【完結】育てた後輩を送り出したらハイスペになって戻ってきました

藤浪保

文字の大きさ
上 下
1 / 34

第1話 再会(1)歓迎会

しおりを挟む
「やばい、完全遅刻だ」

 皆瀬みなせ早苗さなえは、アスファルトにヒールの音を響かせながら、居酒屋が建ち並ぶ繁華街を急いでいた。

 日はとっくに落ちたとはいえ、日中の春の陽気に温められた街は少し暑い。早歩きをしていると、ジャケットの下にうっすらと汗をかいてきてしまう。

 早苗は立ち止まってジャケットを脱ぎ、スマホのマップアプリで会場の店の場所を確かめた。

 方向音痴の早苗にとって、マップアプリは必須アイテムだ。これがなければどこにもたどり行けない。

 今日は、別の本部の営業部隊からこの本部の営業部隊に移ってきた転入者の歓迎会だった。

 早苗は開発部隊に所属しているが、開発費折衝せっしょうや顧客との打ち合わせなどで、営業部隊と関わる機会は多い。

 普段の営業内の飲み会に呼ばれることはないが、歓迎会や送別会、忘年会などは合同で開かれることが多かった。

 今回の転入者は、早苗のプロジェクト専任になるという話で、これから深く関わっていくことになる。

 その初顔合わせとなる大事な歓迎会に、顧客との打ち合わせが長引いたせいで、早苗は絶賛遅刻中だった。

 もちろん幹事には連絡を入れているが、これで道に迷ってさらに遅れることになったら目も当てられない。

 時々全世界位置測定システムG P Sの調子が悪くて現在位置を見失いそうになりながら、早苗は歩く速度を強めた。




 会場の居酒屋に入ると、店員が笑顔で近寄ってきた。

「いらっしゃいませー」
「えと、あの……」

 極端な人見知りの早苗はどもりながらも、なんとか幹事の名前を告げる。

 何度か聞き返されたあと、ようやく部屋へと案内してもらえた。

 半個室になっているそこは座敷ではなく、テーブルと椅子の席だった。

 よしよし、幹事、良くやった。

 今年入社してきた新人幹事に心の中で褒め言葉を送る。後でちゃんと言ってあげよう、と心のメモに書いておく。

 女性は靴を脱ぐのに抵抗があるのだ。正座はもちろん、横座りし続けるのもつらい。座敷にしても、せめて掘り炬燵ごたつでないと。

 椅子席は大正解だった。

 お互いの距離は離れてしまい、乱入もしにくくなってしまうが、そんなもの、なくてもいいだろう。無礼講だとはしゃぐわけでなし。

 各テーブルにはすでに料理が並び、ビールのジョッキが半分ほど減っている。

 それ以外の飲み物を飲んでいるメンバーもいることから、乾杯からずいぶん時間がたっていることが察せられた。

 あいている席もあるが、ざっと見て二十人くらいか。なんだか女子率が高いような気がした。

 それぞれの席に座る面々を見れば、営業部隊と開発部隊はきっぱりと分かれている。

 そりゃそうだ。普段一緒に仕事をしている人と飲んだ方が楽しいに決まっている。

 店員から渡された飲み物のグラスを回している幹事に一言遅刻のびを入れ、早苗は自分のチームメンバーが座る席に行こうとした。

 その早苗を呼び止める声があった。

「さなえー、こっちこっち!」

 声のした方を見ると、同期の久保くぼ加世子かよこが手を振っていた。

 自分の隣のあいている椅子の背をぽんぽんと叩く。

 周りは営業の社員ばかりだったが、まあいいか、とそちらへ向かう。加世子とはしばらく会っていなかったから、少し話がしたい。

 早苗は加世子の隣の席の背もたれに折りたたんだジャケットをかけて座った。

「お疲れ。遅かったねー」
「お疲れー。打ち合わせが長引いちゃって」

 おしぼりで手を拭きながら、加世子に返答する。

「早苗のプロジェクトはそろそろサービス開始インだもんね」
「そうなの。一応試験も順調なんだけど、調整事項がたくさんあって」

 幹事が早苗にビールのジョッキを持ってきた。

 それを「ありがとう」と言って受け取る。

 本当はビールは苦手だが、「取りあえずなま」は幹事の負担が一番少ない。文句を言うつもりはなかった。

 加世子がカシスソーダらしいジョッキを持ち上げる。

「かんぱーい」
「乾杯」

 ごくっと一口。

 苦みのある炭酸がしゅわしゅわとのどを刺激しながら通り過ぎていく。

 思ったよりも美味しく感じた。

 外が暑かったから、気づかないうちに喉が渇いていたのかもしれない。

 冷たいビールがからっぽの胃にたまるのを感じて、早苗は割りばしを手に取った。

 お酒に強い方ではないから、きっぱらにアルコールを入れるとすぐに酔ってしまうのだ。

