上 下
7 / 11

しおりを挟む
 翌日、文次朗は、同じ時刻に関の屋台に向かった。放っておけばいいのに、気になって仕方なかった。

 しばらく離れたところから見ていると、戸川が姿を見せた。
 動きがあったのは蕎麦を食べ終えてからで、何事か言い争っていた。

 離れていたのでよくわからないが、おおむね話しているのは戸川で、関はたまに言い返すだけに終わっていた。

 刀を抜いての争いになったら止めに入るつもりだったが、それ以上、両者の争いが激しくなることはなく、戸川は静かに立ち去った。

 その姿が寂しげに見えたのは、気のせいではあるまい。

 彼の背中に引きずられるようにして、文次朗は後をつけた。
 頃合いを見て声をかけるつもりだったが、両国橋を渡って回向院の裏手に入ったところで、気配が変わった。
 武家屋敷に入って人気がなくなったところで、急速に殺気が高まっていく。

 ふと文次朗が視線を転じると、身なりの整った武士が姿を見せ、戸川の背後に回り込んだ。

 数は五人で、そのうちの三人がすでに刀に手をかけている。

 戸川は振り向くことなく、淡々と歩いている。

 たまらず文次朗は速歩で五人との間合いを詰めると、石を拾って投げつけた。
 一つが後方の武士にあたり、振り返る。
 ようやく彼が後にいることに気づいたようで、残りの四人に声をかける。

 文次朗は、戸川とは逆方向に歩いて、武士の集団を彼から引き離した。
 声をかけたのは、回りに人気がないのを確認してからだ。

「おぬしら、いったい何者だ。あの御仁に何の用か」

 五人は答えず、半円の陣形を組んで文次朗を取り囲んだ。殺気は強いままだ。

「戸川殿に殺気を向けておったな。あの方が何をした」

 返事はない。そればかりか全員がいっせいに刀を抜く。
 信じられない。今時、声をかけただけの者に刀を向けるか。
 よほど馬鹿なのか。あるいは、何か裏があってのことなのか。

「やるつもりはない。理由わけを話してくれれば、それでいい」

 答えは裂帛の気合いによって示された。

 前の二人が間合いを詰め、上段からの刀を振りおろす。

 文次朗が右に跳んで避けると、今度は横薙ぎの斬撃が来る。

 これもかわすと、今度は三人目の男が出てきて、文次朗の胸をねらって強烈な突きを放つ。

 本気で攻めてきている。

 大事になってもかまわないと考えているのか。ならば……。
 文次朗は、右からの一撃をかわしたところで刀を抜いた。機先を制して踏みこむと、右から来た敵の手を切り裂く。

 ぎゃっと悲鳴をあげて、男が下がる。

 他の四人が動揺したところで、文次朗はさらに間合いを詰め、中央の男の足を切り裂いた。

 血が噴き出して、袴を濡らす。

「下がれ。手当てをすれば、間に合う」

 文次朗が声を荒げる。

「これ以上、やりあえば誰かが死ぬ。みっともない姿をさらせば、主に害が及ぶことは必定。おぬしらが腹を切っただけではすまぬが、それでよいのか」

 思いきり脅しをかけると、五人はあからさまにひるんだ。左右を見回すと、文次朗に背を向けることなく下がっていく。

 全員が小路に姿を消した時、雲間から夕陽が姿を見せ、朱色の光が空き地を照らした。

 文次朗は息をついた。何とか事を収めることができた。

 しかし、五人の武士が刀を抜いて斬りかかってくるなど、尋常のことではない。
 間違いなく裏がある。そして、それを知っているのは、おそらく……。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

命の番人

小夜時雨
歴史・時代
時は春秋戦国時代。かつて名を馳せた刀工のもとを一人の怪しい男が訪ねてくる。男は刀工に刀を作るよう依頼するが、彼は首を縦には振らない。男は意地になり、刀を作ると言わぬなら、ここを動かぬといい、腰を下ろして--。 二人の男の奇妙な物語が始まる。

