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三泊四日の出張が一日早く終わって、櫻子がお土産の入った紙袋片手にリビングのドアを開けるとソファの上で旦那が浮気の真っ最中だった。
「…………」
旦那とその浮気相手は行為に夢中で、ドアを開けた格好のまま固まって二人が致しているところを凝視している櫻子の存在に全く気づく様子がない。
やがてフィニッシュを迎えたのだろう、旦那と浮気相手の体がブルリと震えると二人の体が離れた。
そうしてやっと浮気相手の下でうっとりしている旦那と櫻子の目が合う。
これでもかというくらいに目を見開く旦那と、旦那の様子を見て櫻子の方へと振り返り顔面蒼白になる浮気相手の男。
こんな時、なんと言葉をかければいいのだろう。
上手い言葉も思い付かず、櫻子はお土産入りの紙袋をそっと床に置くと、無言でリビングのドアを閉めた。
背後で妻の名前を叫ぶ旦那の声が聞こえたが、それどころではない櫻子は片手で口元を押さえて自宅を飛び出した。
だって、鼻血を垂らしながらにやける顔を他所様にお見せする訳にはいかないから。
櫻子と旦那はお見合い結婚だ。
とある趣味を拗らせ(腐らせ)すぎたせいなのか何なのかリアルな男性にときめかず、気づけば三十代半ば……。
だからといって、女性が好きというわけはない。一応、恋愛対象は男性だ。
日々、頭の中で素敵な男たちの薔薇色の世界を妄想していればそれで幸せな櫻子にとって、自身のリアルな恋愛や結婚は二の次。そんな中、孫の顔が見たいと痺れを切らせた両親や祖父母から強引にお見合いをセッティングされ、そこで出会ったのが今の旦那で。
櫻子と同じ三十代半ば、漢という字がよく似合う、大柄で見た目も雰囲気も厳つい男だったが、櫻子を見る目が思いのほか優しくて彼との結婚を決めた。
孫を熱望している両親達には内緒だが、櫻子と旦那とはいわゆる『白い結婚』だ。もうじき結婚三年、仕事にも私生活にも旦那は櫻子の自由にさせてくれて、特に不満もなく平和な毎日を過ごしていたーー。
ーーのだけれども。
「まさか、あの旦那が……」
……受けだったとは。
「ヤバい。マッチョおやじ受けは対象外だったけど、アリね。はぁ……食わず嫌いだったわ」
浮気相手の顔はチラリとしか見れなかったが結構若かった。
テレビでよく見る某アイドルグループに混ざっていても違和感がないくらいに可愛らしい男の子だったように思う。
行為中、位置的に旦那が下だったけれど、騎乗位ではなかった。間違いなく旦那が受けだった。
がっつり見たので間違いない。
「年下攻め……可愛い見た目なのに腹黒とか良いかも。若い子に翻弄されて、気づいたら押し倒されてるマッチョなおじさまかあ。うん、悪くないかも」
櫻子が鞄からスマホを取り出す。
電子書籍の本棚の大半を占める櫻子の『趣味』の漫画に小説たち。几帳面でデキる女な櫻子は、四桁は下らないそれらをキチンとジャンル分けして、いつでもその時々の気分に応じて閲覧できるようにしている。
櫻子は早速、そこへ『マッチョおやじ受け』のタグを増やした。
あとは良さげな素敵作品を探すだけ。
だが、スマホの画面に集中するあまり櫻子は気づかなかったーーもの凄いスピードで自分に迫る大型トラックの存在に。そして自分の名前を必死で叫ぶ旦那の声に。
刹那、凄まじい衝撃が櫻子を襲った。
「…………あ」
不思議と痛みは感じなかった。
気づいたらアスファルトに体を叩きつけられ、最初は全身が熱くて、そしてだんだん寒くなってーー。
(ああーーマジかあ)
体が動かない。
視界はぼんやりしてるけど、耳は聞こえる。
近くで旦那が何か泣き叫んでる。追いかけてきてくれたんだね。でも、中出ししてたよね、キチンと後始末しとかないと、お腹痛くなっちゃうよーーそういや、出張から帰ってきてから旦那の喘ぎ声と叫び声しか聞いてない気がするわ。
やだなあ、謝らないでよ。泣かなくっていいって。
こっちこそごめん、なんか邪魔しちゃって。
結局、結婚したけど最期まで貴方に恋愛感情は持てなかったのよね……いや、そっちの方が良かった?
