顔だけ美醜逆転の世界で聖女と呼ばれる私

猫崎ルナ

文字の大きさ
上 下
15 / 37
疫病の旅編

聖女の全てが憎い神官と独善的であまりにも身勝手な聖女

しおりを挟む
 帝国の第五皇子、十九歳のエドゥアルトは本日、皇帝の名代として友好国ベイゼルンの王宮で開かれている、第三王子マシューの成人祝賀パーティーに出席している。

 側用人ハンスと護衛役のラウルを伴い、薬師ティーナは王宮の豪華な客室にて悠々自適の待機中だ。

 ラウルはそんなティーナがうらやましくてたまらない。彼女は貴人達が催すこういったパーティーでの警護任務が非常に苦手なのだった。

 何故なら、出席者は老若男女問わず強い香りを身に付けていて、鋭い嗅覚を持つ狼犬族の彼女としてはまずそれが辛い。

 パーティーは立食形式で会場には見た目にも華やかな最高級の料理が燦然さんぜんと並べられるが、職務中は決してそれを口にすることが出来ないのがまた、食いしん坊のラウルとしては口惜しい。どうせ余るのだからといつもエドゥアルトがラウルの分を取り置いてくれるのだが、いただく頃にはどうしても冷めてしまっているので、せっかくの料理を一番美味しい状態で食べることが出来ないというジレンマがある。

 ちなみに要人の警護役はパーティーが始まる前に握り飯やサンドイッチといった手軽に食せるもので小腹を満たし、水分も必要最小限だけを摂るようにする場合が多い。万が一に備え、俊敏に動ける状態を維持する為と、トイレで任務に支障をきたさないようにするためだ。

 憂鬱なラウルの視線の先で、皇族の正装に身を包んだエドゥアルトはにこやかな表情を湛え、入れ替わり立ち替わりやってくる他国の要人達と挨拶を交わして、皇帝の名代としての役割をそつなくこなしていた。彼の傍らにはいつもより改まった装いのハンスが控えていて、必要に応じさり気なく主をサポートをしている。

 普段は香水の類を身に付けないエドゥアルトもこういった場面ではたしなみ程度に香りを纏うので、それもあってラウルはパーティーの警護が嫌いだった。

 ただでさえ会場には強い香りが溢れているというのに、エドゥアルトの匂いがいつもと違うことでやりにくくて仕方がないのだ。

 あ~あ、早く終わらないかなぁ……。

 会場ではダンスが始まり、贅を尽くした衣装を纏った高貴な身分の男女が何組も手を取り合って、きらびやかなシャンデリアの下で管弦楽団オーケストラの音色に合わせ、くるくると華麗に舞っていた。

 主役のマシュー王子のほど近くで、エドゥアルトもどこかの国の御息女と踊っている。運動神経抜群の彼はダンスも得意で、端整な容姿と帝国の皇子という身分も相まり、こういった席で彼にダンスを申し込みたがる相手は後を絶たなかった。今日この後もそれこそひっきりなしに声がかかり、踊り続けることになるのだろう。

 それを延々見ていなければならない立場のラウルとしては溜め息をつきたくなる。身体を動かすのが大好きな彼女は踊り続けるのは得意だが、それを見ているだけという側はどうにも不得手だった。

 そんなこんなで、退屈で窮屈でやたら拘束時間が長く、強い香りに満ち満ちた場で食事も娯楽も見せつけられるだけというパーティーの警護任務は、ラウルにとって敬遠したい仕事となってしまうのだ。

 そんな不満をくすぶらせつつ、会場の片隅からそれとなくエドゥアルトの周辺に気を配っている彼女に、やおら声をかけてきた人物がいた。

「―――ラウル……か?」

 そちらに視線をやった彼女は、意外な人物をそこに見出して青灰色の瞳を見開いた。

 相手はラウルと同じ狼犬族の青年だった。日焼けした大柄な体格で背はラウルより頭半分ほど高い。銀色の短髪に深い青色の瞳をして、髪と同色の獣耳は片方の先が欠損していた。

