10 / 10
ナナシの名前
しおりを挟む
父は町の人から好かれていた。
葬儀には沢山の人が訪れ、涙してくれた。
リズはあの日犯人を前にして泣いて以来、涙が出なかった。
そんなリズを、町の人は心配してくれていた。
あれ以来、犯人は捕まっていない。
リズがしゃがんで父の墓に花を手向けてると、背後で気配がした。
「クリスさん、ですか?」
「ああ、よく分かったな」
「もう驚かされたりしませんよ」
リズは立ち上がるとクリスに向き直る。
「もう怪我は大丈夫ですか?」
「立って歩ける程度には。アレクスにも送ってもらったけど」
クリスが指した方に目をやると、アレクスが立っていた。手を上げて軽く挨拶してくれた。
「あの人は本当にナナシだったんですね。今も誰だか分からない」
「ああ」
「今も沢山余罪を作ってるのでしょうか」
「…すまない」
クリスは少し目を伏せた。
ナナシの捜索は今も続いている。
しかし、手がかりが少なすぎた。
あの美しく正体の知れない誰かは、別の誰かに成り代わっているのだろうか。
「怒ってはいません。悪いのは全てあのナナシです」
本当にクリスに対しては怒ってはいなかった。
彼は優しく、彼の声はリズを落ち着かせた。
「…リズ、君は都会に行くつもりと聞いたけど、当ては?」
「ないです。父が少し蓄えを作ってくれてたので、それで食いつなぎながら職を探します」
クリスは言葉を探すように遠くを見た。
「あー、実は今度新しく仕事を始めるんだ。学業は休学してて…。今回アレクスから試しに仕事を貰ったんだけど、助手を探してて…」
「助手、ですか?」
「住む所もアレクスの紹介で安いけどいい場所があって…」
「そんなに気に病むことないです」
可笑しくなってリズは笑った。
しかし、クリスは真剣な顔で続ける。
「君の焼き菓子が食べれるなら、仕事も捗ると思うんだ。あれは、アレクスの家のお菓子を越えてるよ」
「お菓子を食べると捗る仕事って何ですか?」
「それは色々あるけど、ーー例えば探偵とかね」
どこまで本気なのか。
リズはクリスの瞳を覗きこむ。
黒い瞳はどこまでも真剣で、吸い込まれそうだった。
「いいですよ。仕事が直ぐに見つかるとは限らないし、それまでお手伝いします」
クリスは破顔した。
二人でアレクスの所に歩み寄るとアレクスは可笑しそうにニヤニヤ笑った。
クリスが医者に見てもらう時間だと少し先に行き、離れたときにそっとリズに言う。
「お願いします。アイツは頭が良くて行動力もあるけど、お人好しだし抜けてるしで、心配だったんです」
そこで眉をしかめると、「あと直ぐに道を間違える」と言い捨てるなり走りだし前を行くクリスに叫んだ。
「おい、どこ行く気だ。右だ!右!」
リズも可笑しくなって笑いながら二人を追った。
良かったと安堵しながら。
こんな時に、一人じゃなくて良かったと。
そして三人は春が終わる前に首都へと向けて旅立った。
葬儀には沢山の人が訪れ、涙してくれた。
リズはあの日犯人を前にして泣いて以来、涙が出なかった。
そんなリズを、町の人は心配してくれていた。
あれ以来、犯人は捕まっていない。
リズがしゃがんで父の墓に花を手向けてると、背後で気配がした。
「クリスさん、ですか?」
「ああ、よく分かったな」
「もう驚かされたりしませんよ」
リズは立ち上がるとクリスに向き直る。
「もう怪我は大丈夫ですか?」
「立って歩ける程度には。アレクスにも送ってもらったけど」
クリスが指した方に目をやると、アレクスが立っていた。手を上げて軽く挨拶してくれた。
「あの人は本当にナナシだったんですね。今も誰だか分からない」
「ああ」
「今も沢山余罪を作ってるのでしょうか」
「…すまない」
クリスは少し目を伏せた。
ナナシの捜索は今も続いている。
しかし、手がかりが少なすぎた。
あの美しく正体の知れない誰かは、別の誰かに成り代わっているのだろうか。
「怒ってはいません。悪いのは全てあのナナシです」
本当にクリスに対しては怒ってはいなかった。
彼は優しく、彼の声はリズを落ち着かせた。
「…リズ、君は都会に行くつもりと聞いたけど、当ては?」
「ないです。父が少し蓄えを作ってくれてたので、それで食いつなぎながら職を探します」
クリスは言葉を探すように遠くを見た。
「あー、実は今度新しく仕事を始めるんだ。学業は休学してて…。今回アレクスから試しに仕事を貰ったんだけど、助手を探してて…」
「助手、ですか?」
「住む所もアレクスの紹介で安いけどいい場所があって…」
「そんなに気に病むことないです」
可笑しくなってリズは笑った。
しかし、クリスは真剣な顔で続ける。
「君の焼き菓子が食べれるなら、仕事も捗ると思うんだ。あれは、アレクスの家のお菓子を越えてるよ」
「お菓子を食べると捗る仕事って何ですか?」
「それは色々あるけど、ーー例えば探偵とかね」
どこまで本気なのか。
リズはクリスの瞳を覗きこむ。
黒い瞳はどこまでも真剣で、吸い込まれそうだった。
「いいですよ。仕事が直ぐに見つかるとは限らないし、それまでお手伝いします」
クリスは破顔した。
二人でアレクスの所に歩み寄るとアレクスは可笑しそうにニヤニヤ笑った。
クリスが医者に見てもらう時間だと少し先に行き、離れたときにそっとリズに言う。
「お願いします。アイツは頭が良くて行動力もあるけど、お人好しだし抜けてるしで、心配だったんです」
そこで眉をしかめると、「あと直ぐに道を間違える」と言い捨てるなり走りだし前を行くクリスに叫んだ。
「おい、どこ行く気だ。右だ!右!」
リズも可笑しくなって笑いながら二人を追った。
良かったと安堵しながら。
こんな時に、一人じゃなくて良かったと。
そして三人は春が終わる前に首都へと向けて旅立った。
0
お気に入りに追加
2
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
思い出のチョコレートエッグ
ライヒェル
恋愛
失恋傷心旅行に出た花音は、思い出の地、オランダでの出会いをきっかけに、ワーキングホリデー制度を利用し、ドイツの首都、ベルリンに1年限定で住むことを決意する。
慣れない海外生活に戸惑い、異国ならではの苦労もするが、やがて、日々の生活がリズムに乗り始めたころ、とてつもなく魅力的な男性と出会う。