それにしても、これって今流行りのトラック転生ってやつだったりして……。
やだ笑える。
ありえないとは思うけど、もしも願いが叶うなら、今度はちょっとは恋愛してみたいかも。いや違うか……やっぱ私らしく、思いっきり『私好み』な世界でーー。
ーーーー女神様、私は壁になりたいです。
「…………」
旦那とその浮気相手は行為に夢中で、ドアを開けた格好のまま固まって二人が致しているところを凝視している櫻子の存在に全く気づく様子がない。
やがてフィニッシュを迎えたのだろう、旦那と浮気相手の体がブルリと震えると二人の体が離れた。
そうしてやっと浮気相手の下でうっとりしている旦那と櫻子の目が合う。
これでもかというくらいに目を見開く旦那と、旦那の様子を見て櫻子の方へと振り返り顔面蒼白になる浮気相手の男。
こんな時、なんと言葉をかければいいのだろう。
上手い言葉も思い付かず、櫻子はお土産入りの紙袋をそっと床に置くと、無言でリビングのドアを閉めた。
背後で妻の名前を叫ぶ旦那の声が聞こえたが、それどころではない櫻子は片手で口元を押さえて自宅を飛び出した。
だって、鼻血を垂らしながらにやける顔を他所様にお見せする訳にはいかないから。
櫻子と旦那はお見合い結婚だ。
とある趣味を拗らせ(腐らせ)すぎたせいなのか何なのかリアルな男性にときめかず、気づけば三十代半ば……。
だからといって、女性が好きというわけはない。一応、恋愛対象は男性だ。
日々、頭の中で素敵な男たちの薔薇色の世界を妄想していればそれで幸せな櫻子にとって、自身のリアルな恋愛や結婚は二の次。そんな中、孫の顔が見たいと痺れを切らせた両親や祖父母から強引にお見合いをセッティングされ、そこで出会ったのが今の旦那で。
櫻子と同じ三十代半ば、漢という字がよく似合う、大柄で見た目も雰囲気も厳つい男だったが、櫻子を見る目が思いのほか優しくて彼との結婚を決めた。
孫を熱望している両親達には内緒だが、櫻子と旦那とはいわゆる『白い結婚』だ。もうじき結婚三年、仕事にも私生活にも旦那は櫻子の自由にさせてくれて、特に不満もなく平和な毎日を過ごしていたーー。
ーーのだけれども。
「まさか、あの旦那が……」
……受けだったとは。
「ヤバい。マッチョおやじ受けは対象外だったけど、アリね。はぁ……食わず嫌いだったわ」
浮気相手の顔はチラリとしか見れなかったが結構若かった。
テレビでよく見る某アイドルグループに混ざっていても違和感がないくらいに可愛らしい男の子だったように思う。
行為中、位置的に旦那が下だったけれど、騎乗位ではなかった。間違いなく旦那が受けだった。
がっつり見たので間違いない。
「年下攻め……可愛い見た目なのに腹黒とか良いかも。若い子に翻弄されて、気づいたら押し倒されてるマッチョなおじさまかあ。うん、悪くないかも」
櫻子が鞄からスマホを取り出す。
電子書籍の本棚の大半を占める櫻子の『趣味』の漫画に小説たち。几帳面でデキる女な櫻子は、四桁は下らないそれらをキチンとジャンル分けして、いつでもその時々の気分に応じて閲覧できるようにしている。
櫻子は早速、そこへ『マッチョおやじ受け』のタグを増やした。
あとは良さげな素敵作品を探すだけ。
だが、スマホの画面に集中するあまり櫻子は気づかなかったーーもの凄いスピードで自分に迫る大型トラックの存在に。そして自分の名前を必死で叫ぶ旦那の声に。
刹那、凄まじい衝撃が櫻子を襲った。
「…………あ」
不思議と痛みは感じなかった。
気づいたらアスファルトに体を叩きつけられ、最初は全身が熱くて、そしてだんだん寒くなってーー。
(ああーーマジかあ)
体が動かない。
視界はぼんやりしてるけど、耳は聞こえる。
近くで旦那が何か泣き叫んでる。追いかけてきてくれたんだね。でも、中出ししてたよね、キチンと後始末しとかないと、お腹痛くなっちゃうよーーそういや、出張から帰ってきてから旦那の喘ぎ声と叫び声しか聞いてない気がするわ。
やだなあ、謝らないでよ。泣かなくっていいって。
こっちこそごめん、なんか邪魔しちゃって。
結局、結婚したけど最期まで貴方に恋愛感情は持てなかったのよね……いや、そっちの方が良かった?
それにしても、これって今流行りのトラック転生ってやつだったりして……。
やだ笑える。
ありえないとは思うけど、もしも願いが叶うなら、今度はちょっとは恋愛してみたいかも。いや違うか……やっぱ私らしく、思いっきり『私好み』な世界でーー。
ーーーー女神様、私は壁になりたいです。
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