 記憶にある顔よりだいぶ年輪を重ねてはいるが、面影はそのままだ。

「ティーガ……?」

 ラウルは久々に彼の名を呼んだ。彼は、彼女のほろ苦い初恋の相手だった。

「やっぱりラウル……久し振りだな。まさか、こんなところでお前に会うなんて」

 ティーガはどこか遠慮がちにそう言った。

 四つ年上の彼は当時十二歳のラウルに面前試合で敗れた後しばらくして、剣を片手に故郷を離れていた。武者修行をしながら世界を回るというような話を人づてに聞いたが、それっきり彼に会うこともなく、二人の仲はあの時のままで止まっている。

 再会したティーガはきちんとした身なりをしていて、腰に立派な長剣を帯びていた。今は、どこかの貴人の下で仕えているのだろうか。

 ラウルは思わぬ再会に驚きつつも、意識的に口角を上げて彼に応じた。

「それはこっちの台詞セリフ……驚いた。久し振りだね。ここへはどなたかの付き添いで?」
「ああ。オレは今、この国でアラン伯爵という方に仕えているんだ。護衛長の役を仰せつかっていて、ここへは伯の警護役として来ている」

 ティーガは気持ち胸を張ってそう言った。

 アラン伯爵という名は聞いた覚えがある。確かこの国でそこそこの要職に就いている人物だ。

「お前は? ラウル。オレと似たような立場でここへ来ているんだろう?」

 彼女の身なりを眺めながら尋ねるティーガにラウルは頷いた。

 あれからおそらく一度も里帰りしていない彼は、ラウルが現在帝国で第五皇子に仕えていることを知らないのだろう。もっともラウル自身も長らく里帰りをしていない身ではあるのだが。

「うん、そうなんだ。私は今、あそこにいる―――」

 会場にいるエドゥアルトを示そうとしたラウルは、今しがたまでダンスを踊っていたはずの主の姿が消えているのに気が付いて、「あれ?」と瞳を瞬かせた。

 先程までとは曲が変わり、会場では新しいペアによるダンスが始まっている。

 てっきり次も相手を変えて踊るものだと思っていたのに、どこへ行ったんだろう? トイレ?

「ラウル」

 会場を注視していたラウルは、探していたエドゥアルト自身に後ろから声をかけられ、慌てて背後を振り返った。

「エドゥアルト様! 急に見えなくなったと思ったら―――、どうしたんですか」
「人は急には消えない。それはお前の注意不足だ。油を売っていないできちんと職務を全うしろ」

 不機嫌な面持ちでそう諫められ、言葉どおりで反論出来ないラウルはぐっと詰まった。

「うぐ……すみません」
「この男は?」

 ティーガにじろりと視線をくれる主にラウルは昔馴染みを紹介した。

「同郷のティーガです。ここで偶然再会しまして……彼は今こちらの国のアラン伯爵という方に護衛長として仕えていて、本日は伯の警護役として来ているそうです」
「ほう……」
「ティーガと申します。どうぞ以後お見知り置きを。ラウルが貴方様に仕えているとは存じず、その務めを妨害してしまったこと、ここに深くお詫び申し上げます」

 丁重に謝罪と礼を取るティーガにひとつ頷いて、エドゥアルトはラウルに向き直った。

いとまに再会を喜ぶも雑談をするも結構だが、職務に支障をきたさない程度にしろ。お前の一番はこの僕だ、そこをたがえるな」

 外では従者の顔を重んじるラウルは、自らの非を素直に主に詫びた。

「はい。以後、肝に銘じます。申し訳ありませんでした」
「分かればいい」

 殊勝な態度を取るラウルに許しを与えるように彼女の二の腕辺りに軽く触れたエドゥアルトは、ティーガに鋭い視線を向けると、無言の圧をくれてからゆっくりとその手を引き上げた。

「エドゥアルト様、そろそろお戻りならないと―――次の曲が始まってしまいます。皆様がお待ちかねです」
「ああ。今戻る」

 主の後を追ってきていたハンスに短くそう返すと、エドゥアルトは何事もなかったかのように会場へと戻っていった。

 ―――うん? ところであの人はいったい何をしにここへ来たワケ?