秘密の多い彼との恋愛、彼を取り巻く複雑な人間関係、初めて経験するセレブの世界。
主人公、花音の人生パズルが、紆余曲折を経て、ついに最後のピースがぴったりはまり完成するまでを追う、胸キュン&溺愛系ラブストーリーです。
* ドイツ在住の作者がお届けする、ヨーロッパを舞台にした、喜怒哀楽満載のラブストーリー。
* 外国での生活や、外国人との恋愛の様子をリアルに感じて、主人公の日々を間近に見ているような気分になれる内容となっています。
* 実在する場所と人物を一部モデルにした、リアリティ感の溢れる長編小説です。
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。
sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。
目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。
「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」
これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。
なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。
闇の世界の住人達
おとなのふりかけ紅鮭
ファンタジー
そこは暗闇だった。真っ暗で何もない場所。
そんな場所で生まれた彼のいる場所に人がやってきた。
色々な人と出会い、人以外とも出会い、いつしか彼の世界は広がっていく。
小説家になろうでも投稿しています。
そちらがメインになっていますが、どちらも同じように投稿する予定です。
ただ、闇の世界はすでにかなりの話数を上げていますので、こちらへの掲載は少し時間がかかると思います。
俺の娘、チョロインじゃん!
ちゃんこ
ファンタジー
俺、そこそこイケてる男爵(32) 可愛い俺の娘はヒロイン……あれ?
乙女ゲーム? 悪役令嬢? ざまぁ? 何、この情報……?
男爵令嬢が王太子と婚約なんて、あり得なくね?
アホな俺の娘が高位貴族令息たちと仲良しこよしなんて、あり得なくね?
ざまぁされること必至じゃね?
でも、学園入学は来年だ。まだ間に合う。そうだ、隣国に移住しよう……問題ないな、うん!
「おのれぇぇ! 公爵令嬢たる我が娘を断罪するとは! 許さぬぞーっ!」
余裕ぶっこいてたら、おヒゲが素敵な公爵(41)が突進してきた!
え? え? 公爵もゲーム情報キャッチしたの? ぎゃぁぁぁ!
【ヒロインの父親】vs.【悪役令嬢の父親】の戦いが始まる?
婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです
青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています
チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。
しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。
婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。
さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。
失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。
目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。
二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。
一方、義妹は仕事でミスばかり。
闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。
挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。
※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます!
※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。
サリーナ・マハリン
なのるほどのものではありません
恋愛
~闘う民と笑わない貴族~
闘う民・武民の少女スザンナは、成人の儀式として12歳で一人旅をしていた。そんなある日、賊に襲われている馬車を見つけ、助けたことで伯爵家の長子フェレスと出会う。
護衛を失ったフェレスはスザンナに護衛を依頼し、その後も2人は交流を重ねるが、15歳で成人したフェレスの姿を見て、スザンナは身分の違いを思い知る。
やがて戦火に巻き込まれていく
全く笑わないフェレスと、笑顔を絶やさないスザンナの淡い恋心が迎える結末は…――
◆28,000文字くらいで完結します
◆公開中の『ラピスラズリと琥珀』とリンクします。
『ラピスラズリと琥珀~魔女の粉の物語~』
https://www.alphapolis.co.jp/novel/906063693/563138867
◆物語の【手描きPVが】あります(ネタバレしますのでご注意ください)
http://www.nicovideo.jp/watch/sm12482957
Heroic〜龍の力を宿す者〜
Ruto
ファンタジー
少年は絶望と言う名の闇の中で希望と言う名の光を見た
光に魅せられた少年は手を伸ばす
大切な人を守るため、己が信念を貫くため、彼は力を手に入れる
友と競い、敵と戦い、遠い目標を目指し歩く
果たしてその進む道は
王道か、覇道か、修羅道か
その身に宿した龍の力と圧倒的な才は、彼に何を成させるのか
ここに綴られるは、とある英雄の軌跡
<旧タイトル:冒険者に助けられた少年は、やがて英雄になる>
<この作品は「小説家になろう」にも掲載しています>
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる