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『だってぇ〜《《アリスト君》》はぁ、おかしいしぃ〜、《《私》》もぉ、おかしいしぃ〜?』
しおりを挟むメイドに起こされた俺は寝る前に何か重要なことを考えていたような気がしたけれど、どれだけ思い出そうとしても夢と現実の狭間のようなあの心地よさしか思い出せず、寝起きの気怠さも相まり思い出そうとする事を断念した。
また今日が始まってしまったと憂鬱な気持ちになりながら俺は身支度をするが、なんだか無性に落ち着かない。
なんというか、何かをしなければいけないのにそれを忘れているような。はたまた誰かにじっと見つめられているような。
一体何なんだと不機嫌になる俺に気が付いているであろうメイド達は壁際で静かにしている。勿論昨日のように不躾な視線を浴びせてくる訳はない。だとすれば俺は何か重要な事を忘れているのだろうか。
部屋の中で食事をとりながらも俺は落ち着かない理由を考えていた。なんだ?何がおかしい?何が気になる?何があるんだ?そんな事を延々と考える。
頭の中で自分の記憶と夢の中の自分のことを考えつつ学園へと足をすすめていると、途中で見知らぬ女生徒と出会った。男子寮と女子寮は学園へ向かう道が途中まで違う為、この場所で会うというのは基本的にないことである。
いや…そもそもの前提として、俺がこの女生徒を知らないという事が異常な事なのだ。
「おはようございまぁす~」
「あ、あぁ。おはよう」
「今日は何だかぁ…とってもいい日になりそうな気がしませんかぁ?」
「そ、そうだ…な?」
突然その女生徒に話しかけられた事に俺は驚く。話しかけてきた女生徒の表情は、にっこりしているといった表現よりも、ニヤリと笑っているといった表現の方が適している様な、そんな表情をしていた。
「アリスト君はぁ~今日はどちらにいかれるんですかぁ?」
「?俺は学園に行くが…?」
「えぇ~?今のアリスト君にぃ…学園っていく意味あるんですかぁ?」
「いく意味がある・ないに関わらず、決められた事は守るべきなんじゃないだろうか?」
「えぇ~?それ…アリスト君がいっちゃいますぅ?」
その女生徒はニヤニヤとした表情はそのままに、俺の顔を少し覗き込むような仕草をしつつ、やや間伸びした話し方で俺に対し失礼極まりない言葉を投げかけてくる。
明らかに初対面なはずなのにこの女生徒は俺の事をよく知っているという様に振る舞ってくる。笑っているはずなのに笑っていないような…そんな彼女の目が俺の目を話さない。
俺は、彼女のことを知っているのだろうか?
いや、今までのお茶会や学園行事などで彼女のことは見た事がない。勿論夢の中ででもだ。けれど彼女はさも俺のことは何でも知っているという様な態度をとってくる。
「アリスはぁ…もうだめかもしれないねぇ」
その女生徒は、俺が聞こえるギリギリの声量でそんなことを呟く。その言葉は俺に聞かせるつもりはなかったのだろう。その証拠に、俺と話している時はアリスト君と呼ぶのに対し、今のつぶやきではアリスと呼んでいた。
その時ふと、先程の会話を思い出す。この女生徒は俺が学園に行く意味がないと言ったが、それじゃあ俺はどこか行く意味のある場所があるのかと考え出す。
…分からない。それはそうだ、学園に行く為にここにいるのであって、他に何かするといった考えはそもそもないのだ。なので俺は素直に聞いてみる事にした。
聞く事によって何か発見があるかもしれないし、もしかするとこの女生徒のことが何かわかるかもしれないと考えたのだ。
「先程俺に対し学園に行く意味があるのかと聞いてきたが、俺には行く意味のある場所があるのか?」
「うぅ~ん。アリスト君がぁ、どこに行きたいかによるんじゃないかなぁ?」
「…いや、俺は学園にいければそれでいいんだけど…」
「ならぁ~私には聞く意味もないですしぃ、関係ないじゃないですかぁ~」
「いや…そう、だな。すまない。何かあるのかと思ってしまった」
「あぁ、アリスは学園に行くよねぇ、そりゃぁ、間違いなく。それが重要ですしぃ~」
俺は何だか脱力してしまった。その女生徒の話し方も返答の仕方も、何だかとてもふわふわとした雲のように掴み所がないのだ。この女生徒は初めから特に何か考えて発言しているわけではないのかもしれないと思った俺は、話を変える事にした。
「君はここで何をしていたんだ?」
「えぇ~?私はチェチェですよう~チェチェ ミーシャです~。覚えてないんですかぁ~?おかしいなぁ~。まぁいっかぁ。えっとですねぇ、ここで人を待ってたんですけど~」
「ミーシャ嬢、それは…すまない。最近どうも忙しく…」
俺が忘れていただけなのかと少し青ざめながら謝罪と言い訳を口に出している最中に突然ミーシャが口を挟む。
「あっちにぃ、アリスト君にとってとても重要な人がいるんだぁ~」
「俺にとって重要な人物…?」
「そしてぇ~、あっちにはぁ…。アリスト君にとっては全く重要じゃない人がいるよぉ~」
「…。学園に重要な人物はいないが、森の中には重要な人物がいるのか」
「そう~。でもどっちに行っても、アリスト君は、どうしようもないけどねぇ~」
「どうしようもないって…」
「だってぇ~アリスト君はぁ、おかしいしぃ~、私もぉ、おかしいしぃ~?」
そう言ってくすくすと笑うミーシャ。俺は何だか会話することに疲れを感じ、手のひらで顔を覆い空を見上げため息をついてしまった。
そしてミーシャの方を向き直るが、そこにはもうミーシャはいなかった。
いやいや、おかしい。俺がミーシャから目を離したのは精々長く見積もっても30秒程だ。その間にこの見晴らしのいい一本道から姿が消えるのだろうか?答えは否だ。
そうなると多分ミーシャは左右に広がっている木々の間に姿を隠しているに違いないのだが…何のために?…。全くもって意味がわからない。
考えるのは時間の無駄だと考えた俺は、足をすすめようとして少し悩む。
「俺にとって重要な人物…か」
『そういえばどこまでいけばいいとか詳しい話を聞いてなかったな』と思いながら俺は彼女が指差した森の方へ視線をやると、そこにはニヤニヤした表情のミーシャが立ってこちらを見ていた。
「ここをぉ真っ直ぐ歩いていくと~見つかるよ?」
「突然視界から消えたり現れたりすると…驚く。」
「ごめんねぇ~」
そう言って彼女はまた急にいなくなった。今度は瞬きの間なので…1秒かそこらだと思う。俺はもう、彼女のことは気にしない事にした。
そして俺はゆっくりと歩みをすすめた。
俺は今でもこの時の俺の選択が間違っていたとは思わない。でも、もし戻れるならば…この時からやり直せるのなら、俺は絶対に学園に行っただろう。
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