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白い男の正体

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リズの震える声に二人の反応は早かった。

「馬を貸そう。2頭だ。俺は役所に行き、警吏を連れていく。俺が話した方が早いだろう」

アレクスは召し使いを呼び指示を出す。
クリスがリズの手を引く。
リズはそこで初めて自分の手が震えてるのに気づいた。

「馬は乗れるか?」

ゆっくりと落ち着いた声でクリスが訊く。
この声に少し気持ちが落ち着いた。
一呼吸して、真っ直ぐにグリーンでを見つめて頷く。

「はい」

アレクスの貸してくれた馬はいい馬だった。
とても早く従順に進んでいく。
クリスは今朝、医者を回って歩いたのだという。
そして、ナナシを診た医者を見つけたのだ。

「出てきたのが君の名で驚いたよ。エリーに君の家がどこか訊いた。途中迷ったけど、共同馬車に乗るところに偶然見つけてエルサリーに戻ったんだ」

馬を走らせながらクリスが説明する。
リズはそれを上の空で聞いていた。

アシュラルに着くと半ば無理やり馬をクリスに任せた。街中で全力で馬を走らせられないからだ。

「待て、一人じゃ危ない!」

背中でクリスの叫びを聞いたが、止まることが出来なかった。
途中何人にも人にぶつかった。
それでも転ぶことなくリズは走った。

「お父さん!」

家の扉を乱暴に押し開ける。
扉を開けたさきには人の気配はない。

「お父さん!いる!?」

再び叫ぶが誰の声も返ってこない。
リズは慎重に足を進める。

その時、ガタリと音がした。
キッチンのある場所からだ。

リズは足音がしないように摺り足で、キッチンへと向かう。
キッチンの扉は閉まっている。
荒い呼吸を整えて、静かに扉を開く。

「やあ、リズ。俺の名前は呼んでくれないんだな」

そこにはナナシが立っていた。
ダイニングテーブルに寄りかかり、切れの長い瞳がこちらを向いている。
そこで漸くリズはクリスから彼の本当の名前を聞いてないことに気づいた。

「ナナシ。お父さんはどこ?帰って来たの?」

「ああ。帰って来て、そこで寝ている」

ナナシはくいっと顎でテーブルの足元をさす。
リズが目を落とすと、テーブルの影から腕が一本投げ出されてた。
短いが太い、見慣れた腕。

「お父さん!」

リズが駆け寄ろうとした時、誰かに腕を捕まれ後ろに引かれた。
リズはバランスを崩してさらに何かに躓いて転び、反転して誰かがリズの前に躍り出た。
リズが起き上がると目の前にクリスが横たわっていた。
低いうめき声が聞こえる。

「クリス、大丈夫!?」

「これで、あいこかな」

クリスの脇腹から血が流れ出る。
ナナシの手にはナイフが握られてる。

「どうしてお父さんに酷いことを…」

「意外と早く潮時が来てしまったから。逃げるのにお金を融通して貰おうと思ってね」

ナナシは空いた左手で髪をかき揚げる。笑った口元と笑わないガラスの瞳。

「いつでも持参金をくれると言っていたし。ああ、その為には君は俺の妻か。来るかい?」

怒りがざわざわと全身を駆け巡る。

「しかし、逃げるのに二人は大変だ。もう少しコンパクトになってくれないと」

ナナシはナイフを持ち変えて、一本踏み出した。
リズはナナシを見つめたまま、目を反らさない。
自分が逃げたらこの男は躊躇いなくクリスにとどめを刺すだろう。
右手で倒れたクリスを引き寄せ、左手躓いた物を探る。

クリスに向けてか、リズに向けてか、ナナシはナイフを振り下ろした。
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