 早苗は肩までの長さのさらさらの黒髪を耳にかけ、さっそくお通しのキャベツを口にした。

 塩とごま油のかかったそれは、キャベツの甘さと唐辛子とうがらしのピリッとしたからさも相まって、シンプルながら美味しい。

「加世子の方も提案あるでしょ」
「うちはアジャイルになったから、そんなに大変じゃないんだってば」

 そうだった、と早苗は思い直す。

 加世子が担当しているプロジェクトは、最近アジャイル開発に切り替わったのだった。

 一方の早苗のプロジェクトは、古き良きウォーターフォール開発である。

 短期間で小規模開発を繰り返すアジャイルとは違い、要件定義から試験まで、年単位の時間をかけて順番に開発していく方式だ。

 堅実に進めていける反面、世間の移り変わりに弱いという欠点もある。
 
 今はその試験工程フェーズで、あと三ヶ月後の七月には、一年かけて開発してきたシステムのサービス開始日を迎えるところで、早苗のチームはてんやわんやだった。

 それでも、普段から飲み会を好まないメンバー以外は全員参加している。どんなに忙しくとも、たまには息抜きが必要なのだ。

 早苗も、今日は楽しもうと思っていた。

「仕事の話はこの辺にしとこうよ」
「そうだね。ごめん。はい、これ」

 加世子がサラダを取り分けてくれた。

 さすがの女子力だ。

 早苗は他人ひとのために料理を取り分けるタイプではなく、自分で好きなだけ取ればいい、と思っている。

 でもこうやって取り分けてもらうのは、それはそれで嬉しい。

 こういうとこだよな、と早苗は内心でため息をついた。

 加世子はげ茶色に染めた髪を器用にい、メイクもばっちりで、営業らしく華やかな見た目をしている。

 早苗のように上下セットのパンツスーツではなく、春らしいオレンジいろのふわっとしたスカートに、ベージュのジャケットを合わせていた。

「で、今日の主役は? いないみたいなんだけど」

 転入してきたという人物を探して視線を走らせるが、知った顔ばかりだ。

「あそこにいるよ。部長に捕まってる」

 加世子の向けた視線を辿たどると、会場の端の方で、壁を背にして座る部長に日本酒をついでいる男性がいた。

 背を向けているから顔は見えないが、確かに見ない背格好な気がする。周りはみんなジャケットを脱いでネクタイを緩めているのに、その男性は律儀にグレーのジャケットを着ていた。

「後で紹介してあげる。超イケメンだからびっくりするよ」
「へぇ」

 早苗は興味のない声を出した。

 なるほど、だから女子率が高いのか。

 そう言えばフロアの別プロジェクトの女性社員が、営業にイケメンが入ってきたって言っていたような。

 てっきり新入社員のことかと思っていたら、転入者のことだったらしい。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

拾った宰相閣下に溺愛されまして。~残念イケメンの執着が重すぎます!

枢 呂紅
恋愛
「わたしにだって、限界があるんですよ……」 そんな風に泣きながら、べろべろに酔いつぶれて行き倒れていたイケメンを拾ってしまったフィアナ。そのまま道端に放っておくのも忍びなくて、仏心をみせて拾ってやったのがすべての間違いの始まりだった――。 「天使で、女神で、マイスウィートハニーなフィアナさん。どうか私の愛を受け入れてください!」 「気持ち悪いし重いんで絶対嫌です」  外見だけは最強だが中身は残念なイケメン宰相と、そんな宰相に好かれてしまった庶民ムスメの、温度差しかない身分差×年の差溺愛ストーリー、ここに開幕! ※小説家になろう様にも掲載しています。

腹黒上司が実は激甘だった件について。

あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。 彼はヤバいです。 サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。 まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。 本当に厳しいんだから。 ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。 マジで? 意味不明なんだけど。 めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。 素直に甘えたいとさえ思った。 だけど、私はその想いに応えられないよ。 どうしたらいいかわからない…。 ********** この作品は、他のサイトにも掲載しています。

