋に仕事に人間関係にと翻弄されるお人好しオンナ関口歩夢と腹黒大魔王小林尊の攻防戦。 まさにいま、開始のゴングが鳴った。 まあね、所詮、人生は不可抗力でできている。わけよ。とほほっ。

地味系秘書と氷の副社長は今日も仲良くバトルしてます!

めーぷる
恋愛
 見た目はどこにでもいそうな地味系女子の小鳥風音(おどりかざね)が、ようやく就職した会社で何故か社長秘書に大抜擢されてしまう。  秘書検定も持っていない自分がどうしてそんなことに……。  呼び出された社長室では、明るいイケメンチャラ男な御曹司の社長と、ニコリともしない銀縁眼鏡の副社長が風音を待ち構えていた――  地味系女子が色々巻き込まれながら、イケメンと美形とぶつかって仲良くなっていく王道ラブコメなお話になっていく予定です。  ちょっとだけ三角関係もあるかも? ・表紙はかんたん表紙メーカーで作成しています。 ・毎日11時に投稿予定です。 ・勢いで書いてます。誤字脱字等チェックしてますが、不備があるかもしれません。 ・公開済のお話も加筆訂正する場合があります。

ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~

菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。 だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。 車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。 あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。

隠れオタクの女子社員は若社長に溺愛される

永久保セツナ
恋愛
【最終話まで毎日20時更新】 「少女趣味」ならぬ「少年趣味」(プラモデルやカードゲームなど男性的な趣味)を隠して暮らしていた女子社員・能登原こずえは、ある日勤めている会社のイケメン若社長・藤井スバルに趣味がバレてしまう。 しかしそこから二人は意気投合し、やがて恋愛関係に発展する――? 肝心のターゲット層である女性に理解できるか分からない異色の女性向け恋愛小説!

憧れのあなたとの再会は私の運命を変えました~ハッピーウェディングは御曹司との偽装恋愛から始まる~

けいこ
恋愛
15歳のまだ子どもだった私を励まし続けてくれた家庭教師の「千隼先生」。 私は密かに先生に「憧れ」ていた。 でもこれは、恋心じゃなくただの「憧れ」。 そう思って生きてきたのに、10年の月日が過ぎ去って25歳になった私は、再び「千隼先生」に出会ってしまった。 久しぶりに会った先生は、男性なのにとんでもなく美しい顔立ちで、ありえない程の大人の魅力と色気をまとってた。 まるで人気モデルのような文句のつけようもないスタイルで、その姿は周りを魅了して止まない。 しかも、高級ホテルなどを世界展開する日本有数の大企業「晴月グループ」の御曹司だったなんて… ウエディングプランナーとして働く私と、一緒に仕事をしている仲間達との関係、そして、家族の絆… 様々な人間関係の中で進んでいく新しい展開は、毎日何が起こってるのかわからないくらい目まぐるしくて。 『僕達の再会は…本当の奇跡だ。里桜ちゃんとの出会いを僕は大切にしたいと思ってる』 「憧れ」のままの存在だったはずの先生との再会。 気づけば「千隼先生」に偽装恋愛の相手を頼まれて… ねえ、この出会いに何か意味はあるの? 本当に…「奇跡」なの? それとも… 晴月グループ LUNA BLUホテル東京ベイ 経営企画部長 晴月 千隼(はづき ちはや) 30歳 × LUNA BLUホテル東京ベイ ウエディングプランナー 優木 里桜(ゆうき りお) 25歳 うららかな春の到来と共に、今、2人の止まった時間がキラキラと鮮やかに動き出す。

処理中です...