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第二十話 あるはずがない

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 本日の朝食メニューを紹介しよう。
 主食には米派、パン派、シリアル派、中には朝から麺類を食べる強者もいるかもしれないけど、今回選ばれたのは米、つまりはライスだ。

 そもそも米以外には主食が何もなかったからね。宅配黒曜によって手にしたお米を急いで洗って電気釜にイン。あとはスイッチを押せば勝手に出来るって寸法だ。

 電気で動く機械と魔力で動く魔装具。似てるところもあるけど、電化製品の方は仕組みがさっぱりわからない。そもそも電気って何? ビリビリしたやつってのはわかるけど、それ以上の事はまるでわからない。
 電気の魔装もあるけど、具体的な仕組みは知らずに感覚で使っている人の方が絶対多いと思うね。

 便利だから使う。仕組みなんて知りません。うん、世の中ってそんなものだよね。

 おっと、そろそろ話を戻そうか。
 炊き立てご飯をより美味しくために今回用意したのはいつも通りのベーコンエッグ、ではなく鮭の塩焼きだ。

 焼き魚があるならば当然のようにお味噌汁とセットだね。具材は豆腐とワカメ、更に目玉焼きがない分、卵も落としてるよ。
 卵は最後に入れて余熱で火を入れたから、中はトロトロの半熟だ。

 米、魚、汁とくれば漬物も欲しくなるのが人類だ。
 何にするか普段なら迷うところだけど、今回は黒曜セレクト、いやロロコに選ばれたきゅうりの浅漬けが登場だ。

「シャケ好き!」
「おーっ! 朝から豪華だっ!」
「凄いですね。志季さんが一人で作ったんですか? 食材はなかったと思うのですが」
「まあまあ、細かい事は気にしないでよ。二人の好みがわからなかったから、今日のところは水花に合わせたんだけど、二人とも平気?」

 無事に小泉も起床し、昨日も見た部屋着に着替えた三人娘。
 黒曜の話は色々と面倒だからする気はない。
 だから小泉、気になるのはわかるけど、これ以上追及しないでね。

「うんっ! あたしもシャケ大好きなんだ!」
「私も良く食べますね。普段はムニエルにして食べるのですが、朝は塩焼きが一番ですよね」
「春護、ムニエルって何?」
「めっちゃ簡単に言うとバターで表面をパリッと焼いたやつだね。脂が多いし朝から食べるにはちょっと重たいかな」

 確かムニエルは塩と胡椒で下味を付けた後に食用の粉をまぶし、たっぷりのバターで揚げ焼きにして表面をパリッとさせた後、レモンだったりお好みのソースで食べるんだったっけ。

 食べた事があるのはスライスレモンを添えたパターンだったね。
 ロロコの元に居た頃、夕食を担当していた少女隊の誰かが振る舞ってくれたんだ。
 ちなみに会ってないし名前もわからない。今も元気に……まあ、あそこなら問題ないか。
 あるとすればロロコのセクハラによるストレスだね。

「小泉って料理するの?」
「私の事を舐めているのですか? 料理くらい生きていれば誰でも自然とするものですよ」
「「……」」
「そ、そっか」

 ダイニングテーブルを四人で囲い、手を合わせてから朝食が始まった。
 さっきの小泉の言い方からして、ムニエルを手作りしたように聞こえたから聞いてみたんだけど……こいつ。

 俺たちは今、横並び二列で座っているんじゃなくて、正方形のテーブルの各辺に一人ずつ座っている状態だ。
 小泉の正面には俺が座り、彼女から見て斜め右側に水花が、反対側に常が座っている。

 呆れたように息を吐き、やれやれと首を振っていますけれど、気が付いていないのでしょうか?
 女子二名が黙り込んでしまった事に。
 うん……この話題はやめよう。地雷が埋まり、火種が燻っていそうだ。

「そういうば水花。今日は留守番だからね」
「……えっ、春護!?」
「徹夜したんだろ? マスターストップです。大人しく寝てろ」
「で、でも放課後買い物するって言ったです!」
「放課後に合流すれば良いでしょ。これ貸すから」

 取り出したのは中央区画内でのみ使用する事が出来る携帯型遠距離通話端末、通称スマホだ。

 ズボンやスカート、ワイシャツの胸ポケットにも入る小型の金属板。
 電気機械を元に製造する事で魔装具化に必要な術式の規模を限界まで減らし、通常なら高価な魔装具の中でも手に入れやすい値段になっている非戦闘用魔装具の一つだ。

「……何、これ?」
「おっ、水花は初めてなんだ。これはスマホっていう遠距離からでも会話する事が出来る特殊な魔装具だよ」
「遠くに居ても話せるって事?」
「そっ、まあ四方区は範囲外だけどね。中央区画内なら平気だよ」
「……凄いです」