キャンプに行ったら異世界転移しましたが、最速で保護されました。

新条 カイ
恋愛
週末の休みを利用してキャンプ場に来た。一歩振り返ったら、周りの環境がガラッと変わって山の中に。車もキャンプ場の施設もないってなに!?クマ出現するし!?と、どうなることかと思いきや、最速でイケメンに保護されました、

それは、ホントに不可抗力で。

樹沙都
恋愛
これ以上他人に振り回されるのはまっぴらごめんと一大決意。人生における全ての無駄を排除し、おひとりさまを謳歌する歩夢の前に、ひとりの男が立ちはだかった。 「まさか、夫の顔……を、忘れたとは言わないだろうな? 奥さん」 その婚姻は、天の啓示か、はたまた……ついうっかり、か。 恋に仕事に人間関係にと翻弄されるお人好しオンナ関口歩夢と腹黒大魔王小林尊の攻防戦。 まさにいま、開始のゴングが鳴った。 まあね、所詮、人生は不可抗力でできている。わけよ。とほほっ。

地味系秘書と氷の副社長は今日も仲良くバトルしてます!

めーぷる
恋愛
 見た目はどこにでもいそうな地味系女子の小鳥風音(おどりかざね)が、ようやく就職した会社で何故か社長秘書に大抜擢されてしまう。  秘書検定も持っていない自分がどうしてそんなことに……。  呼び出された社長室では、明るいイケメンチャラ男な御曹司の社長と、ニコリともしない銀縁眼鏡の副社長が風音を待ち構えていた――  地味系女子が色々巻き込まれながら、イケメンと美形とぶつかって仲良くなっていく王道ラブコメなお話になっていく予定です。  ちょっとだけ三角関係もあるかも? ・表紙はかんたん表紙メーカーで作成しています。 ・毎日11時に投稿予定です。 ・勢いで書いてます。誤字脱字等チェックしてますが、不備があるかもしれません。 ・公開済のお話も加筆訂正する場合があります。

ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~

菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。 だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。 車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。 あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。

隠れオタクの女子社員は若社長に溺愛される

永久保セツナ
恋愛
【最終話まで毎日20時更新】 「少女趣味」ならぬ「少年趣味」(プラモデルやカードゲームなど男性的な趣味)を隠して暮らしていた女子社員・能登原こずえは、ある日勤めている会社のイケメン若社長・藤井スバルに趣味がバレてしまう。 しかしそこから二人は意気投合し、やがて恋愛関係に発展する――? 肝心のターゲット層である女性に理解できるか分からない異色の女性向け恋愛小説!

憧れのあなたとの再会は私の運命を変えました~ハッピーウェディングは御曹司との偽装恋愛から始まる~

けいこ
恋愛
15歳のまだ子どもだった私を励まし続けてくれた家庭教師の「千隼先生」。 私は密かに先生に「憧れ」ていた。 でもこれは、恋心じゃなくただの「憧れ」。 そう思って生きてきたのに、10年の月日が過ぎ去って25歳になった私は、再び「千隼先生」に出会ってしまった。 久しぶりに会った先生は、男性なのにとんでもなく美しい顔立ちで、ありえない程の大人の魅力と色気をまとってた。 まるで人気モデルのような文句のつけようもないスタイルで、その姿は周りを魅了して止まない。 しかも、高級ホテルなどを世界展開する日本有数の大企業「晴月グループ」の御曹司だったなんて… ウエディングプランナーとして働く私と、一緒に仕事をしている仲間達との関係、そして、家族の絆… 様々な人間関係の中で進んでいく新しい展開は、毎日何が起こってるのかわからないくらい目まぐるしくて。 『僕達の再会は…本当の奇跡だ。里桜ちゃんとの出会いを僕は大切にしたいと思ってる』 「憧れ」のままの存在だったはずの先生との再会。 気づけば「千隼先生」に偽装恋愛の相手を頼まれて… ねえ、この出会いに何か意味はあるの? 本当に…「奇跡」なの? それとも… 晴月グループ LUNA BLUホテル東京ベイ 経営企画部長 晴月 千隼(はづき ちはや) 30歳 × LUNA BLUホテル東京ベイ ウエディングプランナー 優木 里桜(ゆうき りお) 25歳 うららかな春の到来と共に、今、2人の止まった時間がキラキラと鮮やかに動き出す。

処理中です...