 心の中で小首を傾げるラウルに、改まった態度を解いたティーガが憮然とした面持ちで吐き捨てた。

「ちっ、何を見せられてんだ、オレは」
「え?」
「ラウル、お前―――帝国の皇子に仕えていたんだな」
「そうだけど……」
「くそっ……またオレの上を行くのかよ、いけ好かねぇ……」

 苛立たし気にそう独り言ちると、ティーガは背を翻した。

「ちょっ、ティーガ?」
「行くわ。帝国の皇子に目を付けられてもかなわねぇし」

 戸惑うラウルにそう言い置いて、ティーガは足早に去っていった。彼を追うわけにもいかず、ラウルは伸ばしかけた手を握り込み、会場へと戻り再び皆に囲まれるエドゥアルトへ注意を戻した。

 ティーガとの再会は気まずさも覚えたが、互いに大人になって、これをきっかけに表面上障りのない関係に戻れるのかと思いきや、何とも後味のよろしくない展開になってしまったものだ。

 ラウルがティーガに勝利した、彼女にとっては当時の自分の全てを出し尽くして勝ち得た珠玉の成果が、彼の中では今も変わらず苦い思い出のままで、あのまま消化も昇華もなされず、彼自身に何の変化ももたらしていないのだと―――そう感じられてしまったことが何より、彼女の心に陰鬱な影を落としていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~

恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん) は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。 しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!? (もしかして、私、転生してる!!?) そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!! そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

黒の神官と夜のお世話役

苺野 あん
恋愛
辺境の神殿で雑用係として慎ましく暮らしていたアンジェリアは、王都からやって来る上級神官の夜のお世話役に任命されてしまう。それも黒の神官という異名を持ち、様々な悪い噂に包まれた恐ろしい相手だ。ところが実際に現れたのは、アンジェリアの想像とは違っていて……。※完結しました

旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜

ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉 転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!? のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました…… イケメン山盛りの逆ハーです 前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります 小説家になろう、カクヨムに転載しています

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

私が美女??美醜逆転世界に転移した私

恋愛
私の名前は如月美夕。 27才入浴剤のメーカーの商品開発室に勤める会社員。 私は都内で独り暮らし。 風邪を拗らせ自宅で寝ていたら異世界転移したらしい。 転移した世界は美醜逆転?? こんな地味な丸顔が絶世の美女。 私の好みど真ん中のイケメンが、醜男らしい。 このお話は転生した女性が優秀な宰相補佐官(醜男/イケメン)に囲い込まれるお話です。 ※ゆるゆるな設定です ※ご都合主義 ※感想欄はほとんど公開してます。

美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました

市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。 私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?! しかも婚約者達との関係も最悪で…… まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!

異世界の美醜と私の認識について

佐藤 ちな
恋愛
 ある日気づくと、美玲は異世界に落ちた。  そこまでならラノベなら良くある話だが、更にその世界は女性が少ない上に、美醜感覚が美玲とは激しく異なるという不思議な世界だった。  そんな世界で稀人として特別扱いされる醜女(この世界では超美人)の美玲と、咎人として忌み嫌われる醜男(美玲がいた世界では超美青年)のルークが出会う。  不遇の扱いを受けるルークを、幸せにしてあげたい!そして出来ることなら、私も幸せに!  美醜逆転・一妻多夫の異世界で、美玲の迷走が始まる。 * 話の展開に伴い、あらすじを変更させて頂きました。

美醜逆転世界でお姫様は超絶美形な従者に目を付ける

朝比奈
恋愛
ある世界に『ティーラン』と言う、まだ、歴史の浅い小さな王国がありました。『ティーラン王国』には、王子様とお姫様がいました。 お姫様の名前はアリス・ラメ・ティーラン 絶世の美女を母に持つ、母親にの美しいお姫様でした。彼女は小国の姫でありながら多くの国の王子様や貴族様から求婚を受けていました。けれども、彼女は20歳になった今、婚約者もいない。浮いた話一つ無い、お姫様でした。 「ねぇ、ルイ。 私と駆け落ちしましょう?」 「えっ!? ええぇぇえええ!!!」 この話はそんなお姫様と従者である─ ルイ・ブリースの恋のお話。

処理中です...