思い出乞ひわずらい

水城真以
歴史・時代
――これは、天下人の名を継ぐはずだった者の物語―― ある日、信長の嫡男、奇妙丸と知り合った勝蔵。奇妙丸の努力家な一面に惹かれる。 一方奇妙丸も、媚びへつらわない勝蔵に特別な感情を覚える。 同じく奇妙丸のもとを出入りする勝九朗や於泉と交流し、友情をはぐくんでいくが、ある日を境にその絆が破綻してしまって――。 織田信長の嫡男・信忠と仲間たちの幼少期のお話です。以前公開していた作品が長くなってしまったので、章ごとに区切って加筆修正しながら更新していきたいと思います。

陸のくじら侍 -元禄の竜-

陸 理明
歴史・時代
元禄時代、江戸に「くじら侍」と呼ばれた男がいた。かつて武士であるにも関わらず鯨漁に没頭し、そして誰も知らない理由で江戸に流れてきた赤銅色の大男――権藤伊佐馬という。海の巨獣との命を削る凄絶な戦いの果てに会得した正確無比な投げ銛術と、苛烈なまでの剛剣の使い手でもある伊佐馬は、南町奉行所の戦闘狂の美貌の同心・青碕伯之進とともに江戸の悪を討ちつつ、日がな一日ずっと釣りをして生きていくだけの暮らしを続けていた…… 

織田信長に育てられた、斎藤道三の子~斎藤新五利治~

黒坂 わかな
歴史・時代
信長に臣従した佐藤家の姫・紅茂と、斎藤道三の血を引く新五。 新五は美濃斎藤家を継ぐことになるが、信長の勘気に触れ、二人は窮地に立たされる。やがて明らかになる本能寺の意外な黒幕、二人の行く末はいかに。 信長の美濃攻略から本能寺の変の後までを、紅茂と新五双方の語り口で描いた、戦国の物語。

旧式戦艦はつせ

古井論理
歴史・時代
真珠湾攻撃を行う前に機動艦隊が発見されてしまい、結果的に太平洋戦争を回避した日本であったが軍備は軍縮条約によって制限され、日本国に国名を変更し民主政治を取り入れたあとも締め付けが厳しい日々が続いている世界。東南アジアの元列強植民地が独立した大国・マカスネシア連邦と同盟を結んだ日本だが、果たして復権の日は来るのであろうか。ロマンと知略のIF戦記。

昆陽伝

畑山
歴史・時代
青木昆陽の物語

朝敵、まかり通る

伊賀谷
歴史・時代
これが令和の忍法帖! 時は幕末。 薩摩藩が江戸に総攻撃をするべく進軍を開始した。 江戸が焦土と化すまであと十日。 江戸を救うために、徳川慶喜の名代として山岡鉄太郎が駿府へと向かう。 守るは、清水次郎長の子分たち。 迎え撃つは、薩摩藩が放った鬼の裔と呼ばれる八瀬鬼童衆。 ここに五対五の時代伝奇バトルが開幕する。

河内の張楊のこと

N2
歴史・時代
三国志の群雄のひとり、河内(かだい)郡の太守張楊についてのお話しです。 物語の三国志(演義)では極めて個性のすくないモブ諸侯というべき配役ですが、歴史書をよむと見方が変わってきます。 呂布シンパというか、并州人士のなかに遺る呂布への複雑な感情を仮に愛憎ふたつに切り分けるならば、そのうちの“愛”の部分を代表する人物であると言えましょう。呂布との関係が終始良好な、数少ないキャラクターでもあります。 活躍もすくなく血沸き肉躍る物語にはなりようがありませんが、乱世にひとりくらいこういうひとがいても良いでしょう。 これも大変短い作品です。出来ることならば、ひと息にお読みいただけると幸いです。

処理中です...