 スマホの仕組み? そんな事は勿論のように知らないです。
 俺が知っているのはこの魔装具の名称が気に入らないといって、粉々に壊した狂人がいるって事くらいだ。それを思えば水花がスマホを知らないのも当然の事だね。

「使い方は後で簡単に教えるとして、放課後になったら常のスマホから連絡するよ。あっ、その前にアカウント登録しないとだね」
「アカウント?」
「通話相手を指定するために必要な番号の事。一度登録しておけばわざわざ長ったらしい番号を入力しなくても良いから便利だよ」
「あっ、そういえば春護君しれっとスマホ壊れたって言ってたもんね。新しく買ったんだー」
「そんな感じ」

 正確には買って貰ったんだけどね。勿論ロロコに。緊急連絡用に渡されたんだけど、使った回数なんて数えるくらいだ。でも、これからは必要になる場面が増えるだろう。

「皆さん今は食事中ですよ? 雑談は良いと思いますが、スマホの取り出しは褒められた事ではありませんよ」
「「「ごめんなさい」」」

 一人で食べてるならまだしも、複数人で食べている時にスマホを取り出すのは確かにマナー違反だった。
 離れた人と会話するためだけの魔装具。それがスマホだ。側に話す人がいるのに使う必要なんてないもんね。

 俺と常はそのマナーを知っていたのに破っちゃったから素直に謝ったけど、水花は小泉の圧に負けたみたいだ。
 本気で怒ってるって感じじゃないけど、先生に怒られた時みたいな感覚だった。

「小泉は用事あるでしょ? 片付けはやっておくから先に行きなよ」
「それはそうですけど……」
「気にしなくて良いからさ」

 朝食が終わり各々が片付けを始めようとしたタイミングで俺は小泉に声を掛けた。

 昨日の夜に起きてしまったまさかの生徒会役員のバイトバレ。今日の朝に話し合うって言ってたからな。遅れる事になったらマズイよね。

「あっ、生徒会のお仕事?」
「そんな感じだね」

 生徒会役員として動く事に違いはない。後輩の事情聴取だけどさ。

 小泉は変な所で真面目だ。正直に答えると生徒会の恥を晒す事になるし、だからと言って常に嘘はつきたくない。どうせそんな事を考えて困るだろうから代わりに答えると、何故かジト目を向けられた。

「ねー、なんで春護君が答えるのさー」
「そりゃ知ってたからね。偶然だけど」
「あっ、そっか。知らなかったらそもそもこんな話にならないもんね」
「そういう事。ほら、小泉は早く着替えて来い」
「わかりました。ありがとうございます」

 わざわざ丁寧にお辞儀をする小泉。これくらいの事で真面目だね。それともあれかな? 俺に貸しを作るのが嫌とか、そんな感じか?
 もしそうだとすれば一年前の貸しをまだ返してもらってないけどね。そもそも小泉は覚えているのだろうか。謎です。

「ちなみにだけど、常は大丈夫なのか?」
「えっ? 何が?」
「お前も寝てないんだろ? 水花と違って放課後まで寝てるとか出来ないし、もつの?」
「あははっ、一徹くらい普段通りなんだよねーこれが」
「……寝ろよ」

 寝る子は育つって言葉を聞いた事がある。だけどそれって逆の意味でもあるって事だよね。眠らなければ……うん、そういう事なのかな。
 となるとロロコはなんだ? 夜眠らないのが普通とか、そういう事だったりするのかな。なんて、冗談だけど。

「まあまあ、今日はちゃんと眠るから大目に見てよー」
「はぁー、将来困るのは常自身だからな」

 成長面の発言じゃない。単純に健康面の話ね。

 片付けが終わり、制服に着替えた小泉も見送り、水花にスマホの使い方を教えた後……暇だね。

「あっ、春護春護」
「んー、どうした?」

 早くから教室に向かっても良いけど、結局昨日は一度も顔を出してないし、その前なんて半年も休んでた。
 いや? それどころか死んでると思われてるんじゃなかったっけ。

 生徒会副会長の小泉まで俺の生存を知らなかったって事は、もしかして教師陣も一部しか知らなかったとかあるのかな。

 二年生になってから一度も教室に入ってないけど、大丈夫だよね? 俺の席ちゃんと用意されてるよね?
 いやいや心配する必要なんてない。なんせロロコから何処のクラスなのかは教えてもらっていたし、所属している記録はある以上は平気なはずだ。

 ふと気になった事があるけど、今はそれよりも水花の話に耳を傾けた。

「イズキもスマホ持ってるかな?」
「あー、どうだろうね。持ってたなら自分から話題にすると思うけど」
「春護だってしなかったよ?」
「それは……そうだね」

 友達とはスマホのアカウントを教え合うのが一般的だ。だけど昨日の俺はイズキと友達になっておきながらスマホの話題を一度も出さなかった。

 口先だけで本当は友達だと思っていないから? 違う。そんな理由じゃない。
 単純にその文化が頭の中から抜け落ちてたんだよね。

 この半年間、前半は治療とリハビリの日々だったし、後半は新しい戦い方を磨くために魔獣たちと戦う日々だった。
 夜中とかにスマホで友達と通話するとか選択肢にない日々だったからね。

 そもそも常や小泉のアカウントを保存していたスマホは壊れちゃったからね。二人のアカウントを暗記するってのは流石にしてなかったらどうしようもない。

 人と関わる生活を数ヶ月間していなかっただけで、このザマとは我ながらドン引きだ。

「何々ー? イズキって?」
「昨日知り合って、そのまま仲良くなった子の事だよ」
「ふーん、でも昨日って放課後から一緒にいたよね? いつ知り合ったの?」
「早朝とか、一時間目が終わった後とか、白夜と戦った後とかかな」
「え、えらく具体的な時間だね」
「印象的なタイミングだったからね」

 二度目に会った時間についてはよく覚えてたな俺って感じだけどね。ただあの時はチャイムが聞こえて、一時間目が終わったなーって考えた直後に声を掛けられたから覚えていたんだ。

「ち、ちなみになんだけど春護君、その子ってどっちなのかなーって」

 謎に照れながら落ち着かない様子でそんな事を言う常だけど……どっちって何が?
 俺が困惑していると話を聞いていた水花が答えた。

「女の子だよ」
「……だよね。春護君だもんね」
「ちょっと待った。俺だからって何?」

 どっちっていうのは性別の話だったらしい。確かにイヅキって名前だと両方あり得そうだもんね。
 その件は良いとして、俺だからって何? 水花まで地味に頷いてるのは尚更何?

 まさかこの二人、昨日の徹夜で俺が想像してた以上に仲良くなっているというか、通じ合ってのか?

「春護春護。正直に答えて」
「……うん。何?」

 常からではなく、水花からの質問だった。
 不思議な事に常は慌ているけど、お構いなしに彼女は続けた。

「男の友達、いる?」
「……」
「でしょ?」

 腕を腰に当てて胸を張る水花。普段通りの無表情なんだけど、不思議な事にドヤ顔にしか見えなかった。

「いやいや、待った水花。今のは質問内容が予想外過ぎて遅れただけだからな!」
「春護、言い訳良くない」
「違うし! 言い訳じゃないし!」

 我ながら言い訳のようにしか聞こえないけど、これだけは言わないと。

「男友達だろ、いるぞ……一人だけ」
「春護に友達? 嘘……」
「おい、やめろ」
「春護がいつもイズキにしてる事」
「くっ……水花が悪い遊びを覚えてる」
「子供は背中を見て育つ」

 こいつ、常の影響だけじゃない。俺の影響まで受けてるのか。
 見た目は同年代の美少女に見えるけど、本来はゼロ歳児だもんね。学習能力が高い事高い事。恐ろしい。

「ねえねえ水花ちゃん。今の春護君の真似だったの?」
「うん。イヅキと話してる時の春護はこんな感じ」
「……ふーん、随分と仲良いんだね。昨日知り合ったんだよね?」
「そうだよ。なんか相性が良いのかな、一緒にいると楽しいやつだよ」
「……ふーん。そっか。アタシも話してみたいなー」
「あいつも喜ぶよ。次会ったらアカウント聞かないとだね。スマホ持ってるか知らないけど」

 俺の推理では持ってるだろうね。なんせイズキは北方区から転校して来たって言っていた。
 北方区といえば争い続けている隣国との前線を維持するために重要な街だ。情報伝達の速さは重要だからね。そこで戦っていたイズキがスマホを持っていないとは思えなかった。

 ならばどうして俺たちとスマホに関するやり取りをしなかったのかという謎についてだが、それはもう答えが出ている。
 イズキの今までの発言を思い出して欲しい。あいつは……本当に友達がいない。
 北方区ではどうだかわからないけど、俺たちの前であんな事をしていたイズキだぞ? それにボッチ扱いされていた過去があるらしいし……アカウントを教え合うっていう習慣がないんだ。

 泣くなイズキ。今はもう俺たちがいるぞ。それに常も前向きだからね。三人目になってくれそうだぞ!

「……常。頑張れ」
「えっ、応援してくれるの?」
「なんで驚くの?」
「だって水花ちゃんって……いや、なんでもない。ありがとね」
「うん?」

 なんか常が水花の頭を撫でてる。会話の内容は聞いてなかったけど、本当に仲良くなったね。

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